上 下
68 / 118
第四章 三つの世界の謎

紅茶

しおりを挟む
 数分後。
 
テーブルの上で温かそうな湯気を立てる、白いマグカップに入った液体を眺めながら、リオは、ごくりと唾を飲んだ。
「少し砂糖を入れておいたよ。君はその方が好きな気がしてね」
 キムは当然のようにリオの横に座り、か細い肩に片手を回す。
「ねえ、先生、俺の事馬鹿だと思ってるでしょ」
「どうして?」
「だって、こないだ、だまされたとこじゃない。お薬だなんて言って、全然違ってた」
「ああ、媚薬か。覚えてた?」
 キムは頷き、思い出したように、薄く笑った。
「当たり前じゃん。もう、先生がこっち飲んで」
 悪びれもしない態度に、リオは、馬鹿を肯定された気がしてむっとする。しかし、キムは交換されたカップを手にとり、二口ほど啜ると、
「これで、安心した? 私には、この紅茶は甘すぎるけど、そっちにも砂糖を入れてあげようか」
 平然とした表情で尋ねた。
「……いい。このままで」
 せっかく用心したのに、また何か細工されてもかなわない。リオは、恐る恐るカップに口をつけた。ほのかな苦みが、舌全体にゆっくりと伝わる。隣の男は、眉をしかめながらも、もう一口飲み、カップを置いた。
 紅茶は半分以上無くなっているが、男の様子に変化はなく、どうやら、今回は何も仕込んでなかったらしい。
「君には、聞きたいことが沢山あったからね。今夜来てくれたのは好都合だったよ」
 キムは言った。
「聞きたい事って?」
 リオは尋ねる。
「トレーニングの事だ。結局アナル調教はされなかったらしいね。実に、不思議だよ。あんなに大人がいて、誰も君に手出しを出来なかったとはね。彼らはそれこそ、何百人という少年を育ててきた、スペシャリストなのに」
「何もしなかったなんて……そんなの、嘘だよ……」
 昼間の出来事を思い出すと、忘れていた羞恥心かこみ上げてくる。リオは俯き、赤くなった頬を自身の両手で挟み込んだ。
「裸にされて、愛撫されただけだろう? そんなの、何もされなかったのと同じだよ。特に君にとってはね」
「そんな……」
「君がセックスに慣れている事は、全職員に教えてある。攻めるのは、お尻だけだともね。それなのに、全員がその先に進む事が出来ないとは。君がただ泣いたからという理由だけで」
「……」
「それから、京だ。彼に何かされただろう」
 見透かしたように、キムは畳みかけた。
「あれで、彼はなかなか感情の読めない男でね。だけど、君が来てからの彼は明らかにテンションが上がってる……。沙蘭の魔性に、唯一落ちなかった彼が、たった数日で君の虜だ。ああ、嘘はつかなくていいよ。今日の監督官から話しは聞いている。君の身体は、最初から柔らかくほぐれていたそうじゃないか。京に、抱かれたんだろう? 君が誘ったなんて思っていないから安心して。きっと無理強いをされたんだろう。京は時々強引だからね。無理やり服を脱がせ、身体のあちこちを弄られたね? 恥ずかしい箇所も、きっと臆せず、彼なら舐めてくれたはずだ」
 キムの声は、世間話をしているかのように落ち着き払っていたが、リオの心臓はドキドキと早鐘を打っていた。夕べの出来事が蘇り、身体が一気に熱くなる。まるで側にいて見たかのように、キムの想像は的確だった。
 どうして告白の返事を迷ったりしたのだろう。ただの同居人という関係でさえ、あんなに強引に迫られたのに、恋人なんて肩書を手に入れてしまったら、もっと行為がエスカレートするに決まっている。
 キムの手が、しっかりとリオの肩を抱き、自分の胸へと引き寄せた。
「触れ合う男たちをことごとく虜にしてしまう、君という存在に、私は強く惹かれている。沙蘭とは違う種類の魔性を突き止めてみたい。一目見た時から、可愛いと思っていたよ。リオ」
 耳たぶに息を吹きかけるようにして囁かれ、リオは、はっとしてキムを見た。
 知的に整ったキムの目が、心なしか、熱を帯びて見える。
「先生……俺……もう帰らなきゃ」
 髪の毛をなぞる長い指をさりげなく首を振って払いながら、リオは小声で切り出した。
「京がいなくて寂しかったんだろう? ここで私と一緒に寝ればいい」
 キムは、少年の頬を両手ではさみ、優しく小さな唇を吸った。そしてすぐに唇を離し、穏やかな笑みをこちらに向ける。
 突然の狼藉だが、あまりに邪気のないキムの様子に、少年は一瞬リアクションに迷う。
 そして、また唇が近づいてくる。今度は、顎と、唇の横に、ちゅっと触れるだけのキスが落とされた。
「先生、どうして……」
 キムの態度には、やはり悪びれた風がなく、リオには、突然の口づけの意味がわからない。
「君に興味があると言っただろう」
「でも……」
 戸惑うリオに、にっこりと笑いかけ、キムは腰に回した片手をぐいと引き寄せた。向かい合わせに抱きしめられ、そしてスエットの裾から、キムの手が入ってくる。
「いやっ……」
リオは反射的に身を捩った。
 もう、絶対に勘違いなんかじゃない。キムは、京がしたみたいな触れ合いを自分に求めている。
「何が嫌なの? 君はこういう事が好きなはずだよ」
「好きなんかじゃないもん……帰る……離して」
「せっかく君から飛び込んできたのに、誰が帰すものか」
 男はくすりと笑い、シャツの裾をまくり上げ、一気に上服を脱がせてしまった。
「やっ……!」
「君はやっぱり愚かだよ。媚薬がなければ、君を犯す事が出来ないとでも思っていたの?」
「先生……」
「君の動きを封じるのなんて、簡単だ。それに、怖いのは最初だけだ。すぐに、よくてたまらなくなる。こないだだって、気持よかったろう? あれをもう一度するんだよ」
「いやっ、いや……」
「リオ、可愛いよ」
 両手を激しく動かして逃れようとする、少年の必死の抵抗を、男は楽しげに見ていたが、やがて、両方の手首を片手で後ろ手にまとめ、脱がせたシャツで戒めてしまう。
「いやっ、解いて……!」
「すぐに解いてあげるから……最初だけ、君がその気になるまで、ね?」
 そしてキムはゆっくりと体重をかけ、少年をソファへと押し倒した。
 「優しく、そっとしてあげるから……私を信じて、力を抜いて」
 耳元に流し込まれる媚薬のような甘い声。
 恐怖に竦んだ桃芽の片方に、薄い唇が押し当てられる。
「あっ……」
 そっと含まれ、リオはぴくりと背中をのけぞらせた。京や、トレーナーたちよりも、キムの愛撫は、どこか余裕がある。身を任せれば、どんな天国が待っているか、リオは経験で知っていた。
「そう、大人しくなったね、いい子だ」
 先端を舌先で転がしながら、キムはリオの枷を解いた。そして、両手を万歳の形に持ち上げて、もう一度、縛ろうとする。
「先生……やめて……縛っちゃ、やだ」
 上目遣いで懇願するリオに、
「でも……解いたら、また暴れるだろう? それだと、ちょっとこっちもきついんでね」
 涼しい顔で却下し、また器用に頭の上で両手を縛りあげた。
「これで思い切り、君を気持よくさせてあげられる。どんな恥ずかしい声で啼いてもかまわないからね。ここには誰もこないから」
 非情な台詞に、目の前が一気に暗くなる。
 キムは、自らも上着を脱ぎ、生贄の兎のように震える哀れな少年に、その身体を重ねてきた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

不良高校に転校したら溺愛されて思ってたのと違う

BL / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:129

キツネの嫁入り

66
BL / 連載中 24h.ポイント:5,823pt お気に入り:278

特殊な学園でペット扱いされてる男子高校生の話

BL / 連載中 24h.ポイント:291pt お気に入り:735

因習蔓延る大亀頭沼村!

BL / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:30

女學生のお嬢さまはヤクザに溺愛され、困惑しています

恋愛 / 完結 24h.ポイント:227pt お気に入り:686

腐違い貴婦人会に出席したら、今何故か騎士団長の妻をしてます…

BL / 連載中 24h.ポイント:31,688pt お気に入り:2,249

処理中です...