公爵令嬢は今日も筋肉で愛を語る~好きって伝えたいだけなのに、破壊オチになる件~

灰色テッポ

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第三十六話 万事めでたし

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 エリスティアは兄のグロリエンが重傷を負ったという報せを聞くと、馬車を飛ばし急いでヘルミーネの泊まる宿へと駆けつけた。
 グロリエンがヘルミーネと勝負をする事を知っていただけに、本気で心配だったのだろう。エリスティアの表情はいつになく険しかった。

 しかしいざ兄の様子を見に部屋へと入ると、そんな重傷の心配どころではない不穏で重い空気が、部屋一杯に満ちていた。

「えっとぉ、わたしやっぱり帰るねぇー」

 面倒臭いことが大嫌いなエリスティアは、即座にその危険を察知したのだ。
 ゆえに回れ右して部屋から出ようとしたのであるが、素早く近づいてきたヘルミーネにその肩を掴まれてしまう。

「待ってエリスン! ちょっと話を聞いて欲しいのッ」
「待ちたくないしぃ、聞きたくないよぉ」

 そう断るエリスティアにはお構いなしに、今度は包帯でぐるぐる巻きになっているグロリエンが、彼女のもう片方の肩を掴んで激しく揺すった。

「ダメだ、行かせないぞ! 俺とヘルミーネの未来に関わる大事な話なんだ。是が非でも聞いてもらうからなッ」
「あわわ、揺すらないでぇ。お兄様が死んでから話は聞くからぁー」

 だがエリスティアの抵抗も虚しく、彼女は詳細な話を二人から無理やり聞かされるはめになる。
 ようするに痴話喧嘩なのだ。ヘルミーネにプロポーズするはずだった約束を、グロリエンが破ったという事らしい。

「そうじゃない! 俺はヘルミーネとの勝負に勝ったら結婚を申し込むと言ったんだ。まだお前に勝ってもいないのに、プロポーズをするワケにはいかないだろ!」
「グロリエン様は私に勝ったじゃありませんか! なのに言い訳ばかりして。本当はプロポーズなんてする気が無かったのだわ!」
「強情な奴だな、俺が勝ったのはニセ者のヘルミーネだ!」
「ニセ者だろうと私は私です!」
「いやニセ者はお前じゃないだろ!」
「肉体は同じだわ!」

 とまあ、こんな調子で二人の話はずっと平行線なのだ。エリスティアにしてみれば、ただの勘違いの話をここまでややこしくする意味が分からない。
 もはやただの意地の張り合いに見える。

(うえぇ、めんどくさぁー)

「もう結構ですわ! グロリエン様からのプロポーズなんてこっちからお断りですっ」
「な、何だと!? お前に相応しい男であろうとする俺の気持ちが分からんのかッ」 

 二人の喧嘩をじぃっと見ながらエリスティアは思った。引くに引けなくなったこの状況を、二人は自分に仲裁させようとしているのだなと。
 ようするに二人とも本当は仲直りがしたいのであろう。

「ねえ、エリスンはどう思う!?」
「そ、そうだ。エリスティア、お前の意見を聞かせてくれ!」

 案の定、二人はエリスティアに助け船を求めてきた。なら始めから喧嘩するなよと言いたいところだが、余計にこじれそうなのでもちろん言わない。

「えっとぉ、二人とも馬鹿だと思ぅー」

 エリスティアの失礼な一言にヘルミーネとグロリエンはムッとする。だが流石にそこはわきまえていた。
 とにかく収拾のつかなくなったこの状況を、エリスティアに丸く収めてもらわねば困るのだから。

「そもそもぉ、国王陛下は二人の結婚を許可してるワケぇ?」
「それは問題ない。むしろヘルミーネなら陛下も大喜びだろう」
「大喜びだなんて大袈裟ですわ……」

 満足げに頷くグロリエンに、嬉しそうに照れているヘルミーネ。
 そんなバカップルな二人を見て、エリスティアはつくづくウンザリしてきた。

「ならいいけどぉ。それならなおさらぁ、お兄様は馬鹿だと思うー」
「なんでだよ」
「だってぇ、お兄様はホントにぃヘルミンとの勝負に勝てると思ってるぅ?」
「か、勝てるさ!」
「ふぅーん。でもぉもしお兄様がずっと勝てなかったらぁ、ヘルミンはぁ未婚のお婆さんになっちゃうよぉ?」

 お婆さんという言葉を聞いてグロリエンとヘルミーネはギクリとした。
 とくに動揺が激しかったのがヘルミーネである。

「えっちょっ? 私そんなの嫌ですわよ!」
「だよねぇ。でも大丈夫ぅー、そうなったらあのシスコンマッドリーが黙ってないからぁ。また頭の狂った縁談とかをヘルミンに持ってきてくれるはずぅー」
「それはもっとイヤよっ!」
「駄目だっ、それだけは絶対に許さん!」
「けどぉ、それでもお兄様はぁ勝負に勝つまでは結婚しないんでしょぉ?」
「い、いや、それは……」

 答えを濁したグロリエンの顔面からは、大量の冷や汗がたらたらと流れだしている。
 方やヘルミーネは絶望的な自分の将来を想像し、ワナワナと唇を震わせていた。

「だ、だからグロリエン様は、さっさとプロポーズするべきなのですわ!」

 焦ってそう言ったヘルミーネにエリスティアの目がキラリと光る。まるで獲物を捉えた狩人の目だ。

「なんかぁヘルミンってぇ、結婚が人生のゴールだと思ってる馬鹿女みたいだねぇー」
「ひ、ひどいよエリスン!」
「だってそうじゃんかぁー、ヘルミンはお兄様と結婚した後の生活ってぇ、ちゃんと考えたことあるのぉ?」
「それは……まだないかもだけど」
「このまま結婚したらぁ、お兄様は馬鹿だからぁ、いつまでも自分はヘルミンに相応しくない男だぁーってウジウジしてぇ、ギクシャクした夫婦関係まっしぐらだよぉー」
「た、たしかに……」

 呆然としながらも納得するヘルミーネと、憮然としながらも心当たりがありすぎて黙っているグロリエン。
 そんな二人にエリスティアはさらに追い打ちをかけた。

「そうなればぁ、間違いなく二人は離婚するだろうねぇー」
「り、離婚だと!?……」
「ま、まさか!……」

 いまヘルミーネとグロリエンの頭の中には、冷めた夫婦が離婚する悲しい光景が思い浮かべられている。
 エリスティアの話により現実的な気持ちになった二人は、自分たちに訪れるだろう暗い未来に激しく狼狽しいるのだ。

「たすけてエリスンっ!」
「何とかしてくれエリスティアっ!」

 二人に縋りつかれたエリスティアは、誰にも気づかれないようにほくそ笑んだ。
 そして決然として言ったのである。二人の救いはこれしかないというふうに──

「だったらぁ新年に上覧武術大会があるじゃんかぁ。勝っても負けてもその勝負でぇ、お兄様がヘルミンにプロポーズするって決めちゃえばいいよぉ!」

 何とも乱暴な提案であるが、エリスティアにはもつれた二人の感情を丸く収める気が最初からない。丸め込めればいいと思っている。
 だから二人に反論させる隙を与えぬようにと、言葉を畳み掛けていく。

「勘違いしてるみたいだけどぉ、お兄様がヘルミンに相応しい男かどうかを決めるのはぁ、お兄様じゃなくてヘルミンの方だよぉー」
「どういう意味だ?」
「つまりぃ、もしぃ他所の国にヘルミンより強い騎士がいたとしたらぁ、お兄様はその騎士に結婚を譲るのかって話ぃー」
「バカを言うなっ、譲るわけないだろ!」
「どうしてぇ? ヘルミンより強い男こそがヘルミンに相応しいならぁ、ヘルミンに勝てないお兄様よりぃその騎士の方が相応しいじゃんかぁー」
「話にならんっ! その騎士が悪い奴だったらどうする。本当に相応しいかどうか分かったかもんじゃないッ!……って、あれ?」

 だったらなぜ自分は勝負に勝つ事で、ヘルミーネに相応しい男だと証明しようとしているのだろうか?
 グロリエンはその矛盾に思い至ると、それ以上何も言えなくなってしまう。

 するとヘルミーネが眉間に皺を寄せてぽつりと呟いた。

「私、そんな騎士イヤですわ」

 その瞬間、グロリエンはハッとした顔をする。ようやくにエリスティアの言った意味が分かったからだ。
 ヘルミーネに相応しい男かどうかはヘルミーネが決めるという、馬鹿でも分かる当たり前のことに。

(俺は本当に馬鹿なのかもしれない……)

 自分に呆れて唖然としているグロリエンをよそにして、エリスティアは今度はヘルミーネの丸め込みに取りかかった。

「だよねぇ。ヘルミンより強い男がヘルミンに相応しいとかぁ、余計なお世話っていうかぁ、そんなのマッドリーの押し付け縁談と同じじゃんねぇー」
「ほんとそれよ! さすがはエリスン、分かっているわね」
「ならぁ、あと一回勝負するだけでぇ、マッドリーに狙われなくなるわたしの提案って結構良くない? しかも未婚のお婆さんにもならなくて済むよぉー」
「うん、いいと思う! 私は賛成っ」

 ヘルミーネは勢いよく挙手をしてエリスティアの提案に同意した。
 そんな二人の後ろから、ばつの悪そうな顔をしたグロリエンがおずおずと手を上げて、二人の会話に割り込んできた。

「あのぉ、俺も賛成です……」

 明るい顔で振り向いたヘルミーネと、ニヤリと悪い顔をするエリスティア。
 いずれにしろ己の不明を恥じていたグロリエンには、二人の顔を直視することは出来ていない。

「俺もこの一回の勝負に、これまで十数年間の思いの丈をぶつけたい。そしてまっさらな気持ちで、ヘルミーネにプロポーズをしたいと思うんだ!」

 グロリエンの真摯な言葉に感動し、思わず目を潤ませたヘルミーネの瞳が、決意に燃えるグロリエンの瞳と重なりあう。

「グロリエン様っ、勝負致しましょう!」
「ヘルミーネ、勝負しようっ!」

 こうして二人のプロポーズの舞台は、新年に開催される上覧武術大会にと定まった。
 手と手を取り合って盛り上がる二人の横では、エリスティアが心底ウンザリしたように小さくため息を吐いていた。 


 ◇*◇*◇*◇*◇


 月日は足早に過ぎてゆき、フェンブリア王国では新たなる年を迎えた。王家による国民への祝賀の挨拶は益々高まるグロリエンの人気を証明するかの様にして、大いに盛り上りを見せている。
 だがそれにも増して盛り上がったのは、毎年恒例の上覧武術大会である。王都にあるコロシアムに詰めかけた人々は、いままさに開始されようとしていた決勝戦を固唾を飲んで見守っていた。

 観衆たちは今日の試合に勝つのはどっちだろうかと、それぞれ勝手な予想を口にしながら期待に胸を膨らませる。

「今年はどっちが勝つのかな?」
「俺は今年こそグロリエン様が雪辱を晴らすと思うな」
「うむ。帝国をすっかり大人しくさせちまった勇者の加護は、やっぱり偉大だよな!」
「そうかなあ、私はやっぱり古今無双の公爵令嬢ヘルミーネ様が勝つと思うわ」
「おいおい今更その二つ名はないだろ」
「だな、今は古今無双の王妃陛下ヘルミーネ様だぜ!」

 そうなのだ──ヘルミーネとグロリエンが結婚を決めた勝負をしてから、すでに七年の歳月が流れ去っていた。
 あれから二人は無事に結婚を果たし、王太子だったグロリエンも今やフェンブリア国王となっている。

 王家の観覧席に目を向ければ退位した前国王夫妻のその横に、ちょこんと座った小さな孫たちの姿を見るだろう。
 五歳の少年と三歳の双子の姉妹。彼らは観衆たちの大声援に負けじと黄色い声を張り上げて、小さな手を父母へと振った。

「父上も母上も、どっちも頑張れーっ!」
「がんがれーっ!」

 コロシアムのアリーナで完全武装して立つグロリエンとヘルミーネは、我が子たちの声援を聞き届けると大きくその手を振り返す。

「なあヘルミーネ、末の王子をエリスティアに任せて大丈夫かな?」
「仕方ありませんわ、エリスンが抱いていないと大泣きしてしまうのですもの」

 少し心配そうにして話す二人の視線の先には、乳呑み子を相手に手を焼いているエリスティアの姿があった。
 彼女はいかにも迷惑そうな顔をしながらも、しっかりと自分の甥を抱いている。

「ちょっ! ドレスによだれを擦り付けないでぇ。もう最悪ぅー」
「ばぶぅー!」

 小さく肩を竦めたグロリエンはロングソードを右手で抜くと、「そろそろ始めるか」と面頬を下げる。
 それに応える様にヘルミーネも面頬を下げながら、「いつでもよろしくてよ」と言って大楯とメイスを両手に構えた。

「覚悟しろよヘルミーネ。今年こそは勇者の加護にかけて絶対にお前に勝つからな! 今日で連敗は終わりだッ」
「オホホホ、そうである事を願ってますわ。胸を張って平和を守ると言える、古今無双の国王陛下になってくださいまし」
「くっ、小癪な奴め……」
「でも手は抜きませんので。大会十連覇は私のものです!」
「させるかよ! 来いヘルミーネ!」
「参りますわグロリエン様!」

 二人の武器が重なり合いガチンと大きな音を轟かせると、観客たちの歓声がコロシアムを揺るがした。
 どうやら二人は幸せを掴んだようである。相変わらず勝負は続いているようだが、それもまたヘルミーネとグロリエンにとっての幸せのカタチの一つなのだろう。

 とはいえかつて帝国の陰謀により一度は幸せを手放そうとしたように、いつまた二人の幸せに影が差すとも限らない。
 それに二人にはシスコンのマッドリーもいるのだ。今は宰相となり忙しく働く彼が、またいつヘルミーネに異常な愛情を示すのか分かったものではないのだから──

「しかしまあ、万事めでたしという事にしておきましょうかね。なにより双子の姪たちが可愛すぎますからな!」

 コロシアムの観客席に続く通路から、二人の試合を見てそう呟いたマッドリーは、僅かに微笑みを浮かべて出口へと歩きだした。

 〈了〉
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