小悪魔とダンス

キリ

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3章 小悪魔ロッキン

どうしようもない

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 森を抜けると学校の塀が見えてきた。
 自分の背よりちょっと高めのブロックを、よじ登って乗り越える。
 花壇の脇に着地して、正門の方角へとダッシュした。
 桔梗が帰ってきた。
 たった1日会わなかっただけなのに、とても懐かしい。
 あの笑顔が、過剰なスキンシップが、恋しかった。
 正門には、おそらく練習試合にやってきたのだろう、横付けされた他校のバスから吐き出された揃いのジャージ姿がたむろしている。
 桔梗の姿は見当たらない。伸のメールを確認してから5分しかたっ
ていないから、きっと寮へと移動している途中なのだろう。
 ブレイキング後の全力疾走は、圭の息を荒くさせる。
 全身を、じっとりとした汗が流れていった。
……さよならしよう。
 心の中で確認した。
 伸ちゃんは、応援してくれると言ったけれど、やっぱり無理だ。
 誰よりも好きな桔梗だからこそ、欺けない。
 水のみ場を少し超えて第3校舎の角を右に曲がれば、500メート
ル先が、学園の寮だ。
 背中のリュックが振動で跳ねる。
 古い校舎の角を曲がって、一瞬、圭は立ち止まった。
 視線の先に、手足の長い、モデル体型の後姿があった。
 右肩にスポーツバックをかけ、リズムを取るように、ゆっくりとマンションに向かって歩いている。
 桔梗だった。
「桔梗!」
 圭は駆け出した。
 大声に、桔梗がゆっくりと振り返る。高い鼻、口角の上がった薄い唇、くっきりとした顎のライン。綺麗な横顔はいつもの桔梗だ。
 甘えるように思い切り身体をぶつけると、広い肩に両手をかける。
 勢いをつけてジャンプし背中におぶさると、桔梗の肩から、スポーツバックがずるりと落ちた。
「おっとー」
 ほんの少しだけよろけた後、桔梗は圭の腰の下に手をあてた。そして、くすりと笑いながら、
「まるっきり猿だなー」
と言った。
 両足で桔梗の身体を挟む子供のような格好で、後ろから長い首筋に顔を埋める。ほのかに漂っている石鹸の匂い。圭の大好きな、桔梗の匂い。
「伸ちゃんと公園にいたんだって? さっきメールがあったよ」
 腹のところで組み合わされたふくらはぎの部分を軽く叩きながら、桔梗は言った。
 かがんでバックを持ち直し、圭をおぶったまま歩きだす。
「相変わらず、軽いな。ちゃんと食ってる?」
 返事が出来ない。
 口を開くと泣いてしまいそうだった。
 今日が最後かもしれなかった。桔梗とこうしていられるのは。
 真実を告げた後、圭は姿を消すのだから。
 時がたてばまた友人には戻れるかもしれない。でもきっとその時には、桔梗の隣には別な恋人がいるのだろう。
「婆ちゃん、全然大丈夫だった……。って、えらいおとなしいよな。俺ばっかり喋ってんじゃん」
 気持ち悪いな、と桔梗は続ける。
 マンションのエントランスについた。
 桔梗の長い指がエレベーターのボタンを押す。
 扉が開くと、桔梗は、強引に圭をおろした。
 すぐさま整った顔が近づいてくる。
 壁のところに両手をつかれ、逃げられない状態のまま、圭は、唇を奪われた。
「会いたかった。可愛いよ。圭」
 口付けの合間に囁かれる、甘い言葉。
 それは魔法のように、圭の心を溶かしていった。
スキンシップ過剰男には、エレベーターでのつかの間のふれあいでは当然物足りなかったらしい。
 部屋に入ると、口付けの嵐が待っていた。
 思う様舌をまさぐった後、桔梗は圭を抱きしめて、頭のてっぺんに顎を押し当てぐりぐりとした。お得意の甘やかしスタイルだった。
「洋介さんに攫われてたら、どうしようかと思ってた……婆ちゃんぴんぴんしてるしさ、心配で、とんぼ返りしようかと思ったぜ」
 洋介の名前に、心臓がどきんと跳ね上がる。おそらくは、ライバルの先制を警戒して、帰京を早めたのだろう。大人びてはいるけれど、桔梗もまた思春期の少年なのだ。
「あのね、桔梗」
「ん」
「俺ね……」
「何?」
 見上げると、桔梗の綺麗な瞳の中で、不安げな二つの顔が揺れていた。
 勇気を出そうと、圭は、桔梗のTシャツの裾をそっと摘んだ。こつんと、広い胸に頭をぶつける。
「何か、変だよな、さっきから、微妙に元気がないじゃん」
 桔梗が呟く。髪の毛を愛撫する優しい手のぬくもりに、胸が締め付けられるようだった。、
 俺、さっきまで洋介に抱かれてた。恋しちゃったんだ。心と身体の両方で桔梗を裏切ったんだ。
 明け方から、何度となく反芻した別れの言葉。なのに、本人を前にすると、固まっていたはずの決心がしぼんでいく。
 駄目だ、駄目だ。男なら、一度決めたことは貫き通さねば。
 そう、自らを励ました。
 出会った頃には、そしてほんの2日前には考えた事すらなかった、桔梗とのさよならに、つんと鼻の頭に、こみあげてくるものがある。
 頭を小刻みに揺らして浮かんできた涙を振り切った。
 全てが終わったら、すぐに荷物をまとめよう。やっとの思いで言葉を振り絞る。
「言わなきゃいけない事があるんだ」
 緊張でTシャツを掴む手に力がこもった。
「んー、だから何?」
 普段から、意味もなく甘くなる穏やかな声。
 桔梗。
 気がつけば、圭は長い首に手を回し、ぴったりと身体をくっつけていた。
 愛しさで、胸が苦しい。
 涙と一緒に零れ落ちたのは
「会いたかった……」
 そんな、小さな声だった。

「圭……」
桔梗の声が驚きで掠れる。
 だが、一番驚いているのは圭自身だった。
 違うんだ、こんな風に甘えるつもりなんて、まるっきりなかった。真実を告白するつもりなのに……。
 胸の奥の、固い決意を探り当て、もう一度口を開く。
「俺、桔梗の事が好き。大好き。一生俺の事、放しちゃ嫌だ」
 今度は、こんな台詞を口走っている自分がいた。
 本当に言いたいのは、お別れなのに。
「ご、ごめん、違うんだ、俺、」
 慌てて訂正しようとした時には、もう、きつく抱きしめられていた。
 一瞬の沈黙の後、
「夢じゃないんだよな」
 低い声で、確かめられる。
 ああ、もう、どうしようもない。
 圭はこくりと頷いた。
「何かの冗談、ってわけでもないよな」
 もう一度、縦に首を振る。
「やったーーー!!」
 桔梗は、圭を抱きしめたまま飛び上がった。
「俺、今、めっちゃハッピー。圭。好きだ。愛してる。言われなくたって、お前が嫌がったって、ずっとずっと放さないからな」
 桔梗の両手が、少しだけ乱暴に圭の小さな顔を挟んだ。
 薄く開いた唇が近づいてくる。
 桔梗が好きだ。優しくて強引で、時々わがままで淋しがりやで、大きな猫のような桔梗が大好きだ。
 嘘つきになっても、卑怯者だとしても、この温もりを放せない。
  …………ロックだよ……心に鍵をかけるんだ……
 頭の中で、伸の言葉が小さくこだまする。
 圭は静かに目を閉じた。かちゃりと鍵の下りる音が、どこかから聞こえてきたような気がした。
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