号泣しながら君を追放する!

roos

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 ダンジョンの中は迷路さえ解析できれば単純な構造である。ボスがいる大部屋を目指して、洞窟で繋がれた複数の部屋を渡り歩くだけ。ただし、ダンジョンのランクが上がるごとに通らなければならない階層が増える傾向にあり、一フロアごとの迷路の広さも拡大する。

 ダンジョンの広さについてとある研究によると、Dランクダンジョンは一階層のみで、フロアの広さは村一つ分。Sランクダンジョンは七~十階層で、フロア一つを横断するのに丸一日掛かるらしい。

 ルナが攻略を始めた『辺獄リンボ』も、現在は地下七階まで開拓されているが、未だボス部屋は発見されていない。

 一体どれほど地下階層が残されているのかも分からないのに、一人で『辺獄リンボ』クリアするなんて不可能だ。死にたくないのならここで引き返すべきである。

 冷静な思考がルナを引き止めようとするが、それでも足は止まらなかった。

 一つ目、二つ目と小さい部屋を通り過ぎるが、モンスターはいない。きっと他の冒険者が先に攻略を始めているのだろう。

『グオオオオオオオオ!』
「……ぁぁぁぁぁ!」
「っ! 聞こえた!」

 モンスターの咆哮に混じって、冒険者の悲鳴がする。ルナは即座に方向転換し、その方角の部屋へと駆け出した。

 そこには、今まさに巨大な蜘蛛型モンスターに食われそうになった冒険者がいた。

「『複製』スキル!」

 ルナは叫びながら、アイテムボックス内の剣を複製して手元に召喚する。

 スキルとは、万人が扱える魔法とは別に、個人に備わった特殊な力だ。神殿で神から与えられるか、死の淵に立った時に、人類はスキルを習得するらしい。ルナの場合は後者だった。

 ルナの『複製』スキルは、アイテム、魔法、体力、スキルを何度でも複製することができる。

 しかし問題点が二つ。まず一つは、複製で出来上がったものは全て劣化品になることだ。

 ルシフェンたちから教わったスキルのおかげで、ルナは他の遺構士よりも戦える。

 だが所詮は劣化品。S級ダンジョンの中においては、ルシフェンから複製したスキルもモンスターを一体倒すのに一苦労だ。

「でも、アイテムの力に頼れば!」

 ルナが複製した剣はミスリル製だ。軽くて丈夫で、刃に魔力を流し込めば、通常の剣より切れ味が倍になる。たとえミスリルの剣が劣化品でも、魔力を無限に複製すれば正規品と同等の力を出せるのだ。

「はあああああ!」

 ルナが振り下ろした斬撃は、冒険者に食らいつこうとした蜘蛛型モンスターの口を見事に引き裂いた。

「早く逃げて!」

 複製したポーションを投げ渡しながら、ルナは冒険者を逃すために戦場を駆ける。

 斬って斬って斬りまくって、敵陣のど真ん中まで入ったら、ノルンの爆裂魔法。モンスターが怯んでいる隙に、タナトの防御魔法で身を固めて、さらに奥へ斬り込む。全部ルシフェンたちから学んだ戦い方だ。

 行ける。戦える。

 自信が付くたびに、ルナの剣技に磨きがかかる。

 しかし、ここで複製スキルの二つ目の問題点が持ち上がってきた。

 複製スキルは、別のものを同時に複製することはできない。例えば、ルシフェンのスキルを使っている間、それ以外のスキルや魔法を使えないのだ。

 ノルンやタナトの魔法を使うには、一度覚えたスキルをオフにして、いちいち使いたいスキルに切り替えなければならない。

 スキルを切り替える時、ルナには必ず隙が生まれる。

 人間に匹敵する知能を手に入れたモンスターたちが、それに気づかないわけもなかった。

「あっ!」

 爆裂魔法にスキルを切り替えた瞬間、飛んできたモンスターの矢によって、ミスリルの剣が弾かれた。同時に左右から蜘蛛型モンスターの糸が降り注いでくる。

 ルナは咄嗟に後ろへ高く飛ぶ。だが、その背後には槍を持ったランスサラマンダーが待ち伏せていた。二足歩行のトカゲの姿をしたそのモンスターは、とにかく素早く、力も強い。特にと名が付いた個体は、驚くべき精度で刺突を繰り出してくる厄介なモンスターだった。

「うぐっ!」

 事前に張っていた防御魔法と、ランスサラマンダーの槍先が、ルナのうなじで衝突する。ルナはその衝撃を利用して身を翻し、モンスターのいない地面へ飛び降りた。

「はぁ……はぁ……まだ、こんなところで負けていたら、皆に恩返しできない!」

 割れてしまった防御魔法を張り直し、今度は回避に徹しながら爆裂魔法の陣を描く。

 スキルを行使している間、当然体力や魔力を複製することはできない。しかしモンスターの攻撃が絶え間なく押し寄せるため、ルナはジリ貧になっていた。

 前線慣れしていない身体はとっくに悲鳴を上げている。それでもやらなければならない。自分の価値を証明するために。無価値になってしまった自分でも、ルシフェンたちの恩に報いるために。

「はああああ!」

 並外れた集中力で魔法陣を描き切り、ついに爆裂魔法が解き放たれる。ルナに群がっていたモンスターたちは吹き飛ばされ、ルナを中心に大きなクレーターが出来上がっていた。

「はぁ、はぁっ……やっぱりすごいよ、ルシフェンたちは。素人の私が使っても、こんなに敵を倒せるんだから」

 この部屋のモンスターは一掃した。だが、まだここは一階。このダンジョンをクリアするためには、ここと同じような部屋を何度も何度も掃討する必要がある。

「次の部屋……え?」

 部屋を移動しようとした矢先、壁と床が不気味に蠢く。そしてルナは、なぜこのダンジョンが辺獄リンボと呼ばれているのか、身をもって理解した。

 地面に倒れた死体が、ダンジョンの壁や床に吸収されていく。そして天井からは、倒したばかりのモンスターたちが次々に生まれ落ちてきた。倒されたモンスターの死体を糧に、モンスターの軍勢が再構築されているのだ。

 心が折れる音がした。

 気力を振り絞ってもう一度ミスリルの剣を複製するが、振るう力は残されていない。

 ルナは数秒の猶予の中、この世界に来てからの記憶を振り返った。

「皆のこと、大好きだったなぁ……」

 ルシフェンはルナの二つ年上で、ノルンは五歳上のお姉さん。タナトはルナと同い年だが可愛い妹だった。三人とも、いきなり現れた異世界人を普通に受け入れてくれた。

 日本にいた頃よりも、充実した人生だったように思う。両親は幼い頃に離婚して、学校には上手く馴染めずじまい。将来の夢もない、漠然とした人生を歩んで、ルナはゆっくりと死ぬはずだった。

 だが異世界に来てから、文字通り世界が広がった。自分でお金を稼いで、知らない人と交流して、旅をして、かけがえのない仲間ができて。ダンジョンに潜る時はいつも死ぬことに怯えていたけれど、ルシフェンたちのおかげで何度でも立ち向かうことができた。

 なんの取り柄もなかった自分でも、誰かの役に立てた。それだけで十分、一生分の幸せを味わってしまったのだろう。

 皆には幸せになってほしい。有名な冒険者として、ずっと語り継がれるという夢を叶えてほしい。

 ──私の遺品を見つける最初の人たちが、リーダーたちでありますように。

 ルナは血生臭い空気を大きく吸い込み、剣を正眼に構えながら目を見開いた。

「うああああああ!」

 ほとんど悲鳴のような怒号をあげて、ルナはモンスターたちに斬りかかろうとした。

 その瞬間、見覚えのある爆裂魔法がルナの背後から飛来し、奥に控えていた魔法系モンスターを爆散させた。

「うおおおおおおお!!!」

 勇ましい掛け声が爆風を切り裂き、ルナの道を切り開くようにバトルアックスが振るわれる。

 ルシフェンのような赤く逆だった髪が、ルナの目の前でふわりと広がった。懐かしい匂い。仲間を鼓舞する力強い声だ。

 なんだ、これは。なんて都合の良い幻覚なのだろう。

 傷だらけだったルナの身体が、優しい風に巻かれて癒されていく。頼りなかった防御魔法が、鎧よりも分厚い姿になってルナを包み込んでいく。

 守られている。

 その事実があまりにも悔しくて、頼もしくて、ルナの目から滂沱の涙が溢れ出した。

「リーダー、ノルン、タナトちゃん……!」

 ──どうして。

 その疑問に誰も答えてくれない。

 ただ、先頭に立つルシフェンだけは激しくルナを叱りつけた。

「死ぬのは許さんぞ! ルナ! お前は俺の、俺たちの大事な仲間なんだ!」

 ルシフェンはふうっと大きく肺を膨らませると、爆風にマントを翻しながらモンスターたちへ大喝した。

「俺の仲間に近づくな! ここは何人たりとも通さん! 今度こそ俺が、守り切ってみせる!!!」

 亜空斬撃。

 空間ごと引き裂かれたモンスターたちは、断末魔を上げることすら許されず絶命した。斬風に巻かれた爆炎は空気を失って即座に消失し、上下二つに分たれたモンスターたちがバタバタと倒れていく。

 静まり返った部屋の中で、ルシフェンはくるりとルナの方を振り返った。汗だくで鎧もボロボロ、血まみれでほとんど顔は見えなかった。だが、優しく微笑む灰色の目は、間違いなくルシフェンだった。

「リーダー……!」

 ルナは立ち上がり、感極まって大きく息を吸い込んだ。

 その直後、ルナは流れるような動作でルシフェンの肩に担がれた。

「え? あぇぇ?」

 ここは感動の再会を喜ぶところじゃ──。

「総員、退却!!!!!!」

 ルシフェンの爆音声を皮切りに、パーティ一同は脱兎のごとく辺獄リンボを飛び出した。
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