人ならざるはオムファタル

坂本雅

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 それから更に数日かけて、迷宮の地図が完成した。
 引き返して魔門を通る前、リーダーのリナルドは調査の結果見えてきた真実をパーティメンバーに開示した。
 この迷宮には出口が存在しない。
 崩落の影響か水路の外への階段は発見出来ず、鉄格子のついた排水口から辛うじて空気が得られるだけの閉鎖された空間である。
 もし脱出用の魔術や道具の用意なく魔門が解除されれば、命の危機になるだろう。
 逆に今後、邪魔者を秘密裏に葬る牢獄として使われてもおかしくなかった。
「資料を元に迷宮をどう扱うかは依頼者の自由で、俺たちは与えられた仕事をこなすだけ。このまま帰って地図と手記を渡せばいい……それは、分かってる」
 自らの手で書き綴った書類の束を握りしめ、深く息をついて肺を空にする。
 幾つも刻まれた眉間のしわが彼の苦悩を物語っていた。
「でも俺は、誰の目にも触れないところで人が死ぬのは嫌だ。ここまで付き合って貰った分の金は払うし、責任は俺が被る。だから……」
 雄弁に語っていた唇を噛みしめ、言い渋っていたが、相棒の射手メルレットに肩を叩かれて喝が入る。
 魔女であるアシャに向き直り、頭を下げた。
「頼む。魔門を破棄してくれないか」
 澄んだ灰色の眼は決意の光を灯していた。
「アタシも嫌な予感がする。壊せるかどうか、ひとつ試してほしいね」
 メルレットが茶褐色の巻き毛をかき上げ、腰に手を当てて真摯に語る。
 魔術の素養のないリナルドやメルレットが下手に門を弄れば、接続異常や暴走を招いてしまう。
 餅は餅屋だ。アシャは小さく頷いた。
「術を解除出来るか分からないけど……確かに、ここは使われない方が良いと思う」
 改めて魔術の火で周囲を見渡し、苦い表情を浮かべる。
 魔力の残滓などは感じられないのに、単なる廃棄場には似つかわしくない不吉な気配が漂っていた。
「微力ながら協力致しますわ」
 傍らにいたルネが長杖を携えて微笑んだ。
 ことが露見すれば聖職者とて無事では済まないだろうに、迷いは見受けられなかった。
 魔門から元の地下通路へ抜け出た後、リナルドとメルレットが周辺を見張り、アシャとルネで門の解除にかかる。
 魔石もなく発動し続ける古代の転移魔術の解析など一朝一夕では不可能だが、使用不能にするだけなら、やることは単純だ。
 規則正しく並ぶ環状の呪文の中に異なる字を割り込ませ、成立を邪魔すれば良い。
『私は貴方の停止を望む。足踏みをして留まりなさい』
 ルネが魔力の循環を滞らせている間に、アシャは阻害の呪文を書き加えていった。
『あたしはお前を制御する。お前の歌を絶えさせる。檻はなく、門はなく、忘却に沈め』
 第三者が痕跡から門の復活を目論んでも、徒労に終わるように。
『あたしたちはお前を壊す』
 余計な記述を足された魔門は次第に光を失っていき、ついには跡形もなくかき消えた。
 消滅を目の当たりにした瞬間、アシャは安堵から脱力し、その場にへたり込む。
 横槍を感知して弾く機構がなかったのが幸いした。打付本番はやはり心臓に悪い。
「見事でしたわ。後は、リナルドさんの話術に期待ですわね」
 ルネは軽く拍手すると、アシャの腕を引いて立たせた。
「……上手く誤魔化せるといいけど」
 リーダーの利己的でない実直な人柄を好ましく思えど、本心を伏せた交渉の才能があるかは未知だ。
 全員で口裏を合わせて叱責を切り抜ける場面を想像し、アシャは冷や汗をかいた。

 南方首都の宿屋で一泊した後、アシャたちは依頼者たる領主の元へ報告に向かった。
 リナルドはあらかじめ、話しかけられた時以外は沈黙を保つよう三人に指示した。そのため、彼と領主一対一の場になった。
 割れた木材の欠片類を成果として提出すると怒号が飛んできたが、リナルドはすかさず詳細な地図を示した。
 魔門の行き先が単なる元水路で、くまなく探しても用途のないゴミだらけだったと証言したのだ。
 領主は当然、疑いの眼差しでいたが、換金所に何も持ち込まれていないことと地図の完成度から虚偽ではないと判断した。
 期待外れの失望はあれど、日数分の依頼料も支払われた。
「それと……我々が戻ってきた際、魔門が途切れかけていました。次に行った時には、使用出来なくなっているかもしれません」
 リナルドが去り際に発した懸念を領主は面倒臭そうに跳ね除けた。
「わざわざ繋げ直す価値もあるまい。早く次の仕事にかかれ」
 シッシッ、と動物でも追い払うように手を払われる。
 その様にリナルドは眉を下げ、仲間たちと揃って一礼し執務室から退いた。
 宿屋まで引き返し、団体部屋に防音の術を掛けてようやく、アシャたちはリナルドへの賛辞を口に出来た。
 リナルドは首を振り、白い歯を見せる。
「運が良かっただけさ。俺のわがままを聞いてくれて、ありがとうな。しばらくは、ここを拠点に働こうぜ」
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