ゴダの少女

酒向ジロー

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少女独居編17

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 大烏の襲来に怯えながら木々の隙間に隠れていると大きな鳴き声とすさまじい羽音が恐怖感を煽ってきた。

 そうして、私とアルバ様は息をひそめながら木陰に隠れていると、しばらくの間大烏のものと思われる羽音や鳴き声が徐々に遠ざかっていくように思えた。

「どうやらバレていなさそうだな」

「そ、そうみたいですね」

「いいかお前は一歩も動くなよ、まだこのあたりの様子をくまなく観察しているに違いない」

「はい」

「動くときは奴がこのエリアをひとしきりチェックした後だ」

 そうして私たちは息をひそめながら大烏がどこかへ飛んでいくのを待つ事になった。私は背負っている卵をゆっくりとおろした。すると、まるで体が浮き上がるかのように軽くなった。
 なんだか不思議な感覚を覚えながらも、それでも疲労がたまっているのか思わず座り込むと、アルバ様がわずかに私に目を向けて「だから言っただろう」と、私の選択にいまだ納得できていない様子を見せた。

 一見その様子は厳しいようにも見えたが、それでも自分で決めたことであり、なによりアルバ様の言葉にとげがないように思えた。
 どうしてそんな風に思えるのか、それはおそらく入学してからというもののアルバ様には刺々しい言葉ばかり投げつけられてきたからだろう。

 そうして、アルバ様のわずかな変化に気づ行けたことに喜びを感じていると、彼は「少し様子を見てくる、お前動くな」と言って動き出す様子を見せた。しかし、そう思ったのもつかの間アルバ様はどこか異変に気付いた様子でその場で立ち尽くした。

 その様子を不思議に思いながら私はあたりを見渡してみると、いつの間にか私たちの周りは奇妙な植物たちで囲まれているのに気づいた。
 それは女神像を囲むアザミによく似ていたが花弁の色が違うように見えた。すると、アルバ様もこの異変に気が付いたのか、動揺した様子でキョロキョロと辺りを見渡し始めた。

「なんだこの異様な植物と気配は、こんなものここに来た時にいたか?」

 アルバ様は一歩二歩とこの異変を確かめようとしていると、数歩進んだところでアルバ様の足元から「パキッ」という小枝踏み折った様な音が鳴り響いた。すると、私達を囲む植物たちはザワザワとにじり寄ってきた。

 アルバ様は危機を察知したのか動きを止めると植物たちも動きを止めた。

 この様子はまるで女神像の周りにあるアザミとそっくりな性質をもっているかのようであり、私はすぐさまアルバ様にその事を伝えるべく彼のもとへと向かおうとすると、アルバ様は即座に私の動きに反応して「動くなと言っただろっ」と大きな声を張り上げた。

 その行為が現状においてどれほど危険な行為であるのかを知っていた私は即座に「ナギ」の呪文を唱えてアルバ様のもとへと駆け出した。もちろん、周りにいる植物たちはアルバ様にもにじり寄っており、何としてもアルバ様のもとへといち早くたどり着くために必死に体を動かして彼のもとへと向かった。

 だが、そのあと一歩といったところで私は躓いてしまい、アルバ様に体当たりするかのようにぶつかってしまい、そのまま押し倒すかのように二人そろって地面へと倒れこんでしまった。

 こんな状況では這いよる植物たちにめちゃくちゃにされてしまうかもしれない。そう思い覚悟したが、感じ取れるのは静寂のみであり、体に感じるのはアルバ様の体の感触だった。
 それは包み込まれるかのように体全身で感じ取れるものであり、自らの状況を冷静に察するにもしかすると私は今抱きしめられているのだろうか・・・・・・?

 思わぬ状況に私はすぐさまアルバ様から離れようとしていると、彼は私の体を引き寄せた。

「動くなって言ってんだろ」

 アルバ様はささやき声でそうつぶやいた。その声で植物たちが寄ってくるだろうかと身構えたが辺りは相変わらず静寂であり植物が近寄ってくる様子は見られなかった。

「どういうわけかこいつらは音に反応するらしいな」

「はい、その通りです」

「だが、お前が俺に飛びついてきたとたんこいつらは動きを止めた」

 アルバ様の言葉に改めて辺りを見渡してみると、私とアルバ様がいる場所以外はすべて刺々しい植物で埋め尽くされていた。それはもうすさまじく恐ろしい光景だった。
 しかし、それと同時にこの状況がよくわからなかった。確かに私は師匠に教わった「ナギ」という呪文を唱えてアルバ様へと飛びついた。そして運のよいことに私の呪文は成功し、かつアルバ様にも伝達している様子だった。
 その証拠にアルバ様が声を発してもわずかに動いても周りの植物たちは一向に動く気配を見せなかった。

 何にせよ危機的状況から脱したのは非常にうれしいことであり、思わず一息つこうと思っていたのだが、アルバ様が私のことをじっと見つめてきており、それはもう顔が熱くなってしまうほど見つめられていた。

「あ、あの何でしょう?」

「・・・・・・これはどういうことだ、間違いなくここの植物たちは俺に襲い掛かろうとしていた」

「えっと、この植物は音に反応するのです、なので大きな声を出されたアルバ様に反応して」

「そうか、じゃあお前がいるとこいつらが寄ってこないのはどうしてだ」

 その言葉に思わず呪文について口走りそうになったが、師匠の顔と言葉を思い出してすぐに口を手でふさいだ。そして、すぐに心を落ち着かせてそれとなくごまかすことにした。

「私の口からいえることは、おそらくこの状況においては私と共にいる方が安全だと思われます。そして今すぐにでもこの危険な場所から離れることを提案します」

 私の提案にアルバ様は険しい顔をしながら納得したそぶりを見せた。するとアルバ様は私の手をぎゅっと握りながら立ち上がると、私を優しく支えながら立たせてくれた。

「一緒にいるというのはこういう事でいいのか?」

「ど、どうなんでしょうか」

「・・・・・・なんでもいい、これがお前との最善の接触方法だ」

「は、はい」
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