蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 三の巻 藪入り日和

初音幾生

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15 「雷電」 見参

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 どう思っていたところで今まで静かだった無線の雑音が大きくなった。そういえば電信を打つ前に入れっぱなしにしていた。うるさくなるなら止めるか。無線に手を伸ばしたところで洋一は首をひねった。これは、雑音ではないのでは?
「……くん、洋一君」
 聞き慣れた声が聞こえてきた。
「こちらクレナイ一番、洋一君、聞こえるかな」
 慌てて無線機のスイッチを入れた。
「こちらウグイス。クレナイ一番聞こえます!」
 距離が近づいてきたのか、大分明瞭になってきた。
「お待たせ。ようやく追いついた」
 白い筋が左手の下から伸びてきた。他の誰よりも美しい雲だった。
 菱崎重工の自主開発迎撃戦闘機、仮称「雷電」。秋津で恐らく一番速い戦闘機に、世界で一番速い人が乗ってやってきた。「途中まで小暮に誘導してもらってたが、かなり遠いな。一回が限度だな」
 そういえば「雷電」は実験機だった。クルシーを積んでいなくてもおかしくはない。誘導してきた小暮機は見えないが、置いてきたのだろうか。
「それより洋一君、相手は何だ? ゴータか?」
 綺羅は欧州で相手にしたブランドルの爆撃機の名を上げた。
「Tu-3イロヤ・ムロメッツです!」
 向こうで感嘆のこえが聞こえた。
「洋一君、やはり君はたぐいまれな運命の持ち主だ。今度は四発の化け物、空の要塞イリヤ・ムロメッツか!」
 向こうは大いに盛り上がっているが洋一は何だか意気消沈してきた。
「それじゃぁ何だか疫病神みたいじゃないですか」
「何を云ってるんだ。称賛しているんだよ少年。やっぱり君がいると退屈しない」
 云われた方は全然褒められた気がしない。
「とにかく、Tu-3は防御銃火が強力で死角がありません。それとでかすぎて皆目測を誤って遠くから撃ってしまってます」
 慌てて上がってきたとはいえ陸海軍合わせて三回、自分のも入れれば四回も攻撃を仕掛けて碌な被害を与えていない。
「なら、角度をつけて一気に飛び込むか」
 向こうで白い線が動き、上昇に転じた。初めてTu-3より高い高度から、仕掛ける戦闘機が現れた。
「洋一君、危ないから右側に少し離れたまえ」
 昇った分の高度を速度に変えながら、「雷電」は左側方から一気に迫ってきた。洋一から見ると自分も狙われているような気分だった。
 右に離れながらも、洋一は綺羅の駆る「雷電」から目が離せない。前から見る「雷電」は確かに独特である。戦闘機としては大きめで双発の機体。上反角のおかげで弾丸の様な鋭さが獲物を貫く。
 確かに目立つ機体だ。しかしあれが今この空の主役なのは、間違いなくあの人が、紅宮綺羅が乗っているからだ。洋一はそう確信していた。
 誰よりも切れのある機動で「雷電」がイリヤ・ムロメッツに迫る。まだ撃たない。それが恐怖を呼んだのか、側方機銃の弾道があからさまに乱れた。
 そのまま爆撃機の背後に飛び込むと、「雷電」は一瞬で向きを変えた。機首は狙い違わず巨人イリヤ・ムロメッツの心臓を向いていた。
 「雷電」の機首から炎が走ったのが洋一からも見えた。幾つもの白い線がTu-3の周囲に走る。特に右側の主翼やエンジンに集中的に降り注いだ。
 気が遠くなる数秒。それが唐突に終わると、「雷電」は再び右側に向きを変えて離れていった。
「撃ち止めだ。二十㎜しか積んでこなかったからなぁ」
 少し残念そうな綺羅の声が聞こえてきた。
「あれ? あと十二・五㎜が四丁有るのでは?」
 胴体中央に二十㎜、その周りに十二・五㎜機銃という重武装が「雷電」の特徴だったはずだ。
「聞いてくれよ。十二・五㎜は新型だからって準備していなかったんだ。まだ弾帯にもなってなってなかったんだよ。繋げ始めたけどすごいかかりそうで、待ってられないから二十㎜だけ積んできたんだがなぁ」
 洋一はTu-3を振り返った。恐ろしいことにあれだけ二十㎜を受けながらまだ飛んでいた。
「本当に要塞だ、いや」
 よく見ると右側エンジンが二つとも白煙を吐いている。そして被弾した方の機体は徐々に高度を落とし始めた。
「やりましたよ隊長! やりました!」
「らしいな。頑張った甲斐があった」
 いつの間にか洋一の隣に綺羅の機が並んでその様子を眺めていた。
「こっちは弾も尽きたし帰るよ、寒いし」
 「雷電」の操縦席の中で、手を振るのが洋一には見えた。
「君もほどほどで帰りたまえ、では」
 そう云っ 残されたのは洋一の十式艦戦と、一機となったTu-3イリヤ・ムロメッツ重爆。もう一機のTu-3はもう千mは下まで高度が下がっていた。
 あの状態でも飛んでいられるのはすごいが、基地までは帰れないだろうな。この広い秋津海の真ん中で漂流して、果たして助かるのか。敵ながらその後のことを考えると洋一は些かかわいそうになった。
 ふと思い出して洋一は地図を取り出す。気がついたら自分も随分と秋津海の真ん中まで出てしまった。増槽を積んでいないからそろそろ帰る心配をしなければいけない。
 よくよく考えてみれば、こんな大洋の真ん中に独りになるのは初めてだった。何だか寒さが増してきた気がする。
 しかしこいつはどこまで飛ぶんだろうな。気がついたら長い付き合いになってしまったTu-3を、洋一は眺めた。この方角はノルウェーではないし、まさか北極まで飛ぶ気じゃないだろうな。
 突き止めるまで付き合いたいが、そろそろなんだよな。そう云えばと洋一は最後の電信を打つことにした。ワレ ウグイステキ ノト キタ二百。そして長音。
 名残惜しいというか、見逃すのが悔しいというか、そろそろ、いやもうちょっととなかなか引き返せない。だれか来てくれないかなぁ。ついつい南の空を探してしまう。そう都合の良いことはまあ起こらないんだけど。
 と思っていたら何やらきらめく影がやってきた。たまには都合の良いことも起こるものだ。洋一は目をこらしてそれを見た。
 こちらに接近してくると云うことはかなり速い。そしてどうやら双発機だ。もしかして綺羅様が弾を積んで引き返してきたのか?
 ならもう一機も墜とせる。そう期待して待っていたら少し違った。欧州で世話になったことのある、陸軍の一〇式司令部偵察機だった。
 たしかにあれなら速いし航続力もある。しかし武装はなかったはずだが。そう考えている内に一〇式偵察機は十式艦戦の隣に並んだ。
 偵察員が手を振り、そして尾翼を示した。よく見ると尾灯が点滅している。
 ショクセツ ゴクロウ ワレ ヒキツグ
 この数時間でモールス信号に大分慣れたのでなんとか読み取る。そうか、撃墜できなくても、相手の基地が判るのは大きな意味がある。
 洋一も大きく手を振って、尾灯を光らせた。アリガトウ。ヨロシク タノム。デハ。
 今度こそ安心して翼を翻した。実のところこの引き継ぎで、大分燃料が怪しくなってしまった。さっさと高度を五千五百まで落として今の十式艦戦の最も効率の良い巡航速度にしなければ。
て翼を翻すと、高高度の空を滑るように去って行った。
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