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一章

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大きなやぐらと祭壇。
周りには大量の花が飾られていて、赤々と燃える焔の炎に照らされて輝いている。

そんな祭壇の真ん中に少女は立たされた。

そこにはかつて、神事の儀式があった。
「通称・織代の儀式」には、白の巫女と呼ばれる少女が一人必要なのだ。

織代の儀式は自分の身体に神様を宿らせて、その神様を別の御神体に移す儀式だ。
その代わりに神様は三ヶ月の間、白の巫女に従わなければいけない。

欲も感情も自我すらも持つことのない、まっさらな巫女が。


「今日は、儀式……するの?」
「今日はやらないよ。今のアルはピンクかな?」
「うん、ピンクだよリリー」


白の巫女、その少女こそがアルストロメリアであった。
彼女は歴代の白の巫女とは異なる面を幾つも持っている。

アルストロメリア16歳、出身不明。

彼女は拾われ子であり、多重人格者なのだ。
その名の如く、彼女はたくさんの内面を秘めている。
人格を色で呼ばれるのだ。

アルストロメリア・通称アルは美しい白髪を揺らして、柔らかく微笑んだ。


「リリーは、どうしたの?」
「私?わたし、は……貴女の世話をしに来たんだよ」


少女はふいっと顔を逸らす。
アルのお世話役・リリーだ。
きらきらと星の色に輝く髪の毛が目立つ、ちょっと怖いお姉さんみたいな感じだろうか。

リリーは神様を押さえ付ける術に長けていて、神様を宿らせたアルの近くに常にいる。


そんなある日だった。


アルが不思議な物音を聞いたのは。


「なぁリリー、な~んか聞こえねぇか?」
「聞こえるね…今のアルは白なんだ?」
「最近、性格が変わんのが早いんだ…何か良くない事が起こるのかもしれねぇな」


先程とは性格が打って変わったアルが、リリーに心配そうな顔で尋ねた。
今のアルは白と呼ばれる勝ち気で男勝りな性格の人格である。

その時。
ドンっっと強い衝撃で屋敷全体が大きく揺れた。

リリーがアルを屋敷の外へやった。


「アル、逃げてっっ!」
「うん分かった!」


再びピンクへと人格が戻ったアルが走り出した。

が、ピンクのアルは運動音痴である。
なんでこのタイミングで、と思いつつも小さな足をアルは動かし続ける。

神様の気配がした。

神々しいものではなく、もっと黒くて不穏な雰囲気の。

嫌な予感を感じて屋敷にいるリリーを振り返ると、リリーとは似ても似つかない者が立っている。

それは、アルの髪を掴んで押さえ付けた。


「ひゃ、や…やめて……ください…!」
「やーだっ♪僕を閉じ込めていた罰を、受けてもらわないとね…これが本当の天罰ってやつ?」


彼が右手を上げると、手には小さな斧が握られた。
間違いなく、彼は神様だ。

ただ、普通の神様と違って負の力ばかりが溢れているみたいだ。


「どういう事ですかっ…天罰って…」
「君のお世話係に聞いたんだ、君が白の巫女だって。僕達神様はね、君達に服従させられる為に閉じ込められているんだよ。だけど、白の巫女がいなくなれば…儀式もなくなるでしょ?」


笑顔で。
いや、「笑顔に見える表情」で、彼はそう言った。
そしてアルに逃げろと言ったリリーは、気まずそうに俯いていた。


「残念だったね、お世話係がアレで。ねぇ、知ってる?Yellow Lilyの花言葉、『偽り』なんだよ」


まるで君を裏切った彼女そのままだね、って彼は嗤う。

私が白の巫女になって儀式をすることで皆が喜ぶって、そう思っていた。
だけど、そんな事ない。
人間は喜ぶけれど、その分だけ神様は苦しまなければいけないんだ。

涙目で、アルが彼に向かって言う。


「神様…ごめんなさい……私の、私のせいで…苦しんでる……」
「…別に、君のせいじゃないよ。君までも利用して僕らを使役しようとしている人間が悪いんだ」


眉間にシワを寄せると、彼は苛々している様にそう呟いた。

私は何にも知らない。
巫女の事以外は全く知らないのだ。
世界の仕組み、人間の生き方や、更には自分自身の生い立ちですら、知らない。

ただ知っていることと言えば、自分は親に捨てられたという事だけ。
自分が物心着いた時には、もう独りだった。


「……君の名前は?」
「私、は…アルストロメリア、です」
「へぇ、良い名前だね……余計壊したくなるよっ」


彼は斧を振り上げる。

怖い。

その刹那、何か身体が浮き上がるような感覚がした。
そして声が耳元へ届いた。


「ったく、また暴れてんのか…大禍津日神おおまがつい様よぉ」 
「君は………深淵之水夜礼花神ふかふちのみづやれはなのかみ?」


彼によって降り下ろされた斧は、私を抱き抱えた見知らぬ男性の手で止められていた。
素手で斧を止めるあたり、きっとこの男性も神様だ。


「あの、貴方様は……?」
「俺はお前の中にいた神、深淵之水夜礼花神だ。ずっと、お前に会いたかった」 
「………僕はみづやに会いたくなかったけどね」


みづや、と呼ばれた男性を見て彼が大袈裟に溜め息を吐いた。

そして先程まで私に向けられていた怒りの矛先が、今度はタイミング良く出てきたみづやに向けられる。


「みづやもさぁ、いつまで人間の肩入れするつもり?僕達神は人間の使い魔じゃないんだよ?」
「だからってコイツに怒りをぶつけるのは間違ってんだろ。コイツだって人間に利用されてるだけだろ、巫女として」


みづやとまがつは喧嘩を始める。
………私を抱えたまま。


「……あの?」
「あっ、君のお世話係が他の巫女を呼んだみたいだ。神守がいたら堪らないし、今回は手を引こうかな」


屋敷を振り返ったまがつが、出てくる巫女を眺めて言った。

そして、去り際に私へ言ったのだ。


「白の巫女としてじゃなく、君だけの『未来への憧れ』を持てたらいいね」


じゃあね、と笑顔で手を振りまがつが去る。
と、同時にみづやがふわりと空を飛んだ。


「さてと、俺達も逃げるか」
「あの、みづやさん…でよろしい、ですか?」
「合ってるよ、俺は深淵之水夜礼花神。川の氾濫なんかを抑える神って言われてんだ」


目の前に広がるのは、ただただ青いばかりの空だ。
だけど私を抱き抱えているみづやの髪の毛の方が、もっと透き通っていて綺麗な蒼だ。

先程の神、まがつの関係が気になる。
なんていうか仲が良いのか、馴れたようなやり取りだったから。


「まがつさん………?とは、どんな関係…ですか?」
「あぁ、アイツとは腐れ縁ってやつだよ」
「じゃ、じゃあじゃあ…どんな神様ですか?それから、どうしてここに?それと……」
「ちょっと待て、落ち着け。答えるから」


溢れだした疑問を、みづやに制止された。
だけど、この物心着いた時から持っている疑問を、抑える事は出来なかった。


「どうして…私は生きているんですか……?」
「それは、俺にもわかんねぇ…けど……白の巫女として生まれたんじゃねぇのか?」
「違い…ます、私は拾われ子だから…」


そう、拾われ子。
父親も母親も分からない、捨てられた子供。

すると私を見ていたみづやが笑って頭を撫でた。


「お前は、もう白の巫女として生きなくていい。ちゃんと、自分を持って生きていいんだぞ」
「自分………?」
「例えば、何がしたいとか」


何がしたいか、なんて分からない。
自分は白の巫女だったから。
何をしていいのかも分からない。

でも。


「私…お花を、見たい……です」
「花?見た事ないのか?」
「アルストロメリアっていう、私の名前と…同じ花」


いつもあのお屋敷から出てはいけないから。
窓から外の世界を眺めるだけだった。

部屋に置いてあった図鑑。
それにも飽きて、暗記をしてしまった。

だから、本当の花を見てみたい。
写真じゃなくて、本じゃなくて、自分の目で。

私と同じ花・アルストロメリアを。
見てみたい。


「そうか、じゃあ探さねぇとな。なんたってアルが初めて持った『憧れ』だからなっ」











私の元へ舞い降りた神様は、素敵な神様でした。

アルストロメリアっていう花はいつか見れるでしょうか?

白の巫女じゃなくて、私として、生きていけるのか分からないけれど。

みづや様なら、きっと私自身をしっかり見てくれるから。





ほら、世界はとっても広いんだね。
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