小悪魔とダンス

キリ

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番外編

藤棚デラックス

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 世界で一番好きな恋人は圭だけど、世界で一番好きな友達は、伸だ。
 俺より二つも年上だし、共通点といえば同じ寮に住んでるってだけだけど、とにかくうまがあう。
 俺と圭が結ばれたのを、伸は心から喜んでくれた。

「いつかこうなるって思ってたよ。やったな」
 部屋を訪れた俺に、笑顔で祝福をくれた後、伸は声をひそめていった。
「圭みたいなタイプとつきあうなら、ある程度周囲にオープンにしといた方がいいんだよ。ライバルへのけん制にもなるしね」
 ライバルという言葉に俺はぴくりと反応する。
 見た目も性格も可愛らしい圭には、当然ながらファンが多い。
 本人は洋介さんと俺以外、一度も告白された事がないと言い張るが、鈍感だから、気がついてないだけだと思う。
「狙ってるのは、洋介さんだけじゃないと思うぜ」
 伸は、あっさり同意した。
 伸は、幼馴染の沙緒さんに片思い歴7年のつわものだ。
 やっぱり綺麗で人気のある沙緒さんに虫がつかないのは、伸の地道な努力の賜物らしい。
「お前達の事、俺が、さりげなくリークしといてやるよ」
 親切な申し出に、頷いた俺は、伸の交友範囲の広さをまだ知らなかった。
 そしてすぐに思い知ることになった。


 
「桔梗~。ばか~。呪ってやる~」
「裏切り者~。お前は今日から仲間じゃない~」
 教室の四方からそんな恨み言が聞こえてくる。
「やめてくれよ」
 気持ちはわかるが、正直うざい。
 連休明けの学園は、俺と圭の噂で持ちきりになっていた。

 
 クラスメートだけじゃない。
 休み時間のたびに、暗い顔をした上級生が、群れをなして、学園のアイドルをものにしたフトドキな男の顔を拝みに来る。
「矢口ってのは、あいつか」
「呼びましょうか?」
「いや、いい。そうか、あいつが圭ちゃんの……うう」
「寮でも同室なんですよ」
「なにい?」

 いらぬ情報を与えて、彼らを刺激しているのは、岸田だ。
 廊下側の入り口に一番近い席だから、朝からとっつかまって、同じ質問に答え続けている。
 いい加減うんざりなんだろう。
 岸田もつらいだろうが、俺の方がもっと、きつい。
 ギャラリーに向かってピースサインを送るわけにもいかず、必死のポーカーフェイスで次の授業が始まるのを待つ。
 授業が待ち遠しいなんて、初めてだ。
 だが、すぐに次の休みはやってくるのだった。
 
「桔梗!」
 呼ばれて、またか、と心の中で溜息をついた。
 そんな大声だと、気づかない振りをするのも一苦労だぜ。

「桔梗ってば」
 あんだよ。しつこいな。
 
 って、今の声。

 俺はぶんと頭をあげた。

「ねえ。ちょっとちょっと。あんまり時間ないんだから」
 声の主は、戸口で、俺を手まねいている。
 十六歳にしては小柄な体。
 くるくるとよく動く、黒目がちな瞳。
 毀れるような、可愛らしさのオーラ。

 ああ、それはまさしく。

「圭――」

 俺は勢いこんで立ち上がると、狭い教室を、ダッシュで横切った。
 有無を言わせず、小さな体を抱きしめる。
 圭はこほこほと、苦しそうに咳きこんだ。
「どした。クラスの奴らにいじめられたのか? 俺も朝からやられてんだ。いっそ二人で駆け落ちすっか? 新婚旅行がてらに、ハワイなんて、どう」
「何わけのわからない事言ってんの」
 圭は呆れたように言って、俺の腕からすり抜けた。
 冗談だけど完璧にスルーされればちょっとへこむ。
 だが、圭は全然気づいてないようだった。
「昼休み、なんか用事ある?」
 言われて、俺は頭をぶんぶん振った。
「え、ないない」
「じゃあ、一緒にお花見しない?」
「お花見?」
「うん、裏庭の藤棚が綺麗なんだ。桔梗と一緒に見たいなって」
「藤棚って何」
「知らないの?」
 説明に、なんとなく、藤棚の実態がつかめてきた。
 そういや、毎年この季節になると、水のみ場の横のベンチの上に、紫の物体が発生し、地面へと垂れ下がっていた様な気がする。
 暑い日なんか、あの下で仰向けになると、気持ちいいんだ。
「行く行く行く。お花見だな? なんか、面白そう。圭ってそゆとこ、まじ、センスあるよな」
 朝から少しだけブルーだったけど、すっかり立ち直った。
 俺って、ほんと、現金なやつ。
 じゃね―と、手のひらをにぱにぱさせながら去っていく圭を見送る俺の顔は、みっともないほどににやけていた……はずだ。

「頭いいくせに、藤棚くらい、知っとけよ」
 圭が去った後の教室はたちまち、不自然なほどの沈黙に満たされて、それを破ったのは、岸田だった。
「花には昔から疎くってさあ。親はガーデニングプロ並みなんだけど。あ、だから俺って、花の名前つけられてんだ」
 弁解する俺の顔を池田はまじまじと見つめた。
「桔梗ってさ、嫌味なほど完璧なルックスのくせに、性格も顔もいいし、勉強も出来るし、運動神経だって抜群。圭ちゃんのお相手は、お前くらいじゃないと無理だったのかもな」
 一気に言って、溜息をつく。
「やあ、そりゃ、言いすぎだろ」
 照れくさくて鼻の頭をかくと
「当たり前だ。言い聞かせてんだよ。自分に」
 一喝が飛ぶ。
 もう、黙っていよう、と俺は決意した。
「結局、お前らって、お似合いだよな」
 最後に、ぽつりと誰かが呟いて、朝から俺を取り巻いていた嫌な雰囲気は、お開きになった。

 やっぱり伸のアドバイスは正しかった。
 圭も伸も大事だが、クラスの連中も大好きな仲間だ。
 世界中を敵に回しても、圭が大事だが、認められればやっぱり嬉しい。
 お前らの分まで、圭を幸せにするぜ、と叫びたかったが、心の中にとどめておいた。


 お花見会場のベンチには一足先に到着した圭が、お姫さまみたいに座っていた。
「わりぃ、待たせちった」
 ぴったりくっついて隣に座り、か細い手首を握り締める。
 もともと色白な圭の顔色が、花の紫をうつして、より一層蒼白く見えた。
「ちゃんと飯、食ってる? 顔色悪いぜ」
 額をあわせ囁くと、圭はくすくす笑いながら
「いつも一緒に食べてるじゃん。桔梗の顔だって、病人みたいだよ」
 と言った。
 膝上に、いつも持ち歩いているネタ帳が、ページを開けて乗ってある。
 小さなスペースに、びっしりと書きこまれた文字。
「コンビネーションやってたのか」
 たずねると、圭は頷いた。
 ちょっとした隙間時間も、無駄にしないのが、ダンス馬鹿な圭らしい。
「もうすぐイベントだろ。俺、一曲だけ振り付け担当してるからさ、そろそろ仕上げないとやばいんだ」
「大分出来てんだろ。見せてくれよ」
「いいよ」
 ぴょこんと立ち上がり、圭は日ざしの中に躍り出た。
「サビからね」
 唇でカウントをとり、圭はからだを揺らし始める。
 そして、軽くジャンプした。
 かなりアップテンポな曲なんだろう。宙に浮いている一瞬で、左右にポイントを決め、すかさずスイング。
 ついていけたのはそこまでで、素人には、到底コピーできない、難易度の高い振りが続く。
 両腕が、まるで波のようにうねる。
 心臓が、ロボットのように跳ねあがる。
 一つひとつのムーブメントが、あるべき形へ、ぴたり、決まる気持ちよさ。
 瞬きも出来ないほどに、俺は圭に見とれていた。
 圭のシャツが汗で滲む。
 広い額が、吹き出した汗できらきらと光っている。
 でも、一番光ってるのは、圭だ。
 恋する男の贔屓目なんかじゃない。
 圭が踊るとたちまち景色は色を変える。
 万華鏡のように、カラフルに。
 
「へへっ。おしまい」
 ラストカウントと同時に照れて俯く圭に、俺はゆっくりと近づいた。
「桔梗?」
 語尾が、不思議そうに上がる。
「お花見しようぜ。つっても俺の花って圭なんだけど」
 きつく抱きしめて、囁くと、圭は小さく頷いた。

 そう。
 俺の花はお前だけだ
 今までも。そしてこれからも。

 身を屈めて、圭の唇にキスをする。
 頬が赤く染まって見えるのは、息があがってるからなのか。
 それとも、俺のせいなのか。
 手に入れたばかりの恋人は、首を傾け、そっと唇を開けて待つ。
 花弁のような唇に舌を差し入れて、圭のそれに絡ませる。
 おずおずと、応える様に、背筋にぞくりとした震えが走る。

「圭ちゃんにはお前くらいじゃないと無理なのかもな」
 クラスメートの台詞が頭に浮かぶ。

 いいや、と俺は心の中で岸田に言った。
 図体がでかいだけで、ガキだし、わがままだし、自分勝手だし。
 俺になんて、ほんとは勿体ないんだ。
 だけど絶対、大切にする。
 圭は、俺の宝だから。

 紫の花の束が、風を受けて一斉になびく。
 圭の手のひらが、縋るように俺の制服の胸のあたりをさまよう。
 五月の乾いた空気と花の匂い。風の吹く音や、藤の紫、草や地面の土の色。
 俺達の恋が始まったこの季節の何もかもを、ずっと心に焼き付けていたい、と俺は思った。


 長い口付けから開放してやると、圭はいたずらっぽく笑ってこう言った。
「じゃあ、俺は桔梗でお花見するね」

 うう、可愛い。

 自販機のコーラで乾杯して、ちょっとした事で笑いあう。
 
 やっぱり俺って幸せかも。

 そうだよ、と風の声が聞こえた気がした。 


 休み時間のキスが着火剤になって、午後の授業の間中、俺の股間はびんびんだった。
 柔らかくてしっとりと濡れた唇を割り、逃げをうつ舌を優しく吸う。
 緊張で小刻みに震えてるくせに、俺に合わせて背伸びをする健気さが、愛しくてたまらない。
 あのまま押し倒してしまいたかった。
 付き合い始めて、まだ一週間もたってないけれど、想像の中で、裸にした事は数限りない。
 夢の中じゃなく、本当に抱いたのは二度だけだ。
 洋介さんのところから帰ってきた圭を、無理やり犯したのが一番最初。
 二度目は圭に、自分も好きだって告白されて、嬉しさのあまり、勢いにまかせて抱いてしまった。
 どちらも、夢中だったから、あんまり細かいことは覚えていない。
 あれから俺達はいつもどちらかのベッドで一緒に寝てるけど、手を出そうとすると、圭があからさまに脅えるので、それ以上進むのを躊躇ってしまうのだ。
 あんなに可愛くて、つぶらな瞳に涙をいっぱいためて見上げられると、たちまち罪悪感が欲望をねじ伏せてしまう。
 ソフトなキスで宥めながら、諦めて背中を抱いてやると、さっきまで脅えていたのが嘘みたいに、圭は胸の中で、穏やかな寝息をたてる。
 好きなヤツが隣にいるのに、何も出来ないのは正直きつい。
 許されるならば一日中、色んな角度で貫いてやりたいほどなのだ。
 だけど、天使の寝顔を、可愛い笑顔を、守りたいと思うのも本当の事で。
 一度はライバルに奪われかけた圭を、恋人と呼べるだけでも、ラッキーなんだ。
 わかってる。


 でも……。

 多分、もう……そろそろ限界。

 今夜、俺は圭を抱く。
 嫌がったって……許さない。

 つか、圭は俺の恋人なんだ。
 もともと嫌がったりなんてしないだろ。
 基本受身すぎるほど従順なヤツだし。

 俺が勝手にほだされるのが駄目なんだ。

 黒板を凝視し、授業に集中している風を装いながら、俺は頭の中で、恋人を怖がらせず、自然にセックスへと持ち込む手順を、あれこれ考え始めた。
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