退魔士学園記

むにゃむにゃ

文字の大きさ
上 下
8 / 9

6話目

しおりを挟む

付かず離れずの距離。
攻勢に出ていた先ほどまでと違い、攻守に余裕を持った配置取りだ。



一匹目をやったのは、俺が攻撃に出ておよそ三秒ほど。
半息の内に二匹の間に割り込み、そのまま頭を掴み取る。そしてもぎ取った。
肉の抵抗は感じられず、ブチッとすぐに千切れた。
両方一片に片付けるつもりであったが、一匹にはギリギリで逃げられてしまった。
先ほど片方を冷静にさせた方だ。

二度手間になってしまったなと感想を持ち、もう一匹もやるために掴んでいた頭を投げつけようとする。

ぎゅっと掴む手に力を入れたところで、俺は驚かされた。
掴んでいるところから徐々に崩れ落ち、灰になっていったのだ。
指の間から灰がハラハラと流れ出て、風に吹かれてほとんどが辺り一帯に散る。
地面に留まったのは少しばかりの量だ。

灰化しても情報は読み取れるのだろうか……?
確証がない。もしダメだった場合のことを考えて、一匹は生け捕りにしておきたい。

そこまで考えて、俺は改めて二匹目に意識を合わせたのだった。




豹は一匹目がやられてから、ずっとこの調子だ。

斬夜が踏み込むと同時に後退。彼我の距離を詰めさせず一定を保ち続けるよう動く。
そして、こちらが何もしないと豹も何もしない。
ただゆっくりと足を動かすのみである。

そんな相手の様子に、斬夜も訝しむ。



ーーー何が狙いだ

初めは、恐れを抱いたのかと思った。
しかしそもそも、使い魔や式神の類にそういった感情はあるのだろうか。
手の込んだものはあると思うが、こいつらはおそらく戦闘用。ならばそのような不要なもの、つけているはずがない。

時間稼ぎ……?
でも、それで相手に何の得があるのだろうか。


「……あんまり手の内は見せたくなかったんだけどな」

頭の中で狙いを定める。
豹を中心とした空間。

狙われてると気づいたのか、豹が急加速した。
爆発的な加速は地面を削り、豹の向かう道中にあった木々は、ぽっかりと直線的に幹を抉られた。
木を避ける暇さえ惜しいらしい。


しかしもう遅い。


ーーー≪遮断≫

透明な壁が豹を中心に展開される。生命体を通さないと設定してある。

遮断の結界は、通さないものを一つだけ決められるものだ。

危険を感じたのか豹は立ち止まり、壁に前足をかけた。

何度か同じようなことを繰り返す。
体当たりも試していた。
しかし壁は揺らがない。


「ぐるぅぅ……」

諦めたのか、壁から数歩下がる。

俺は、動きを止めた豹を確実に捕らえるため、壁の範囲を狭くしていく。


豹が爪を振り上げた。

最後の抵抗であろうか。
無駄なことを。と思いながら俺はそれを見ていた。




ーーーブシュッ


豹の首が落ちる。



傷口から黒い灰が血のように吹き上がった。
それは傷口を飲み込み、果ては豹の全身を包み込んでいった。
地面に落ちた首は、グシャっという音がしたかと思うと、弾けて灰を撒き散らした。


豹は爪で自分の首を掻き切ったのだ。


……理解できない。
困惑しながらも結界を解除し、豹に近づく。
豹は原型を留めておらず、全て灰に変わってしまっていた。

「さて、どうしたものか……」

生け捕りにしたかったが、こうなってしまってはしょうがないか。
灰に手に掬い取り、霊気を流し込もうとする。



……何だ?

意志を持っているかのように、灰がうねったような気がした。
気のせいか?

観察するため、顔を近くに寄せた。
灰の一粒一粒の動きも見逃さないつもりだ。


…………動かない。

五秒ほど見つめた。まだ何もない。風で少し飛ばされたくらいだ。


…………まだ何もない。

三十秒ほど経った。未だに何もない。


気のせいだったのだろうか。
いつまでもこうしているわけにはいかないので、もう一度霊気を流し込む。



すると再び灰がうねりだした。
今度は先ほどより長く続いている。

うねりは収束し、目、鼻、口を作りだす。
生き物の頭部のようなものが手のひらから飛び出た。口は大きく開けられており、綺麗に生え揃った牙が顔をのぞかせた。


ガブリ


肉が食いちぎられる感覚。
咄嗟に手から離したが右肩を食われた。
牙が骨で止まってくれたので、肩ごと食いちぎられることは免れたが、思いっきり肉を持っていかれた。

傷をみると白い骨が露出しており、次いで破られた血管から血が溢れ出し断面を紅に染め上げた。
傷口がジュクジュクと痛みだす。


「っ!! 」

無茶苦茶痛い。
ズキズキと頭に直接痛みが響く。
脳髄を貫くような、

「あァぁッッ! 」

苦悶の声を上げるも、痛みは引かない。余計ひどくなっているようにも思われる。
気が狂ってしまいそうだ。


俺の肩を食い破った口は、美味しそうにそれを咀嚼している。
骨は食われていないと思っていたが、咀嚼音に時々ゴリゴリと硬いものも混ざるので、少し肉にくっついて持っていかれていたようだ。


≪遮断結界ーー局所展開ーー≫

このまま血が溢れ続けられるのも困るため、結界を薄く板状に展開し、傷口を圧迫する。

「っ!!」

分かってはいたことだが、非常に痛い。
だが、強く圧迫しないと止まりそうにないため、歯を食いしばり力をさらに加える。

ブチュ……ブチュ

ピンク色をした、プリプリとした肉が圧迫され押しつぶされる。

「ああァァぁああッッ!!」

俺は必至に耐え抜いた。
ここで狂ってしまうわけにはいかない。





「……はぁ、はぁ」

じんわりと、痛みが分からなくなっていった。
痛覚が麻痺してきたのだ。

額に脂汗を浮かべ、はぁはぁと呼吸を繰り返す。
数十回繰り返し、呼吸を落ち着けた。そして、服の腹の部分を持ち上げ汗を拭う。

正常な意識が回復したのと比例するように、あちこちに散っていた視線が、焦点を結んでいく。


目の前では、頭だけであった豹が、黒い灰を集め体を作っていた。


俺の肉を食って力をつけたのか?
いや、どうにも違うようだ。

周囲に目を向けると、最初の二匹よりは小さいものの、それでも大型犬ほどの大きさをした豹が、木々の中から俺を狙っていた。

「なるほど……これ、どうやって倒すんだ?」

辺りに舞っていた灰が無くなっていることに気づく。
灰があの豹たちの素らしい。

どっちみち、灰を調べても俺には無駄だったようだ。豹として生きているのではなく、灰の形状で生きているものが集まって、豹を作っているのだろうから。

逃げる?

いや。逃げたとして、あいつらが追いかけてきてしまったら町中に被害が出てしまうかもしれない。
それにこの包囲だ。抜けるときも少なからず怪我を負うだろう。

結界内に入る?

それもあまりいいとは言えない。
相手が欲しがっているかもしれない、鬼の頭部の場所に案内することになってしまう。
さらに、今は警戒して入っていかないが、俺を追って入ってきて、中でも生きられる、と分かってしまったら面倒なことになる。

取り敢えず凌ぎながら、倒す方法を考えよう。





◇ ◇ ◇





殴る

蹴る

踏みつける


単純作業の繰り返し。その度に黒い灰が花のように広がった。



おおよそ十分ほど。
数えきれないくらい、手当たり次第豹を倒していった。
幸い、こいつらは最初の二匹ほどの力はない。

どうやら倒していくにつれ、少しずつではあるが弱体化していくようだ。

今も、前方に薙いだ手刀に三匹巻き込まれ、その身を灰と化していった。

始めのうちは、視界が灰によって悪くなるのを嫌い、効率的で効果的な方法を探していたが、途中から面倒くさくなったので、躊躇なく倒していくことにした。

そして、腕を引き戻した時に一匹。

意図したことではない。偶々こいつが腕の内側に入ってきたのだ。
また灰が舞う。
最初のこともあるので、ちゃんと身体から払い落とした。

このようなことが何度かあった。
意図しないところで、豹が勝手に死んでいくことが。
偶々だと思っていたが、それが五、六匹を過ぎた辺りから、どうにも偶然とは思えなくなってきた。

傷ついた体を、一回倒されて再生することでリセットしているのかもしれない。

「はあ……」

灰で靄のかかった視界に、前方、両側面から豹が飛び込んでくる。
俺はほとんど反射神経のみでそれを迎撃。
思考が後から追いついてくる。

どうやら、ジャンプして上方から三匹の頭を地面に叩きつけたらしい。
他人事のように理解する。
地面には豹の体が三匹、放射状に転がっており、頭部の部分だけ灰がぶちまけられていた。
時間を置かずに、体も灰に還元されていく。

なるほど、こういう風になっていくんだ。
豹たちの還元されていく様をはっきり観察したのは、最初以来かもしれない。

積もった灰が風に散らされて、一部が地面に残る。


……?

地面に残った灰が、何かの模様を作っているように見えた。
偶然……?

そんな思考を遮るように強く風が吹き、黒い灰が地表付近に漂って地面を覆い隠してしまった。
次いで地面から豹の頭部が生え、噛み付いてくる。
好都合だ。

「これでも食っとけ」

口を割るように足を突き入れ、振り抜いた。
豹は口から真っ二つに裂け、灰を撒き散らしながら飛んでいった。

足を振り抜いたことにより、一時的に風が吹き、隠されていた地面の一部が露わになる。


「やっぱり。何かの紋様か……」

全体的に灰に覆われているが、特定の部分だけ濃く積もっている。
それは線のようになっていて、ここら辺一帯に広がっているようだ。

灰によって全貌は見えないが、設置型の術式が灰によって作られていっているのだと予想できる。

これは……完成したら地面から魔力だか霊気だかを吸い上げて起動するのか?
それ以外エネルギー源はなさそうだ。

豹の生命エネルギーを使うのかと考えもしたが、それはすぐに否定された。
薄く灰が積もっているところ、その一部分に周りの灰が集まっていく。
そして、どくんと、ポンプのように脈動すると、徐々に豹の体が作り上げられていった。

こいつらも、地面からエネルギーを吸い上げて、それをつなぎにして体を作っているようだ。

だとすると、俺の手のひら上から頭部が出てきたのも納得だ。霊気を流した時に反応していたので、それが吸い取られて、同じように使われたのだろう。


「なんだ。こんなに簡単に対処できたのか」

仕組みが分かってしまえば何ということはない。
もう既に遮断の結界は、一番初めに使ってしまっている。それ以降も何度か使った。
ならば、これ以上見せてもそんなに変わりはないだろう。



新たに生まれて飛びかかってきた豹を、正面から殴りつけた後、全力で、仰ぐように腕を振るった。


ーーーゴウッ


強風が一帯を薙ぐ。
視界を悪化させていた灰、地表付近に漂う灰、地面に薄っすら降り積もっていた灰、そして、露出していた草や小石が、風に煽られ一時的に四散する。


俺は高く飛び上がり、地面を、描かれようとしていた紋様を確認する。

それは五芒星であった。
設置型の術式には、よく使われるものだ。
そしてその核の部分。中心には、鬼の血痕があった。


上空で結界を展開する。



≪遮断結界ーーー二重展開≫


魔力、霊気を遮断した。

新たに豹を作ろうと集まり始めていた灰が、統合性を失いパラパラと崩れ落ちていく。
地面の紋様も、それを描く不自然に濃く集まっていた灰が、さらさらと砂ように流れ去った。



その後のことは簡単だった。
既に生まれていた豹を片付けるだけの作業。分かっていたことだが、もう復活はしなかった。

「ふぅ……」

思ったより重労働だった。
結構動いたので、明日筋肉痛になるかもしれない。ぎこちない動きをして学校で笑われるかもな。
いやその前に、肩の傷で病院に行くから、学校に行けるかどうかも怪しいか。

ーーーピリッ

傷のことを考えたら、また痛んできた。
戦闘時の高揚で忘れていた痛みである。

ちょっと待て、まだ調べることがあるんだ。

なるべく傷のことを考えないようにしながら、俺は鬼の血痕の方に近づいた。


「これに霊気を流したことが引き金だったのか」

今思うと血が残っているのは不自然だった。
血にはかなりの、妖怪で言えば魔力、人で言えば霊気が溜まっている。
死体を使おうとするのなら、それを放っておくわけがない。

元の持ち主によく馴染み、死体を操るにしたら、いい触媒として働くからだ。

血痕は罠。それにまんまと嵌められた。
悔しいとは思わないが、気分もよくない。

今は、これを動かしていた魔力もしくは霊気を絶っているので、死んでいる状態だ。
探らせてもらおう。

さて、これを仕掛けていた奴はどんな奴かな。

血痕を覗き込み、その向こうを見つめる。
先ずは血の持ち主であった鬼の生い立ちが浮かび上がった。別に興味はないので、その部分をとばす。


……見えてきた。

浮かぶ景色がこの山に変わり、俺と北山さんが結界内に入っていった後だ。

バサっと羽ばたく音がし、黒い影が鬼の前に降り立った。
さて、その顔はーーー


と、そこで景色が黒く裂けて途切れる。

何だ?

頭をひねっていると、また景色が浮かび上がってきた。


暗い部屋だ。
白い髪の女性が一人で立っている。白衣を着ていた。
後ろを向いているので顔は見えない。

彼女がこの仕掛けを作ったのだろうか。

女性が振り向いた。
視線は下を向いている。俯いているので、前髪で顔が隠れて見えない。

彼女は、俺の視線。
その真下まで来ると


ーーーこちらを覗き込んだ。
しおりを挟む

処理中です...