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プロローグ2
しおりを挟むぼんやりと、視界が広がっていく。
寝てしまっていたようだ。
重い体をゆっくりと起こす。
地面には大量の血の跡。
見渡す限りの家屋は全て潰れてしまっていた。
さらにその殆どから炎が上がっている。
……何があったんだっけ
いまいち記憶がはっきりとしない。
とても体が重いし頭も働かない。
ふらふらと立ち上がった。
膝はがくがくと震えている。
チリチリと背中に違和感を感じた。
どうやらすぐ背後の家が燃えているらしい。
命に関わることなのだが、何故だか現実味がわかない。
でも死ぬのは嫌なので、取り敢えずこの場を離れようと思った。
村の入り口まで来た。
未だ炎は収まらない。建物を燃やし尽くしたと思ったら、今度は地面の雑草に燃え移り、そこから付近の木にも燃え広がった。
ここにも直に火がまわるだろう。
ぼくの生まれ育った村の最期であるのに、特に何も感慨は湧かなかった。
そういえば妹はどうしたのだろうか。
姿を見ない。
……それよりも、何故目覚めてから今まで、妹のことを忘れていたのだろう。
兄失格だな、と、自嘲めいた笑みを浮かべる。
村の中にはもう生きている人の気配はなかった。
ということは、妹は麓の町まで逃げたのだろうか。
不思議と頭の中には、妹が火災で死んでいるという考えは浮かばなかった。
麓の町まで来た。
火はどうなったのだろう、と思って振り向いてみたが、もう鎮火したようで炎の光は見えなかった。
ただただ深い夜闇が包んでいるだけであった。
あんなに激しく燃えていた火が、こんな直ぐ消えるものなのだろうか。
村は山の山頂付近にあった。そしてそこから僕が走って降りてきて、およそ三十分。
これは普段から鍛えていた賜物だ。
そんなことと妹と遊ぶことくらいしかすることがなかったから、自然と運動能力はついていったのだ。
三十分で火は消えるものなのだろうか。それも村を焼き尽くすほどの火が。
麓の町の様子も、山火事になりそうだったと気付いた人はいなさそうだ。
夜なので人通りは少ないが、見張りをしている衛兵や、町を歩きまわる酔っ払いが雑談している中にも、そのような言葉は聞かなかった。
何かがおかしい。
そのことは分かるが、深く考えようとすると、頭の中に霧が立ち込めるように考えていることが霧散してしまう。
ぶんぶんと頭を振る。
けれども頭の中の靄は全然払われない。
もう寝ちゃおうかな。
……そういえば、なんでこんな時間に起きているのだろう。
まだ真夜中。月の高さからするに、およそ二、三時だろう。
普段なら寝ている時間だ。
そう思うと、途端に眠くなってきた。
色々と不思議なことはあるが、今日はもう寝ちゃおう。
道の端に体を寄せ、縮こまるようにする。
そして手を横に出して、ハッと気づく。
そうだ、妹は……!
一瞬、頭の中の靄が晴れたような気がした。
それと同時に、断片的な光景が浮かび上がってきた。
そうだ、それであの男が……
ーーーゾワッ
思い浮かんだ断片的な映像を、虫が食うように闇が侵食していく。
まるで、ぼくがそれ以上考えるのを拒否するようだった。
眠気が押し寄せてくる。
抵抗する気力も一緒に消え失せ、ぼくはそのまま意識を手放した。
◇ ◇ ◇
ザザァーーー
そんな雨の音でぼくは目を覚ました。
慣れない体勢で寝ていたので少し関節が痛い。
雨はかなり激しく、空は分厚い雲に覆われている。
これでは時間がよく分からない。
一体どれだけ寝たのだろうか。
少し視線を前に向けると、数多くの足が忙しなく動いていた。
かなり人通りが多いようだ。
だとすると、昼間に近いか。
よく起こされなかったものだと思う。
衛兵か、若しくは誰かが気づいて起こすなり何なりしそうなものだが……気づかれなかったのだろうか。
目の前を歩く数多くの足が、とても遠くに感じる。
二、三メートルの距離ではあるが、ぼくと彼らの間に見えない壁があるような、きっぱりと分かたれ隔絶されているような気がする。
何故だろうか。
考えても仕方ない。今日は妹を見つけなくちゃいけないんだ。
ぼくは二、三メートルの距離を詰め、人の流れの中に入った。
およそ二十分ほどの時間が経った。
ぼくは街ゆく人に、妹らしき人は見なかったか声をかけたが、足を止めてくれる人は誰もいなかった。
「あ、あのっ。すみませんっ!」
それでもめげずに声をかけ続ける。
「……」
一人の男が立ち止まった。
やった。やっと話を聞いてくれる人がいた。
視線はこちらを向いていないが、初めて立ち止まってくれた人なので、嬉しくてぼくはそのまま言葉を続けた。
「ぼくより少し背が低い女の子見ませんでしたか?
髪の色はぼくと同じ銀髪でーーー」
ガサゴソと男の人は胸ポケットを漁る。
そして煙草を取り出すとそれに火をつけ、口に咥えて去っていった。
ぼくの方には一瞥もくれることはなく。
何だ。ぼくの言葉に耳を貸してくれたわけじゃなかったんだ。
去っていく男の人の足音がやけに耳に残る。
「うっ……ゔゔ……」
さっきまでの浮いた気持ちから一転。
どうしようもなく悲しくなり、顔を手で押さえ嗚咽を漏らした。
ザーザーという雨の音も、雑多の足音も、道でおしゃべりしている人たちの声も、全てが遠い。
ぼくは膝から崩れ落ちた。
ーーー本当に見つかるのだろうか。
そんな考えが頭をよぎる。
間髪入れずに答える。
見つかる。見つけなくちゃダメだ、と。
そう言い聞かせてぼくは、涙を拭い次の人に声をかけようとした。
しかし、また頭の中の声がそれを邪魔した。
ーーー見つかるわけがない。何故なら妹はもう……
「うるさいっ!!」
掻き消すように大声で叫ぶ。
ピリッと空気が震えた。
けれども気づかない。
そんなことより、先を聞くことの方が怖かった。
耳を塞いで、目も閉じる。
それでも頭の中の声は止まない。
ーーー分かっているはずだ。ぼくはこの目で見たのだから。
映像が断片的に、まぶたの裏に浮かび上がる。
映像は昨日のよりももっと鮮明に、長くなっていた。
いやだ。見たくない。
そう拒んでも、映像は途切れない。
遂に力が抜けた。
ぐしゃりと地面に体が倒れる。
肌からは絶え間なく汗が吹き出る。
粘度が高い。嫌な汗だ。
肺の酸素の出入りも激しい。
体は疲労しきっている。
しかし対象的に眼光のみは炯炯としていた。
見える情報を、読み取れる感情を脳に刷り込めるようにと。
雨はさらに激しく。
街路の雨溜まりは広がる。
少年の体の半分ほどは、既に雨水に浸かった。
街を歩く人は誰一人少年には気づかない。
そのまま水溜りが少年の体を飲み込んだ時、少年の姿は沈み込んで消えた。
波紋ひとつたてる事無く。
それ故、やはり気づくものはいなかった。
現世に最後に残った少年の顔。水面に反射されたそれに。そしてその影は、まるで何かに納得したかのように笑っていた事に。
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