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過去の影-1
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ジョサイアは西の果てにあるエルフの森で生を受けた。
エルフは眉目秀麗とうたわれるが、それは対外的な認識に過ぎない。
集落の中では長い耳はもちろん金髪も長身も珍しくなく、ジョサイアのような容貌は没個性的ですらあった。
右を見ても左を見ても名前が違うだけの似通った顔が並ぶうえ、自然を重んじる倹約かつ質素な生活を代々送り続けている。
安全を保障されていようと、年若い少年にとっては退屈で面白みに欠ける毎日だった。
ある日、集団で木に実る果物を獲りに行った際、ジョサイアは独断で人々から離れて禁足地に足を踏み入れた。
エルフの名を冠してはいるが、途方もない広さの森林地帯の全てが彼らの領地というわけではない。
不用意に森を侵す外敵を退けるべく、強力な力を持つ他種族を定住させている。
時代によって頼む相手は少しずつ変わっていたが、当時は竜の一族が守護を担っていた。
元来、竜は気性が荒く長命なエルフとは異なる方向性の高慢さを持つ。友好関係を築いた相手だとしても、縄張りに入った者を許してはおかない。
当日、見張りの番をしていたのがヴェアトでなければ、ジョサイアはその場で殺されていただろう。
闇を映し取ったような黒鱗の竜に怯えてしまい、腰が抜けて自力では逃げ出せなかった。
「私(わたくし)は血を見るのは好かない。長耳の庭へお戻り、ぼうや」
人語を操る声は威嚇や咆哮とは異なり柔和で、どこか甘やかですらある。
木の籠を取り落とすエルフの子を見たヴェアトは彼の後ろ襟を加減して噛み、エルフの土地まで運んでくれた。
その後、竜の側から禁足地侵入に関する咎は受けなかった。ジョサイアの身勝手な行動を知りつつ、誰にも明かさなかったのだ。
ヴェアトに他の竜にない温情を見出したジョサイアはそれ以降、たびたび境界間際まで足を運ぶようになる。
黒い背を見かければ手を振り、異なる色であればすぐ逃げ帰った。
じきに、規律を乱しかねない危険な行動をとるジョサイアを見かねてヴェアトが姿を現した。
「弱いものは群れに居なければ喰われる。愚かな真似はおやめ」
「迷惑をかけてごめん。群れは窮屈であまりにもつまらないんだ。君の姿が羨ましくて、いつだって眺めていたくなってしまった」
単純な優しさへの感謝というよりは、変身願望を示す言い回しだった。
「魔物に憧れるなんて、火焙りがいいところね」
「燃やされてもいい。君のような大きくて広い翼があれば、どこへだって行ける。どんな気持ちなのか、一度だけでも聞いてみたかった」
「鳥や虫じゃあるまいし、自由気ままに飛び回れはしないよ」
ヴェアトは目を細めて首を下げ、哀れむような仕草を取って禁足地の奥へ引き返した。
けれど、ジョサイアを嫌ったわけではなかった。
「命が惜しくなければ、昼ではなく夜においで。眠る前の暇つぶしくらいにはなってくれるだろう」
次の日、同胞に見つかるのを恐れながらフードを目深に被り、ランタンを手に同じ場所へ向かうと、約束通り黒竜が現れた。
表沙汰にならない時間帯に会ってくれる優しさに感じ入ったジョサイアは、話をする対価に何を捧げれば良いかと尋ねた。
請われれば集落の宝でも持ち出そうという向こう見ずな所存でいたが、ヴェアトは物品の類を求めてこなかった。
子供特有の無謀さを理解していたのか、代わりに長期的な契約を持ち出した。
「ぼうやは百年もすれば大人になる。恩を返すと言うなら、その時が一番役に立つ。私が困るような事態になったら、ただ一度、私のために働いておくれ」
たとえどんな望みでも相手の指示に従うこと。魔物の味方に回る不利益は自身で背負うこと。
捉え方によっては途方もなく重く、それでなくとも一方的に損をする可能性の高い提案をジョサイアは二つ返事で引き受けた。
遠く離れた地にいても竜の呼び声に応えるべく、未成熟な五体に印字めいた紋が刻まれた。紋は普段は透過しており、他人に気取られにくかった。これにより生来の魔力が抑圧され、魔法の才の大半が封じられた。
腕力に乏しく、魔力によって繁栄してきたエルフにとって何よりの死活問題だったが、ジョサイアはそれも気に留めなかった。
己よりはるかに長く生き、高い空を舞うヴェアトとの繋がりの方を重視した。
以降、変わり者のエルフと黒竜は友人に近い間柄となった。
ジョサイアの問いにヴェアトが答え、ヴェアトの謎かけにジョサイアが解を出した。
しかし月日が経つにつれて、秘密裏の行動は周囲の知るところとなった。
簡単な炎の魔法すら発動出来ない様子にエルフの識者が違和感を覚えて、ジョサイアの身体を調べ上げたのだ。
竜との誓いを見破られたジョサイアは追放処分になり、集落はおろか森に立ち入るのも禁じられた。
家族とも絶縁を余儀なくされたが、集落での暮らしに辟易していた彼には都合が良かった。
「たとえ望んでいようと、ぼうやは私によって追い出されたようなものね」
「幸運だったよ」
何事もなく成人を迎えてしまうと、むしろ出る機会を逸してしまう。
「……知己の竜が東に根城を築いている。あれはまだ穏健派だ。私が頼めば、ぼうやも住まわせてくれるだろう」
ヴェアトも要らぬ混乱を招いた咎を受け、遠地に住処を移すらしい。
前々から、いかに同種とて人語を叫ぶ生贄を嬉々として貪る者たちと生涯を共にしたくはないと苦々しく語る場面を目にしていた。
彼女にとっても吉報だったようだ。
「ありがとう。でも、僕は何年か旅をしたい。目的があるんだ」
望みの一つであったはずの誘いを拒み、出立の日の朝を迎えた。
別れ際、ジョサイアはヴェアトにひざまずいて求婚した。
無謀ともいえる試みだったが、ヴェアトは困ったように長く太い首を振るに留めた。
「歳下は好みじゃない。それに私は卵を産み、母になりたい。夫は竜でなければなるまいよ」
ごく当然の種族差を指摘されたジョサイアは少し気落ちしたようだったが、ある程度予期していたのかすぐに調子を取り戻して笑んだ。
最愛の者と同じ種族になる。
エルフの身体に価値を感じず、竜に焦がれた男が胸に抱いた願望だった。
エルフは眉目秀麗とうたわれるが、それは対外的な認識に過ぎない。
集落の中では長い耳はもちろん金髪も長身も珍しくなく、ジョサイアのような容貌は没個性的ですらあった。
右を見ても左を見ても名前が違うだけの似通った顔が並ぶうえ、自然を重んじる倹約かつ質素な生活を代々送り続けている。
安全を保障されていようと、年若い少年にとっては退屈で面白みに欠ける毎日だった。
ある日、集団で木に実る果物を獲りに行った際、ジョサイアは独断で人々から離れて禁足地に足を踏み入れた。
エルフの名を冠してはいるが、途方もない広さの森林地帯の全てが彼らの領地というわけではない。
不用意に森を侵す外敵を退けるべく、強力な力を持つ他種族を定住させている。
時代によって頼む相手は少しずつ変わっていたが、当時は竜の一族が守護を担っていた。
元来、竜は気性が荒く長命なエルフとは異なる方向性の高慢さを持つ。友好関係を築いた相手だとしても、縄張りに入った者を許してはおかない。
当日、見張りの番をしていたのがヴェアトでなければ、ジョサイアはその場で殺されていただろう。
闇を映し取ったような黒鱗の竜に怯えてしまい、腰が抜けて自力では逃げ出せなかった。
「私(わたくし)は血を見るのは好かない。長耳の庭へお戻り、ぼうや」
人語を操る声は威嚇や咆哮とは異なり柔和で、どこか甘やかですらある。
木の籠を取り落とすエルフの子を見たヴェアトは彼の後ろ襟を加減して噛み、エルフの土地まで運んでくれた。
その後、竜の側から禁足地侵入に関する咎は受けなかった。ジョサイアの身勝手な行動を知りつつ、誰にも明かさなかったのだ。
ヴェアトに他の竜にない温情を見出したジョサイアはそれ以降、たびたび境界間際まで足を運ぶようになる。
黒い背を見かければ手を振り、異なる色であればすぐ逃げ帰った。
じきに、規律を乱しかねない危険な行動をとるジョサイアを見かねてヴェアトが姿を現した。
「弱いものは群れに居なければ喰われる。愚かな真似はおやめ」
「迷惑をかけてごめん。群れは窮屈であまりにもつまらないんだ。君の姿が羨ましくて、いつだって眺めていたくなってしまった」
単純な優しさへの感謝というよりは、変身願望を示す言い回しだった。
「魔物に憧れるなんて、火焙りがいいところね」
「燃やされてもいい。君のような大きくて広い翼があれば、どこへだって行ける。どんな気持ちなのか、一度だけでも聞いてみたかった」
「鳥や虫じゃあるまいし、自由気ままに飛び回れはしないよ」
ヴェアトは目を細めて首を下げ、哀れむような仕草を取って禁足地の奥へ引き返した。
けれど、ジョサイアを嫌ったわけではなかった。
「命が惜しくなければ、昼ではなく夜においで。眠る前の暇つぶしくらいにはなってくれるだろう」
次の日、同胞に見つかるのを恐れながらフードを目深に被り、ランタンを手に同じ場所へ向かうと、約束通り黒竜が現れた。
表沙汰にならない時間帯に会ってくれる優しさに感じ入ったジョサイアは、話をする対価に何を捧げれば良いかと尋ねた。
請われれば集落の宝でも持ち出そうという向こう見ずな所存でいたが、ヴェアトは物品の類を求めてこなかった。
子供特有の無謀さを理解していたのか、代わりに長期的な契約を持ち出した。
「ぼうやは百年もすれば大人になる。恩を返すと言うなら、その時が一番役に立つ。私が困るような事態になったら、ただ一度、私のために働いておくれ」
たとえどんな望みでも相手の指示に従うこと。魔物の味方に回る不利益は自身で背負うこと。
捉え方によっては途方もなく重く、それでなくとも一方的に損をする可能性の高い提案をジョサイアは二つ返事で引き受けた。
遠く離れた地にいても竜の呼び声に応えるべく、未成熟な五体に印字めいた紋が刻まれた。紋は普段は透過しており、他人に気取られにくかった。これにより生来の魔力が抑圧され、魔法の才の大半が封じられた。
腕力に乏しく、魔力によって繁栄してきたエルフにとって何よりの死活問題だったが、ジョサイアはそれも気に留めなかった。
己よりはるかに長く生き、高い空を舞うヴェアトとの繋がりの方を重視した。
以降、変わり者のエルフと黒竜は友人に近い間柄となった。
ジョサイアの問いにヴェアトが答え、ヴェアトの謎かけにジョサイアが解を出した。
しかし月日が経つにつれて、秘密裏の行動は周囲の知るところとなった。
簡単な炎の魔法すら発動出来ない様子にエルフの識者が違和感を覚えて、ジョサイアの身体を調べ上げたのだ。
竜との誓いを見破られたジョサイアは追放処分になり、集落はおろか森に立ち入るのも禁じられた。
家族とも絶縁を余儀なくされたが、集落での暮らしに辟易していた彼には都合が良かった。
「たとえ望んでいようと、ぼうやは私によって追い出されたようなものね」
「幸運だったよ」
何事もなく成人を迎えてしまうと、むしろ出る機会を逸してしまう。
「……知己の竜が東に根城を築いている。あれはまだ穏健派だ。私が頼めば、ぼうやも住まわせてくれるだろう」
ヴェアトも要らぬ混乱を招いた咎を受け、遠地に住処を移すらしい。
前々から、いかに同種とて人語を叫ぶ生贄を嬉々として貪る者たちと生涯を共にしたくはないと苦々しく語る場面を目にしていた。
彼女にとっても吉報だったようだ。
「ありがとう。でも、僕は何年か旅をしたい。目的があるんだ」
望みの一つであったはずの誘いを拒み、出立の日の朝を迎えた。
別れ際、ジョサイアはヴェアトにひざまずいて求婚した。
無謀ともいえる試みだったが、ヴェアトは困ったように長く太い首を振るに留めた。
「歳下は好みじゃない。それに私は卵を産み、母になりたい。夫は竜でなければなるまいよ」
ごく当然の種族差を指摘されたジョサイアは少し気落ちしたようだったが、ある程度予期していたのかすぐに調子を取り戻して笑んだ。
最愛の者と同じ種族になる。
エルフの身体に価値を感じず、竜に焦がれた男が胸に抱いた願望だった。
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