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第44話
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「だけど……」
さらに言い返そうとする俺を手で制しながら、イザベラが微笑みを浮かべてリーリアに向き直る。
「二人とも、ちょっと落ち着いて。私だって今からすぐに護衛を始めようとは思っていないよ。アキラ君の言う通りしばらくは大丈夫だろうし、私もちょっとやり残した仕事があるからね」
「そんな……」
不満そうに唇を歪ませるリーリアに笑顔を向けながら、さらにイザベラは言葉を続ける。
「だから私はまだ護衛をすることはできない。でも、それだとリーリアが納得しないだろうから、私の代わりにエステルを護衛につけるよ。あの子だって冒険者の端くれだから、ある程度は役に立つはず。ついでに修行にもなるから、依頼料はなしでオッケーだよ」
俺たちの不満をほとんど解決するようなその提案に、俺とリーリアは驚いてお互いの顔を見つめ合う。
「でも、本当にいいんですか?エステル君にも、ちゃんと報酬を払うべきじゃ……」
「大丈夫。この話はあの子も納得済みだから。アキラ君たちのためだったらって、気合が入ってるみたい」
言いながら微笑ましいものを見るような慈愛に満ちた表情を浮かべるイザベラは、まるでエステルのお姉さんみたいだ。
そんな印象を素直に伝えると、彼女は少し照れくさそうに笑った。
「あはは。まぁ、似たようなものだよ。もうずいぶんと長く一緒に旅をしてるからね。エステルは私にとって、可愛い弟みたいなものさ」
「弟、か……。エステルも大変そうだな」
なんとなく彼の気持ちを察していた俺は、イザベラの評価を聞いてひとり苦笑いを浮かべる。
だけどこればっかりは俺がどうこうしてやれる話ではないし、本人に頑張ってもらうしかない。
心の中で健闘を祈っていると、やがて入り口の扉が開いて噂のエステルが勢いよく工房へと駆け込んできた。
────
「遅くなりました! おはようございます!」
「おはよう、エステル。別に約束をしていたわけじゃないんだから、そんなに急がなくても大丈夫だろ」
焦った様子で息を切らしている彼に呆れたように声を掛けると、イザベラも苦笑いを浮かべながら彼の背中をさする。
「まったく、そそっかしいんだから。そんなんで、アキラ君たちをちゃんと守れるのかな?」
「ま、任せてください! 師匠が居ない間は、僕がしっかりとお二人を守りますから!」
無理やり息を整えたエステルが胸を張ってそう宣言すると、イザベラは嬉しそうに笑う。
それはまさしく弟子の成長を喜ぶ師匠のような表情で、見ているこっちまでなんだか嬉しくなってしまう。
「それじゃ、ここはエステルに任せて私は自分の仕事を終わらせてくることにするよ。だけど、くれぐれも気を付けるんだよ。いつも言っているように、慢心は全てを鈍らせるんだから」
「分かってます。僕はまだ慢心するほど強くない未熟者ですから」
「うん、それが言えるなら安心だ。それじゃ二人とも、またね。エステルをよろしくお願いね」
エステルの言葉に満足そうに頷いたイザベラは、そう言って俺たちに手を振りながら工房を後にした。
そのまま残されたエステルは気合十分といった様子で、そんな彼にリーリアがお茶の用意をしていた。
「紅茶をどうぞ。急いでいらしたみたいですけど、朝食は食べましたか?」
「いえ、実は緊張しててなにも食べてないんです。あはは……」
照れくさそうに笑うエステルに、リーリアもつられるように笑みをこぼす。
「ふふ、だったら私たちと一緒に食べませんか? ちょうど今から、朝食の準備をするところだったんです」
「えっ!? 良いんですか?」
「エステルさんさえ良ければ、ぜひご一緒しましょう。アキラさんも、それでいいですよね」
「もちろん。食事は大勢で取った方が楽しいし、賛成だ。……なにか手伝うことはある?」
「なにもありません。けが人はおとなしく、座って待っていてください」
あわよくばなにか仕事を貰おうとしてみたけど、けんもほろろに断られてしまった。
なにもしないでただ待ってるだけってのも、なんだか疲れるんだよなぁ。
食事の準備のためにいそいそと工房の奥へと入っていくリーリアを眺めていると、エステルは紅茶を飲んで一息つきながら呟く。
「リーリアさんって、とても優しい人ですね。なんだか、お姉さんみたいだ」
確かに、リーリアはとても優しい。
むしろ優しすぎるくらいだ。
なんと言っても、俺みたいな身元も定かではない男を家に招き入れて世話をしてくれるんだから。
本当に、リーリアには頭が上がらない。
「言っておくけど、いくらリーリアが優しいからって惚れるなよ。もしもリーリアに手を出そうものなら、全力で阻止するからな」
「あ、当たり前ですよ! だって僕は、もう好きな人が……」
「あ、やっぱりエステルはイザベラのことが好きだったのか」
「うぇっ!? ど、どうしてそれを!?」
「どうしてもなにも、普段のお前を見てたらすぐに分かるって。むしろ、隠せているつもりだったんだな」
たぶん気付いていないのは、当の本人くらいだと思う。
「僕ってそんなに分かりやすかったんですね……」
「まぁ、そう落ち込むなって。それだけ、イザベラへの気持ちが真剣だってことだろ」
フォローするようにそう言葉を続けると、少し落ち込んでいる様子だったエステルも元気を取り戻す。
と、そんな話をしている間に食事の準備ができたらしい。
奥からリーリアの呼ぶ声が聞こえてきて、それに応えながら俺たちも工房の奥へと向かう。
そこにはできたての朝食が並べられていて、美味しそうな香りが嗅覚をくすぐってくる。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとう。今日も美味しそうだ」
「本当に、どれもすっごく美味しそうですね! 僕も師匠もそんなに料理が得意じゃないから、外食以外でこんなにおいしそうな料理を食べるの久しぶりです」
感動したように目を輝かせるエステルを見て、リーリアは小さく微笑む。
「ふふっ、大げさですよ。どれも簡単なものばかりですから、あまり期待しないでくださいね」
嬉しそうに、だけど少し照れくさそうに微笑むリーリアを見ていると、なんだか俺も暖かい気持ちになってくる。
さらに言い返そうとする俺を手で制しながら、イザベラが微笑みを浮かべてリーリアに向き直る。
「二人とも、ちょっと落ち着いて。私だって今からすぐに護衛を始めようとは思っていないよ。アキラ君の言う通りしばらくは大丈夫だろうし、私もちょっとやり残した仕事があるからね」
「そんな……」
不満そうに唇を歪ませるリーリアに笑顔を向けながら、さらにイザベラは言葉を続ける。
「だから私はまだ護衛をすることはできない。でも、それだとリーリアが納得しないだろうから、私の代わりにエステルを護衛につけるよ。あの子だって冒険者の端くれだから、ある程度は役に立つはず。ついでに修行にもなるから、依頼料はなしでオッケーだよ」
俺たちの不満をほとんど解決するようなその提案に、俺とリーリアは驚いてお互いの顔を見つめ合う。
「でも、本当にいいんですか?エステル君にも、ちゃんと報酬を払うべきじゃ……」
「大丈夫。この話はあの子も納得済みだから。アキラ君たちのためだったらって、気合が入ってるみたい」
言いながら微笑ましいものを見るような慈愛に満ちた表情を浮かべるイザベラは、まるでエステルのお姉さんみたいだ。
そんな印象を素直に伝えると、彼女は少し照れくさそうに笑った。
「あはは。まぁ、似たようなものだよ。もうずいぶんと長く一緒に旅をしてるからね。エステルは私にとって、可愛い弟みたいなものさ」
「弟、か……。エステルも大変そうだな」
なんとなく彼の気持ちを察していた俺は、イザベラの評価を聞いてひとり苦笑いを浮かべる。
だけどこればっかりは俺がどうこうしてやれる話ではないし、本人に頑張ってもらうしかない。
心の中で健闘を祈っていると、やがて入り口の扉が開いて噂のエステルが勢いよく工房へと駆け込んできた。
────
「遅くなりました! おはようございます!」
「おはよう、エステル。別に約束をしていたわけじゃないんだから、そんなに急がなくても大丈夫だろ」
焦った様子で息を切らしている彼に呆れたように声を掛けると、イザベラも苦笑いを浮かべながら彼の背中をさする。
「まったく、そそっかしいんだから。そんなんで、アキラ君たちをちゃんと守れるのかな?」
「ま、任せてください! 師匠が居ない間は、僕がしっかりとお二人を守りますから!」
無理やり息を整えたエステルが胸を張ってそう宣言すると、イザベラは嬉しそうに笑う。
それはまさしく弟子の成長を喜ぶ師匠のような表情で、見ているこっちまでなんだか嬉しくなってしまう。
「それじゃ、ここはエステルに任せて私は自分の仕事を終わらせてくることにするよ。だけど、くれぐれも気を付けるんだよ。いつも言っているように、慢心は全てを鈍らせるんだから」
「分かってます。僕はまだ慢心するほど強くない未熟者ですから」
「うん、それが言えるなら安心だ。それじゃ二人とも、またね。エステルをよろしくお願いね」
エステルの言葉に満足そうに頷いたイザベラは、そう言って俺たちに手を振りながら工房を後にした。
そのまま残されたエステルは気合十分といった様子で、そんな彼にリーリアがお茶の用意をしていた。
「紅茶をどうぞ。急いでいらしたみたいですけど、朝食は食べましたか?」
「いえ、実は緊張しててなにも食べてないんです。あはは……」
照れくさそうに笑うエステルに、リーリアもつられるように笑みをこぼす。
「ふふ、だったら私たちと一緒に食べませんか? ちょうど今から、朝食の準備をするところだったんです」
「えっ!? 良いんですか?」
「エステルさんさえ良ければ、ぜひご一緒しましょう。アキラさんも、それでいいですよね」
「もちろん。食事は大勢で取った方が楽しいし、賛成だ。……なにか手伝うことはある?」
「なにもありません。けが人はおとなしく、座って待っていてください」
あわよくばなにか仕事を貰おうとしてみたけど、けんもほろろに断られてしまった。
なにもしないでただ待ってるだけってのも、なんだか疲れるんだよなぁ。
食事の準備のためにいそいそと工房の奥へと入っていくリーリアを眺めていると、エステルは紅茶を飲んで一息つきながら呟く。
「リーリアさんって、とても優しい人ですね。なんだか、お姉さんみたいだ」
確かに、リーリアはとても優しい。
むしろ優しすぎるくらいだ。
なんと言っても、俺みたいな身元も定かではない男を家に招き入れて世話をしてくれるんだから。
本当に、リーリアには頭が上がらない。
「言っておくけど、いくらリーリアが優しいからって惚れるなよ。もしもリーリアに手を出そうものなら、全力で阻止するからな」
「あ、当たり前ですよ! だって僕は、もう好きな人が……」
「あ、やっぱりエステルはイザベラのことが好きだったのか」
「うぇっ!? ど、どうしてそれを!?」
「どうしてもなにも、普段のお前を見てたらすぐに分かるって。むしろ、隠せているつもりだったんだな」
たぶん気付いていないのは、当の本人くらいだと思う。
「僕ってそんなに分かりやすかったんですね……」
「まぁ、そう落ち込むなって。それだけ、イザベラへの気持ちが真剣だってことだろ」
フォローするようにそう言葉を続けると、少し落ち込んでいる様子だったエステルも元気を取り戻す。
と、そんな話をしている間に食事の準備ができたらしい。
奥からリーリアの呼ぶ声が聞こえてきて、それに応えながら俺たちも工房の奥へと向かう。
そこにはできたての朝食が並べられていて、美味しそうな香りが嗅覚をくすぐってくる。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとう。今日も美味しそうだ」
「本当に、どれもすっごく美味しそうですね! 僕も師匠もそんなに料理が得意じゃないから、外食以外でこんなにおいしそうな料理を食べるの久しぶりです」
感動したように目を輝かせるエステルを見て、リーリアは小さく微笑む。
「ふふっ、大げさですよ。どれも簡単なものばかりですから、あまり期待しないでくださいね」
嬉しそうに、だけど少し照れくさそうに微笑むリーリアを見ていると、なんだか俺も暖かい気持ちになってくる。
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