ゴダの少女

酒向ジロー

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少女独居編15

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 翌日の錬金術の授業では実践を含んだ授業が行われており、私は一人集中しながら受けていた。

 ヤグルマ先生は錬金術の基本である調合に関する説明を行っていた。生徒たち一人ひとりには小さな食虫植物のようなものが配布された。
 食虫植物の様なものには主に口と思われる場所にだけ比較的安易な拘束具がつけられており、それはまるでこの植物が獰猛なものであることを証明しているように思えた。

 ヤグルマ先生曰くこの植物は「試し草」と呼ばれるものであり、錬金術を行う前に素材の調合が上手くいくかどうか試すことができるという便利な草らしい。
 なんでも調合に成功すれば心地よい香りを吐き出し、失敗した場合にはすさまじい毒を吐き出すということらしい。

 危険ではあるが用法を守っていればこれほど頼もしい味方はいないらしく魔女ならば必ず携帯している必須道具の一つだという。
 そんな試し草とやらが私の目の前にもいるのだが、拘束具を外してみると、パクパクと口を開閉させながら餌を待ち望んでいる様子を見せた。

 なんとも不気味ではあるがそこはかとなくかわいらしさを見出した私はパクパクと動く口を眺めていた。

 ヤグルマ先生はさっそく試し草の実演をして見せるために教壇で実演して見せた。まずは簡単な傷薬の作成方法として二種類の植物を私たちに見せながらそれらを細かくちぎって試し草に食べさせていた。

 すると、試し草はご機嫌に口をパクパクと動かした後可愛いゲップをして見せた。下品には見えたもののヤグルマ先生は満面の笑みであたりに漂っているであろうにおいをかいでいた。
 これが成功の形であることを見せてくれた先生は、次に実践ということで先ほど調合した素材を私たちに配り始めた。

 しかし、教室の最後尾で授業を受けていた私のもとに届くはずの素材が届かず、私はすぐにヤグルマ先生に尋ねたるべく、手を挙げて勇気を振り絞って声を出した。

「先生、錬金用の素材が届いていません」

 私の声にすぐさま気づいたヤグルマ先生は近くにいた一人の女子生徒を呼ぶと何かを手渡す様子を見せた。

 すると、ヤグルマ先生から何かを手渡された女性生徒は私のもとまでやってくると、どこかあたりを気にした様子を見せながら私の元へとやってきた。
 そして、これまた警戒した様子の女子生徒は私に二種類の植物を手渡してきた。それは確かにヤグルマ先生が実演して見せた素材そのものの様であり、彼女がヤグルマ先生のお使いとして来てくれたようだ。
 私は持ってきてくれた女性生徒にお礼を言うと、彼女は私と目を合わせることもなくいそいそと私のもとから離れて自身の席へと着いた。

 嫌われ者だとはわかっているものの、どことなく寂しいように思っているとヤグルマ先生が大きな声を上げた。

「大角さん、これは魔女見習いとしての第一歩ですよ。勇気と自信をもって踏み出すのです」

「は、はいっ」

 突然の力強い言葉を投げかけてきた先生は昨日とは打って変わってご機嫌な様子を見せていた。そんな先生は再び調合の指揮を取り始めた。
 
「さぁ、みなさん私の合図とともに素材を試し草に食べさせるのですよ、いいですか?」

 ヤグルマ先生はご機嫌に喋っており、彼女の様子に私も自信をもってこの実践に臨むことにした。私は二種類の素材をちぎって試し草の口に放り込んだ。パクパクと素材を味わっているかのような試し草の姿にわずかながらの愛らしさを感じていた。
 しかし、愛らしいと感じたのもつかの間、試し草の様子がなんだかおかしい動きを見せ始めた。それは、ヤグルマ先生が実演していた時とは違い、なんだか苦しそうにもだえ苦しむ様子を見せていた。

 私はとてつもなく嫌な予感がした。すると、そんな予感が頭をよぎった瞬間、目の前の試し草が身をよじりながら口を大きく開いた。
 もしやこれは失敗というやつなのではないだろうか、そう思っていると、突然大きな声が聞こえてきた。

「危ないっ」

 聞きなれた気がする声が聞こえた。しかし、それが誰のものなんかははっきりとしなかった。そして、それを確認する間もなく私は誰かによって突き飛ばされた。
 視界が揺らぎ地面にたたきつけられる感覚と痛みを感じた。私は間違いなく誰かの手によって床に倒れこんだのだ。

 あまりに一瞬の出来事で意識が追いつかなかった。しかし、私の近くに同じく床に倒れ込んでいる人がいるのに気付いた瞬間、私は血の気が引いた。

 銀色の髪と見慣れた顔、目の前で倒れ込んでいるのは間違いなくペラさんだった。

 周囲があまりにも騒然としており、ペラさんは苦しそうにもがきながらうずくまり、声すらまともに出せずにいた。

「ぺ、ペラさんっ」

 ペラさんの様子にすかさず彼女を介抱しようと試みたが、それを遮るかのように数人の女子たちが私を突き飛ばしきた。
 そして、すぐにヤグルマ先生がやってきてペラさんの介抱を始めた。その様子を眺めていた私は、その後ペラさんが多くの人に運び出される様子を見送りながら呆然と立ち尽くした・・・・・・

 気がづけば、私はヤグルマ先生の研究室で二人きりになっており、彼女はむすっとした表情で私を睨みつけていた。ここでようやくはっきりと自らの意識が戻っているような感覚になった。

「大角さん、聞いていますか?」

「あ、はいっ」

「全く、人に迷惑をかけた上に私の話まで聞いていないとは、噂以上の問題児ですねあなたは」

「すみません、あっ、それよりもペラさんはっ?」

「クアトロさんの容体は安定していますし意識もはっきりしてます。優秀な彼女の事ですから適切な防御態勢を整えていたのでしょうね・・・・・・」

「そ、そうだったんですね」

「えぇ、あなたとは大違いです」

「も、申し訳ございません」

「謝罪で済む話ではありません、基本的な調合であのような失敗をするなんて考えられません、魔女見習いである以前の問題です」

「すみません、しかし私は先生の指導通りにやって見せたつもりです」

「言い訳はいりませんっ」

 まるで私の言葉を遮るように怒鳴ってくるヤグルマ先生はとても怖く、私は思わず委縮してしまった。

「それから、今回のあなたの失態に対して処分が決定しました」

「処分?」

「えぇ、問題行動の見られる不良な魔女見習いにはそれ相応の罰、つまりは補習を行うのがこの学校の規則となっています」

「それは、具体的にどのような事をするのですか?」

「基本的には個々人の裁量によります、今回の件は錬金術の授業中に起きた事故ですので、責任者である私が判断することになります」

「それで、私はどのような罰を受ければよいのでしょうか?」

「・・・・・・そうですねぇ」

 ヤグルマ先生は少し考えるそぶりを見せた後、唐突に薄ら笑いを浮かべたかと思うとすぐに真顔に戻った。
 その様子がとてつもなく不気味で気持ち悪く感じたが、私の頭はペラさんの事でいっぱいになっていた。

 早い所罰でも補修でも受けてペラさんのところに謝りに行きたい。そう思うと、どんなものでも受け止める覚悟が出来ていた。
 すると、ヤグルマ先生が「決めました」と甲高い声を上げた。その様子はまるで罰を与えることが楽しみであるかのようだった。

「さぁさ、私に付いてきなさい大角さん」

「は、はい」

 そうしてヤグルマ先生の研究室を後にした私たちは、本棟にある地下へとやってきていた。まだまだ学校についての知識がない私は初めてくる学校の地下にわずかながら恐怖を感じていた。
 薄暗く、冷気を感じる地下への道のりは進むごとに恐怖感を煽ってきた。それは、つい最近感じた水属性の拠点へと続く道のりに似ていたが、それとはくらべものにならないくらいに不気味な道を歩んでいる様に思えた。
 
 ヤグルマ先生の後を追ってしばらく歩いていると大きな扉が現れた。それは木と鉄で作られたとても頑強なものに見えた。
 その大きな扉の前で足を止めたヤグルマ先生は、何を思ったのか私をおいて暗がりへと向かっていった。
 
 何も言わずにどこかへと向かったヤグルマ先生、その様子に私はこんなところに取り残されるのが罰なのかと思っていると、ちょうどヤグルマ先生が向かった暗がりの方からズルズルと何かを引きずるような音が聞こえてきた。

 それは徐々に私の元へと近づいてきており、思わず身構えるほど恐怖を感じた。一体何が始まるのだろう、そんなことを思いながら徐々に近づいてくる音と共にヤグルマ先生が何かを引っ張りながら現れた。
 先生は一息ついて引っ張ってきたものを眺めた後私に顔を向けてきた。

「大角さん、あなたへの課題はこれです」

 そういうとヤグルマ先生は引っ張ってきたものにかかっている布を引っぺがした。すると、そこには大きな卵が厳重に固定されており、それは持ち運びしやすそうにいくつかのベルトが装着されていた。

「どうですか大角さん、こんなに大きな卵は見たことがないでしょう?」

「はい、一体何の卵なんですか?」

「この魔法学校には地下庭園があります。そこでは動植物たちが生息していて、それらは主に絶滅危惧種に指定されたとても貴重な動物ばかりです。そして、私はそこの管理を任されているうちの一人なのです」

 地下庭園という存在、そしてヤグルマ先生がどこの管理人であるという事。しかし、今はそんな事よりもこの卵を目の前に何をするのかということだ。

「それで、私は何をすれば良いのでしょうか?」

「ここにある卵を地下庭園のある場所に返してきてください」

「これを私が持っていくのですか?」

 見た所、ダチョウの卵よりも大きなそれは容易く運べるようには見えなかった。それ故に私は少し不安になった。

「はい、地下庭園は道なりに進んでいれば看板が各所に設置されています、そこに大烏オオガラスの巣への道のりがありますからそこへ進んで巣にその卵をかえしてきてください」

「大烏というのは、いったい何なんですか?」

「大烏というのは地下庭園で保護されているただの鳥ですよ、とても温厚で古くから人間と共生してきた人懐っこい安全な鳥ですので、安心してください」

「・・・・・・わ、わかりました」

 私はヤグルマ先生に後押しされながら大きな扉に向かい、課題をこなすために気合を入れてみることにした。しかし、扉を前にして私は思わず立ちすくんでしまった。
 それはおそらく、足元から湧き上がる信じられないほどの悪寒と、この先に待つ未知なる恐怖のせいだろう。そんなことを思いながらヤグルマ先生見ると彼女は笑顔で私を見つめており、その顔はとても不気味に見えた。

「先生、これはどうしてもやらなければならないことなのでしょうか?」

 情けないが思わずそう口にしてみると、先生はとても悲しそうな顔をしながら私に話しかけてきた。

「そうですねぇ、私としてもこのような事はしたくないのですが、これがこの学校の規則ですから」

 規則という言葉は罪悪感でいっぱいの私に重くのしかかってきた。ただでさえろくな存在じゃないのに、大切な友人にまで迷惑をかけた私は、課された罰を受け入れる気になってしまった。

 そうして私は不気味な大烏の卵を背負った。

 体にかかる負荷はとてつもなく、歩くことで精一杯な程だった。もしもこれに失敗したならば私は今度こそ退学になってしまうかもしれない。そんなことを思ったら妙に緊張感があふれてきて、身体的にも精神的にも体が思うように動かなくなってしまった。

 しかし、これは学校側から出された課題であり、これをこなせば私も学校側から認められるかもしれない。そうすれば、再び魔法学校での生活を取り戻すことができる、そしてペラさんに謝罪することが出来る。
 そう意気込んでは見たものの、足元から湧き上がる悪寒は収まることはなかった。ただただ、未知なる体験の恐怖に勇気ある一歩目の踏みだせずにいると、背後が何やら騒々しくなっていることに気付いた。
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