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第四章 三つの世界の謎
帰還
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「起きろ、沙蘭。目を覚ませ」
聞き慣れた声に、リオはぱちりと目を開けた。消毒薬の匂いがつん、と鼻をつく。あたりを見回し、すぐに病院だと気がついた。窓から差し込む日差しが、いつもより明るい。
戻ってきたのだ。
ここはドラゴンシティじゃない。
リオの、元いた世界だ。
視線を落とせば、白いベッドに横たわる、薔薇の花のように美しい少年が目に入った。枕元に設置された心電図が、規則的な波を描いている。
「なあ、先生、本当にこいつ危ないのかよ?」
呼びかけ続けて声をからした一星が、赤い目をして、傍らのキムに尋ねる。
「信じられねえよ。こんなに……きれーな顔してんのに……」
「今日が山だと思う。でも、今までも何度も死にかけて、そして持ち直してるからね。一番親しかった君たちが、呼びかければ、今回ももしかしたら大丈夫かも」
キムは言った。
「おい、さっきから何ぼうっとしてんだよ。お前もちゃんと名前呼んでやれ」
一星がリオの頭を軽く叩く。
「あ、うん……」
壁の時計を見ると午前十一時、二人とも制服姿だ。
沙蘭は危篤状態で、それで、急遽学校にいた幼なじみの二人に呼び出しがかかったのだろう。やはり、この世界での自分の交友関係やその他もろもろ、何一つ思い出せてない。
なのに、シティの記憶は鮮明だった。一星やキムはどうなのだろう。
他の人の目があるから、二人とも、知らんぷりしてるのだろうか。瞳をじっと覗き込んでみるが、わからなかった。
「はやくしろって」
余裕のない体で一星は言い、リオはゆっくりと声をかけた。
「沙蘭……?」
彼は何年寝たきりだったんだろう。それにしても綺麗な寝顔だ。一星の言う通り、死にかけてるなんて信じられない。両手で、沙蘭の左手を握ってみる。返す力の感触があった。
もう一度、リオは名前を呼んだ。
心電図が、一瞬乱れ、そしてまた元に戻る。
花が、花弁を開くようにゆっくりと、沙蘭は瞼を開いた。
「沙蘭が、目を覚ました……」
キムが、呟く。
「沙蘭。おい、お前、俺がわかるか」
一星が、割り込むようにして、リオの前に体をいれた。
「わかるよ……一星」
にっこりと笑う沙蘭を、一星が、ケットの上から抱きしめる。はじき出された形のリオは、広い背中の後ろから、ぴょこりと顔を出し、沙蘭を見た。最初にシティで出会った時の、かよわげで、少女のように可憐な沙蘭がそこにいる。
「リオ……ありがとう……」
一星の肩ごしに沙蘭は言った。リオの胸に熱い何かが浮かび上がる。ちっとも覚えてないけれど、きっとリオと一星は何度も何度もこの病室を尋ね、沙蘭の覚醒を待ったのだろう。
シティでの沙蘭の力が弱まってたのは、死期ではなく、復活が近かったからなのだ。よかった。本当によかった。
友の生還は、何よりも嬉しい。
「ねえ……一星、沙蘭、先生……ドラゴンシティの事、覚えてる?」
興奮が少し収まった頃、リオはおずおずと切り出した。
「ドラゴンシティ? 僕はゲームはしないからわからないね」
キムは言い、
「なんだ、それ。映画?」
一星も首をひねる。
「町の名前だよね……聞いた事ある……」
沙蘭だけがそう言って美しい眉ねを寄せて考え込んだが、やっぱり思い出せないようだった。
愕然とした。
もしかしたら、あれは沙蘭の夢じゃなくて、リオの夢だったのじゃないか?
長い長い時を過ごしたあの場所は、リオの頭の中だけにあったのだ。
「おや、君、どうしたの、その手」
突然キムはリオの手首に目を止めた。見れば、手首を取り巻くような赤痣がある。はっとして、リオは一星の左手をとった。
「なんだよ」
「見て。同じ」
彼の手首にも、リオと同じような痣があった。
「まるで、二人とも手錠に繋がれてたみたいだね」
キムが言い、
「本当だ……」
沙蘭も同意する。
「そうだよね!?」
リオは大声を上げた。
「なに嬉しそうにしてんだ。変な奴」
一星は気味悪げにリオの手を払った。だけど笑顔は止まらない。やっぱり、夢なんかじゃなかった。シティはちゃんと存在していて、そこでリオと一星と沙蘭とキムは冒険をして、そしてやっと帰ってこられたのだ。
ただ一人だけを残して。
突然胸元がぶるぶると震えた。
「えっと、あれ?」
胸ポケットを探れば、オレンジ色の携帯電話が見つかった。液晶には「光」の文字がある。忘れていた。彼も共に戦った仲間の一人だ。それにしても、自分は携帯なんて持っていたのか。ついさっきまで、囚人だった身からすれば信じられない。
「リオ? 沙蘭の様子どう?」
危篤の沙蘭を気づかっているのだろう。低い暗めの声だが、元気そうだ。よかった。光も無事、シティを脱出出来たのだ。
「さっき目をさましたよ。元気だよ」
リオは言った。
「え? マジ?」
「マジだよ。今横にいる」
「よかったな。じゃあ、もう今日は学校には戻らないよな。先生に言っとくよ」
「ううん、戻るよ。そんなに長居しても、沙蘭も疲れるだろうし」
リオは言った。電源を切り、三人に学校に戻る、と切り出した。また明日来るから、と言い置いて、リオは病院を後にした。
肝心な事は何一つ覚えていないのに、携帯電話の使い方とか、学校への道筋とかは完璧だった。
道すがら、リオはアドレスの全てをチェックした。
一星に沙蘭、そして病院、学校や店の電話番号など、全部で百くらいある登録アドレスの中に、京の名は見つからなかった。
「おいっす。お疲れ」
教室に入るなり、光はリオを労った。
「沙蘭、どんな感じ? 目が醒めたって、会話とか出来るの?」
「うん。もう全然大丈夫。学校にもまた来れるようになるよ」
「へええ、沙蘭はファンが多かったからなあ。みんな喜ぶよなあ」
昼休みの食堂で、リオは京という名に心当たりがないか聞いてみた。
「きょう?」
「うん。漢字は京都の京だって。二十五歳から三十くらいで、背が高くて綺麗な顔の」
「知らないなあ。それってお前の何」
光は尋ねる。
聞き慣れた声に、リオはぱちりと目を開けた。消毒薬の匂いがつん、と鼻をつく。あたりを見回し、すぐに病院だと気がついた。窓から差し込む日差しが、いつもより明るい。
戻ってきたのだ。
ここはドラゴンシティじゃない。
リオの、元いた世界だ。
視線を落とせば、白いベッドに横たわる、薔薇の花のように美しい少年が目に入った。枕元に設置された心電図が、規則的な波を描いている。
「なあ、先生、本当にこいつ危ないのかよ?」
呼びかけ続けて声をからした一星が、赤い目をして、傍らのキムに尋ねる。
「信じられねえよ。こんなに……きれーな顔してんのに……」
「今日が山だと思う。でも、今までも何度も死にかけて、そして持ち直してるからね。一番親しかった君たちが、呼びかければ、今回ももしかしたら大丈夫かも」
キムは言った。
「おい、さっきから何ぼうっとしてんだよ。お前もちゃんと名前呼んでやれ」
一星がリオの頭を軽く叩く。
「あ、うん……」
壁の時計を見ると午前十一時、二人とも制服姿だ。
沙蘭は危篤状態で、それで、急遽学校にいた幼なじみの二人に呼び出しがかかったのだろう。やはり、この世界での自分の交友関係やその他もろもろ、何一つ思い出せてない。
なのに、シティの記憶は鮮明だった。一星やキムはどうなのだろう。
他の人の目があるから、二人とも、知らんぷりしてるのだろうか。瞳をじっと覗き込んでみるが、わからなかった。
「はやくしろって」
余裕のない体で一星は言い、リオはゆっくりと声をかけた。
「沙蘭……?」
彼は何年寝たきりだったんだろう。それにしても綺麗な寝顔だ。一星の言う通り、死にかけてるなんて信じられない。両手で、沙蘭の左手を握ってみる。返す力の感触があった。
もう一度、リオは名前を呼んだ。
心電図が、一瞬乱れ、そしてまた元に戻る。
花が、花弁を開くようにゆっくりと、沙蘭は瞼を開いた。
「沙蘭が、目を覚ました……」
キムが、呟く。
「沙蘭。おい、お前、俺がわかるか」
一星が、割り込むようにして、リオの前に体をいれた。
「わかるよ……一星」
にっこりと笑う沙蘭を、一星が、ケットの上から抱きしめる。はじき出された形のリオは、広い背中の後ろから、ぴょこりと顔を出し、沙蘭を見た。最初にシティで出会った時の、かよわげで、少女のように可憐な沙蘭がそこにいる。
「リオ……ありがとう……」
一星の肩ごしに沙蘭は言った。リオの胸に熱い何かが浮かび上がる。ちっとも覚えてないけれど、きっとリオと一星は何度も何度もこの病室を尋ね、沙蘭の覚醒を待ったのだろう。
シティでの沙蘭の力が弱まってたのは、死期ではなく、復活が近かったからなのだ。よかった。本当によかった。
友の生還は、何よりも嬉しい。
「ねえ……一星、沙蘭、先生……ドラゴンシティの事、覚えてる?」
興奮が少し収まった頃、リオはおずおずと切り出した。
「ドラゴンシティ? 僕はゲームはしないからわからないね」
キムは言い、
「なんだ、それ。映画?」
一星も首をひねる。
「町の名前だよね……聞いた事ある……」
沙蘭だけがそう言って美しい眉ねを寄せて考え込んだが、やっぱり思い出せないようだった。
愕然とした。
もしかしたら、あれは沙蘭の夢じゃなくて、リオの夢だったのじゃないか?
長い長い時を過ごしたあの場所は、リオの頭の中だけにあったのだ。
「おや、君、どうしたの、その手」
突然キムはリオの手首に目を止めた。見れば、手首を取り巻くような赤痣がある。はっとして、リオは一星の左手をとった。
「なんだよ」
「見て。同じ」
彼の手首にも、リオと同じような痣があった。
「まるで、二人とも手錠に繋がれてたみたいだね」
キムが言い、
「本当だ……」
沙蘭も同意する。
「そうだよね!?」
リオは大声を上げた。
「なに嬉しそうにしてんだ。変な奴」
一星は気味悪げにリオの手を払った。だけど笑顔は止まらない。やっぱり、夢なんかじゃなかった。シティはちゃんと存在していて、そこでリオと一星と沙蘭とキムは冒険をして、そしてやっと帰ってこられたのだ。
ただ一人だけを残して。
突然胸元がぶるぶると震えた。
「えっと、あれ?」
胸ポケットを探れば、オレンジ色の携帯電話が見つかった。液晶には「光」の文字がある。忘れていた。彼も共に戦った仲間の一人だ。それにしても、自分は携帯なんて持っていたのか。ついさっきまで、囚人だった身からすれば信じられない。
「リオ? 沙蘭の様子どう?」
危篤の沙蘭を気づかっているのだろう。低い暗めの声だが、元気そうだ。よかった。光も無事、シティを脱出出来たのだ。
「さっき目をさましたよ。元気だよ」
リオは言った。
「え? マジ?」
「マジだよ。今横にいる」
「よかったな。じゃあ、もう今日は学校には戻らないよな。先生に言っとくよ」
「ううん、戻るよ。そんなに長居しても、沙蘭も疲れるだろうし」
リオは言った。電源を切り、三人に学校に戻る、と切り出した。また明日来るから、と言い置いて、リオは病院を後にした。
肝心な事は何一つ覚えていないのに、携帯電話の使い方とか、学校への道筋とかは完璧だった。
道すがら、リオはアドレスの全てをチェックした。
一星に沙蘭、そして病院、学校や店の電話番号など、全部で百くらいある登録アドレスの中に、京の名は見つからなかった。
「おいっす。お疲れ」
教室に入るなり、光はリオを労った。
「沙蘭、どんな感じ? 目が醒めたって、会話とか出来るの?」
「うん。もう全然大丈夫。学校にもまた来れるようになるよ」
「へええ、沙蘭はファンが多かったからなあ。みんな喜ぶよなあ」
昼休みの食堂で、リオは京という名に心当たりがないか聞いてみた。
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