号泣しながら君を追放する!

roos

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「終わったね……」

 魔導士ノルンは、ルナの足音が遠ざかっていくのを聞きながら、ポツリとつぶやいた。そして、憤怒の形相で沈黙を保っていた治癒士タナトは、地獄の底から響くような声でルキフェンに問いかけた。

「本当に良かったの? リーダー」
「ああ。だってあいつ……」

 すぅっと息を吸い込んだ直後、

「あいつ絶対実力隠してるよ!!!」

 ダァン! とテーブルを両手で叩き、ルキフェンは号泣しながら捲し立てた。
 
「だってあいつがパーティに入ってからおかしいことばっか起きるじゃん! ダンジョンで使ったばっかのエクストラポーションが、街に入る前にはもう補充されてるし!」
「あったわねぇ」
「あと! 貴重な素材を泣く泣く売ろうとしたら、明らかに前より数が増えてたんだよ! 俺そんなにバジリスクぶっ殺してないからね!? なに!? バジリスクの角九十九個って! バッカじゃねーの!?」

 ちなみにバジリスクとは、最難関たるS級ダンジョンでしか現れない凶暴なモンスターだ。一体いるだけでも近隣の街が滅ぼされてしまうぐらい危険な存在である。そんなモンスターを、いくらSランクパーティだろうがホイホイ倒せるわけがない。

「確かに、一体に一つしか採取できないバジリスクの角を九十九個はやりすぎよね……」
「ノルンもそう思うよな!? しかもさぁ、俺たちの荷物、ルナのアイテムボックスのおかげでめっちゃ軽くなってたんだよ! いつのまにそんな高いもの買ったのよ!? せめて買う前に相談してくれたっていいじゃん! お兄ちゃん寂しいっ!!」

 アイテムボックスはとてつもない高級品だ。バジリスクの角一本を売ったらパーティ全員が一年間遊んで暮らせるのに対し、アイテムボックスの購入にはバジリスクの角が最低十本なければ全く手が届かないほどである。

 なぜ、アイテムボックスにそれほどの価格がつくのか。それは、生物以外の物質を無限に収納できるからである。素材やポーションで荷物が嵩張かさばりがちな冒険者ならば、誰でも欲しい魔法のアイテムだ。

 しかしアイテムボックスは、珍しいものが大好きな貴族が買い占めてしまうせいで常に品薄だった。オークションでも高値で取引されるので、ルナのような冒険者になって三年の娘が気軽に買えるものではない。

 では、いかなる手段でこんな物を用意できているのか。リーダーたるルシフェンは真実を知らなければならない。

 例えば、ルナが身売りをしてまでお金を稼いでいたとしたら……。

「うああああああ! ルナアアアアア! 不甲斐ないリーダーを許してくれええええ!」
「まだそうだって決まった訳じゃないのに。アホだね」

 タナトからチクッと蔑まれ、ルシフェンはテーブルに突っ伏したまま沈黙した。あらあら、とノルンはのほほんと笑ったあと、人差し指を顎に当てながらうーんと考え込んだ。
 
「そういえば私も不思議だったのよねぇ。ルナちゃんがパーティに来てから、極大魔法を連発しても全然魔力が減らない気がして」
「そうなのか?」
「そうよ。ほら、ルキフェンと一緒にキャッスルゴーレムの上に飛び乗ったことあるでしょ? 体長20mメートンぐらいの。クライミング中に何度も振り落とされそうになったのに、全然身体が疲れなかったのよ」
「……それは俺も思っていた。いくら剣を振っても疲れない。最近は筋肉痛すら来ないんだ」
「じゃあそれも、ルナちゃんのスキルのおかげだったのかしらねぇ」

 ルナのスキルは『複製』。文字通り、物体を複製する力であり、アイテムの消費が激しい冒険者にとっては大変重宝する。

 しかしルナの説明によると、せいぜい複製できるのは一日十個ぐらいで、希少なアイテムであればあるほど、増やせる数が減るという制限があったはずだ。

 だが実際には腕の欠損を一瞬で治せるエクストラポーションが十個以上も複製されていたし、バジリスクの角は九十九個まで増えた。つまりルナは嘘の申告をしたのだ。

 加えて、もし複製できるものが物質だけではなかったら? それならば、ルシフェンたちの体力や魔力が減らないことにも説明がつく。

「それでねルシフェン。昨日のダンジョンで、ルナちゃんの複製能力が魔法にも影響を与えるのか、こっそり試してみたの」
「さすがノルン。有能だな!」
「それでどうなったの!?」

 タナトが食い気味に前のめりになると、ノルンはにっこり笑って、その豊満な胸でタナトをぎゅうっと抱きしめた。

「もー、タナトちゃんったらこういう時だけ私に興味持つのねぇ」
「むぅ、いいから教えて」
「はいはい。えっとね」

 ノルンは腕の中で暴れるタナトを解放した後、ゆったりとした口調で語り始めた。

「前々からね、私の魔法がモンスターに当たる前に、分裂しているように見えたのね。だから試しに一つの魔法をニつに分けて、同時に撃ってみたの。そしたらニつだった魔法が、四つになっちゃったのよ!」
「ああなるほど。昨日の異常な殲滅力はそれだったのか……って、危うく俺も巻き込まれるところだったぞ!?」

 このパーティの中で唯一の前衛であるルシフェンは、ガバリとテーブルから身を起こしながら叫んだ。

 斧使いのルシフェンは、ノルンの魔法に巻き込まれないよう普段から特に気をつけていた。連携プレイが命のパーティたるもの、味方の攻撃範囲に入らないよう、逐一自分の立ち位置に気を配らねばならないのである。

 しかし、昨日は明らかにおかしかった。ルシフェンはノルンの攻撃範囲外にいたにも関わらず、爆炎に吹っ飛ばされたのだ。幸い、タナトの防御魔法のおかげで怪我はしなかったが、自慢のもみあげが焦げてしまう大損害を受けた。

 ……というか、タナトは事前に危機を察知していたはずだ。でなければ、あの爆炎に耐えられるような防御魔法を用意していなかったはず!

 ルシフェンは恨みがましげな視線をタナトに送った。しかしタナトはそれを華麗にスルーして、無表情でこう付け加えた。
 
「ルナ、めっちゃびっくりしてた。こんなはずじゃなかったって、涙目になってた。だからやっぱりルナがノルンの魔法を強化してたんだよ。絶対」
「よく見てるな、タナト……」
「そうだよリーダー。ウチはずっとルナを見てきた。だから――追放なんて納得できないんだよ」

 タナトの目が一瞬赤く光ったかと思うと、治癒士だけが覚えられる拘束魔法が、蛇のようにうねりながらルシフェンを捕らえた。ルシフェンの足元に魔法陣が展開し、そこから更に複数の鎖が絡みつく。

「うおお、ちょ、やりすぎだタナト!」
「うるさいアホリーダー! あんたなんか、一生その椅子と仲良しさんでいればいい!」
「言葉は優しいけどやることがエグい! この話終わったら俺トイレ行こうと思ってたんだけど!?」
「リーダー、ステイ。そこでおもらし」
「キャッチコピーみたいに言うなぁ!」

 ひとしきり暴れた後、ルシフェンはきゅっと太ももを内側に絞めながら真面目な顔になった。
 
「タナトも分かってるだろ? 多分あいつは、俺たちがいなくても強い」
 
 あれはちょうど二年前。
 ルキフェンたちはダンジョンの最奥で、パーティ全滅の危機に陥ったことがある。

 ノルンは魔法を使いすぎて肉体が限界を迎えて詠唱ができなくなり、タナトはボスに魔法封じの呪いをかけられ、さらに瀕死の重傷を負わされた。

 ルシフェンはダンジョンボスに一人で立ち向かいながら、薄れゆく意識の中でルナに指示を出した。
 
 ――ギルドに戻って救援を求めるんだ。

 それが遺言になると、ルシフェンは覚悟していた。ギルドの救援は絶対に間に合わない。ノルンもタナトも動けず、ルシフェンが倒れれば二人の命運も尽きる。まさに絶体絶命だった。

 しかしそうはならなかった。

 気づいたら包帯まみれの姿で、ルシフェンたちはギルド附属病院のベッドに寝かされていた。
 
 まさか、あの状況で救援が間に合ったのか?

 唖然としながらも、泣きじゃくるルナを全員で慰めた。それからルシフェンたちは後日、救援に来てくれたであろうギルドにお礼を言いに行った。

 そうしたら、ギルドの冒険者から不思議そうな顔をされ、こう言われた。

 お礼を言われるほどのことはしていない。むしろこちらが感謝したいぐらいだ。何人も冒険者を屠ったS級ダンジョンボスを、たった四人で倒してくれたのだから、と。

 ルシフェンはギルド職員から詳しく話を聞きたかったが、顔を真っ赤にしたルナに急かされて、結局そのまま別の街に出発してしまった。

「あれさぁ……今思えば、マジでギルドの人は何もしてなかったんだよな」
「そうみたいね。せいぜい私たちを病院に運んだだけだと思うわ」

 ノルンが深く頷くと、タナトは熱に浮かされたような顔で、胸元でぎゅっと手を握った。

「あぁ、見たかったな。ウチらが気絶した後に、ルナがダンジョンボスをぶっ殺した瞬間」
「タナトちゃん、お口が悪いわよ」

 め、とノルンに叱られても、タナトは憮然とした顔でルシフェンへ向き直った。

「要するに、リーダーがルナを追放した理由ってアレでしょ。自分の実力を隠しているルナを、このパーティから自由にするため?」
「そうだよ!!!」

 宿の外まで響きそうな爆音で、ルシフェンは勇ましくタナトの拘束魔法を引きちぎった。その拘束は筋力だけで破れるものではないのだが。
 
「お前らだって薄々気づいているはずだ! ルナは一人でもあんなに強いのに、こんなパーティにいちゃダメだろ!!!」
「うっさ」
「うるさくてごめんね! でもいいか、よく考えてみろよタナト! ルナが来る前の俺たちは、ずっとBランクパーティだったんだぞ!? ルナのおかげであっという間にSランクになっちゃったけど、それってつまり! 俺たちの実力じゃないってことなんだよぉお!!!」

 冒険者ギルドのカードを叩きつけながら、ルシフェンは真っ赤な顔でえんえん泣き出した。ギルドカードの中央には、神々しいほど金ピカの『S』の字が踊っている。それがかえって、ルシフェンたちのハリボテの実力を責めてくるようだった。
 
 冒険者は命懸けの職業だ。そして自分の強さに見合った依頼やダンジョンを選ばなければ、簡単に命を散らしてしまう。そういった悲劇を防ぐために、冒険者にはギルドカードが発行され、ランクをつけられる。

 ランクは全部で五つ。下からD、C、B、A、Sに分けられる。ギルドは冒険者のランクを見ながら適正な依頼を斡旋することで、間接的に彼らを守っているのである。

 問題は、ランク昇級の難易度だ。

 Bランクまでならば、普通の冒険者でも余裕で取得できる。しかしAランクからはいきなり難易度が跳ね上がる。その理由は、人間並の知能を持ったモンスターとの戦闘がメインになるからだ。

 Aランク以上のモンスターとの戦いは、ほとんど対人戦と変わらない。むしろ、モンスターの方が図体もデカく魔力もあるため、より勝つのが困難だ。そんなモンスターに勝つためには、パーティー全体が自分の力で考えて戦わねばならない。

 だというのに、ルシフェンパーティは考えることが苦手だった。

 ルシフェンは前衛でバトルアックスを振り回すだけ。
 ノルンは長年の経験があれど、指示を出せるほどの広い視野を持っていない。
 タナトは治癒士のくせに前線に飛び込んでくるので論外。

 そんな凸凹パーティは、当然のようにBランクで足踏みしていた。しかしルナが来てからは『Aランク=戦略必須』という常識が、木っ端微塵に破壊されてしまった。

 知略もクソもない。ルナがいるだけで、ルシフェンたちは全てのモンスターをパワーで捩じ伏せ始めたのである。

 敵の計略にハマっても、罠ごとモンスターを粉砕すれば無問題。
 袋小路に追い込まれても、特大魔法をぶっ放して退路を作る。
 毒を喰らっても、無限の魔力と治癒で耐久を引き延ばし、死ぬ気で敵を殴りまくる。

 脳筋。
 力こそパワー。
 それがルシフェンたちをSランクまでのし上げた、たった一つの理由だ。

 明らかに、全てルナのおかげである。むしろルナの足を引っ張っている可能性すらあった。

 その事実に気づいてしまったルシフェンは大いに正気度を失い、仲間に相談せず、勢い任せでルナを追放してしまった。

 それが先ほどの悲劇である。

「ルシフェン」
「なんだいノルン」
「この、馬鹿」
「……すまん」

 ぐす、とルシフェンは再び静かに泣き出した。

 情けないリーダーの姿にタナトは深々とため息をつくと、壁に寄りかかりながら胸の前で腕を組んだ。
 
「私は強い敵を倒せればそれでいいし、ルナのおかげでSランクになれたんだよ? ますますルナを外す理由がわかんない。ルナが頑張ってるなら、今まで以上に褒めてあげればいいだけじゃん。実力を隠して欲しくないなら、本人にそう言えばいいし」
「だって……俺たち仲良いじゃん。なのにルナから打ち明けてくれないってことはさ……話したくないぐらいの訳アリってことじゃん……そんなセンシティブな部分に、ズカズカ踏み込めるわけないでしょ!!!」
 
 ルシフェンはわあっと顔を覆って、背もたれに首を預けるように天を仰いだ。

 タナトは無様なリーダーを冷徹な目で眺め、ぺっと唾を吐き捨てた。
 
「うっざ」
「こらタナトちゃん。めっ」

 タナトはノルンにまで盛大な舌打ちをかますと、ルシフェンを見下ろしながら淡々と捲し立てた。
 
「で、ルナいなくなっちゃったし、ウチらこれからどうするの? 追いかけよっか?」
「なんで!? 話聞いてた!?」
「だって全部リーダーのわがままが引き起こした問題じゃん。ルナをパーティに戻して、ちゃちゃっと話し合った方が早くない? 全部リーダーがコミュ障だから起きたことでしょ? めっちゃ迷惑」
「こら! それ以上はだめ! オーバーキル!」

 ノルンが止めるがすでに手遅れだった。ルシフェンは顔を覆った手の隙間からつうっと一粒の涙を流して沈黙した。

 それから数秒後、ルシフェンの喉からガラガラに掠れ切った声が絞り出された。
 
「ぐす……今後の予定はすでに決めてある。いきなり一人になったルナを放り出すわけにはいかない」
「へぇ。具体的には?」
「……あいつの真の実力を、この目でしかと見届ける!」

 ルシフェンは顔から手を離すと、テーブルのティッシュを二、三枚鷲掴みにして顔を拭った。それから最後にぢんっ! と鼻を噛んで、涙で声を曇らせながら捲し立てた。
 
「俺たちがいないことで、ルナがより高く飛び立てるなら、そのまま陰で見守り続ける! あいつが死にそうになったらバレないように助ける! これが今後のパーティーの方針だ!」
「なにその守護霊ごっこ」
「なんとでも言ってくれて構わない! 俺一人でもやるぞ! あいつは俺の大事な仲間だからな!」
「あんたのせいで、だけどね」
「こらぁ! タナトちゃん!」

 タナトの嫌味がダイレクトヒットしたルシフェンは、声も上げずに泣き崩れた。
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