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第四章 三つの世界の謎
甘え
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「考えてみたら、お前と俺って、出会ってあまり間がないんだよな」
リオと同じく前を見たまま、京はゆっくりと口を開いた。
「なんだか嘘みたいだよな。お前の事はずいぶん前から知ってて、ずっと追いかけてきたような、そんな感じがするんだ。変だろ? お前には、常人とは違う何かがあるよ。だから多分他の奴らもほっとけないんだろうな」
リオは、隣にいる男の、カーキ色の制服に包まれた、長すぎる足を、ぼんやりと眺める。
そう。京にとってのリオは、数週間前に突然現れた新参者なのだ。
だけどリオには別な記憶がある。瞼の奥がつんとして、慌てて空を見上げれば、雲の隙間から思い出がするするとこぼれ落ちてきた。
砂ぼこりの舞う赤茶けた道路を、一台のジープが走っている。背景もない、歪んだ空間を、京と二人ひたすら走った。ドラゴンシティに来てからも、最初から挨拶みたいにキスされて、面食らったけれど、すぐに慣れ、京にあやされながら、毎日をやりすごしていたと言ってもいい。
むずがるリオを優しい口調で宥めながら、横抱きにしてフロアに運ぶ京。トレーニングがつらくて泣いていても、京の胸に抱かれ、背中を撫でられているうちに、次第に心が落ち着いてきて。
あの頃、リオの心の支えは京だった。
兄みたいに慕っていたのに、ある日、犯されそうになり、以来、苦手になってしまったけれど、沙蘭になっていた時も、そして今も、やっぱり京は優しくて。
龍に懐かれた自分を助けてくれたのも京だった。
三つの世界で、いつも京は側にいて、自分だけを愛してくれていた、そして、リオは愕然とする。彼の優しさと、存在にずっと今まで助けられていた。その事に、今頃やっと気づくなんて。
「そうだ。沙蘭は、だいぶ元気みたいだぜ。朝飯も、お代わりまでしたそうだ。連れてきた時ば意識もなかったくらいなのに、すごい回復力だって、食堂で他の奴らが噂してたよ」
そう言って、京は、ははっと笑った。
「クラスメートだったんだろ? 気になるよな。多分夕方くらいには会わせてもらえるんじゃないか? そういやお前と沙蘭はどことなく似てるよ。健気なとことか、目に力があるとことか」
京の知る沙蘭は、リオが中に入っていた時の沙蘭だから、似た印象なのは当然である。
何か反応を返したくて、でもどうにも言葉にならなかった。夕べ、京の部屋に行こうとした事、傷つけてしまって、ずっと後悔していた事。
謝りたいけど、今口を開いてしまったら、一緒に涙まで溢れてしまいそうで、何も言えない。
「なんだ、さっきからずっと大人しいな。もしかして、まだびびってんのか。大丈夫。もう何もしねえよ。バトルは下りたんだ。お前の邪魔はしない。変に干渉して、また失敗するのはこりごりだ。紅龍の花嫁なんて羽目にならなくてよかったって、今ではそう思ってるんだぜ」
京はリオの頭を軽く叩いた。
「まあ、そうは言っても信じられないよな。そろそろ仕事に行くよ。どうせ仮病だってばれてるだろうし、身体動かしてたほうが、俺にとっても……気が紛れる」
じゃあな、と京は、立ち上がった。
リオは初めて京の顔をまともに見上げる。憑き物が落ちたような綺麗な笑顔に何故だか胸が締めつけられる。
リオの指は、思わず男の制服の裾を引っ張っていた。
「なんだ?」
男の眉がいぶかしげに上がる。
「京ちゃんの、意地悪」
しっかりと裾を掴んだまま、リオは声を震わせた。
「……どういう事だ」
「意地悪。京ちゃんなんか、嫌い。大嫌い」
我慢していた涙が、ぼたぼたと一直線に膝の上に落ちる。京に謝りたかったのに。優しくして欲しかったのに、何故だか、口をつくのは悪態ばかりで、その事が余計にやるせない。
京は、しばらく直立したまま、泣いているリオを見下ろしていたが、そのうちすっと腰を落し、少年の顔を覗き込んだ。
「泣いてばかりじゃわかんねえよ。何か、俺、悪い事したか? 夕べはほんと、悪かったよ。だけど、もう干渉しないって言ってるんだぜ」
京の声に迷いはなく、それが余計にリオの心をざわめかせる。干渉しないだなんて、そんなのは嫌だ。望んでいたのは、そんな事じゃない。
「馬鹿。京ちゃんの馬鹿」
ぽかぽかと、小さな拳で、京の胸のあたりを叩きながら、リオは泣きじゃくっていた。
京は、無抵抗にリオにされるがままでいたが、やがて、細い手首を握りこみ、静かに尋ねた。
「お前、俺に惚れてるのか?」
切れ長の目を、リオは涙で曇った目で見返す。わからない。新たな涙で、男の顔が見えなくなる。
「俺のものにしてもいいのか? 俺に、抱かれたいのか?」
リオは首を大きく左右に振った。痛いのは嫌だ。抱かれたいなんて、これっぽっちも思ってない。だけど……。ああ、もう自分で自分の気持がわからない。
「……ったく、お前にはマジでまいるぜ」
吐き捨てるような声と共に、京は少年を折れるほどにきつく抱きしめた。そして噛みつくようなキスをする。
歯列をこじ開け入って来る舌に、リオは一瞬怯えたが、すぐに自身のそれを絡めて応えた。しゃくりあげで、うまく唇が重ならない。だけど、京は、リオの頬を掴んで仰向かせ、無理やり震える唇を吸い上げる。激しくそらされた首筋に、京は反対側の掌を添わせた。指先から、京の熱が伝わってくる。身体の中が、ゾクゾクする。
「セックスは拒否するくせに、放っとかれるのも嫌だなんて、わがままな奴だよな。リオ」
京の口の端から、誰のものとも知れぬ唾液が垂れる。リオは、京の服を摘んだまま、まっすぐにその顔を見た。長い睫毛に縁取られた、切れ長の、いつも優しく細められている目が、鋭い光を放って燃えている。劣情でもなく、怒りでもない、ふつふつと、ただ沸き上がる、熱い想いが、リオの胸に突き刺さってくる。
「あっち行こうぜ。ここじゃあ、日に焼けちまう」
京は、リオの手をとり、給水塔の影に移動した。シャツの袖で涙を拭い、リオはなすがままに男に従う。
手を離され、立ちすくむリオの前で、京は徐に制服の上着を脱いだ。ばらりと両手で一振りして、コンクリートの床の上に広げて敷き
「来いよ」
挑むようにリオを見る。
アンダーシャツの袖から伸びた逞しい腕が、軽く左右に広げられ、リオの動きを待っている。
おそるおそる、リオは片足を踏み出した。
リオと同じく前を見たまま、京はゆっくりと口を開いた。
「なんだか嘘みたいだよな。お前の事はずいぶん前から知ってて、ずっと追いかけてきたような、そんな感じがするんだ。変だろ? お前には、常人とは違う何かがあるよ。だから多分他の奴らもほっとけないんだろうな」
リオは、隣にいる男の、カーキ色の制服に包まれた、長すぎる足を、ぼんやりと眺める。
そう。京にとってのリオは、数週間前に突然現れた新参者なのだ。
だけどリオには別な記憶がある。瞼の奥がつんとして、慌てて空を見上げれば、雲の隙間から思い出がするするとこぼれ落ちてきた。
砂ぼこりの舞う赤茶けた道路を、一台のジープが走っている。背景もない、歪んだ空間を、京と二人ひたすら走った。ドラゴンシティに来てからも、最初から挨拶みたいにキスされて、面食らったけれど、すぐに慣れ、京にあやされながら、毎日をやりすごしていたと言ってもいい。
むずがるリオを優しい口調で宥めながら、横抱きにしてフロアに運ぶ京。トレーニングがつらくて泣いていても、京の胸に抱かれ、背中を撫でられているうちに、次第に心が落ち着いてきて。
あの頃、リオの心の支えは京だった。
兄みたいに慕っていたのに、ある日、犯されそうになり、以来、苦手になってしまったけれど、沙蘭になっていた時も、そして今も、やっぱり京は優しくて。
龍に懐かれた自分を助けてくれたのも京だった。
三つの世界で、いつも京は側にいて、自分だけを愛してくれていた、そして、リオは愕然とする。彼の優しさと、存在にずっと今まで助けられていた。その事に、今頃やっと気づくなんて。
「そうだ。沙蘭は、だいぶ元気みたいだぜ。朝飯も、お代わりまでしたそうだ。連れてきた時ば意識もなかったくらいなのに、すごい回復力だって、食堂で他の奴らが噂してたよ」
そう言って、京は、ははっと笑った。
「クラスメートだったんだろ? 気になるよな。多分夕方くらいには会わせてもらえるんじゃないか? そういやお前と沙蘭はどことなく似てるよ。健気なとことか、目に力があるとことか」
京の知る沙蘭は、リオが中に入っていた時の沙蘭だから、似た印象なのは当然である。
何か反応を返したくて、でもどうにも言葉にならなかった。夕べ、京の部屋に行こうとした事、傷つけてしまって、ずっと後悔していた事。
謝りたいけど、今口を開いてしまったら、一緒に涙まで溢れてしまいそうで、何も言えない。
「なんだ、さっきからずっと大人しいな。もしかして、まだびびってんのか。大丈夫。もう何もしねえよ。バトルは下りたんだ。お前の邪魔はしない。変に干渉して、また失敗するのはこりごりだ。紅龍の花嫁なんて羽目にならなくてよかったって、今ではそう思ってるんだぜ」
京はリオの頭を軽く叩いた。
「まあ、そうは言っても信じられないよな。そろそろ仕事に行くよ。どうせ仮病だってばれてるだろうし、身体動かしてたほうが、俺にとっても……気が紛れる」
じゃあな、と京は、立ち上がった。
リオは初めて京の顔をまともに見上げる。憑き物が落ちたような綺麗な笑顔に何故だか胸が締めつけられる。
リオの指は、思わず男の制服の裾を引っ張っていた。
「なんだ?」
男の眉がいぶかしげに上がる。
「京ちゃんの、意地悪」
しっかりと裾を掴んだまま、リオは声を震わせた。
「……どういう事だ」
「意地悪。京ちゃんなんか、嫌い。大嫌い」
我慢していた涙が、ぼたぼたと一直線に膝の上に落ちる。京に謝りたかったのに。優しくして欲しかったのに、何故だか、口をつくのは悪態ばかりで、その事が余計にやるせない。
京は、しばらく直立したまま、泣いているリオを見下ろしていたが、そのうちすっと腰を落し、少年の顔を覗き込んだ。
「泣いてばかりじゃわかんねえよ。何か、俺、悪い事したか? 夕べはほんと、悪かったよ。だけど、もう干渉しないって言ってるんだぜ」
京の声に迷いはなく、それが余計にリオの心をざわめかせる。干渉しないだなんて、そんなのは嫌だ。望んでいたのは、そんな事じゃない。
「馬鹿。京ちゃんの馬鹿」
ぽかぽかと、小さな拳で、京の胸のあたりを叩きながら、リオは泣きじゃくっていた。
京は、無抵抗にリオにされるがままでいたが、やがて、細い手首を握りこみ、静かに尋ねた。
「お前、俺に惚れてるのか?」
切れ長の目を、リオは涙で曇った目で見返す。わからない。新たな涙で、男の顔が見えなくなる。
「俺のものにしてもいいのか? 俺に、抱かれたいのか?」
リオは首を大きく左右に振った。痛いのは嫌だ。抱かれたいなんて、これっぽっちも思ってない。だけど……。ああ、もう自分で自分の気持がわからない。
「……ったく、お前にはマジでまいるぜ」
吐き捨てるような声と共に、京は少年を折れるほどにきつく抱きしめた。そして噛みつくようなキスをする。
歯列をこじ開け入って来る舌に、リオは一瞬怯えたが、すぐに自身のそれを絡めて応えた。しゃくりあげで、うまく唇が重ならない。だけど、京は、リオの頬を掴んで仰向かせ、無理やり震える唇を吸い上げる。激しくそらされた首筋に、京は反対側の掌を添わせた。指先から、京の熱が伝わってくる。身体の中が、ゾクゾクする。
「セックスは拒否するくせに、放っとかれるのも嫌だなんて、わがままな奴だよな。リオ」
京の口の端から、誰のものとも知れぬ唾液が垂れる。リオは、京の服を摘んだまま、まっすぐにその顔を見た。長い睫毛に縁取られた、切れ長の、いつも優しく細められている目が、鋭い光を放って燃えている。劣情でもなく、怒りでもない、ふつふつと、ただ沸き上がる、熱い想いが、リオの胸に突き刺さってくる。
「あっち行こうぜ。ここじゃあ、日に焼けちまう」
京は、リオの手をとり、給水塔の影に移動した。シャツの袖で涙を拭い、リオはなすがままに男に従う。
手を離され、立ちすくむリオの前で、京は徐に制服の上着を脱いだ。ばらりと両手で一振りして、コンクリートの床の上に広げて敷き
「来いよ」
挑むようにリオを見る。
アンダーシャツの袖から伸びた逞しい腕が、軽く左右に広げられ、リオの動きを待っている。
おそるおそる、リオは片足を踏み出した。
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