悪の怪人になったのでヒロインを堕とすことにしました

樋川カイト

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「そう言わないでくれよ。話くらい聞いてくれても良いだろ」
「しつこいな! オレは今、イライラしてんだ。いい加減にしないとぶち殺すぞ!」
 あまりの怒号に廃屋が揺れ、俺自身も思わず後ずさりをしてしまう。
 そんな俺の姿を見て鼻で笑った彼女は、少しだけ口元を緩ませながら吐き捨てる。
「はっ、腑抜け野郎が。そんな程度でオレと話そうなんて、百年早いんだよ。ガキはさっさと帰ってママのおっぱいでもしゃぶってろ」
 そこまで馬鹿にされれば、さすがの俺でもカチンとくる。
「悪いが、そこまで言われて素直に帰るほど温厚じゃないんだ。平和的な話し合いで終われば良かったんだが、どうやらそうもいかないらしいな」
「なんだ? キレたか? まぁ、そのままスゴスゴ帰るような腰抜けよりは見込みがあるぜ。で、話し合いが無理なら次はどうするつもりなんだ?」
 少しは俺に興味が出てきたのだろうか。
 さっきまでよりも少しだけ楽しそうに、彼女は俺をまっすぐ睨みつけてくる。
 さぁ、ここから作戦開始だ。
 すっかり戦闘態勢に移行した彼女と相対して、俺も気合を入れ直す。
 その瞬間、いきなりの爆発で俺の身体は後方へと吹き飛ばされる。
「ぐぁっ!?」
 なんとか受け身を取って地面に倒れると、さらに追撃するように立て続けに地面が爆発する。
 ゴロゴロと転がってそれを避けると、その勢いを利用して立ち上がる。
「おいおい、見た目通り大したことない奴だな。もうちょっとオレを楽しませてくれよ」
 口角を上げて挑戦的に笑った彼女は、クルクルと指を回しながら呟く。
 その度にその指先からは小さな爆発が起こり、それが彼女の余裕を示していた。
 どうやら、俺は相当舐められているらしい。
「ほら、またやるぞ。今度はもっとカッコよく避けてくれよ、な」
 その言葉とともに彼女が俺を指差す。
 同時に背筋へ悪寒が走り、俺は慌ててその場から飛び退いた。
 瞬間、今まで俺の立っていた場所が盛大に爆発する。
 その爆風でふらつく俺の身体にコンクリートの細かな破片が突き刺さり、微かに傷ついた肌からはうっすらと血が滲む。
「おお、いまのはまぁまぁいい動きだったな。なら、次は連続でいくぞ」
 彼女が俺を指差すたびに爆発が巻き起こり、俺は必死な動きでそれを避けていく。
 それでも全てを完璧に避け切ることはできず、何度も爆発に巻き込まれた俺の身体は次第にボロボロに傷ついていく。
 やがて彼女の猛攻がひと段落すると、立っているのもやっとの俺を見てボンバーラビットは楽しげに笑う。
「ははっ、どうした? すっかり弱っちまって、情けないぜ」
 そう言いながら一通り笑った彼女は、不意に興味を失ったように笑みを消す。
「はぁ、もう飽きた。そろそろ終わりにしようぜ」
 その瞬間、彼女から溢れていた殺気が爆発的に増していく。
 そんなさっきに本能は最大限の警鐘を鳴らし続け、理性は終わりを悟って諦めを勧めてくる。
 だからこそ、俺は彼女を見つめて不敵に笑った。
「……なんだよ。死ぬのが分かっておかしくなったのか?」
「いや、別になんでもないさ。この程度で勝ち誇ってるお前が滑稽でつい、な」
 その言葉で彼女の眼光はさらに鋭くなり、そろそろ視線だけで人が殺せそうだ。
「どういう意味だ、それは? オレのどこが滑稽だって言うんだ? あぁ?」
「どうもこうも、そのままの意味だよ。まさか俺が、ただ逃げ回ってるだけだとでも思っていたのか?」
 もちろん、これはただのハッタリだ。
 実際には必死になって彼女の猛攻から逃げていただけだし、このまま本気を出されればなす術もなく一瞬で殺されてしまうだろう。
 それでも、作戦を成功させるためには彼女にもっと怒ってもらわないといけない。
「そもそも、俺がなんの策もなくここに来たわけがないだろう。だったら、俺の行動には意味があると考えるのが普通じゃないのか? それとも、そんなことも分からないほどのバカだったか?」
 俺が喋れば喋るほど彼女の視線は鋭くなっていき、その身体がみるみるうちに怒りで震え始める。
「殺す……。絶対に殺す……。欠片も残さず粉々にしてやるよ」
「できるものならやってみろ。丸腰相手に遠距離からしか攻撃できないような卑怯者に、そんなことができるか分からないけどな」
 そんな安い挑発に、彼女の怒りはついに臨界を突破した。
「卑怯者って言ったのか? このオレを? ……ここまで侮辱されたのは、生まれて初めてだぜ」
「いやいや、本当のことだろ。それとも、肉弾戦で俺を倒せるとでも思ってるのか」
 まぁ、もし本当に肉弾戦を挑まれていればもっと呆気なく殺されていただろうけどな。
 そんな事実を悟られないように不敵な笑みを浮かべていると、彼女は勝手に怒りを倍増させてくれる。
「……いいぜ、やってやるよ。骨も残さずぶち殺してやるから、覚悟しな!」
 度重なる挑発ですっかり理性を失ったボンバーラビットは、そう叫びながら俺に向かって突進してくる。
 ありえないほどのスピードで距離を詰めてくる彼女に、俺は一切反応できない。
 ただ突っ立って動くことのできない俺を見て勝利を確信した彼女が振り上げた拳は、しかし俺に届くことはなかった。
「んなっ!?」
 二人の間に突然現れた時空の歪みが彼女の拳を飲み込み、驚きの声を上げた彼女の身体さえも一気に飲み込んでいく。
 渾身の一撃を飲み込まれた彼女は勢いを抑えることができず、そのまま自らの意志で歪みの中へと飛び込む。
 やがて彼女の全身を飲み込んだ歪みは一瞬で消え去り、そこにはまるで最初からなにもなかったかのような静寂だけが残った。
 緊張やプレッシャーから解放された俺が痛みに顔をしかめていると、再び現れた歪みからクレビスが顔を覗かせる。
「お疲れ様です、アイン様。作戦は無事に成功したようで、なによりでございます」
「なんとか、な。想像通り単純な相手で助かったよ」
 もしも挑発に乗ってくれなければ、きっと俺はこの場に立っていることはできなかっただろう。
 だけど俺は賭けに勝ったのだ。
「彼女はどうした?」
「手筈通り、強化ガラス製の水槽に沈めてあります。今頃は、全身くまなく媚毒のプールに浸かっていることでしょう」
「そうか。なら、しばらく放置することにしよう。さすがに疲れたよ……」
 彼女を捕らえた以上、もう時間を気にする必要はない。
 むしろ時間を置けば置くほど、次の作戦が簡単になっていくだろう。
「でしたら、まずは傷の手当てをいたしましょう。こちらへどうぞ」
 クレビスに促されるまま歪みをくぐると、そこはいつものモニタールームだった。
 ひとりがけのソファに身体を預けると、もう一歩も動けそうにないほどの疲労感が溢れてくる。
「悪い、クレビス。少し眠る……」
「かしこまりました。あとの処理はお任せください」
 恭しく頭を下げるクレビスを一瞥して目を閉じると、俺の意識はすぐに暗闇へと消えていくのだった。
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