柴イヌのコテツですが異世界ってなんですか?

灰色テッポ

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第二章 柴イヌと犬人族のお姫様

第三十二話 現れたあの人

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 オレ、アジェルさん、空気、風、岩、石、土、草、苔、虫、木、砂、縄、オスカーさんの唾、カビ、キノコ、動物のふん、虫の死骸、燃えた木屑きくず、何か分からないもの────

 いまオレの周りは匂いであふれかえり、隙間のひとつさえありません。

 ただ一ヵ所を除いては……

 そこだけが完全に匂いが消えていて、ぽっかりと穴があいています。
 つまりそこにオスカーさんがいるということですっ!

 その穴が素早く近づいてくるのを感じたオレは、思いっきり跳んで匂いの穴から離れました。

「おまっ! 何いまの!? まぐれ?」

 穴からオスカーさんの声が聞こえてきます。やっぱりそうでしたか。

 溢れるかえる匂いの中で、唯一匂いの消えた穴こそがオスカーさんです。

「おいっ! 柴犬君ッ、答えろっ! 今のはまぐれで避けたのかッ!?」

「教えてあげません」

 おや? 匂いの穴だけだと位置がボヤけてて、避けるくらいにしか使えなさそうでしたが……声が重なるとだいたいの場所が分かりますね!

「オスカーさん」

「なんだっ!」

 イヌパーンチッ!

「はぶっ!?」

 当たりました。

「い、痛いじゃないかっ! そうか、声で特定したなっ、くそっ! もう無言で君を殺してやるッ!」

「コテツ、何がおきておるのじゃ!?」

 アジェルさんがなんかいてきてますね。いまはそれどころではないので無視しましょう──って、おっと危ないッ! 
 オスカーさんが何度もしつこく近づくたびに、オレは避けねばならないのですっ!

「おぬしは何故そんなに、あちこち動きまわっておる!?」

 うるさいですね、必死だからですよッ! 避けきれないとオレは殺されるんですっ。

「コテツ、わらわに出来ることは無いか?」

「いまは邪魔ですっ! 仔イヌは大人のケンカを黙って見ていなさいっ!」

「わ、妾が怒られたっ……!」

 あっ、アジェルさんが涙目なみだめになってションボリしてしまいました。ちょと可哀想でしたかね?
 まあいいです、放っておきましょう。

 しかしこのまま逃げ回っていても勝てる見込みがありませんね……ならもう一度声を。

「オスカーさん!」

「…………」

 むう、引っかかりません。

 なんてガッカリした時です。匂いだらけで気がつきませんでしたが、モニカさんとリリアンさんの匂いが岩の隙間からただよってきましたっ!

 待ってましたよモニカさんっ! いまモニカさんの助けが欲しいんですッ!

「おいモニカどういう事だ? オスカーがいないぞ? しかもコテツ殿は、なんかやたらと一人で動きまわっているし……」

「よく見てリリアン、アジェル姫がいるわ。という事はオスカーもいて、コテツさんはいま戦いの真っ最中なのよ!」

「えっ、じゃあコテツ殿はオスカーの隠形おんぎょうとまともに戦っているのか? こうしちゃいられんっ! 私も加勢にッ──」

「駄目っ! 隠形から攻撃されたら魔法で物理結界を張っていない限り、あっという間に殺されるわッ!」

「そ、そうだな、急いで結界を作るッ!」

「待って! コテツさんが、何か言っているみたいっ! モニカ……えっ!? 私?」

「な、なにっ? 何て言っているんだッ!?」

「えっと……モニカ……が……欲しいっ! イヤンッ、召し上がってえっ!」

「ウソつけえっ!」

 たくっ、まだ聞こえないんですかねっ! よく聞いてくださいよッ!

「モニカさん、オナラをブーブーさせるやつが欲しいんですっ! リリアンさんのオナラと同じのをお願いしますッ!」

「ギャーッ! 忘れてっ、忘れて下さいコテツ殿っ! お、オナラなんか知らないっ! そういうのはしない乙女なんだからーッ!」

「うるさいリリアンっ! そう……そうか! 分かりましたわ、コテツさんッ!」

 ん? アジェルさん、なんですかそのジトっとした目は……

「コテツ、妾に放屁ほうひせよと言っておるのか?……酷い性癖じゃっ!」

 馬鹿じゃないですかこの仔イヌは……

「おいモニカ、何が分かったんだ?」

「あんたにかけた失敗呪詛じゅそよっ! フフ、思い知るがいいわオスカーッ! くらえっ! 呪詛『放屁』!!」

 ブッブ~ぅ……ブリブリっブーッ!

「──ッ!?」

 キタあーーッ! オナラの音ッ!

 オスカーさんは、そこだあーーっ!

 イヌパンチっ、イヌパンチっ、イヌパンチっ、イヌパーンチッ!

「べばっ、べばっ、べばっ、べばーっ!」

 あっ! オスカーさんが白目しろめをむいて姿を現しましたッ!

「でたなオスカーっ! くらえっ! 天誅てんちゅうーーッ!」

「グギャッ!…………」

「ちょっ! リリアンっ、まさか殺してないでしょうねッ!?」

「大丈夫だモニカ、剣の腹でぶっ叩いただけだからな。気絶しただけさ」

「ならばよしっ! 復讐完了ですわっ!」

 うわあ、残酷……いや、復讐できて良かったですけど。

「アジェル姫、ご無事ですか?」

「うむ、支部長よ、世話をかけたな」

「いえいえ、さらわれた獣人二十二名も無事に奪還いたしました。あと従者の方もお一人だけはなんとか一命は取り留めましたわ!──メガネクイッ」

「すまぬな、恩に着るぞ」

「ちょっとコテツ殿。モニカの奴、まるで自分の手柄のように話していますよっ! 腹黒いですねえーっ」

「まあモニカさんがオスカーさんに、オナラをさせたおかげで勝てたんです。モニカさんの手柄ですよ」

「オホホ、あとはこのオスカーを獣人の皆さまの手で、厳しく残酷に裁いてくださいませっ!」

「そうしよう。ところでコテツ、おぬしに話したい事があるのじゃが──」

 ん? 誰か来ました。

 アジェルさんも匂いで気がついたようです。イヌなら当然ですね。

「いや、その前に……コテツ」

「はい、気味の悪い匂いが三つと人間の匂いがしますね」

 気絶したオスカーさんを縛っているリリアンさんと、そのオスカーさんを踏みつけているモニカさん。
 この二人にオレは、怪しいものが近づいていると知らせました。

「ねーぇ、オスカーちゃんいるぅ? 返事をしてぇ」

 その声を聞いたアジェルさんが、小声でオレたちにささやきます。

「この声の主が、オスカーが申していた『あの人』とやらかも知れぬな……油断するなよ」 

「奴隷を買いにきた奴だろ?……ろくな奴じゃないな、私がぶった斬ってやるっ!」

 モニカさんがリリアンさんをひじで突っついたときです。その人たちはゆっくりと現れました。

「あらぁ? あなたたちは、オスカーちゃんのお仲間さんかしら?」 

 女の人みたいに話すおじさんでしたね。この人も確かに怪しい人ですが、それよりもっと怪しいのが一緒にいる人たちです。

 いや……人ではないかもしれません。

「おぬしに獣人を売りにきた男は、縛られて気絶しておるぞ。こやつは犬人族けんじんぞくによって裁きをうける。我らが奴隷として売買されることは、金輪際こんりんざいない!」

 アジェルさん、ちょっと怒ってますね。なかなかの迫力です。

「あらやだ! 何だか話が違うじゃない! 困るわぁ、アタシまだ獣人ちゃんを六匹しか買ってないのよ?」

「その六人の獣人も返してもらおう。違法な奴隷売買をしたのじゃ、嫌とは言わせぬぞ」

「駄目よぉ、ダメダメ! それは無理な話だわ! それに実験材料の数が全然足りてないんだものぉ、こっちこそオスカーちゃんを返してもらうからぁ」

「その実験材料とは何の事じゃ、話せ!」

「あらぁ? あなたも獣人じゃない! ステキっ! 手ぶらで帰らなくてすみそうで良かったわぁ」

「答えよっ! 実験材料とはなんじゃ!」

「ウフフ、いいわよぉ、教えてあけるわ。ねえ獣人ちゃん、ホムンクルスって知っているでしょ?」

「なに? ホムンクルス……」

 ん? アジェルさんの顔色が変わりましたね。不安な匂いもさせています。
 ホムンクルスってのがその原因なのでしょうか?

「まさか……うぬは我が同胞はらからたちを人造人間の材料にしたと申すかッ……!?」

「イエ~ス! はい、ジャーン! これがアタシの可愛い子供たちよぉーっ!」

 おじさんがそう言うと、後ろにいた三人がマントを脱いで姿を晒しました。
 なるほど……やっぱり人ではありませんでしたね。

 おや? モニカさんがオレの服の裾を掴んで震えています、なんででしょう?
 てか、恐怖の匂いがすごいです。
 
「こ、コテツさん……もしかしたら非常にマズい状況かもしれませんわ」

「なんでですか?」

「以前に王都のギルドで、ホムンクルスを造る錬金術師の討伐依頼があったのです。Aランカー四人のパーティーが引受けたのですが、結果全滅してしまい大問題になった事があって……」

「その話なら私も聞いた事があるぞ! 今時ホムンクルスなんて造る狂った錬金術師は、そいつしか知らないが──ってことは、まさか!?」

 リリアンさんまで緊張した匂いをさせ始めました。

「あなた、もしかして……錬金術師のボルトミ・フィアルですの?」

「いや~ん、アタシってば有名人っ! そうよぉ、でもアタシ自分の名前が嫌いなのよねぇ、だからおネエさまって呼んでねっ!」

 ふむ、おじさんなのにおネエさまなんですか? しかも有名人……
 あっ! つまりこの人こそが前にご主人様が言っていた、男から女になると人気者になれるというやつですね!

「そうか、そこにいる犬人族の姿に似た化け物が、同胞六人の成れの果てなのじゃな……」

「ピンポーン! 正解よぉ、ワンコ一号っていうのよ。隣のがゴブちゃん十六号で、その隣がリザくん二十号よっ!」

あわれな──」

「そうだ、ねえっ! ちょっとこれ見てちょうだいよッ!」

 あっ、おネエさまがゴブちゃんとリザくんを順番に殴りましたよ! 自分の子供だとか言ってたくせにヒドいですね。

「ね、この二人は殴っても何しても、全然感情がないの。心の無い人形みたいなのよねぇ──でも!」

 むっ、今度はワンコを殴りました。名前がワンコだけに何かムカつきます!

「ほらっ! 今ちょっとだけ悲しい顔したでしょ!? この子には心があるのよぉ、やっと心のあるホムンクルスを造る事ができたのよぉ! ほら、この悲しい顔をよく見てッ!」

 ワンコが殴られ続けています。確かにほんのわずかですが、ワンコからは悲しい匂いがしてきます。
 ゴブちゃんやリザくんからは、まったく感情の匂いはしませんでしたが……

「なぁんてウソでぇす! 心? ないわぁ。でもアタシも昔は心のあるホムンクルスを造ろうと思ったのよ? そう! 神が獣人を造ったように、アタシも神になりたかったのよねっ! でも無理無理っ。だから今はお金のためにホムンクルスを造ってまぁ~す! むしろ兵器に心は邪魔って感じぃ」

「ならばうぬは何故なにゆえに、そのホムンクルスをなぶったのじゃッ!」

 アジェルさんの悲しみが息苦しいほどオレに伝わってきます。
 胸が、イタい──

「えっ? だってワンコ一号だけ変な反応するから面白いじゃない? エンターテイメントよぉ」

「この外道げどうが……死者の魂までもてあそぶかッ!」

 そう言って涙をこぼしたアジェルさんの頭を、オレはそっと撫でてあげました。

「アジェルさん、悲しいんですね」

「コテツ……妾は……」

「いいですよ、わかりました」

 仔イヌをいじめる奴をオレは許しはしませんので。 
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