公爵令嬢は今日も筋肉で愛を語る~好きって伝えたいだけなのに、破壊オチになる件~

灰色テッポ

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第二十八話 愛の告白

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 霧の中にいるヘルミーネは、グロリエンの腹を殴った事への動揺が、なかなか収まらずにいた。
 今まで数え切れないほどグロリエンを殴ってきたヘルミーネであったが、殺意を持って彼を殴ったのは当然初めてだったのだ。

(どうしよう、どうしよう。私とんでもない事しちゃったわッ!)

 確かにニセ者の自分の殺意であり、自分自身の殺意ではない。
 それでもグロリエンを殺そうと思って殴った感覚は、紛れもなく自分の中にあった。ヘルミーネにはその事実がただただ恐ろしくて、今にも泣き出しそうな顔をしている。

 動揺の理由はそれだけではない。なぜかグロリエンが、帝国と戦争をする話をしているのだ。
 もはや事態への理解も感情も追いつかず、ヘルミーネは半ばパニックになっていた。

(あわわわ。これって全部私のせいよね? 殺人未遂も戦争も全部私が原因だわ!)

 グロリエンが拘束している帝国貴族が誰なのか、比翼の鳥が何なのかを知らないヘルミーネには、戦争の理由は分からない。
 しかし帝国と戦争をする覚悟を見せたグロリエンが、自分の為にそうしようとした事くらいは話の流れで分かっている。

(だ、駄目よ。戦争なんてしたら絶対に駄目なんだからッ!)

 グロリエンは幼い頃から、戦争のない世界を築く国王になりたいと努力してきた。
 人々が大陸の覇王となる事を期待する重圧に抵抗し、一途に平和を望んできたその姿を、ヘルミーネはずっと彼の側で見続けてきている。

 大きな期待を裏切ってまで自分の信念を貫く事は、きっと沢山の勇気が要った事だろうとヘルミーネは思う。
 そんな勇気を持つグロリエンだからこそ、勇者の加護は彼を選んだに違いないのだ。

(グロリエン様の勇気を、私のせいで無駄にするのはイヤっ。それだけは絶対に駄目!)

 霧の中のヘルミーネは激しく動揺しながらも、自分さえ居なければ問題は無くなるにと悔しんだ。
 しかし今の彼女は霧に閉じ込められたまま、ただ現実を傍観している事しか出来ないでいた……

 一方、ニセ者のヘルミーネは、さっきからアスマンに対してイライラしている。
 自分を差し置いてグロリエンと話しているのが気に入らないのだ。

「ちょっと貴方、邪魔をするなと申し上げましたよね? なんなら先に貴方を殺して差し上げましょうか?」

 ヘルミーネから向けられた殺意に心底恐怖しているアスマンは、その進退が窮まっていた。
 すぐ横ではグロリエンにも殺すと脅されている状況であるのだ。彼が取り乱すのも無理はない。

「ほ、本気なのかっ? 俺を殺したら本当に戦争だぞっ!?」
「いや、そうとも限らなくなったんじゃないかな? ヘルミーネがお前を殺すとなれば、それは俺とヘルミーネの痴話喧嘩の巻き添えだ。戦争をする口実にはちと弱い」
「──なっ!!」

 むろんヘルミーネを殺人者にするつもりなど、グロリエンにはない。
 そう言ってアスマンの心を揺さぶっただけである。しかし恐慌をきたしているアスマンには効果てき面であったようだ。

「じょ、冗談じゃないぞっ! それじゃただの犬死にじゃないかッ!」
「それが嫌なら比翼の鳥を解け。罪は免れんが命だけは助けてやろう」
「本当だろうなっ!? なら加護を消す。だから貴様も約束は守れよッ!」
「ああ、勇者の加護に誓ってな」

 自分の加護に誓うというのは神に誓うのと同義である。
 アスマンはもはや自分の敗北を覚り、グロリエンの言葉に従う事にした。

「分かった……」

 アスマンは己の精神に宿る加護へと手を伸ばすと、比翼の鳥を掴んで力を込めた。
 するとニセ者のヘルミーネが、僅かに顔を歪ませて苦しそうに喘ぎ出したのである。

 と同時に、自分の無力さにすっかり落ち込んでいた本物のヘルミーネの方にも、異変が起こり始めたようだ。

(なんか……霧がどんどん晴れてゆくけど、一体何が起こっているの?)

 ヘルミーネの周りにあった霧がどんどん消えてゆくに従って、彼女の意識が広がり現実へと近づく。
 今まで実態感のなかった現実の景色までが、ハッキリと見えてきていた。

(えっ? 霧から出られそう!?) 

 言うまでもなくそれは、アスマンが加護を消そうとしている効果の現れである。
 彼の手の中にある比翼の鳥は、あと一握りで消滅するだろう。そうなればヘルミーネの精神支配も完全に解除されるのだ。

 だというのに。

「いや、ならん……」

 何を思ったのかアスマンは、比翼の鳥が消えるその寸前で加護から手を放してしまったのである。

「皇帝に家族が殺されてしまう……」

 アスマンがこの土壇場で思い出したのは、裏切り者はその家族が責めを負うという秘密諜報部の掟であった。
 今まで自分が散々部下を縛ってきたその掟は、アスマンとて例外にはならない。

「そうだ、俺はここで死なねばならんのだ」

 つまりこの場で投降する事は、家族の、アスマン伯爵家の破滅を意味している。
 それはアスマンにとって、自分の死よりも恐ろしい事だった。

「危ない危ない。とんでもない間違いを犯すところだった。悪いが加護を解くのは止めさせて貰うぞ」
「何だと!?」
「さあ俺を殺してくれグロリエン」
「お前……」

 グロリエンには何故アスマンがこの土壇場で開き直ってしまったのか、その理由は分からない。
 しかしさっきまで青褪めていたアスマンの表情が消え、代わりに明らかな諦念が表れているのを見たグロリエンは「チッ」と舌打ちする。彼がすでに己の死を覚悟しているように思えたからだ。

「本気なのか?」

 アスマンはその問いには答えず、ただ僅かに肩を竦めただけである。
 それを答えと受け取ったグロリエンは、「そうか……」と言って溜め息を吐く。

 諦念した人間に説得が無駄である事をグロリエンは知っていたのだ。
 もはや比翼の鳥の解除は望めないと覚った彼は、「また振り出しからかよ」と呟いて苦い顔をした。

 そうとなれば自分を殺そうとしていたヘルミーネが、再び目下の問題となるだろう。
 そう考えたグロリエンはヘルミーネへと意識を向ける。すると彼女は少し苦しそうにして踞っていた。

「おいヘルミーネ、大丈夫か?」
「う、ううう……」
「おい、どうした?」
「で、でる……」
「何だトイレか?」
「もう少しで、邪魔しなっ、出る……!」
「お、おい、ここで漏らすなよっ?」
「で、出たーッ!」

 ヘルミーネはそう叫ぶと、ふぅと大きく息を吐いた。
 そんな彼女の様子に一瞬呆然としたグロリエンは、真剣な顔でヘルミーネへと言ったのである。

「も、漏らしたのか!?」
「漏らしてませんわよッ!」

 怒ったようにそう返事をしたヘルミーネに、グロリエンは違和感を覚えた。
 何故かさっきまであったはずの殺気が消えているのだ。どうやら殺意も尿意には勝てなかったらしい。

「おい、早くトイレへ行ってこい」
「だからトイレではありませんってば!」

 ぷりぷりとし「ほんとグロリエン様はデリカシーが無いんだから!」と文句を言ったヘルミーネは、グロリエンをキッと睨む。

「出たっていうのは私の事ですわ」
「お前の事?」
「やっぱりご存知ありませんでしたのね」
「何の話だヘルミーネ。説明してくれよ」

 請われるまでもなくヘルミーネは、今まで自分が霧の中に閉じ込められていた話をグロリエンに聞かせた。
 そう。今ここにいる彼女は本物のヘルミーネである。薄れた霧から抜け出して、まんまとニセ者の自分と入れ替わったのだ。

「つまり今お前は二人いると?」
「ええ、今頃ニセ者の私は霧の中で悔がっている事でしょう。いい気味ですわ!」
「という事は、精神支配されている方のお前もまだいるのか?」
「います。ですからまたいつニセ者の私と入れ替わってしまうか分かりませんの」
「そうか……比翼の鳥が消滅したワケではないんだな」

 グロリエンは拘束しているアスマンへと振り返ると、彼にその真偽を確かめた。
 するとアスマン「こんな状況は初めてだ」と驚いた顔をする。だが「確かにまだ比翼の鳥は消えておらんよ」と答えて、ニタリと笑った。

「そうか……」

 しかしこれはチャンスなのではないか? と思ったグロリエンはチラリとヘルミーネを見た。
 今の精神支配されていない尋常なヘルミーネになら、グロリエンの愛情が正しく届く可能性があるからだ。

(という事は当初に考えていたヘルミーネとの恋愛成就によって、比翼の鳥を消滅させられるかもしれない──)

 そう考えたグロリエンは、もう一度告白してヘルミーネに想いを伝えようと決意を固める。

「実はなヘルミーネ……」

 グロリエンは比翼の鳥の異能の仕組みをヘルミーネに話し、改めて彼女へ愛の告白をしようとした。
 だが何故か今度の告白はさっきと違い妙に照れ臭い。それでもグロリエンは勇気を出して、真っ直ぐにヘルミーネを見つめる。

「すでに知っているかもしれないが、俺はお前を愛している。むろんこの気持ちは比翼の鳥を解除する為だけの、仮初めのものではない。子供の頃からずっと想い続けてきた俺の本当の気持ちだ」

 ヘルミーネはとても幸せだった。改めてグロリエンから聞いた彼の告白に、涙が出そうになるほど幸せだった。
 いや彼女は実際に涙をポロリと溢す。そして何とも言えない明るい笑顔でグロリエンの告白にと答えた。

「嬉しいです、グロリエン様」

 グロリエンはその答えを、ヘルミーネが自分の愛を受け入れてくれたものだと思ったのだろう。
 彼はヘルミーネに負けないほどの明い笑顔となり、何かを言おうとその口を開きかける。

 しかし──
 
「でも無理なのですわ……」

 グロリエンより先に口を開いたヘルミーネから溢れた言葉は、二人にとって無情なものであったのだった。
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