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魂の戯れ part.18
しおりを挟む訓練室から戻ってみると、控室にいる魂たちが全員横になっていた。
ただ一人、前方ですがすがしく立っている男がいる。
私の方を一瞥すると、肩を竦めた。
「お疲れだな。あんたはへばってないのか」
「みたいだな」
私も肩を竦めて返事をすると、男は出て行った。
彼の名はキリコといい、訓練生の中でも一度もダウンしているところを見たことがない。
ただ、その優秀さから、周囲から浮いており、心の壁をはっきりと感じさせた。
私は今、訓練室で肉体をまとった状態で活動をしてきた。
なぜ、肉体をまとうかというと、来世に人間として生まれ変わるため、地上に留学をするための大事なプロセスだからだ。
天国(あの世とも呼ぶが)は何もかもが叶ったり、満たされるのだが、稀に満たされることに倦んだ者や、地上での生活に憧れを持つ者もいる。
そんな魂たちが、半年ほど地上に滞在し、人間に生まれ変わってやりたいことを探すのが留学の目的だ。
それで、今、倒れている魂たちが多いのは、肉体で活動する時と、魂で活動する状態のギャップが大きいためだ。
肉体が思い通りに動かない。体が重い。疲れが溜まり、ずっと同じペースで肉体を活動し続けられないと魂状態に比べ、ストレスが多い。
そのため、最初は20体(魂状態なので、何人ではなく、何体がベースになる)参加していたが、訓練を経過する度に徐々に数が減り、今は半分程度になっていた。
そして、訓練もカリキュラムがまだ半分に満たない状態なので、まだ脱落する者も出るだろう。
「ロウさん、何でそんなに元気なんですか? 俺、もう立てないですよ 」
床の上から弱々しい声で私を呼ぶ者がいた。名前は確か、ナズナだ。
「心の状態が顔に出にくいんだ」
「タフですね」
「丈夫なんじゃなくて、鈍いだけだと思うが」
ナズナは笑うと、そのまま力尽きたように目を瞑ってしまった。
あまりの状態にスタッフが駆け寄って来て、仮眠室に促そうとしているが、全員が動こうとしない。
ふと入口の方から何者かが私に近づいて来る気配が感じられた。
ドアが開く。
見知った顔がそこにあった。
「よう」
「久々だな」
立っているのは相方だ。旅行に行っていて、その間に訓練に入ってしまったので、顔をしばらく合わせていなかった。
短い期間だが、互いに確実に何かが変わって来ていることが感じられる。
それを気取らせず、ホムラが口を開いた。
「訓練は順調か? 」
「見ての通りだ。一応、へばってはいない」
「ちょっと出ないか? ここは今、取り込み中だし、話をしたい」
訓練室の外に出た。
ここからは、生まれ代わりを考えた他の魂たちの参考にもなるよう、訓練の様子が見えるようになっている。
地上で言うガラス張りを想像してもらえばいい。
ちなみに、物質次元は地上と同じ領域に属するので、あの世であるとは別次元だ。そのため、訓練用に特殊な空間が用意されている。
その中で、何体もの魂が肉体をまとい、右往左往している。
汗をかきながら鉛筆で文字を書く者、箸を用いて食事をする者、携帯電話を持ってメールを打つ者、段階は様々だ。
「まるで見世物だな。お前もやって来たのか」
「ああ、さっきまでジャングルジムに上らされたよ」
「ほう。随分、変わった訓練だな」
「今、筋肉を付ける訓練をしてるんだ。訓練で使ってる肉体がそのまま地上で使う代物になるからな」
「へえ、その様子じゃ基礎訓練は終わったみたいだな。訓練も終盤か」
「いやいや、全体ではまだ半分を超えたところに過ぎない。俺だけちょっと早いから優遇してもらってるんだ」
「訓練室はいつもああなのか」
「そうだ。普通の魂ならさっさと逃げる。そういう意味では、みんな辛抱強い。そういうのをマゾヒズムとも言うのかもしれないが」
訓練室の中が騒がしくなった。倒れた者がいたようだ。回収班が出動する。
この様子では、興味本位の見学者は逃げ出すだろう。
ほとんどの魂がこのカリキュラムの存在を知らない理由が理解できる。
相方はぼうっと訓練の様子を眺めていた。人間だった頃の様子を思い出しているのだろうか。
さすがに少々心配になったので、声を掛ける。
「ホムラ、前々から言おうと思ってたんだが」
声を掛けると、相方の目にはもう光が戻っていた。
ただ表情は明るくなかった。言いたいことはあるが、それを言葉に出すのがしんどい表情だ。
そして、私にはその内容は既に分かっていた。
黙っていると、彼は形にしにくかったそれを自身の言葉にし始めた。
「何を言いたいかは分かってる。旅の間に色々考えたんだが、俺は人間に戻るよりもここにいる方がいいよ。人間での生活はトラウマもあるからな」
ホムラは過去の人間界で王族だったことがあり、革命にあって立場がひっくり返ったことがあった。
その際に大勢から迫害に遭い、その光景が甦ったり、悪夢として出現することがあったという。
彼が人間に戻ることに躊躇している理由がそれだった。
それでも、私が人間に興味があることから、彼なりに私に付いて来ようとしたのだ。
ただ、それもやはり限界のようだ。
訓練の間に会うことを先延ばしにしていたのは、それが主だった理由だ。
「俺も留学について許可が出るか聞いてみたが、問題はないそうだ。ただ、人間への恐怖が強すぎて、下りても物にならないか、訓練に耐えられないだろうってさ」
二人して黙って訓練室の様子を見つめていた。
「二百年か。早いものだな。それでも最後までお前のこと分からなかったな。いや、だからこそ一緒にいたんだろうな」
「ホムラ。お前、心の壁の話を覚えているか? 」
「ああ、魂状態でも意思疎通をするのに、若干のタイムラグがあるのは心の壁があるからだってな。それがどうした? 」
「心の壁があるのは互いに分からない領域があるってことだそうだ。俺は、その分からない部分を分かりに行きたいのかもしれん」
「そうか。俺にはお前の言っている意味はよく分からんが、何をしたいかは分かるよ」
「二百年の付き合いだからな」
「ロウ、お前が地上に下りる前に連れて行きたいところがある。少し位、訓練をサボっても怒られはしないだろ」
「ああ」
訓練室を見ると、一体だけまだ練習している者がいた。
彼は、一番ペースが遅く、最近まで立ちあがることもやっとだった。
今、部屋の中で彼は、ニコニコしながら自分の足で歩いて立っている。
あの喜びを味わいたいがために、相方との関係やパラダイスを捨てるのだろうかと、ぼうっと感じていた。
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