小悪魔とダンス

キリノ

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1章 デンジャラスナイト 

洋介との夜

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 牧村圭は、人生初のコース料理と格闘していた。
 ここは、高級ホテルの7階にある、都内でも有名な、フランス料理店。マスコミに何度か取り上げられ、芸能人の客も多いらしい。
 情報通とは言えない圭だったが、そんな彼でも、一介の高校生が簡単に利用できるような店ではないことは、フロアに足を踏み入れた瞬間、わかった。
 フォーマルな装いが多数を占めるフロア客の中で、ジャケットこそ着てはいるものの、華奢で、童顔な圭は、大層浮いてみえる。
 なんたって16歳になった今でも小学生にしか見えない、と仲間達のからかいの的になっているほどなのだ。

――よかった……。スーツにしといて……。

 大人っぽい格好なんて似合わないのは分かっている。だが、それでもTPOというものがあるだろう。部屋を出る直前、鏡に映った自分の姿に、よっぽどTシャツに着替えようと思ったが、思いとどまって正解だった。連れの男に恥をかかせるところだった。
 そう、圭をこんな場違いな店に招待して、男同士で夜景を見ながら食事、な~んて恥ずかしい状況を作ってくれちゃった張本人。
 彼は、ブランド物のスーツをモデル張りに着こなして、完璧なテーブルマナーで目の前に運ばれた料理を片付けている。
 久しぶりに会う、その人は、1ヶ月前に圭達の高校を卒業して、今は花の医学生の、石川洋介だった。

 180を超える長身。特殊メイクかと思うほどの完璧で、クールな美貌。セレブ揃いの店内で、洋介は醸し出すオーラで周囲を圧倒させている。
 いつだってそうだ。洋介は目立つ。
 見た目だけでなく、言動でも。
 東京のはずれの静な場所に、森を擁した広大な敷地があり、中にひっそりと圭の通う若草高校が建っている。隣接して中学校があり、渡り廊下で行き来が出来るようになっていて、少し離れた場所に幼稚園、小学校がぽんぽんと並んでいる。
 大学は、森を隔てているから、洋介と学校内で会う事はほとんどなくなった。
 生徒会の会長だった洋介は、よく学校とやりあっていた。
 成績は万年首席の問題児。
 洋介には、冷たい印象があった。気難しくて、信頼できる人間数人にしか心を許さない、と噂されてもいた。
 だが、圭には優しくされた記憶しかない。大学までエスカレーター式の男子校の、数少ない高校からの外部生として可愛がられていたし圭の所属するダンス部の活動に便宜を図ってくれる事も度々ある。
 時どき他人に向ける、ナイフのような鋭い視線にひやりとする事はあったけど、圭にとって洋介は、尊敬する、大好きな先輩だった。

 「もう少しましな食べ方はできないのかね。お坊ちゃん」
からかうような口調はいつもの事だ。
「仕方ないでしょ。フルコースなんて食べた事ないし。先輩と違って庶民だから」
「庶民は言えてるな。今時スマホくらい、小学生でも持つのが普通だろう。全く天然記念物だな。そのうち表彰されるぜ」
 慣れないナイフとフォークに奮闘している圭を楽しそうに眺めながら、洋介は形のいい唇のはしをクールに歪めて笑う。
 寮の共同電話に、洋介から誘いの電話がかかってきたのは、3日前。
若草高校の生徒のほとんどがスマホアルスターを持っている中、圭は、不所持派だった。

「週末空けてくれないか。お互いの入学祝をしよう」

もちろん、俺の奢りだ、と声は続けて、店の名前と予約の時間を手短に伝える。
そしてろくに返事もしないうちに、
「それじゃ、車で迎えに行くから」
と、一方的に告げられたのだ。

「大変だったんだよ。俺スーツなんて持ってないしさ。いきなりフランス料理だなんて」
「今着てるのは?」
「すぐに買いに行ったんだよ。だって、皆俺より大きいんだもん。借りるわけにいかないじゃん。スーツなんて滅多に着ないのにさ」
「卒業式で使えばいいだろう」
「2年後には今より背が伸びてるから着られっこないの」
 生意気な物言いにも、洋介は気分を害した風もなく、声を上げて嬉しそうに笑うと、長い手を伸ばして圭の赤みがかった髪の毛をくしゃくしゃにした。
「お前って、相変わらず……可愛い奴だな」
聞きなれたフレーズ。圭は下を向いて、食べ物に集中しているふりを装った。

 可愛い、は圭にとっては褒め言葉ではない。

 男子校に入学して3年間。何度そう言われてきたことか。
 伸びない身長、貧弱な体、小さくて、頻繁に女の子に間違われるベビーフェイス。
 その全ての要素が、「可愛い」という表現につながってしまうであろう事は、本人も、不本意ながら自覚はしている。
 だけど、16なのだ。少しは逞しい男でありたい。
 なんたって、理想は、海外で活躍している歌手のオマリオンなのだ。
黒人にしては小柄な身長だが、筋肉がすごい。彼に憧れて密かに筋トレをしている事は、ルームメイトの桔梗にも内緒だった。

 桔梗は、圭と同じく中学から入学して、寮で生活をしている。
フルネームは矢口桔梗。麗しい名前と同様、ルックスも飛びぬけて麗しい。
「今年の外部生は顔で採ったんじゃないのか」
と、当時は専らの噂だったらしい。すぐに親友になった圭と桔梗だったが、今年は初めての同室である。圭の保護者を名乗っている彼は、今頃やきもきしながら自分の帰りを待っているだろう。桔梗曰く、東京は恐ろしい所で、圭みたいな世間知らずの田舎者は、1歩外に出れば、あっと言う間にどこかへ連れ込まれてしまうらしい。
「大丈夫。今日は洋介先輩と一緒だから」
「だから余計に危ないんだって」
 心配性な友人はきっぱりとそう言うと、なおも不安げな様子で圭を見つめた。
「じゃあ、出ようか」
 食後のコーヒーを飲み終わると、洋介はすぐに伝票を持って立ち上がった。
 あわてて紙ナプキンで唇を拭く。こういうところが、大人なんだよなあ、と圭は改めて自分との違いを思い知らされる。もし一緒にいたのが桔梗だったら、飲み物1杯で1時間はねばるところだ。
「ごちそうさま。本当に奢ってもらっていいの?」
「お前みたいな貧乏人から金はとれないからな」
「ラッキー。ありがとう。先輩♪」
 洋介が在学中にも、色んなところへ連れて行ってもらったが、圭は一度も自分で食事代を払った事がない。例えアンパン1個でもだ。最初は遠慮していた圭だったが、洋介が大きな総合病院の一人息子だと知ってからは、徐々に罪悪感が薄れてしまい、今では遠慮してみせる事すらなくなった。
 洋介にとって、圭は弟みたいなものなのだろう。
 そして、圭にとっても洋介は、優しい兄のような存在だった。
 学校の先輩、後輩という関係ではあるが、とっくに圭は敬語で接する事をやめていたから、二人の関係を表す一番適切な言葉は、友達、だろう。
 だが、ルックス一つとっても実際の3歳という年の差以上にかけ離れている二人を、友達と見る人は、ほとんどいないのも事実だ。
……やっぱり……お兄ちゃんだよなあ
 ちょっぴり悔しい気もする圭だった。

「あれ、駐車場は下じゃなかったっけ」
 エレベーターに先に乗り込むと、ためらいもなく上の階のボタンを押す洋介に、圭はいぶかしげに尋ねた。
「ああ、お祝いに、いいもの見せてやろうと思ってな」
「見せるって、何を」
「だから、いいものだ」
「どこで見せてくれるの?」
 洋介は苦笑すると、圭の頭をぽんぽんと叩きながら、
「部屋を……さっきまで借りていたんだ。大人にはいろいろ事情があるんだから、それ以上突っ込むなよ。まだチェックアウトしてなかったから、ついでに、すごい夜景をお前にも見せてやろうと思って」
 と優しい声で言った。
「夜景なら、さっき見たよ。店で……。綺麗だった」
 驚いて、圭は可愛げのない台詞を吐く。男同士なのに、そこまで気を使われる事もないだろうと思ったのだ。洋介は、そっと圭の肩に腕を回すと、
「明かりを消すと……絶景なんだ。さっきのとは比べ物にならない」
囁くように、言った。
 チン、と音を立ててエレベーターが止まる。
 洋介に肩を抱かれたまま、押されるようにして、狭い箱から降りると、圭は導かれるまま、ホテルの長いローカを、歩いていった。
 たった今……生まれたばかりの漠然とした不安を抱えながら。


カードキーをスライドさせる長い指。圭の不安を感じ取ったのか、洋介は、まるで逃がさまいとするかのように、片方の手で圭の華奢な肩を抱いたまま、半ば強引に部屋に押し込んだ。
 ドアが開けられ、部屋を一瞥するなり、圭の目は驚きで丸くなった。一面の窓ガラスに映し出された夜の街。100万ドルの夜景とは、きっと、こんな景色を指すのだろう。
だが、圭の目を釘付けにしたのは、部屋の中央に据え付けられた、キングサイズのダブルベッドだった。
あきらかに……恋人達のためにしつらえた部屋。
洋介は、昼間から、一体誰とこの部屋にいたというのだろう。
自動的にかかるロック音に、余計に心細さを煽られた気がして、圭は思わずドアを振り返った。
やっぱり……変だ。こんなの。
圭は、小さな声で、訴えた。
「ごめん、先輩、僕もう帰る……」
「どうして」
妙に落ち着いた声が頭の上から響いてくる。
「だって、ここ……チェックアウトしないといけないんでしょ?だったら、もう出ようよ。夜景は十分、見たから」
「ああ、その事は気にするな。」
にべも無く言うと、洋介はいきなりジャケットを脱いでスツールに無造作に投げかけれる。そしてそのまま物慣れた仕種で、ネクタイの結び目をしゅっと緩めた。そして、え、という形に口を開きかけた圭に、悪びれもせずこう続けた。
「嘘だよ。本当は、さっき部屋を取ったんだ。今夜はお前を帰したくなかったからな」

外の喧騒が嘘みたいに静かなホテルの部屋の中で、自分の心臓の音だけが、やけに大きく響いている。
一体どういう事だろう。
恋人同士が過ごすはずの、特別な部屋に、男である自分と泊まる理由。
だが、そんな圭の懊悩など、ちっとも気にならないのか、洋介は、呆然としている圭のジャケットに手をかけると、恭しくそれを肩からはずし、自分のジャケットの上にぱさりと置いた。そして、くすりと笑うと、圭のネクタイをもてあそびながらからかうように、こう言った。
「何、緊張してるんだ。がちがちじゃないか」
「だって……先輩が……嘘ついたなんて言うから……」
「夜景が見せたいって言っただろ。」
さえぎるような、きっぱりとした声。
圭は思わず顔を上げて洋介を見た。射抜くような鋭い視線が、まっすぐに圭に向けられている。いつだってそうだ。ナイフのように鋭くて、とがった視線。

……あの目が嫌いだ……

いつかの桔梗の言葉が頭をよぎる。

いつだって、あいつ……圭のことばかり見てる……

 洋介の指が、あっという間に圭のネクタイを取り去り、器用にシャツのボタンをはずしていく。
 初めて、洋介が、怖いと思った。
 全てのボタンをはずし終えた洋介の長い指が、圭の、裸の肩を愛おしそうに撫でていく。圭は、恐怖で身動きもできないまま……どうして、と何度も頭の中で繰り返していた。
 ボタンのはずされたシャツ1枚だけをまとった、無防備な上半身を、洋介は、そっと抱きしめてきた。
 圭の顔は、鍛えられた広い胸に押し付けられている。
 緊張で身動きできない。心臓は、今にも爆発しそうだ。
「夜景が綺麗なのは、嘘じゃなかったろう。この部屋、相当はりこんだんだぜ。お前の喜ぶ顔がみたかったからな」
 圭の髪に、顔を埋めた男の、くぐもった声が、そう告げる。
 男に抱きしめられるのは、珍しい事ではない。
 桔梗や、ダンス部の先輩達に、しょっちゅうつつきまわされていいる圭である。
 だけど、洋介から、こんな濃密なスキンシップを、求められた事は、かつてなかった。
 意外さが、圭から余裕をなおさら奪っていく。
 無反応な圭にじれたのか、洋介は低い声で
「ほら……もっと、ちゃんと見ろよ」
と、あごをしゃくって、窓外に目を向けるよう、促した。
 本当に……この世のものとは思えないほど、綺麗だ。
 夜景を見ているうちに、自分はひとりよがりな不安に取り付かれているのではないか、洋介は、本当に自分を喜ばせようとしているだけなのかもしれない、もしかしたら、からかっているだけなのかも……と圭は思い始めた。
 そうだ。妙におびえるから、いけないのだ。
 普段どおりに振舞って、数時間をこの部屋でやりすごせば、おとなしく寮に送り届けてくれるかもしれない。
「洋介先輩……」
「ん?」
「ちょっと……はなしてくれないかな……息苦しいよ」
「だめだ」
 希望的観測は即座にうちくだかれ、冷たい否定が返ってくる。
「どうして」
 意外な言葉に、脅えていた事もすっかり忘れて顔をあげると、洋介の鋭い目とぶつかった。
「ここまできて……お前を帰すわけないだろう」
 当たり前のように言う。
「今夜は帰さない……お前が欲しい。心も、身体も」

 欲しいって……俺を?
 たった今耳にしたばかりの洋介の台詞が、頭の中を駆け巡っている。

「お前を愛している」
 続けられた、あっさりとした告白に、圭は目を瞠った。
「一目見た時から、好きだった。お前は、高等部じゃ、有名だったよ。稀に見る可愛い外部生だって。
知らなかっただろうが、俺達が知り合うきっかけになった、ダンス部が廃部になりかけた事件、あれは、お前に近づきたくて、俺が仕組んだものだ」
「仕組んだって、まさか先輩がそんなこと」
「するんだよ。お前を手に入れるためならね」
不穏な台詞とは裏腹な、落ち着いた声。
「皆言ってたろう。あいつは、目的のためなら手段を選ばない男だって。さすがに中学時代は、子供過ぎて、手を出す気分にはならなかったが、お前も、もう大人になった。そろそろ、優しい先輩を演じるのも、限界になっていたんだ」
「先輩……」
「がっかりしたか。だけど約束する。俺はお前に本気でほれている。世界中の誰よりも大事にするぜ。だから……諦めて俺のものになっちゃいな」

勘違いなんかじゃなかった。洋介は、圭を抱こうとしている。

 圭は、たまらなく洋介が怖くなってきた。
 足ががくがくと震えてくる。
「い、いやだ。もう、帰る!」
 半分泣きそうになりながら、圭は体をよじって逃げようとした、が、予想していたのか、洋介は圭の腕をつかむと、そのまま自分の体重をかけてきた。
 柔らかいベッドが、二人分の体重を受けて、沈み込む。
 涙の浮かんだ目で見上げれば、欲望に染まった目をした洋介が、そこにいた。
男に、こんな目で見つめられたのは初めてだった。
怖くて怖くてたまらない。
「……お願い、やめて……先輩ならいくらでも相手がいるだろ……だって、俺、男だよ」
「お前が好きだと言っただろう」
「好きなのに、こんな事するの?」
「ああ。俺の本性を見抜けなかったお前が悪い」
 無我夢中で暴れる圭の身体を、難なく押さえ込み、頬をぬらす涙を指先で拭う。
 残酷さと、優しさが同居する、矛盾に満ちた行為が、混乱した圭の頭をますます混乱させる。
 しばらく、圭のかよわい抵抗を楽しんでいるかにみえた洋介の目が、そっと細められた。
そして、汗に濡れた首筋に、そっと熱い唇が押し付けられる。
圭の目の前には、氷のようなな絶望だけが横たわっていた。
首筋にかかる、熱い吐息。
 優しかった洋介の豹変に、圭はパニックになっていた。
 重い体のの下から抜け出そうと、必死でもがいてみせる。しかし、洋介は、圭の抵抗などものともせず、両手を、片方の手でひとまとめにして頭の上にそっと止めると、すばやくカッターシャツを脱がせ、無防備な幼い体に、もう片方の手でそっと触れてきた。

  これから、俺、どうなっちゃうの……

 あまりの恐怖に、圭の歯はがちがちと音をたてた。。

「圭、圭」

 いきなり、ささやくように、名前を呼ばれ、圭は涙の浮かんだ目で、至近距離にある、整った顔を見上げた。
 圭の額に自分のそれを合わせ、慰めるように髪の毛をすきながら、洋介は、
「俺が……怖いか」
 と言った。
 こんな場面なのに、落ち着いた、艶っぽい声。

 怖いよ……。当たり前じゃないか。

 だけど、言葉にならなくて、圭は、こくこくと必死に頷いてみせた。
 初な反応が、ますます男を煽る事になるなんてこと、ちっとも気づいてなくて。
 洋介は、そんな圭の様子を見て、愛しそうに、くすりと笑った。
「脅えるなってのは、無理だろうな……。だけど大丈夫だ。俺はベッドの上では優しいよ……どこの国のお姫様よりも大事に、抱いてやるから」
 愕然とした。
 洋介は本気で言っているのだろうか。
 無理やり嫌がる相手を押し倒し、あまつさえ、自由まで奪っておいて、優しくする、などと?
 抗議しようと開きかけた圭の唇に、いきなり、洋介の冷たい唇が押し当てられた。

   ……・な、っ……

 圭の背中に衝撃が走る。

 突然の事に、避けようとする間も、目を閉じる間も無かった。
 最初は、触れるだけの、優しいキス。
 だけど、口付けはすぐに深くなり、唇の感触とは裏腹な、熱い舌が、圭の小さな唇を割って入ってきた。
 ゆっくりと、ねぶるように歯列をなぞり、逃げをうつ舌に生き物のように、絡み付いていく。
 全身が蕩けてしまいそうな、甘く、激しい口付け。
口びるを、ちゅっと音を立てて吸われ、後にまた、舌が、ゆっくりと差し込まれる。
 優しく、触れたかと思えば、敏感な器官を引きずり出すかのように激しく、舌を絡めとられる。
 技巧に長けたキス。

 いつの間にか、圭はゆったりと、目を閉じていた。
 柔らかくなった唇に、何度も何度も、宥めるようなキスを落として、そっと手のひらが、圭の頬や、頭を撫でていく。
 甘やかされる感覚に、脳が、溶けていくような錯覚を覚える。
 やがて、唇が離れると、圭は朦朧とした気分のまま、うるんだような目で、洋介を見つめた。
 抵抗が弱まったのに安心したのか、洋介は身体を起こすと、着ていたシャツを脱いだ。

 すごい……。

 日焼けした、ほどよく筋肉がついた逞しい身体。
 この身体が……今から自分を抱くのだ。
 圭の心臓が再び、とくん、と音をたてた。
薄暗く豪奢な部屋の中に、吐息だけが、淫靡に響いている。
 オクテな圭には刺激の強すぎるキス。
 慣れた男の手管にすっかり力が抜けてしまった少年の身体に、宣言どおりの丁寧な愛撫が施されていた。
 首筋を這い回る唇。知らなかった。唇が、こんな風に、身体に触れてくるなんて。
 誰も……教えてくれなかった。こんなこと。
 髪の毛を撫でていた指がゆっくりと下に下りてくる。
 長い指に、柔らかく、乳首をつままれて、圭の身体に電流が走る。
 これ以上脅えさせたくないのだろう。洋介は、乳首をもてあそびながらも、鎖骨やか細い腕に、優しい口付けを落としていく。
 圭は身体をこわばらせ、耐えるようにシーツをぎゅっと握りしめた。
「綺麗な胸だな」
 洋介が呟く。
「お前は、どこもかしこも可愛いよ。茶色の髪も、眉も、目も、唇も……。乳首だって、男のくせにピンク色で、可憐で……可愛すぎて苛めたくなるな」
 好きだと言ったり、苛めたいと言ったり、圭には洋介の気持ちが理解できない。
「今だって、目に涙をいっぱいためて、俺の事、じっと見上げて……わかってるのか。そんな目で見られて、お前に欲情しない男はいないぜ」
「そ……そんなこと……」
「お前は無意識に男を誘ってるんだよ」
 きっぱりとそう言うと、再び圭の胸のあたりを揉むようにしてさすってくる。圭は、声を上げまいと、唇をかみしめた。

 男を誘ったつもりなどない。
 お前は淫乱だ、と言われてしまったようで、ショックだった。
 自分を好きだと言った。抱きたいと。無理やり組み敷かれた。
 だけど、キスや、愛撫は、泣き出したくなるほど優しくて、洋介が自分を愛していると言う事だけは、信じていいかもしれないと思い始めていた。

 それなのに、こんなひどい事……。

 圭は本気で泣きたくなった。洋介は、自分を傷つけたいだけなのかもしれない。
 だとしたら、抵抗したって、きっと無駄だ。
 暴れても、力でかなうはずがないし、今よりもっとひどい事をされてしまうかもしれない。
 だけど、このまま抱かれてしまうのは、絶対に嫌だ。
 どうしたら、洋介は自分を赦してくれるだろう。

「乳首が立ってきたぜ」
 男が告げる。
「感じやすい身体だな」
 認めたくなくて圭はかぶりを振る。洋介はふっと笑みをこぼした。
「素直になれよ」
 今度は……ゆっくりと顔が胸元に伏せられ、さっきまで指でこねられていた物が、温かいものに含まれる。
 尖った先端に舌が絡みつき、初心な少年から、甘い感覚を引き出そうとしていた。
 片方を指で刺激しながら、執拗になぶられ、身体が甘く疼きはじめる。
「ああ……」
 思わず、漏れてしまった甘い喘ぎ声。
「いい子だ。可愛いぜ。圭」
 満足そうに洋介が微笑む。
 圭の身体が、男の刺激に熱を帯びて桜色に染まっていく。
 たまらないその感覚をやり過ごそうと……圭は、そっと目を閉じた。

 幼稚園から高校を卒業するまで、同じメンバー。同じ顔ぶれ。
 そんな排他的な日々に、変化をもたらす外部生は毎年のちょっとしたお楽しみだった。
 若草高校には、まことしやかに語られている、ある噂がある。
 それは、「入試には、ルックス枠があるらしい」というもの。
 募集は中高各10人ずつ。
 その中に、毎年一人は飛びぬけて綺麗な男が混じっている。
 洋介の同級には、中井沙緒という、うさぎのように可愛い男がいたし、1学年下には、浮田伸という、近寄りがたいほど整った容姿の男がいた。
 幼少から思春期までを男に囲まれて過ごす。環境は性癖を変えていくらしい。
 沙緒や、伸には、早速ファンクラブが結成された。
 写真は高値で売られ、彼らが所属するダンス部の公演には、黄色い声援が飛ぶ。
「お前らの気持ちはさっぱりわからん」
 それが、洋介の口癖だった。
「いくら美形つったって、男だぜ」
 そう。まさか自分が男に恋をするなんて、思ってもいなかった。
 牧村圭に出会うまでは。

「今年の新人は桁外れだな。高校と芸能プロダクションを間違えてんじゃないの」
 洋介の身体を、悪友の滝田が、肘でつつく。
 壇上には、スーツ姿の外部生が並んで立っていた。
 A校の始業式は、中学と高校の合同行事である。
 式の最後に、外部生の紹介があるのだが、確認するまでもなく、滝田が誰を指しているのか、すぐにわかった。
 小学校時代の制服を着て、緊張した面持ちで、所在なげに下を向いている小さな男の子。
 少し赤みがかった髪の毛に、こぼれ落ちそうな、少しつり気味の大きな目。唇は小さく、肌の色は雪のように白い。
 滝田が言ったように、テレビで歌っていてもおかしくないような、アイドル的な可愛らしさを全身から醸し出している。
「しかも、隣のやつも、よく見りゃすごいいい男だぜ。こりゃ、ファンクラブ結成決定だな」
 圭より頭ひとつ分違う長身で、鼻の頭にばんそうこを貼った、傷だらけの少年、それが、後に、圭の親友になる矢口桔梗だったのだが、その時の洋介の目には、圭しか映っていなかった。
 一目ぼれだったのだ。
 たどたどしい声で、挨拶をする、小動物のように愛らしい少年から、目を離せない。
 挨拶を終えた後、圭はほっとしたように、にこっと笑うと、上唇をぺろっとなめた。
 会場が、かすかにざわめく。
「おい、見たか。あの子、今ので100人は殺したぜ」
 滝田が、再び肘でつつく。
 洋介は頷いた。確かに見た。圭から、無数の赤い矢が放たれるのを。
 それは、自分の胸にも、確実にぐさりと突き刺さっていた。
「あの子、ダンス部に入ったらしいぜ。沙緒が泣いて喜んでたぞ。どうやら地元でやってたらしいな。かなりうまいってよ」
 滝田の言葉に、洋介は、ぴくりと耳を立てた。
 始業式から1ヶ月。予想どうり、牧村圭は、学内のアイドルになっていた。
 ローカを歩く姿が見えようものなら、「圭ちゃ~ん」と、高等部から野太い男の声援が飛ぶ。
 また、矢口桔梗との美形凸凹コンビは、一部のオタク達の萌え心をくすぐるらしく、「王子と天使」等と名づけられ、二人を見守る会まで作られたという噂だ。
 その矢口は、、サッカー部に入部した。
 中学生らしからぬ長身に目をつけた滝田の勧誘に、「いいっすよ~」と、即答だったそうだ。
「あいつ傷だらけだったろ。どうしたんだって、聞いたんだよ。そしたら、コンビニでチーマーに絡まれたんだってさ。目つきが悪いとか言いがかりつけられて。自分は12歳だって言ったら、嘘付けって事で余計に相手を怒らせて、まあ、逃げられたらしいんだが、その時に、転んで道路に顔をぶつけたらしい」
 チーマー達の気持ちはよくわかる。切れ長の目に、ホスト系に整ったシャープな顎。ただ背が高いというわけではなく、モデル並みに長い手足。これで、1ヶ月前までランドセルを背負っていたと言われても信じる者はいるまい。
 滝田の話によると、矢口桔梗は、クールな外見に似合わず、人懐っこくて、可愛らしい男のようだった。
 だが、奴の人格など、どれほどの関心もない。

……くっつきすぎだぜ……

 二人とすれ違うたびに、苦々しい思いが湧き上がってくる。
 肩や、腕、いつもどこかが触れ合っている。見つめあって会話をする、この世にはお互いしか存在しないかのような二人。時々桔梗の綺麗な指が、圭の頭をかき回すために伸ばされる。無造作に、肩を引き寄せる。圭は、されるがままで、桔梗に対する強い信頼が感じられる。

 友情か。本当にそれだけなのか。

 だが、洋介は、指をくわえてみているタイプではない。
 卑怯な手を使ったが、圭の信頼を得る事に成功した。
 3年間、優しい先輩を演じてきた。
 卒業したら、圭をデートに誘い、少しずつ、口説いて自分のものにしようと思っていた。
 圭の口から、衝撃的な事実を告げられるまでは。

「俺、桔梗と同室になったんだ。山田君以外と一緒になるのは初めてだし、しかも、桔梗だしすっごい楽しみ」

 圭はあずかり知らぬ事だが、実は協定ができていた。寮でのルームメイトは、圭によこしまな想いを抱く心配のない、恋愛なんて物からは一番遠いところにいるような人畜無害な男をあてがうことと。
 それが、山田君だったのだが、彼はこの度マンションでひとり暮らしを始めるらしい。
 しかしよりにもよって、一番危険な人物と同室とは。
 黒い不安が、洋介の心の中に、浮かび上がってきた。

 狭いベッドの上で絡み合う、2つの影。
 白く、いじらしいほど華奢な少年の裸が、細身だが、ほどよく筋肉のついた男に組み敷かれ、震えている
 ざらりとした嫌悪感。ベッドの上にいるのは、圭と桔梗だ。洋介は実体のない、空気のような存在で、そんな二人をなす術もなく、見下ろしている。

  これは……夢だ。

「あっ、い、いやっ……」
 か細く震える喘ぎ声。
「可愛いよ。圭。好きだ。お前の言うことなら、なんだってきいてやる」
 乳首を口に含みながら、桔梗がせわしなくそう告げた。
「じゃあ……お願い……、もう、やめて……」
 可愛い声で啼きながらも、必死の様子で圭はきれぎれに訴えている。
「それだけは無理」
 軽くいなして、桔梗の薄い唇が、圭の全身を舐めまわし、手のひらが、そっと白い太ももに這わされた。
「う……ん……」
 目元を桜色に染めて、圭はすすり啼く。男も女も知らない未成熟な身体は、与えられる快感に、海を漂う小枝のように翻弄されるしかない。
「ごめんな。俺、初めてだから、うまく出来ないかもしれないけど……優しくするから」
 甘く響く、桔梗の男っぽい声。
 知らぬ間に、すんなりとした足を大きく広げられ、圭は、驚きのあまり、目を瞠る。
 そして……。
「あ……やだあ……ああっ……桔梗っ。やめて……」
「悪ぃ、もうちょっとだけ、我慢して」
「……お願い……いやだ……」
「全部……入ったよ」
 自身を全て埋め込んで、桔梗は優しい顔で圭を見つめた。
「やめてって言ったのに……」
 恨めしそうに、圭がその顔を睨みつける。
 桔梗が宥めるようなキスを何度も落とすと、少し強張り気味だった表情は、砂糖菓子のように甘くなってきた。
「圭を抱いてるなんて、夢みたいだ。ずっと想像していたんだ。圭の中に入りたいって。俺、もう死んでもいいよ」
「馬鹿……」
「なあ、ちょっと動いていい?」
 答えを待つまでもなく、桔梗はゆっくりと腰を使い始める。
「あ……ああ……だ・・めだったら……あぁ」
 拒絶の言葉を繰り返しながらも、圭の両腕はしっかりと広い背中に掴まり、縋りつくように抱きついている。
 晒した喉に噛み付くようなキスをして、桔梗は思い切り腰を打ちつける。
 圭の、白い身体に、しっとりとした汗が浮かんでいる。全身から、花の蜜が、あふれ出しているようだ。
 声と身体が……甘く溶け出している。
「桔梗……」
 甘えたような、舌足らずな声。
「ん?」
「も……駄目……動かないで……だって、俺これ以上されたら、出ちゃう……シーツを汚しちゃうよ」
「出せよ。シーツなんか、どうだっていい」
「だって」
「いいって言ってるだろ」
 圭の足を抱えなおし、かき回すような動きを続ける。圭はしっかりと目をつぶり、押し寄せる快感に抗おうとしていた。
 だが、快感は、簡単に理性を裏切っていく。
「やだ……いっちゃう……」
 ため息のような喘ぎ声と共に、圭の身体が弓なりにしなる。夢中になって桔梗にしがみつく、幼い子供のような身体が、初めて知った男の身体に、壮絶な色気を醸し出している。

   くっそ。桔梗ぶっ殺してやる。

 そう決心したところで目が覚めた。
 洋介の身体は、寝汗でぐっしょりと濡れている。
 これは、きっと正夢だ。桔梗はいつか、圭を抱く。

 させるもんか。

 夢の中の圭の肢体が目に浮かぶ。
 俺が、圭を抱いてやる。桔梗に先を越される前に。

 引き返せない領域に、踏み込んでしまっている自覚はあった。だが、もう、止まる事はできそうもなかった。
 空想の中で、何度圭を裸にしただろう。
 なめらかで、陶器のように白い肌。幼い身体を少しずつ、大人の身体に変えていく。
 そのプロセスを、何度思い描いたことだろう。
 夢にまでみたその身体が、目の前にあって、自分の愛撫に反応する。時折ぴくぴくと魚のように跳ねたかと思うと、
「ああ……」
 と切なげな喘ぎ声をもらす。

 たまらなかった。

 圭は、シーツをぎゅっと握り締めて、耐えるように、固く目を閉じている。
 嫌だ、と拒絶の言葉を吐くくせに、抵抗はあまりにも弱々しい。おそらく緊張のあまり、動きが鈍くなっているのだろうし、暴れて余計にひどい事をされるのを恐れてもいるのだろう。どちらにしても、洋介には、都合のいい展開だった。圭がおとなしくしている間に、徹底的な快感を与えて、その心と身体に、自分という男の刻印を残していくつもりだった。
 胸のかざりに執拗な刺激を与え、たっぷりと喘がせた後、そろそろと下肢に手を伸ばす。前をくつろげ、下着の上から、小ぶりな性器をそっとなでると、圭は、我にかえったように、びくりと身体を震わせた。
「い、いやだ。やめて」
「じっとしてろよ」
「先輩、お願い、だめだ。そんなところ……」
 縋るように伸ばされた腕をやんわりとシーツに押し付けると、洋介は苦笑した。
「なんて顔してるんだ。いじめたいわけじゃない……。お前が好きだって、もう何回も言っただろう。お前を、可愛がりたいだけだ。撫でて、どこもかしこも触って、お前を喜ばせたいだけだ」
「だって、嫌だ。こんなの……おかしいよ」
「何がおかしい?俺もお前も男だからか」
 冷めたような、鋭い声。
 圭はおびえたように首をすくめる。綻んでいた身体がほんの少し強ばり、ここで圭を怖がらせるのは、得策ではないと、洋介は気がついた。
 額にかかる髪の毛を指先で払い、まっすぐに、圭の目を覗きこむ。そして、ちゅっと、ついばむような口付けを落とした。
 キスは、嫌ではないらしい。固くなっていた圭の表情が、とたんに、甘く、柔らかくなる。
 洋介は、もう一度、今度は素直に告白することにした。
「圭……お前が可愛くてたまらないよ。男だとか、女だとか、そんなのもうどうだっていいんだ。お前は初心で、無邪気で、俺をホッとさせる……。大好きだ。俺は派手に見られるし、実際今までに遊んだ事がないとは言わないけど、お前だけには一生誠実でいられる自信があるぜ」
「先輩……」
 圭は驚いたような顔をして、洋介を見上げた。もう一度、優しく瞼の上に口付ける。
「俺は優しかっただろう?、チャンスは何度もあったのに、手を出さなかったのは、お前を誰よりも大切に思っていたからだ。だけど、もう限界だ。他の男に取られるくらいなら、お前が例え泣こうがわめこうが、無理やりにでも、俺のものにしたいって思っている」
「他の男って……俺の事、誰もそんな風に、思ってなんか……」
「知らないだけだ」
 圭の反論をひとことではねつけると、洋介は右手で、そっとか細い腕を撫でた。
「今まで、何回お前を押し倒そうと思ったか、知ってるか」
 尋ねてみせながら、つーっとわき腹のあたりに指先を這わせていく。
「し、しらな……」
 身じろぎして、逃れようとする圭を洋介はしっかりと抱きこんだ。
「今この瞬間だって、俺はお前を抱きたくて気が狂いそうなんだぜ。ほら」
 洋介は、自分の昂ぶったモノに、圭の小さな手を導こうとした。
 逃げをうつ圭の手を上から握りこみ、自分の固さを、手のひらに伝える。
「ほら……こんなに、お前のことを欲しがっている」
「せん、ぱい……」
「圭は俺の事が嫌いか」
 ストレートな問いかけに、圭は涙を浮かべながら、小さな声で、
「嫌いって言ったらやめてくれるの」
 と、逆に聞き返してきた。
「いいや」
 すぐに、返事を返してやる。
「ここまで来て、やめられるわけはないだろう。あともう少しで、お前が俺のものになるっていうのに」
きっぱりと告げると、もう一度、圭の分身に手を伸ばす。左手で、そっと包み込み、優しく揉んでやると、圭は、ああ、と小さな吐息をもらした。
「俺に……まかせろよ」
 素直な反応に気をよくした洋介は、耳朶を甘噛みしながら淫らに言葉を流し込む。
 圭は切なげに眉毛を寄せて、押し寄せる快感をやり過ごそうとしていた。
 そして……
 小さな声が、切なげに、訴える。
「せ……んぱい……も、だめ……あっ……でちゃう」
「案外たやすいな。初めてだからか」
「だ、だめ……もう、あ、ああっ」
「いいぜ。達けよ」
 洋介が、強く圭をこすりあげる。
 張り詰めた、少年の欲望がはじける。
「ああーっ。ああ……」
ぐったりと弛緩したからだを、洋介はきつく抱きしみた。
びくびくと身体を震わせた後、圭はぐったりと全身を弛緩させたまま、荒い息をついていた。
 半開きになった花のような唇を優しく奪い、そっと舌を差し入れる。圭はおずおずと舌を絡めてきた。
 拙いながらも応えてくる姿に、欲望は極限まで高まっていく。
 覚えたばかりのキスに夢中になっている隙に、圭の膝の後ろに手をかけて、そっと割り広げた。幼い性器を弄びながら、密やかな場所を、そっと撫でる。
「あ、ああ、いやだ」
 圭の両目が我にかえったように見開かれる。だが、ここまで来て逃げられるわけにはいかない、と洋介は身体をぴったりと密着させ、腰を足の間に入れて身動きできないようにした。
 つつましやかなそこに、自身の熱く昂ぶったモノを押し当てる。
「い、いや……そんなの、無理」
 圭の声が恐怖にひきつる。全身に力をこめてベッドの上側に身体をずらそうとするが、ひとまわり大きな洋介の身体は、びくりとも動かず、上から、圭の抵抗を見下ろしている。
「じっとしててくれ。傷つけたくない。お前が痛くないように、そっと、少しずつ挿れてやるから」
 怖がらせないように、ことさらに優しく愛撫しながら囁いた。が、その台詞は、圭の恐怖心を余計に煽る結果になってしまったらしい。
「や、やだーっ」
 今まで従順だったのが嘘のように、圭は全身で暴れ始めた。
 圭は……今や、祭壇に捧げられたあわれな子羊だ。
 縋るように洋介を見上げる涙で潤んだ目。だが、赦してやるつもりはない。

 今から、俺は圭を抱く。小さな、宝石のような圭を。
 抵抗すら、愛しかった。

 時計の音と、しゃくりあげるような泣き声が、暗闇の中、響いてる。
「大丈夫だ。力抜いてろ」
 欲望でかすれた、男っぽい声が、低く重なる。
 圭はもう、泣きじゃくっていた。
「いやだ、それだけは、いやなんだ、やめて、お願い」
 ここまで本気で泣かれると、流石に、気がとがめてくる。
「圭……頼むからおとなしくしててくれ」
「やだ、やだっ。お願い、家に帰して。俺、何だってするからっ……先輩の言うことなら、なんだって聞くよ……だから、放して。もう家に帰りたい」
 必死の様相に、つい力を抜いた隙に、圭は自らを押さえつけていた手をふりほどいた。
 そして、半身を起こすと、洋介の首に、両手をまわしてしがみつく。
 とっさの事に、驚く洋介のシャープな頬に、自分のそれをすりつけながら、圭は、涙声で訴えた。
「俺、先輩の事嫌いじゃないよ……今日は、いきなりだったし、怖かったし……ほんとは今だってすごく怖いけど……だけど、やっぱり今だって先輩の事、大好きなんだ」
「圭……」
「俺、先輩の気持ちに応えられるように、がんばるから……だから、もう少し待って。俺が……先輩になら……抱かれてもいいって思えるまで」

喉が……乾いている。
時計の音が煩すぎて、圭の言葉を聞き取ることができない。

「どういう意味だ……もっとはっきり言ってみろよ」
抑揚のない口調で、もう一度、と言葉を促す。
 圭は、しがみつく腕に力をこめると、か細い声で、だがきっぱりとこう言った。
「先輩は俺の事、好きなんでしょ……信じるよ……俺、先輩とつきあってみる。恋人になるから……だから、今日は俺のお願いを聞いて……家にかえして」
 圭は、そっと顔を上げた。涙でぐちゃぐちゃになった天使のような、小さな顔。
 その顔が、そっと洋介の首筋に埋められる。そして恥じらいで赤くなりながらも、ちゅっと、音をたててキスをした。そして、甘えるように、もたれかかってくる。

 小刻みに震える、少年の熱い身体。
 涙はすっかり止まっているようだった。
 拘束を解かれた後の圭の行動は素早かった。
「ありがとう!大好き先輩!」
 さっきまで大泣きしていたのが嘘のような明るい声で洋介にがばりと抱きつく。が、次の瞬間には逃げるようにベッドから飛び降りると、脱がされた服をあたふたと身に付け始めた。
「……シャワーくらい浴びろよ」
「い、いいよ。だって、早く帰らなきゃ玄関閉まっちゃうしね」
「……寮生全員、合鍵持たされてるだろ」
「えっと、そ、そうだっけ。でも、寮長変ったし。門限できたような気がするな~。伸ちゃんってほら、結構真面目だから」
「まじめ、ねえ」
 浮田伸の、菩薩のように整った顔を思い出しながら、洋介は呟くと、渋々脱ぎ捨てたものを身につけた。あせりの為か、ボタンかけに手間取っている圭の背中を後ろから無言で抱きしめる。
「……う、うわっ!!」
 大声と共に、圭が驚きで飛び上がる。
 洋介のこめかみに青筋が立った。
「お前、いい加減にしろよ。恋人になるって言ったのは、どこのどいつだ?それが恋人に対する態度か」
「ご、ごめん、びっくりしただけなんだ。だって、急に、後ろにくるからさ」
「俺をなめんなよ」
 口調が変り、圭を抱く手に力がこもる。
「可愛い顔して、お前は相当したたかだな。今までも、泣いて甘えて無意識に男を手玉にとってきたんだろう」
「そんな……」
「追い詰められた草食動物の命乞いに、重みなんてないくらい、わかってるんだぜ。だけど、今夜はだまされてやるよ。俺はお前に心底参ってるからな」
「先輩……」
「だけど、俺はしつこいぜ」
 初めて洋介は、唇の端を持ち上げて、アルカイックに笑った。
「恋人になるって約束したんだ。守ってもらうぜ。そして、いつか、お前を抱いてやる」
 楽しみにしとけよ、と囁かれ、圭は真っ赤になってこくんと頷いてみせた。

 帰りの車の中で、圭はよっぽど疲れていたのか、ぐっすりと眠り込んでしまった。
 自分を犯そうとした男と密室に二人きりなのに、無邪気なものである。
 ここまで安心されるのも、困りものだ。
 そっと前髪をは払ってやると、あどけない寝顔に涙の筋が光っているのが見えた。夢でも見ているのか、何か小さな声でむにゃむにゃ呟くと、くすん、と鼻を鳴らす。

 圭、お前は俺の宝だ。

 街の明かりが、車窓から後ろへ流れていく。
 ふと、この世で一番嫌いな男の顔が脳裏に浮かんだ。
 切れ長の目は、都会のネオンサインを連想させる。いや、夜空に輝く星か。
 矢口桔梗。
 圭に手を出したら、ぶっ殺してやる。
 洋介は湧き上がる不安を拭い去るように、強くアクセルを踏み込んだ。

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