僕はあなたが大好きです

側転回淡

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第3話 だから、お腹すいてますよ

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北海道の冬の日は日が暮れるのが早い。大体四時から四時半の間には完全に太陽は見えなくなっていく。
恵は右手に傘を差し、左手にコンビニの袋をぶら下げながら名前も知らぬ彼を待った。
体が冷えないように時々、体を小刻みに動かした。貰った時には温かかった缶コーヒーもすっかり冷めてしまっていた。
立っていることに疲れ、恵が雪の上に座り込もうとしたその時、少し遠くの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「あれ!? やべぇ!! 財布がない!!」
悲鳴にも似た大声が超える方を振り向くと、そこにはやはり彼がいた。
彼は着ている服のポケットを必死になって探すが、そこに彼の探し求めているものはない。
それもそのはずだ。彼が捜しているものは恵が大事に大事に持っているからだ。

そんな彼の元に恵は速やかに近づいて言った。
「あのぉ……財布ってこれですよね?」
圭は驚いて、すぐに恵の差し出した財布を両手で受け取った。
「あぁ! こ、これです……! もしかして、さっき転んだ時に道路に落ちていたんですか?」
「いや、違いますよ。さっき頂いた缶コーヒーの袋の中に入っていました」

圭はゼミの時間に間に合わせるために急いでいた。そのために慌てて購入した缶コーヒーの支払いをするために出した財布をポケットに入れる時間を惜しんだ。
店員から袋を受け取ったその時に一緒に財布を入れたことを今頃思い出し、圭は赤面した。
「あ、ありがとうございます……。これで助けてもらうのは二度目になりますね。本当にありがとうございます」
圭は頭を下げた。
「いえいえ、どうせ暇でしたし。それに大学って行ってみたかったから」
恵は圭に笑顔で返す。

「財布の中身なんて大した金額は入っていないから別に良いんですけど……中には車の鍵と保険証が入っているんです。失くしたら大変なことでした」
「それは危ないところでしたね。良かった、会えて」
安堵する恵の顔を圭は少しの間ボーっと見つめた。それに気づいた恵は照れたような表情を浮かべる。
クシュン。恵が一つくしゃみをした。無理もない。この寒空の下、軽く二時間は圭のことを待っていたのだから。

「だ、大丈夫ですか? そうだ。オレ、もう帰るところなんですけど良かったら車に乗っていきませんか? 家まで送りますよ」
圭は心配そうに恵に言った。
「大丈夫ですよ。家も近いので、歩いて帰ります」
恵は笑いながら答えた。
「いえ、風邪なんかひいたら大変ですよ。遠慮せずにどうぞ。まぁ、ボロボロの車ですけど」
「そうですか? ……じゃあお言葉に甘えようと思います。お願いしてもいいですか?」
「もちろんです」

二人は門の前から圭の車が止めてある駐車場へと移動した。
駐車場は広く、まばらに車が止まっていた。大半は軽自動車で、お世辞にも綺麗とは言えない外見をしている車が目立つ。
「この白い車です。小さい車ですいません」
圭は恥ずかしそうに車を紹介する。
圭の車は白い軽自動車。何か所がぶつけた跡のある何とも年季の入った車だ。

さぁ、どうぞ。と圭は助手席のドアを開けた。
「ありがとうございます」
恵が助手席に座ったのを確認して圭はドアを閉めた。
車内はちゃんと片づけられていて、ゴミ一つ落ちていなかった。バックミラーにはお守りがぶら下げてある。
「家ってどの辺なんですか?」
運転性に乗りこんだ圭が聞いた。

「この近くに丸生って言うスーパーがあるの知っていますか?」
「あぁ、知っていますよ。よくそこで買い物しますから」
「そのスーパーの裏です」
「じゃあ車で十分くらいですね。そんな距離をこんな天気の日に歩いたら本当に風邪をひいてしまいますよ」
圭はシートベルトをしながら言った。
それに気づいた恵もシートベルトを肩に回す。

雪が積もって視界が見辛いので、圭は車のヒーターの温度を上げる
「暑くなってきたら言ってくださいね」
そう言うと慎重に車を発進させた。
「そう言えば、まだ自己紹介をしていませんでしたね」
恵は続けて言う。
「アタシは新垣恵です。年齢はさっき言いましたよね? あれ? フリーターって事も言いましたっけ?」
「はい、聞きました。オレは伊藤圭です。北海大学の四年生」
しきりにバックミラーとサイドミラーを気にしながら圭は答える。

「圭さんの方が年上なんだから、敬語なんて使わなくてもいいですよ」
微笑みながら恵は言った。
「そうですね。なるべく敬語は使わないようにします」
「もう既に敬語じゃないですか。もっとフランクに話しかけてくださいよ」
「難しいな……えっと……お腹すいてない? こんな感じかな?」
小さな声で圭は言った。

「ふふっ。そうですね。そんな感じでいいと思います」
足をブラブラさせながら恵は答えた。
「そっか。良かった。なかなかフランクに話すのって難しいなぁ」
一つ溜息をついて圭は再びバックミラーを見た。
「……すいてます」
「え?」
「だから、お腹すいてますよ」

恵は笑いながら圭が真剣に見ているバックミラーに話しかけた。
「あっ、そっか。オレが質問したんだもんね。うっかりしていた。良かったらご飯でも食べに行かないかい?」
「いいですね。ちょうど晩御飯の時間だし。圭さん、美味しいお店とか知っているんですか?」
目を輝かせながら恵は言う。
「う~ん……ご期待に応えられるかは分からないけどね……」
そう言うと圭はゆっくりと車を右折させた。
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