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第四章 三つの世界の謎
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一星の機嫌は直ったものの、リオにとっての受難は、まだまだ終わりそうもなかった。刻々と京の戻る時間が近づくにつれ、気分がずしりと重くなる。勝手に沙蘭の部屋に移ろうとしたが、鍵は外側から閉められていて出られない。
「よう。いい子にしてたか」
やがて京は、上機嫌で帰ってきた。
どんな顔で迎えればいいのかわからず、リオはソファーの横に立ち、口の中で、小さくお帰りを言う。
「一星の誤解が解けたらしいな。あいつ、焦った顔で、飛び出していったぜ……。もしかしたら、お前をここに連れてきたのも、沙蘭かもしれないんだって? ずいぶん大人しい印象だったのに、あいつもやるな」
内緒にしておけといいながら、一星はある程度は京に話したらしい。
言いながら、男は制服と、そしてアンダーシャツを脱ぎ、上半身裸になった。
「何してんの!? 京ちゃん」
慌てるリオに、
「部屋の中でくらい裸になるだろ。何お前びびってんの」
京は、にやりと笑ってみせ、
「もしかして、お前、朝のキスの事気にしてんのか。純情だな。あんなの、軽い挨拶だろ」
そう言って、すたすたとリオに近づき、体を折ってかすめ取るようなキスをした。
「京ちゃん……」
「じゃ、俺、シャワー浴びてくるわ」
うろたえるリオを置き去りにし、京はバスルームへと消える。少年はぺたりと床に腰をつけ、ため息をついた。
挨拶だなんて、大嘘つき……。
沙蘭の姿で夜這いをかけたときは、全く逆のことを言っていたくせに。
バスルームからは、水音に混じって、楽しげな鼻歌が聞こえてくる。
朝といい、今の態度といい、遊ばれているのは確実だった。どうにも自分の方が押されている。告白されるまでのリオは京に対して無防備で、屈託がなく、そのせいか、京の方がたじたじだった気がするのに。
しばらくして、男は、スエットのズボンを身につけて出てきた。
「そんなとこに座ってないで、こっちに来いよ」
先にソファに腰をおろし、京は招く。おずおずと従い、リオは
「ねえ、京ちゃん、俺どこか別な部屋にいっていい?」
上目遣いにそう訊ねた。
「別の部屋ってどこ」
すぐさま肩を引き寄せられ、リオは一瞬固くなる。キスをされないように下を向き、
「どこでもいい……。誰かと一緒だと、緊張して眠れなくって」
「一星にお前を見張るように言われてる」
懇願を、京はやんわりと退けた。
「ま、俺なんかに緊張することないぜ。これからはもしかしたら長いつきあいだ。楽に行こうぜ」
目の前にふっと、影がさす。ハッとしてほんの少し顔を上げれば、京の端正な顔が間近にあり、形のいい唇が柔らかくリオのそれに押し当てられた。
「京ちゃん……」
すがるような呼びかけは、甘い口づけに絡め捕られ、二人の吐息が混ざり合う。
迫ってくる熱い体を押しのけようと、リオは京の胸に手を当てた。すかさず手首を優しく握られ、京のもう片方の手がリオの背中に回り、ぐっと引き寄せる。
「どうして……こんなこと、するの?」
唇が離れた一瞬の隙に、荒い息を吐きながらリオはたずねた。
「挨拶だって言ったろう。大人の流儀をお前に教えてやるよ」
「そんなの知らなくていい」
「俺が教えたいんだよ」
腕の中の弱々しい抵抗を、京は楽しげに見つめていたが、やがて愛しげに目を細め、リオの首筋に唇を寄せた。
「京ちゃん、やめて……」
「どうして」
首筋に軽い口づけを落としながら、京は何を言ってるんだという風に尋ねる。
「だって、ドキドキして、心臓が破れそうなんだもん」
もう隠しようがない。リオは正直に訴えた。
「心配するな。そんなに簡単に人は壊れない」
哀願を難なく退けて、京は右手をリオの胸にぴたりと当てた。
「おう、本当だな。すごい脈打ってる……。俺が怖いか?」
ぐずぐずとむずがりながら、リオは何度も首を縦に振る。
「そうか」
なぜか嬉しそうにそう言って、京はちゅっとか弱く震える唇にキスをした。リオは首すじまで赤くしてすがるような目で男を見上げる。
「お前はまだ知らないだろうけど、明日から、もっとすごい事をするんだぜ。その前に俺で慣れてた方がよくないか?」
京は言った。すかさずリオは首を横に振る。トレーニングの厳しさは知っている。だけど暴走した京の恐ろしさも又、痛いほどに知ってるのだ。
「そっか。それは残念」
そう言うと、京はあっけなく抱いていた両手を放した。
「悪かったな。お前の反応があんまり可愛いんで、ちょっと調子にのっちまった。もうしないから、お前も風呂に入って来いよ。明日から五時起きだ。早く寝ないと結構きついぜ」
そしてスタスタと別室に消える。蛇口から水の出る音と、そしてコンロのスイッチを回す音が聞こえてきた。荒い息を吐きながら、リオもよろよろ立ちあがる。バスルームのドアを閉め、少年は大きなため息をついた。
京は一体どういうつもりなのだろう。本当の初対面は、オークション会場で。あの時の彼は、最初からキスどころか、セックスの真似ごとまで仕掛けてきた。それを思うと、今のスキンシップは軽いと言っていいくらいで、本人が主張しているとおり、ただの挨拶の延長なのかもしれない。それなのに妙に意識してしまい、京の嗜虐心を増長されてしまったのだろうか。
これからは、出来るだけ抵抗せず、なりゆきにまかせてしまった方が良いのだろうか。
風呂から出ると、テーブルには届けられた夕食のプレートが置かれていた。向かい側にいつの間にかソファまで運ばれてきて、京はそちら側でくつろいでいる。もう、リオがこの部屋で過ごすのは決定なのだ。だから、少しでも快適にと、一星が家具を増やしたのだろう。
……ベッドを増やしてくれたたほうがよかったのに
心の奥でそっとつぶやく。
「京ちゃんのは?」
向かい側に腰掛けながら尋ねれば、
「俺はもう食堂で食ってきた」
そう言ってうまそうにコーヒーを飲む。
京がコーヒー好きなんて知らなかった。長いつきあいだったはずなのに。今の京は、リオが知っている京とは微妙に違っていて、ちょっとした部分に戸惑いを覚える。
京を前にしての、自分だけの食事は、緊張であまり喉を通らなかったけれど、目の前の男は、そんな事おかまいなしに、真新しいソファの上で、くつろいだ姿である。もうすぐ夜がくる。一つしかないベッドの上で、どんな風に寝るんだろうと思うと、気が気じゃなかった。この部屋で寝たのは、沙蘭の時も入れて、二度になる。一度目は、犯される寸前だったのを、一星に助けてもらったのだ。
「よう。いい子にしてたか」
やがて京は、上機嫌で帰ってきた。
どんな顔で迎えればいいのかわからず、リオはソファーの横に立ち、口の中で、小さくお帰りを言う。
「一星の誤解が解けたらしいな。あいつ、焦った顔で、飛び出していったぜ……。もしかしたら、お前をここに連れてきたのも、沙蘭かもしれないんだって? ずいぶん大人しい印象だったのに、あいつもやるな」
内緒にしておけといいながら、一星はある程度は京に話したらしい。
言いながら、男は制服と、そしてアンダーシャツを脱ぎ、上半身裸になった。
「何してんの!? 京ちゃん」
慌てるリオに、
「部屋の中でくらい裸になるだろ。何お前びびってんの」
京は、にやりと笑ってみせ、
「もしかして、お前、朝のキスの事気にしてんのか。純情だな。あんなの、軽い挨拶だろ」
そう言って、すたすたとリオに近づき、体を折ってかすめ取るようなキスをした。
「京ちゃん……」
「じゃ、俺、シャワー浴びてくるわ」
うろたえるリオを置き去りにし、京はバスルームへと消える。少年はぺたりと床に腰をつけ、ため息をついた。
挨拶だなんて、大嘘つき……。
沙蘭の姿で夜這いをかけたときは、全く逆のことを言っていたくせに。
バスルームからは、水音に混じって、楽しげな鼻歌が聞こえてくる。
朝といい、今の態度といい、遊ばれているのは確実だった。どうにも自分の方が押されている。告白されるまでのリオは京に対して無防備で、屈託がなく、そのせいか、京の方がたじたじだった気がするのに。
しばらくして、男は、スエットのズボンを身につけて出てきた。
「そんなとこに座ってないで、こっちに来いよ」
先にソファに腰をおろし、京は招く。おずおずと従い、リオは
「ねえ、京ちゃん、俺どこか別な部屋にいっていい?」
上目遣いにそう訊ねた。
「別の部屋ってどこ」
すぐさま肩を引き寄せられ、リオは一瞬固くなる。キスをされないように下を向き、
「どこでもいい……。誰かと一緒だと、緊張して眠れなくって」
「一星にお前を見張るように言われてる」
懇願を、京はやんわりと退けた。
「ま、俺なんかに緊張することないぜ。これからはもしかしたら長いつきあいだ。楽に行こうぜ」
目の前にふっと、影がさす。ハッとしてほんの少し顔を上げれば、京の端正な顔が間近にあり、形のいい唇が柔らかくリオのそれに押し当てられた。
「京ちゃん……」
すがるような呼びかけは、甘い口づけに絡め捕られ、二人の吐息が混ざり合う。
迫ってくる熱い体を押しのけようと、リオは京の胸に手を当てた。すかさず手首を優しく握られ、京のもう片方の手がリオの背中に回り、ぐっと引き寄せる。
「どうして……こんなこと、するの?」
唇が離れた一瞬の隙に、荒い息を吐きながらリオはたずねた。
「挨拶だって言ったろう。大人の流儀をお前に教えてやるよ」
「そんなの知らなくていい」
「俺が教えたいんだよ」
腕の中の弱々しい抵抗を、京は楽しげに見つめていたが、やがて愛しげに目を細め、リオの首筋に唇を寄せた。
「京ちゃん、やめて……」
「どうして」
首筋に軽い口づけを落としながら、京は何を言ってるんだという風に尋ねる。
「だって、ドキドキして、心臓が破れそうなんだもん」
もう隠しようがない。リオは正直に訴えた。
「心配するな。そんなに簡単に人は壊れない」
哀願を難なく退けて、京は右手をリオの胸にぴたりと当てた。
「おう、本当だな。すごい脈打ってる……。俺が怖いか?」
ぐずぐずとむずがりながら、リオは何度も首を縦に振る。
「そうか」
なぜか嬉しそうにそう言って、京はちゅっとか弱く震える唇にキスをした。リオは首すじまで赤くしてすがるような目で男を見上げる。
「お前はまだ知らないだろうけど、明日から、もっとすごい事をするんだぜ。その前に俺で慣れてた方がよくないか?」
京は言った。すかさずリオは首を横に振る。トレーニングの厳しさは知っている。だけど暴走した京の恐ろしさも又、痛いほどに知ってるのだ。
「そっか。それは残念」
そう言うと、京はあっけなく抱いていた両手を放した。
「悪かったな。お前の反応があんまり可愛いんで、ちょっと調子にのっちまった。もうしないから、お前も風呂に入って来いよ。明日から五時起きだ。早く寝ないと結構きついぜ」
そしてスタスタと別室に消える。蛇口から水の出る音と、そしてコンロのスイッチを回す音が聞こえてきた。荒い息を吐きながら、リオもよろよろ立ちあがる。バスルームのドアを閉め、少年は大きなため息をついた。
京は一体どういうつもりなのだろう。本当の初対面は、オークション会場で。あの時の彼は、最初からキスどころか、セックスの真似ごとまで仕掛けてきた。それを思うと、今のスキンシップは軽いと言っていいくらいで、本人が主張しているとおり、ただの挨拶の延長なのかもしれない。それなのに妙に意識してしまい、京の嗜虐心を増長されてしまったのだろうか。
これからは、出来るだけ抵抗せず、なりゆきにまかせてしまった方が良いのだろうか。
風呂から出ると、テーブルには届けられた夕食のプレートが置かれていた。向かい側にいつの間にかソファまで運ばれてきて、京はそちら側でくつろいでいる。もう、リオがこの部屋で過ごすのは決定なのだ。だから、少しでも快適にと、一星が家具を増やしたのだろう。
……ベッドを増やしてくれたたほうがよかったのに
心の奥でそっとつぶやく。
「京ちゃんのは?」
向かい側に腰掛けながら尋ねれば、
「俺はもう食堂で食ってきた」
そう言ってうまそうにコーヒーを飲む。
京がコーヒー好きなんて知らなかった。長いつきあいだったはずなのに。今の京は、リオが知っている京とは微妙に違っていて、ちょっとした部分に戸惑いを覚える。
京を前にしての、自分だけの食事は、緊張であまり喉を通らなかったけれど、目の前の男は、そんな事おかまいなしに、真新しいソファの上で、くつろいだ姿である。もうすぐ夜がくる。一つしかないベッドの上で、どんな風に寝るんだろうと思うと、気が気じゃなかった。この部屋で寝たのは、沙蘭の時も入れて、二度になる。一度目は、犯される寸前だったのを、一星に助けてもらったのだ。
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