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十一 仕事仲間
しおりを挟む外では氷雨がしとしとと降りつづいていた。幸いなことに雪にはなりそうもなかったが、忙しい師走の時期のこの雨は、誰にとっても恨めしいものであったろう。
相楽も恨めしくおもっている者の一人であった。もっとも相楽の場合は忙しいからではなく、寒くてごろ寝もできやしないと、手焙りを抱えてふるえていたからであるが。
(こんな小さな手焙りだけじゃ寒くてかなわん、もっと大きな丸火鉢をもってきてもらおう)と、いまもそうぶつぶつと文句を云っているところだ。
「旦那、暇そうですね」
相楽がその男の声に振り向くと、そこには足の爪を切りながら愛想笑いを浮かべ、相楽を見上げている顔があった。用心棒仲間の内の一人である。
「左様、結構なことだの」そう云って頷いた相楽の表情は心なしか硬かった。だがべつに意識してのことではない、なんとなく今回の用心棒仲間三人とは気が合わないという、ありふれた理由からであったらしい。
いま相楽に話しかけたこの男は浪人というより、もとは中間であろうと相楽は思っている。腰に差しているのは木刀であるが、もしかしたら刃物か鉄芯が仕込んであるかもしれない。
名前は次太郎と云っていたようだ。太郎という兄の次に生まれたから次太郎だと、自分で云って笑っていたのを相楽は思い出していた。
「ところで旦那」
「なにかな?」
「あっしは旦那をね、初めて見た時から、どうも知っているような気がしてならないのですがね、こいつがちっとも思い出せねえ。旦那のほうではあっしに見覚えはありませんかね?」
「……ないようだな」
「そうですか……」
そう云って相楽の顔をじっと見つめる男の顔が、なんとも薄気味悪かった。だが一々相手をするのも面倒なので気にするのを止め、ふたたび手焙りを抱え込む。
すると襖が開き、用心棒仲間のあとの二人が揃って入って来た。一人は角ばった顔に一文字の太い眉をした三十前後の浪人者で、筋肉が首筋に瘤のように盛り上がっている。なかなか手強い太刀を使いそうな男だと、相楽は感じていたようだ。
「やれやれ、まったくもって忌々しい雨だ」
この男の名前は鮎川という。その鮎川は部屋に入ってくるなり、懐から紙包みを取り出すと、それを次太郎に放り投げた、「ほれ、次太、みやげだ」
「こりゃどうも」次太郎は受け取った紙包みの中を覗いてみて、「おやなんだ、甘納豆ですかい」と小鼻をふくらます。
「なんだとは何だ、甘納豆では不服なのか?」鮎川は少しむっとした顔をした。
「いやいや、鮎川さんが甘党なのはよく存じておりますよ」
「存じていたらどうだというんだ」
「どうもこうも、こちとら酒飲みですからねえ」そう云いながら甘納豆を一粒口に入れ、「甘いものはちょっとねえ……」と、さらに二粒三粒と食べ続けている。
そんな次太郎をみて鮎川は苦笑して云った、「ならば食べるのはよせ」
「はあ、ですが、まあ、これもなかなか美味いものですな」と、次太郎は甘納豆を頬張るのだから意地汚い。
「次太、そちらの相楽さんにも分けて差し上げろ」そう云った男の声は、鮎川のだみ声とはまったく違っていた。渋みがあって深い味わいのある声だ、いわゆる錆声というやつであろう。
次太郎は男にそう云われて、急に甘納豆が飲み込みづらくなったような顔をし、鮎川にみせていた様なくだけた態度をすぐにあらためた。
「こりゃ気が付きませんで、あいすみません、煙の旦那」そう云って頭を下げたその顔つきには、少し緊張が滲んでいたようである。
この煙の旦那と呼ばれた男もまた浪人者で、云うまでもなく三人目の用心棒仲間だ。四十歳を越したくらいの、背の高い痩せた体格をしていて、肌の色が女のように白い。
薄い眉毛に糸のように細い目、唇がないかのような口。そして何より特徴的なのがその顔には表情というものがない。感情が表情に伝わってこないのであろうか、いつも張り付いた能面のような顔をしていた。
相楽以外のこの三人の用心棒は以前からの仲間であったようであり、口入れ屋も相楽のところとは別である。
次太郎という男はともかく、煙と鮎川はかなりな剣の腕を持っていることが相楽には一目でわかった。かつては剣士として生きてきた相楽にとって、それくらいの見極めは容易いことなのだ。
なかでも煙の旦那という男は一段抜けているように思えて、相楽にしてはめずらしく興味をそそられたようであった。
(ふむ、なんど見ても長い刀だ……)
煙の腰にあったのはまさしく長刀であった。幕末になると土佐や水戸の藩士などが好んで使ったという刀である。人を斬るには長いほうが有利であるという実戦を想定した考えから、勤皇刀などとも呼ばれて流行した刀であるが、相楽は今までそれを使う者に出会ったことがない。
ゆえにどのように使うのか? 相楽は一度見てみたいものだと、思わず物騒なことを考えたりもしたようだが、それには事件が起こらねばならぬ。
そう気付いて慌てて取消した相楽は、(いやいや、平和が一番)と独り神妙な顔をしたようだ。
煙の旦那というのが通称なのか、それとも煙という苗字が本名なのかは知らないし興味もない。ただ他の二人が着ている着物がよれよれなのに比べて、煙のそれは袴も折り目がついているし、きちんとして清潔なのである。
どちらかと云うとよれよれ組の相楽は、同じ浪人としてちょっとばかり恥ずかしく思っていたらしい。
次太郎は煙に云われた通りに相楽へ甘納豆を勧めたのだが、相楽は「折角ですが甘いものは苦手でしてな……」と片手で拝むようにしながら断った。
それでとくに彼らが気を悪くしたようには見えなかったが、なんとなく気詰まりを覚えたのだろう、「ちょっと丸火鉢をたのんできます、寒くてかないません」と不器用な笑みをつくって相楽は部屋をでていく。
そんな逃げるようにしたのは、やはりどこかこの三人には気心が知れないものを感じていたせいかもしれない。
ところで、相楽が甘いものが苦手というのは真っ赤な嘘である。以前お花が買って来てくれたみたらし団子を三串も一人で食べている。もともと四串あって、雫と半分ずつだとお花に云われた事などすっかり忘れ、もし放っておいたら全部一人で食べてしまう勢いであった。
そうはならなかったのは、「うまい、うまい」と四串目に手を伸ばしたところで、外遊びから雫が帰ってきたからに他ならない。
(あぶないところであった)と自分の食い意地にあきれた相楽であったが、何事もなかったかのように「おいちいぞお」と、雫に最後の一串を差し出すあたりが大人気ない。
むろん雫は初めよろこんで食べていたのだが、そこにあった食べたあとの串三本をみると、途端に表情を変えて、「ちずくも、みっつたべゆ」と云いだした。
相楽は観念して自分が雫の分まで食べたことを白状し、今度必ずこの埋め合わせはすると詫びたのだが、そんな説得が三歳の雫に通用するはずもない。
結局、雫は三串食べるといって大泣きしはじめ、相楽を大いに困らせたことがあった。まあ自業自得である。
さて、余計な話をした。元に戻そう。相楽は廊下を歩きながら不思議に思っていた。なぜ自分は仲間の三人といつまでたっても打ち解けないのであろうかと。
三人とも人当たりも決して悪くはなく、むしろ相楽に気を使ってくれているのがよくわかる。日頃の立ち居振る舞いも彼らは尋常であった。なのになぜか相楽は三人に心の壁をつくってしまうのだ。そのたびに少し良心が痛み、(なんか申し訳ない……)と誰に云うともなく謝ったりもしている。
おそらく単に自分が狭量なだけなのだろうと、人付き合いの難しさを痛感する相楽ではあるが、それでも最後にはやはり首を捻らずにはいられない様でもあった。
顔の角ばった鮎川が次太郎から甘納豆の袋を奪い、豆を一粒口に放り込みながら訊いた、「どうだ、あの男は仕事の邪魔になりそうか?」
あの男というのは相楽のことである。次太郎は再び足の爪を切り始めながら答える、「どうですかねえ、なんだか掴みどころのない男で、よくわかりませんなあ」
「ふむう、腕は立ちそうなようだがな」
「そうですかい? あっしにはそうは見えませんがねえ」
「けっ、中間ふぜいが何を云いやがる。あれはおそらく歴とした剣の修行をしている男だぞ」鮎川はそう云うと、甘納豆を一粒、次太郎の頭になげた。
「おまえ、これだけ長く一緒にいて、そんなことも判らんのか? 呆気者め」
次太郎は頭にあたって落ちた甘納豆を拾うと、自分の口へと放り込み、その口をへの字にする。
「へいへい、おそれいりやした。腕はともかく性格は平凡そのものですな。ただなんとなくあっしらを警戒しているというか、馴染んでこようとはしちゃいませんね」
「ふむう、それはわしも気づいておった。かといって不審に思われているようにも感じぬ、おそらくただの人見知りなのであろう」
「まあ、そんなところかもしれませんなあ」
次太郎は興も無げにそう応えると、「ああ、そうだ」と全然ちがうことを思い出す。
「ところであの男、あっしはどっかで見た覚えがある気がしてなんねえのですよ。だがちっとも思い出せねえ……」
するとこれまでずっと黙っていた煙の旦那という男が、たばこ入れから煙管を取り出しながら無表情で問いかける、「なにか大事なことか?」
「いえ、そういうんじゃねえと思いますが……」
「なら気にするな」そう云って長火鉢の中の炭から煙管に火を移し、煙草を美味そうに吸い込んだ。
鮎川はじろりと次太郎をみて、「どうせつまらんことだろう、嫌なやつだ」と鼻をならすと、次太郎は次太郎で、「ちえ」っと口を尖らせる。
煙はそんな二人のやり取りなどは気にも留めず、「いずれにしても」と紫煙と言葉を一緒にゆっくりと吐き出しながら、「まあ、どうとでもなる事だ」そう云って、また煙草を美味そうに吸い込むのであった。
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