人ならざるはオムファタル

坂本雅

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「難しい問題なんだね」
 気になって、つい口に出してしまったが、聞きかじった知識を教会の尼僧に投げつけるなど釈迦に説法だった。
 アシャが心苦しく思う中、ルネは明るい口調で笑いかける。
「焦らず長い目で見る必要があるだけですわ。我が主は、全ての子が祝福のもと産まれるのを望んでおられますもの」
 引用された教義は、信奉者でなくとも意図の伝わる内容だ。
 子供が親から誕生を望まれ、名を与えられ、深い愛と庇護を受けて育つよう願っている。
 孤児院は寄る辺ない子供の受け皿であると同時に、養子縁組を待つ場でもあった。
「祝福……」
 アシャは、漠然と望んでいた実子について思索にふける。
 ただの空想ではなく、現実に起こりうる未来として。
「異種族間の子供でも、血が続くことってあるのかな……?」
 口内に留めるような小声で、純粋な疑問を呟いた。
 ルネに対する質問ではなかったが、彼女の敏感な耳は独り言をも拾い上げる。
「ハーフだと公言する方は少ないので、私も詳しくはありませんが……有名どころですと、吸血鬼と人間の間に産まれるダンピールは確実に子を成せますわ」
「あ、あぁ。元人間が多いなら当然か」
 ルネは頷き、更に言葉を続ける。
「吸血本能が薄く昼間でも活動出来る、まさに良いとこ取りのハーフです。どちらの親に寄った生活を送るか、自分で選ぶそうですよ」
 ダンピールの優秀さを語る声に羨望や嫉妬の念は一切含まれていない。
 活躍している友へ向けるような、暖かな情だけが伝わってくる。
「この間、半エルフがどうこう言ってたけど……エルフとのハーフもダンピールと同じ?」
「いいえ。残念ですが、半エルフが子孫を繋ぐことは叶いません」
 確証を持った断言だった。
 吸血鬼談義の際に触れた、吸血鬼からロゼワインと称された半エルフは恐らく彼女の友なのだろう。
 褒めちぎられた友の前で入店を拒まれたルネの気持ちは、いかばかりか。
「……見た目だけじゃ、近縁種かどうかなんて判断しづらいな」
 エルフを耳が尖った長命の同族のように考えていたアシャは、軽く頭を振って苦笑する。
 半獣人、半エルフなど親の種族の名を切り取った便宜上の呼び方ではなく、ダンピールという固有名詞があるのは、それだけ数が多いからだろう。
 伴侶が吸血鬼であれば、アシャの願望はおおむね叶えられる。しかし、自分が真に求めているのはそこではない気もしていた。
 思い悩むアシャにルネは爆弾のような質問を投げかける。
「アシャは、一夜の夢で子を貰おうと考えたことはありますか?」
「そ、そんなことしないよ! 後が困るじゃないか……!」
 浄化術がなければ、風俗店で欲を晴らそうともしなかった。
 たとえ一目惚れしていようと、行きずりの相手と避妊もせず行為に至るなど有り得ない。
 無謀な真似をした結果、万が一の時に迷惑をこうむるのは自分ではないのだ。
「ええ、困ります。ですから、夢に溺れない貴方を支援したいのです」
 アシャの即答を聞いたルネは、片手で己の横髪を探った。どうやら、髪の中の兎耳に触れているらしい。
「後に血を継げなくても、暖かな家庭の中にいれば子供は幸せになれますわ。今まで通り、自分の理想を探してくださいまし」
 口角を上げた静かな微笑みは、返す言葉をしばし失わせる。
 孤児院という現場を知る聖職者であり、異種族の間の子でもあるルネの思いが痛いほど感じ取れた。
 アシャは冒険者になった後のルネしか知らない。魔力量に乏しい獣人の血を引く身で、癒しの術を使いこなせる理由を訊ねたこともない。
 むやみに過去を詮索するのは、心に土足で踏み入るのと同義だからだ。
「うん……」
 相槌を打った後、しばし焚火の爆ぜる音だけが響いた。
 もう会話を終えてもいいような、後少しだけ続けたいような、独特の空気感があった。
「……ルネも家族が欲しい?」
 頭に浮かんだ問いをそのまま声に出すと、ルネは意外そうに目を瞬かせた。
「還俗は考えていませんわ。ただ……」
「ただ?」
「いえ、何でも」
 思うところがあったようだが、今は言えないらしい。
 恋人候補がいるのかも、と俗っぽい推測をしつつ、アシャは座ったまま真上に腕を突き出し、丸めていた背中を伸ばした。
「第二都市の吸血鬼店、やっぱり行くだけ行こうかな……」
 話を聞くほど興味が湧いてくる。実際に体験してみなければ、相性の判断も出来ない。
「あら。その時は、私も同行させて頂けます?」
 琥珀色の眼は好奇心に満ちていた。
「えっ? でも、ルネは……」
「店の客として利用出来なくても、務めは果たしますわ。私、これでも浄化術の掛け直しを任されている身ですから」
 ルネは、あたかも自己紹介をするように胸元へ手を添える。
 周知の事実とでも言いたげな態度にアシャは面食らった。
「定期的に教会から派遣される聖職者って……ルネなの!?」
 想定より大声を出してしまい、とっさに自分の口を抑える。
「正確に言うと、維持担当の方が忙しくされている場合の臨時ですね。公認店舗は増える一方ですから、術を扱える者が補助しませんと」
 人手不足なのか、高度な術の習得者が少ないのか、その両方なのか。
 教会の内部事情は不明ながら、一つだけ言いたいことがあった。
 ルネの風俗店巡りが術の掛け直しと店舗視察を兼ねており、移動費や滞在費はおろか利用料すらも教会が払っているのなら。
「……あたしだけ、ものすごく自腹切ってるってこと?」
「国お墨付きのお店に予約なしで入れて、人気者と懇ろになっているのですから……必要なお金だったと思ってくださいまし」
 ルネは疑惑を否定せず、目を細めた。それを言われると、アシャはぐうの音も出なかった。
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