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第十二話 祝福されしドラゴンの花嫁
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その日からずっとラフィンドルは魔法で治療を続け、ようやく剣で斬られた傷口が塞がる気配を見せたのは二日後のことだった。
だが傷はかなり深いところまで届いている致命傷である。まったく安心できる状況ではない。
人間の身体とはこうも脆いものなのかとラフィンドルは歯噛みした。ドラゴンの身体なら瞬く間に回復する傷なのにと……
もともと人間の身体は魔法との親和性が低い。故にその身体に詳しい人間の回復師にアリシアの治療を任せることも考えた。
しかしラフィンドルは自分以上の魔法を扱える者は人間の中にはいまいと諦める。
いまは魔法をかけ続けその効果が現れるのを祈るしかなかった──
アリシア奪還に失敗した兵士と騎士たちは、ロマーダ伯爵邸へと戻っていた。
いま邸内ではブロイドの助勢として同行した騎士たちが、事の顛末をアリシアの伯父であるレイオン・ロマーダ侯爵に報告している。
「ブロイドの奴めが……アリシアを、儂の可愛い姪を斬ったと申すかッ!」
「は、はい……即死とも思える深手でしたので、我々も奪還を諦めて戻ってきた次第です……」
みるみる顔を赤くし鬼の形相となったレイオンは、その恐ろしい外見とは裏腹な静かな声でイザーネを近くに呼ぶ。
だがイザーネは腰が抜けたように一歩も動けずにその場で口を震わせた。
「わ、私のせいじゃない……」
レイオンは剣の柄を握りながら立ち上がると、「なら誰のせいだ」と問いながらイザーネへと近寄る。
「そ、それは……」
しかしイザーネがそのあとの言葉を続けることはなかった。何故ならいま、その首が床に転がっていたからだ。
こうして継承者を失ったロマーダ伯爵家は取り潰しとなり、イザーネの二人の子供たちは追放の身となったのである。
シトシトと昨晩からの冷たい雨が、今朝も洞窟の外では降りしきっていた。
そんななかアリシアは四日目にして昏睡から目を覚ましたようだ。
「ラフィさま……」
「アリシア、目が覚めたか?」
しかしそれは治療が効いてのことではない。依然としてアリシアは死の境にいた。
「私まだ、生きていますの?」
「ああ、もちろんだよ、俺が花嫁を死なせると思うかい?」
するとアリシアは僅かに微笑む。
その微笑みの意味はラフィンドルには分からなかったが、とても切ないように思えた。
「ねえラフィさま……」
「ん? なんだね?」
「私を、ラフィさまの花嫁にしてくれて、ありがとう」
「ああ、俺こそ幸せ者だ。千二百年も生きてきたが、こんなにも幸せなのは初めてだよ」
「ラフィさまは、とても長く生きてこられたのでしたわね……私はまだ、たった十六年ですわ」
そう言った後アリシアは少し息苦しそうにして、小さな咳を続けた。
「さあ、もう寝なさい、話はまた今度にしよう」
心配そうにラフィンドルはそう促すのだが、アリシアは静かに首を横に振ったのである。
「いいえ……いま寝たらもう、起きられないような気がします」
それはアリシアの最後の我が儘なのかもしれないと、そう思えたラフィンドルは言葉を失ってしまった。
そして、とうとう自分は決断しなければならないのだと悟る。
アリシアが昏睡している間、ずっと考えていた一つの事を──
「そうか、ならアリシアに俺の秘密を聞かせてあげようか」
「まあ……ぜひ聞かせてください」
「うん、実はね、俺は子供の頃は人間だったんだよ」
「ウフフ、冗談ばっかり」
「そう思うかい? でもね、本当の話なんだ」
ラフィンドルは昔に自分を変化させたドラゴンの祝福の話をアリシアにした。
その後に祝福について研究した結果、それが呪いであったと判明し、今では自分もそれを扱える事も。
「呪い、だったのですか……」
アリシアは話を聞いて疲れたのだろう、少し呼吸が荒い。
「うん、呪いだ。恐いかい?」
「いいえ、ちっとも。それに私にとっては呪いではなくて、やっぱり祝福ですわ」
「どういう意味かな?」
「だって……ラフィさまがドラゴンでなかったら、私はラフィさまの花嫁にはなれませんでしたもの。だから祝福なんです」
虚ろな目をして話すアリシアの視界は、なぜだか急に暗くなっていく。
「ラフィさま……どこにいますの?」
「ここにいるよ、アリシア」
「私……ラフィさまに……お別れを言わなくちゃ……」
「まて! アリシアっ!」
ラフィンドルはアリシアに必死で魔法をかけ、ギリギリに命を繋ぎ止める。
「アリシアはもし、自分がドラゴンになってしまったら嫌か!?」
「フフ……ラフィさまは……おかしなことを訊きますのね……嫌かだなんて……そんなわけがあると……思いまして?」
アリシアは微かな微笑み浮かべ、消えそうなほど小さな声で言ったのだった。
「だって……私はドラゴンの花嫁ですもの」
その瞬間、ラフィンドルは決断した。
──祝福あれと。
♢*♢*♢*♢*♢
ある旅人がすれ違う農夫に訊ねた──あの山の峠を越えたいのだが、そこにはドラゴンが棲んでいると言うのは本当かね?
その農夫は答える──ああ、本当だ。番のドラゴンが棲んでいなさるよ。
それを聞いて、なんて恐ろしいと顔色を変えた旅人に農夫は笑って言った──恐ろしいだって? とんでもねえ。あの山に棲む番のドラゴンはもう何百年もの間、穏やかに暮らしていなさるんだぜ?
すると大空で翼をはためかせた番のドラゴンが、白い雲間にちらりとみえる。
農夫はそれを見上げて言った──ごらんなさい、今日も仲良く夫婦で散歩をしていなさるよ。
なんともまあ幸せそうじゃないかね。
〈了〉
だが傷はかなり深いところまで届いている致命傷である。まったく安心できる状況ではない。
人間の身体とはこうも脆いものなのかとラフィンドルは歯噛みした。ドラゴンの身体なら瞬く間に回復する傷なのにと……
もともと人間の身体は魔法との親和性が低い。故にその身体に詳しい人間の回復師にアリシアの治療を任せることも考えた。
しかしラフィンドルは自分以上の魔法を扱える者は人間の中にはいまいと諦める。
いまは魔法をかけ続けその効果が現れるのを祈るしかなかった──
アリシア奪還に失敗した兵士と騎士たちは、ロマーダ伯爵邸へと戻っていた。
いま邸内ではブロイドの助勢として同行した騎士たちが、事の顛末をアリシアの伯父であるレイオン・ロマーダ侯爵に報告している。
「ブロイドの奴めが……アリシアを、儂の可愛い姪を斬ったと申すかッ!」
「は、はい……即死とも思える深手でしたので、我々も奪還を諦めて戻ってきた次第です……」
みるみる顔を赤くし鬼の形相となったレイオンは、その恐ろしい外見とは裏腹な静かな声でイザーネを近くに呼ぶ。
だがイザーネは腰が抜けたように一歩も動けずにその場で口を震わせた。
「わ、私のせいじゃない……」
レイオンは剣の柄を握りながら立ち上がると、「なら誰のせいだ」と問いながらイザーネへと近寄る。
「そ、それは……」
しかしイザーネがそのあとの言葉を続けることはなかった。何故ならいま、その首が床に転がっていたからだ。
こうして継承者を失ったロマーダ伯爵家は取り潰しとなり、イザーネの二人の子供たちは追放の身となったのである。
シトシトと昨晩からの冷たい雨が、今朝も洞窟の外では降りしきっていた。
そんななかアリシアは四日目にして昏睡から目を覚ましたようだ。
「ラフィさま……」
「アリシア、目が覚めたか?」
しかしそれは治療が効いてのことではない。依然としてアリシアは死の境にいた。
「私まだ、生きていますの?」
「ああ、もちろんだよ、俺が花嫁を死なせると思うかい?」
するとアリシアは僅かに微笑む。
その微笑みの意味はラフィンドルには分からなかったが、とても切ないように思えた。
「ねえラフィさま……」
「ん? なんだね?」
「私を、ラフィさまの花嫁にしてくれて、ありがとう」
「ああ、俺こそ幸せ者だ。千二百年も生きてきたが、こんなにも幸せなのは初めてだよ」
「ラフィさまは、とても長く生きてこられたのでしたわね……私はまだ、たった十六年ですわ」
そう言った後アリシアは少し息苦しそうにして、小さな咳を続けた。
「さあ、もう寝なさい、話はまた今度にしよう」
心配そうにラフィンドルはそう促すのだが、アリシアは静かに首を横に振ったのである。
「いいえ……いま寝たらもう、起きられないような気がします」
それはアリシアの最後の我が儘なのかもしれないと、そう思えたラフィンドルは言葉を失ってしまった。
そして、とうとう自分は決断しなければならないのだと悟る。
アリシアが昏睡している間、ずっと考えていた一つの事を──
「そうか、ならアリシアに俺の秘密を聞かせてあげようか」
「まあ……ぜひ聞かせてください」
「うん、実はね、俺は子供の頃は人間だったんだよ」
「ウフフ、冗談ばっかり」
「そう思うかい? でもね、本当の話なんだ」
ラフィンドルは昔に自分を変化させたドラゴンの祝福の話をアリシアにした。
その後に祝福について研究した結果、それが呪いであったと判明し、今では自分もそれを扱える事も。
「呪い、だったのですか……」
アリシアは話を聞いて疲れたのだろう、少し呼吸が荒い。
「うん、呪いだ。恐いかい?」
「いいえ、ちっとも。それに私にとっては呪いではなくて、やっぱり祝福ですわ」
「どういう意味かな?」
「だって……ラフィさまがドラゴンでなかったら、私はラフィさまの花嫁にはなれませんでしたもの。だから祝福なんです」
虚ろな目をして話すアリシアの視界は、なぜだか急に暗くなっていく。
「ラフィさま……どこにいますの?」
「ここにいるよ、アリシア」
「私……ラフィさまに……お別れを言わなくちゃ……」
「まて! アリシアっ!」
ラフィンドルはアリシアに必死で魔法をかけ、ギリギリに命を繋ぎ止める。
「アリシアはもし、自分がドラゴンになってしまったら嫌か!?」
「フフ……ラフィさまは……おかしなことを訊きますのね……嫌かだなんて……そんなわけがあると……思いまして?」
アリシアは微かな微笑み浮かべ、消えそうなほど小さな声で言ったのだった。
「だって……私はドラゴンの花嫁ですもの」
その瞬間、ラフィンドルは決断した。
──祝福あれと。
♢*♢*♢*♢*♢
ある旅人がすれ違う農夫に訊ねた──あの山の峠を越えたいのだが、そこにはドラゴンが棲んでいると言うのは本当かね?
その農夫は答える──ああ、本当だ。番のドラゴンが棲んでいなさるよ。
それを聞いて、なんて恐ろしいと顔色を変えた旅人に農夫は笑って言った──恐ろしいだって? とんでもねえ。あの山に棲む番のドラゴンはもう何百年もの間、穏やかに暮らしていなさるんだぜ?
すると大空で翼をはためかせた番のドラゴンが、白い雲間にちらりとみえる。
農夫はそれを見上げて言った──ごらんなさい、今日も仲良く夫婦で散歩をしていなさるよ。
なんともまあ幸せそうじゃないかね。
〈了〉
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