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半月後。アシャとルネは男女二人組と合流し、王都を出発した。
十時間以上馬車を走らせて着いたのは、かつて国が南北に分立していた時代の隣国の王都。
現在、南方首都と呼ばれる地の下にはアリの巣のような空間があり、各所に迷宮への転送術が仕掛けられている。
術自体は他の地でも見られるものだが、その数がやけに多いのだ。
噂によると、古代人が建材を切り出した際の大空洞に魔術使いたちが目をつけ、壮大な実験場として使っていたという。
領主や古代史学者たちは異界と繋がっている魔門に価値を見出し、発見の度に冒険者を内部調査へ駆り出している。
門の先に益があれば見張りを立てて保全し、帰ってこなくなった冒険者の数が多くなれば術を解く。
炭鉱のカナリアよりも命の軽い仕事だが、一攫千金を夢見て挑む者たちは後を絶たない。
リーダーは、どうしてもまとまった金が必要なのだと語った。だが強引に進むつもりはなく、少しでも危険が迫れば退却すると誓っていた。
アシャたちは彼とその相棒を信じ、さながら冥界下りに挑むような思いで魔門を潜った。
今回の転移先は、岩壁を掘り進めた狭い地下道だった。
かつての訪問者が設置した照明器具はとうに役目を終え、ランプや魔術による明かりで光源を確保する必要があった。
枝分かれした道のそこかしこで廃棄された歯車や車輪、湿気で腐敗した木材などが散らばっている。
恐らく、役目を終えた水路がゴミ捨て場として利用されていたのだろう。
魔物の気配は感じられず、安全である代わりに宝の匂いもなさそうだった。
リーダーは当てが外れたことに落ち込んでいたが、報告書に転移先の詳細な地図を添えれば追加報酬が期待できるとあって、暇さえあれば製図に励んでいた。
迷宮探索を始めてから二週間。
廃棄物を退けて作った簡易キャンプにて、アシャとルネは向かい合って火の番をしていた。
リーダーと相棒は、それぞれのテントの中で寝入っている。交代したばかりで、しばらくは目覚めないだろう。
彼らの寝息もといイビキを耳にしつつ、アシャは下腹を抑えて呻いた。
「うぅ、気持ち悪い……」
ルネは憂いを帯びた表情で、火に照らされた青白い顔を覗き込む。
「もっと負担の少ないお薬があれば良いのですが……なかなか難しいようですわね」
「うん。でも、薬があるだけ助かってるよ……あれが無かったら、冒険者なんて出来ないし」
アシャの身に降りかかっている吐き気や胃痛は、月経を一時的に止める経口薬によるものだ。
国の管理下にある限られた薬師のみが製法を伝えられ、使用者に対しても帳簿への本名記入と服用指導がされる。
胃腸炎や血液循環への支障といった副作用があっても、長期探索での惨事を免れるべく、大抵の女性冒険者が携帯していた。
体内で生じる問題は船酔い同様、治癒術の効果が見込めない。じっと耐える他なかった。
「私にはないものですから……共感出来ず、申し訳ありません」
「あ……そうだった。ごめん」
どこか寂しげなルネの笑みに罪悪感が湧いてくる。
女性らしい体つきを見ていると忘れそうになるが、生殖能力を持たないなら初潮すらも起こらない。
苦痛も、せめて彼女の前では耐えておくべきだったか。
アシャのそんな後悔を感じ取ってか、ルネは首を横に振った。
「悲しんではいませんのよ。今は、身軽さをありがたく思っていますわ。ただ……」
一度言葉を切り、焚火に目を向ける。
「相談事を受けていますと、お薬がもっと安くなって、大衆の避妊薬として流通する日を願ってやみませんの」
革命的な経口薬は、販売開始から数年経ってもなお高額だ。
ギルドから必要経費として計上してもらえる冒険者と違い、一般庶民にはなかなか手が届かない。
もしもの時に薬があればと願う人は多いだろう。
アシャはルネの言葉におおむね同意しつつ、どうにも腑に落ちない点があった。
ルネの方へ前のめりになって、小声で囁く。
「……風俗店に使ってる浄化術を広めれば、それだけで不幸を減らせるんじゃないの?」
以前、鳥獣人の店で知った教会の秘匿情報だ。
ルネは神妙な顔つきで頷き、声を絞る。
「確かにその通りなのですが……範囲を絞った浄化は、かなり取り扱いが難しいのです。術の開発中にも、誤って腸内の菌を消してしまった方がいて……排泄が困難になり、この世の地獄を味わったそうですわ」
「うわぁ……」
又聞きであっても背筋が凍る話に、アシャは鈍痛を訴える腹を擦る。
「魔術と関わりのない人々にまで届けるには、まだまだ実地試験を重ねる必要があります。便利にするのって、時間がかかるのですよ」
ルネ自身、ままならない現状に歯痒さを抱いているようだった。
十時間以上馬車を走らせて着いたのは、かつて国が南北に分立していた時代の隣国の王都。
現在、南方首都と呼ばれる地の下にはアリの巣のような空間があり、各所に迷宮への転送術が仕掛けられている。
術自体は他の地でも見られるものだが、その数がやけに多いのだ。
噂によると、古代人が建材を切り出した際の大空洞に魔術使いたちが目をつけ、壮大な実験場として使っていたという。
領主や古代史学者たちは異界と繋がっている魔門に価値を見出し、発見の度に冒険者を内部調査へ駆り出している。
門の先に益があれば見張りを立てて保全し、帰ってこなくなった冒険者の数が多くなれば術を解く。
炭鉱のカナリアよりも命の軽い仕事だが、一攫千金を夢見て挑む者たちは後を絶たない。
リーダーは、どうしてもまとまった金が必要なのだと語った。だが強引に進むつもりはなく、少しでも危険が迫れば退却すると誓っていた。
アシャたちは彼とその相棒を信じ、さながら冥界下りに挑むような思いで魔門を潜った。
今回の転移先は、岩壁を掘り進めた狭い地下道だった。
かつての訪問者が設置した照明器具はとうに役目を終え、ランプや魔術による明かりで光源を確保する必要があった。
枝分かれした道のそこかしこで廃棄された歯車や車輪、湿気で腐敗した木材などが散らばっている。
恐らく、役目を終えた水路がゴミ捨て場として利用されていたのだろう。
魔物の気配は感じられず、安全である代わりに宝の匂いもなさそうだった。
リーダーは当てが外れたことに落ち込んでいたが、報告書に転移先の詳細な地図を添えれば追加報酬が期待できるとあって、暇さえあれば製図に励んでいた。
迷宮探索を始めてから二週間。
廃棄物を退けて作った簡易キャンプにて、アシャとルネは向かい合って火の番をしていた。
リーダーと相棒は、それぞれのテントの中で寝入っている。交代したばかりで、しばらくは目覚めないだろう。
彼らの寝息もといイビキを耳にしつつ、アシャは下腹を抑えて呻いた。
「うぅ、気持ち悪い……」
ルネは憂いを帯びた表情で、火に照らされた青白い顔を覗き込む。
「もっと負担の少ないお薬があれば良いのですが……なかなか難しいようですわね」
「うん。でも、薬があるだけ助かってるよ……あれが無かったら、冒険者なんて出来ないし」
アシャの身に降りかかっている吐き気や胃痛は、月経を一時的に止める経口薬によるものだ。
国の管理下にある限られた薬師のみが製法を伝えられ、使用者に対しても帳簿への本名記入と服用指導がされる。
胃腸炎や血液循環への支障といった副作用があっても、長期探索での惨事を免れるべく、大抵の女性冒険者が携帯していた。
体内で生じる問題は船酔い同様、治癒術の効果が見込めない。じっと耐える他なかった。
「私にはないものですから……共感出来ず、申し訳ありません」
「あ……そうだった。ごめん」
どこか寂しげなルネの笑みに罪悪感が湧いてくる。
女性らしい体つきを見ていると忘れそうになるが、生殖能力を持たないなら初潮すらも起こらない。
苦痛も、せめて彼女の前では耐えておくべきだったか。
アシャのそんな後悔を感じ取ってか、ルネは首を横に振った。
「悲しんではいませんのよ。今は、身軽さをありがたく思っていますわ。ただ……」
一度言葉を切り、焚火に目を向ける。
「相談事を受けていますと、お薬がもっと安くなって、大衆の避妊薬として流通する日を願ってやみませんの」
革命的な経口薬は、販売開始から数年経ってもなお高額だ。
ギルドから必要経費として計上してもらえる冒険者と違い、一般庶民にはなかなか手が届かない。
もしもの時に薬があればと願う人は多いだろう。
アシャはルネの言葉におおむね同意しつつ、どうにも腑に落ちない点があった。
ルネの方へ前のめりになって、小声で囁く。
「……風俗店に使ってる浄化術を広めれば、それだけで不幸を減らせるんじゃないの?」
以前、鳥獣人の店で知った教会の秘匿情報だ。
ルネは神妙な顔つきで頷き、声を絞る。
「確かにその通りなのですが……範囲を絞った浄化は、かなり取り扱いが難しいのです。術の開発中にも、誤って腸内の菌を消してしまった方がいて……排泄が困難になり、この世の地獄を味わったそうですわ」
「うわぁ……」
又聞きであっても背筋が凍る話に、アシャは鈍痛を訴える腹を擦る。
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ルネ自身、ままならない現状に歯痒さを抱いているようだった。
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