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1 働いたら神かなと思っている
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生け捕り罠を改良することに、俺は熱中してしまっていた。
悔しさと興味からだ。だが、仕事をさぼって薬草のことばかり勉強してきた俺には、これはさほど問題ではない。
昼の間ずっと魔物の群れと野草を観察していてわかったことがある。それは、彼らにも食べ物の好みがあるということだ。特定の種は、特定の野草ばかりを食べたりする。
そこで俺はエサに、臭みを消すハーブと、それから魔物が好んで食べる野草をいくつか練り合わせてみた。前のものとは匂いも見た目もすこしちがっている。
これは絶対にかかる。確信があった。
せっかくなので、罠が成功するところを見ようと草むらで待機した。もはや食べ物のことよりも罠がうまくいくかどうかが気になっていた。
にわかに心をはずませて遠くから仕掛けのあるところを見つめる。
しかし、物事と言うのは時に予想もできないことが起きるものだ。仕事もそうだった。そのたびに俺は心を病み……
それはそれとして、人の声が聞こえたのである。かなり近くからだ。
辺りをうろついてみると、たしかに数人人間たちがいた。恰好からして一般人ではないだろう。武器も持っている。冒険者かもしれない。
「おいペイル! これ以上の調査は無理だ! ひきあげよう」
一人が言う。どうやら大猿(おおざる)の群れと戦っているようだ。戦闘力は大したことないが好戦的で喧嘩っぱやい。
「チッ。だが昨日の爆発音の正体と、薬草が急に減ってる原因がわかってないんだぞ! これじゃあ報酬が……クッなんとかしろ!」
ほかの仲間らしきやつが言った。
爆発音? 薬草? なんのことだろう。てんで見当もつかない。
わからないが、見たところどうやら苦戦しているらしい。しかも今叫んだやつはビーストテイマー、いわゆる獣使いのようで、角の折れた一角獅子の子どもを大猿の群れにけしかけた。
しかしその一角獅子はまだかなり幼く、しかも酷使されたようですでに弱っている。
案の定、一角獅子のガキは大猿に殴られ、蹴とばされ、地面に伏した。
「使えないヤツだ……! おい! あいつをおとりにして逃げるぞ!」
ビーストテイマーが叫ぶ。あいつ、とは、一角獅子のことだろう。俺の存在は気づかれてはいない。
「いいかのよ、お前の使い魔だろ」
「かまうもんか、契約破棄だ。草原でひろった雑魚のゴミモンスターだぜ。お前なんかいらねえんだよ」
そう言ってビーストテイマーの男と冒険者たちはそそくさと逃げ去った。
しばらく見ていて、一角獅子は大猿たちに囲まれていたぶられていたが、雲行きが怪しくなり雨が降り出すと、大猿たちは解散していった。
最初は小雨だったものの、だんだんと本格的に雨脚が強くなる。泥のなかで、一角獅子はうずくまっていた。
……ひどいな。
率直に感じたことが、それだった。
前に会った冒険者はいいやつだったんだが、あんなのもいるのか。いや、ピンチになって本性が出たということなんだろうな。
遠目でもわかる。あの一角獅子はもう長くはもたないだろう。
だが仕方のないことだ。ここは自然の世界。俺がどうこうすべきことじゃない。
――しかし。
あのビーストテイマーに見捨てられたときのあの子どもの顔。
すこしかわいそうだったな。
このこみあげてくる気持ちはなんだろう。俺はいつのまにか、長く荒れた環境にいたせいで心が壊れていたんだろうか。この感情がなんなのかも忘れてしまったらしい。
一角獅子から目を背向けたが、脳裏にちらつく。自分自身が過労で倒れてしまったときのことを鮮明に思い出す。あのときのことが今に重なって見える。
……やれやれ。
いつの間にか俺は、一角獅子の子どもの身体を抱きかかえていた。
「何をしているんだ俺は。……まあいい、調合した薬草の被検体が欲しかったんだ。……ちょうどいい薬の実験台だ」
ちょっとした擦り傷の治療や、父が腰を痛めたときのシップづくりなどしか経験はない。
一角獅子はどう見ても重傷だ。まずはこいつの息をつなぎとめなきゃ、実験台もなにもないだろう。
村の人たちに配っていた疲労をとる回復薬のようなものじゃとても足りない。
消毒、回復薬、治癒魔法、あらゆる手を尽くしてみた。しかし衰弱していくばかりだ。まさか心労で、こいつ自身が生きることをあきらめているとでも言うのか。
机の上の魔物は、だんだんと呼吸がなくなっていった。体を横にさせ、回復薬を口から飲ませようとするが、すべてこぼれ出ていく。
呼吸がなくなり、外の雨の音だけがやけに聞こえる。
とうとう、彼は息を引き取った。
死んだのだ。
これ以上は、薬草ではどうしようもなかった。気の毒だがこの子供は死んだ。
その時、外で轟音が鳴る。落雷があったらしい。
――そうか。
まだ手はあるぞ。
俺は一角獅子の胸に手を当て、雷魔法を使う。ドクン、と彼の身体が跳ね上がった。何度も何度も同じことを繰り返す。
「心臓マッサージだ! 来い!」
突如、彼の息がもどった。それが安定したのを見届け、俺は冷静になろうと努める。おそらく今のこいつは、出血、さらに体力・魔力の著しい低下によって死にかけている。それを補えれば回復する可能性はある。
外に出て、薬を集める。魔物の息があるのを確認しつつ、薬を夜通し作り続け、何度かお湯とともに飲ませた。
そうこうしているうちに、朝になっていた。俺は床に座ったまま、屋根からわずかに雨漏れした水が鼻に落ち、目を覚ます。壁の隙間から見える朝日がまぶしい。
患者の方を見ると、なんと向こうも起きていた。しかも上体を起こして、こちらをじっと見ている。
「えーっと……」
と、一角獅子は言う。
「生き延びたか」
俺は無表情で言う。疲れで頭が回っていない。
「あなたがやってくれたんだよね。ありがとう」
「ていうか喋れるんだな」
「……それくらいしか、取り柄がないけどね。でも結局……」
彼はあきらさまに落ち込む。
「センチになってるところ悪いが、そこは俺の寝床なんだ。そしてここは俺の家。治ったならさっさとどっか行ってくれ」
「う、うん……痛っ」
彼は包帯の撒かれたわき腹を抑える。
「まだ治りきってはいないか。そこでお前に提案があるんだが」
「な、なに……」
「簡単なことだ。俺は薬草の研究をしてる。治療費と滞在費あわせて、しばらくの間お前に実験台になってもらうことで恩を返してもらおう」
「じ、じ、実験台……」
「なに毒をのませようってわけじゃない。今回のことでもっといい回復薬の必要がわかったしな。ふつうに薬を飲んで、それから状態とかを教えてくれればいい。それがイヤなら、さっさと消えろ」
「う、うん……わかった、薬を飲む。あのー、あなたは一体……」
「俺は……タクヤ。ここに住んでる。お前は?」
「え? えっと、名前は……。あの人にもらったものだから……」
「なんだよそれ。だったら自分で名乗りたい名前とかないのか」
「名乗りたい……うーん」
彼は考え込み、
「じゃあ、ベヒーモスで!」
と声を明るくさせて言った。
「ベヒーモス?」
「神話の怪物! かっこいいし……強くなりたいから」
そう言ってまたしょげる。
「……神話、か。じゃあ、とりあえず呼び名がないと困るし、お前のことはモスって呼ぶな」
「ええ!? ベヒー……」
「それか実験体1号なんだが」
「……モスで」
「モス。傷が治ったらさっさと出てけよ。俺は本当は畑仕事もあるんだからな」
「……わかった。えっと、タクヤ」
「ああ。……とりあえず、朝飯にしよう」
とりあえずとは言ったが、自分自身も疲れたことだし、貴重な実験体のためにもすこしは栄養のあるものにしてやろう、そう思ったのだった。
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