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しゃこじろー

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 彼女は必死に扉を開けたかと思うと、開ける途中で力尽きたのか、その重たい扉が勢いよく締まり、部屋中に轟音が響き渡った。
 傍から見てれば、とてもかわいらしい様子の宮本先輩は、少しおどおどとした様子を見せていたが、すぐにその真面目そうな顔をきりっとさせた。

「す、すまない、また大きな音をたててしまったな」
「大丈夫ですけど、それよりどうかしたんですか宮本先輩」

「あぁ、すこしお前の様子を見に来たのだが、む、今日は一人じゃないんだな」
「はい、霧ヶ峰先輩っていうんです」

「霧ヶ峰?すまないがあなたは何年生ですか?」
「わ、私は2年だ」

「2年、私も2年だが霧ヶ峰というのは知らないな」
「そ、そう?」

「あぁ、私は学友会で書記をやっている宮本千佳だ、よろしくな霧ヶ峰」
「あ、あぁ、よろしくぅ」

 なんとも対照的な二人の出会い、そして、名前を知られていないかった霧ヶ峰先輩の不憫さに、今にも吹き出しそうな笑いを必死に抑えていると、霧ヶ峰先輩は俺をにらんできた。

「しかし、霧ヶ峰というのは本当に聞いたことがない名だな」
「ふふ、先輩影薄いっすね、ぷふっ」

「ば、馬鹿言うな遠州、大学なんてめちゃくちゃ人がいるんだから知らないやつらばっかりだろ、影の薄さは関係ないっ」
「まぁ、そうですけど、今のやり取りはかなり面白かったっす」

「ち、違う、影がうすいのはわかっているが、私が知られていないというのは大学は人が多すぎて覚えられる対象になっていないというだけだって言ってるだろう」
「いや、私は一応全学年の生徒の名前は把握しているつもりだが、霧ヶ峰なんて名前は憶えがないぞ」

 さも当然のように言った一言は俺はもちろん霧ヶ峰先輩をも驚かせ、そして黙らせた。まるで超人じみた言葉を発した当の本人はというと、何かおかしいのかとでも言いたげに首をかしげており、俺はすかさず霧ヶ峰先輩は見つめると、先輩は口を開けて呆然としていた。

「な、なんだ二人とも、何かおかしなことでも言ったか?」

 宮本先輩は眼鏡をくいっと上げ、少し動揺した様子でそう言った。 

「遠州これはあれだな、いわゆる超大学級の書記ってやつだな」
「そうですね、容姿もばっちりですし、声もいい感じですから、まぁ欲を言うなら服装が少し地味ですかね」

「そうだな、もう少し制服っぽい服を着て腕章でもつけてればいいな、どう思う遠州」
「そうですね、刀とか持たせませんか?」

「そうだな、そういうのもいいが、初期なんだからでっかい筆とか鉛筆を持たせるとかどうだ?」
「いいですねそれ、むしろ髪の毛を筆の様にするとか・・・・・・」

 二人で会話を盛り上げていると、宮本先輩はまるで仲間に入れてと言わんばかりに距離を詰めてきて、話に割って入ってきた。

「お、おい、二人は一体何の話をしているっ」
「いや、クラス全員の名前とかならわかるけど、全学年、しかも大学で生徒全員の名前を覚えてるとか、なぁ遠州」

「そうですね、さすがにそこまでやる人なんていませんよ、委員長キャラなんて軽くかすんじゃいますね、それくらい宮本先輩はすごいと思っただけですよ」
「わ、私はただ書記としての役割を全うしているだけであってだな、別にすごいとかそういうのはなくてだな」

 ただ、人の名前を覚えることが書記の仕事なのかは気になるところだ。だが、キャラとしてはこんなにもおもしろい人はいない、なんなら他にも特技とかないのだろうか?

「でも、今思ったんですけど宮本先輩、名前覚えるのってのは書記の仕事っすか?」
「あぁ、学友会たるもの生徒の名前と顔くらいは把握しておかなければいけないのだ、そんなこともわからないのか遠州」

 まるで常識とはいいがたい常識をぶつけてきた宮本先輩はどや顔だった。こんなにも愛おしい人が実際にいることが本当に驚きだがそれ故に心配なところもある。

「そう言うもんですか?」
「そうだ、遠州もこれくらいはこなせないと社会でやっていけないぞ」

「そうっすか、あ、ちなみに個人的見解ですけど、宮本先輩はツンデレだと思うんすよ霧ヶ峰先輩」
「ミヤチがツンデレだと?」
「ミ、ミヤチとはなんだちゃんと名前を呼べっ、霧ヶ峰っ」

 霧ヶ峰先輩発の「ミヤチ」というなかなか愛嬌のあるニックネーム、その相性に宮本先輩はひどくかみついた。その勢いはすさまじく豆腐メンタルの霧ヶ峰先輩は固まってしまった。

「え、いや、そのせっかく同期だったから仲良くなろうと思ったんだが、す、すまない」

 豆腐メンタルの申し子である霧ヶ峰先輩は、宮本先輩の少しきつい言葉に、今にもとけてしまいそうなほど脱力していた。すると、そんな様子を見ていた宮本先輩は突然不安そうな顔をしたかと思うと、霧ヶ峰先輩にかけよった。

「あ、違うんだ霧ヶ峰怒っているわけではなく手だな、これは癖というかなんというか」
「いや、いいよ、私みたいなやつに馴れ馴れしくされると、お前たちのような奴は嫌がるもんな」
「ち、違う、私は生まれてこのかたそんな風に呼ばれてことがなくてだな、その、どういう反応していいかわからなくて、本当にすまない霧ヶ峰、不快に思ったわけじゃないんだ」

 一見霧ヶ峰先輩がへこんでいるように思えたが、どうにも先輩は何かたくらみがあるようで、終始にやつていた口元を、俺は見逃さなかった。そして、それが俺の言ったツンデレというものを確かめるための行為だとすれば、それは間違いなく成功したように思われる。

「ツンデレかどうかは置いといて、やりますね先輩」
「わかるか遠州、だが、その代償は重い」

「あれですか、初対面では馴れ馴れしくですか?」
「そうだ、しかしな遠州、ツンデレというには少しツンの部分がよわい気もするし、ツンデレかどうか判断しずらい分類に思えるが、そこらへん男子としてどうなんだ?」

「まぁ、難しい所ですよね、っていうかいまどきそういうこだわりも薄れてきてるんじゃないですかね、かわいければ何でもいいみたいな」
「そういうもんか、じゃあミヤチはツンデレでいいな、ツンデレ委員長ミヤチと言ったところか」

「そうですね、ちょっと前までは引くくらい過剰なツンがあって、それを乗り越えた先にあるデレが至高だっていうヒロインがありましたけど、最近ではそういうのはウザいらしいっすから」
「どうしてだ?」

「ほら、二次元が三次元に、三次元が二次元にっていう風潮のせいですよ「ツンデレとかマジでいたら最悪だぞ」とか「ヤンデレとかいくら美少女でも怖いだけだからな」とかそういう感じになってきてるんですよ」
「へぇ」

「つまるところ現実に近い形のアニメが出始めればアニメも終わりが近いんですよ、アニメなんてのは馬鹿みたいにぶっ飛んだ設定で、馬鹿みたいな世界観とキャラクターを生み出すものなんです、まさに人類には早すぎるものみたいな感じで」
「そうか、なんか寂しくなってるんだな色々と」

 一度入り込むとなかなか抜け出すのに苦労するこの特別な会話、そんな二人だけの空間に再び割って入るように宮本先輩が声を荒げてきた。

「お、おい、二人はさっきから一体何の話をしてるんだっ」
「あ、いや、なんでもないですよ宮本先輩」

 宮本先輩をほっといたのは完全に俺たちが悪いが、話始めると止まらなくなるのは悪い癖かもしれない。

「何でもないことはないだろ、何かいろいろと話し込んでいたではないか、ツンデレとか、二次元三次元とか、もしやお前たちは理系か?」
「ち、違うますよ、それより宮本先輩は何しに来たんですか」

「え、あぁ、様子見がてら片付けの手伝いでもしようと思ってな」
「あぁ、片付けっすか、そういえばそうでしたね・・・・・・」

 なんだこの先輩、初めて会ったときはキツそうだったけど、今日は手伝ってくれるとか言い出すし、いい先輩なのはわかるけど、つくづくかわいい人だ。

「ほら、早いところ片付けてしまおう遠州、やるぞっ」
「いや、でも、今月中ですからそんなに焦らなくても」

「いいや、できることは早めにやっておくほうがいい、そうすれば突然の仕事が入っても対処しやすいだろう」
「いやぁ、でも宮本先輩」

 妙にやる気な宮本先輩は腕まくりしながら上半身のストレッチを始めていた。そんな様子を眺めていると、彼女はとても女性らしい体つきをしており、思わず目を背けてしまった。そして、そんな俺をよそに霧ヶ峰先輩が宮本先輩の相手をしていた。

「そ、そうだぞミヤチ、それに片付けなら私もいるから大丈夫だ」
「しかし、これだけの量を二人でっていうのはさすがに苦労するだろう」

「いや、大丈夫だミヤチ」
「しかしだな霧ヶ峰」

「ほ、本当に大丈夫だ、それにここにあるのは貴重なものばかりだから、急いでやられて壊されでもしたらミヤチに弁償してもらわなくちゃならんぞ」
「な、なにっ、そんなに高価なものがあるのか?」

 貴重という言葉に驚いたのか、宮本先輩は途端におびえた様子を見せた。つくづく感情表現のうまい人だ、普段の姿からは想像つかないだろうが、こういう人は一度ぼろを出すとたくさんの人に愛されるタイプの人だろう。

「そ、そうだ何百万とかするものもある」
「な、何百万っ」

 間違ってはいないのだろうが、あくまでもそれは先日のマニアさんが査定したものであり、実際のところはわからない。

「そうだ、私たちは良心的な金貸し屋でも何でもないからな、もしもここにあるものを壊しでもしたら、すぐにでもミヤチに金を要求するぞ、それこそ金がないっていうなら体で払ってもらうことにもなりかねんなぁ、ふへへ」
「そ、そんな金はない、か、体でも払えるわけがないに決まっているだろう」

 妙なことを言い出す先輩に、宮本先輩は自らの体を抱きしめるかのように身を縮めた。だが、その行為がより一層彼女の女性としての魅力を際立たせているような気がした。

「そうだろうそうだろう、だからここは私たちに任せておくんだミヤチ」
「そ、そうか?」

「あぁ」
「お、お前がそういうなら、うむ」

 体で払う、一昔前なら銀幕映画の一幕にありそうなセリフだが、今ではいかにもオタクチックな言葉になりつつある単語だ。そして、そんな言葉に宮本先輩は自らの体を抱きしめて離さなかった。
 赤く染まる顔にもじもじと動くその体、何やらいやらしく思える様子を見せる宮本先輩は、そんなもじもじモードのまま遠慮がちに口を開いた。

「しかし、なるべく急いでくれないか二人とも?」
「どうしてですか宮本先輩?」

 なんだか、宮本先輩も訳アリの様で少し事情を聴きたくなった。

「実は、上から少し急いで部屋を明け渡すように言われててな」
「えぇっ、でも今月中だって言ってたじゃないっすか」

 といっても今月は残り一週間なのだが・・・・・・まぁ、さぼってた俺たちが悪いんだろうけど。

「いきなりのことですまない、だが、そう思ったからこそ私は少しでも手伝えればと思って今日ここに来たんだ」
「まぁ人手があるのは助かりますけど、今すぐにでもってそれは無理っすよね霧ヶ峰先輩」

「そうだな、ここはつくづく人が集まらない場所だからな」
「そうなのか、これでもここはサークル棟なんだぞ霧ヶ峰」

「いやいや、こないだもここにあるものを売りに出そうとしたけど全く人が集まらなかったのもあるし、散々だこの場所は、呪われているに違いない」
「そういえばそうっすね、ここってあんまり人が通らないっすよね、ははは」

 なんてのんきに笑いあっていると、ふと宮本先輩の様子がおかしいことに気づいた。そう、それはまるで今にも血眼になって襲い掛かってきそうな、そんな不気味で静かなゾンビみたいな雰囲気を醸し出している宮本先輩はよ会う役顔を上げた。
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