家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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2章

(20)真の加速

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「っだああああ!」

 真横から間抜けな掛け声がしたかと思えば、シュイナの腹に二人分の重みが追突する。さらに視界が紅の炎で覆われ、突然急上昇を始めた。

 やがてシュイナは青白い波のない安全な場所まで飛ばされ、一塊になっていた三人はバラバラになりながら地面を転がった。

「あ゛ー生きてる! 地面愛してる! ふざけんなよなんだよあれ! 俺が知ってるやつより凶悪じゃねーか! 殺す気満々だろ! 何が迎えに来るだあの女ぁ!」

 大の字になりながら叫び倒すリョーホに、シュイナはしばらく呆然とした眼差しを向けた。

 あの状況で、即座に全員が助かる選択肢を選び取った?
 もし失敗したらあの波にのまれて、骨も残らぬぐらいに溶かされていたかもしれないのに。

 生き残った安堵と喜びとは違う、熱い感覚がシュイナの心の奥底からこみ上げてきた。だが湧き上がってくる感情を分析する暇はない。クラトネールが怒号を上げながら、消えた獲物を探し回っている。

 リョーホは勢いよく飛び起きると、自分の手のひらを握りしめながらシュイナに目を向けた。

「シュイナ。俺が動ける時間ってもうほとんどないよな?」
「ええ……この先は、いつ倒れてもおかしくない」
「くそ……あともう少しなのに!」

 冷や汗を額に滲ませるリョーホを追い立てるように、クラトネールが四つの目でシュイナたちを見つけてしまった。

「もう来るよ!? 次どうするのおっさん!」
「おっさんじゃない! ああもう、一体どうすりゃいいんだ!?」

 ぐしゃぐしゃに髪を引っ掻き回しても妙案が浮かぶ気配はない。

 シュイナは静かに立ち上がると、リョーホを背に庇いながらレブナに告げた。

「レブナ。可能な限り敵を引きつけなさい。あなたならできる」
「あいあいさぁー!」

 レブナは揺れていた瞳から迷いを消し、シュイナにぴしりと敬礼を取った。そして屋上から落ちるようにその場で倒れていくと、傾いた重心を最大限に活かし、弾丸じみた速度でクラトネールを迎え撃った。

 クラトネールは小さな獲物が間合に入ってくるや、九つの角から不可視の速度で雷を振り下ろす。

「なんのぉ!」

 レブナは獰猛に笑い、横に飛びながら身体を捻る。脇腹を掠めた雷撃が白い皮膚に醜い焼け跡を刻むが、彼女は決して止まりはしない。

「足の裏が弱点なんだっけ!? だったらぁ!」

 ざぁっと急ブレーキを掛けながら、レブナは大鎌を背中の斜め下へ大きく構える。立ち止まった位置は、クラトネールの百足胴体の真下だ。

「ひっくり返してやれば、弱点だらけってことじゃん!」

 二枚刃の大鎌がクラトネールの片足を引っ掛け、シーソーのように押し上げる。一瞬クラトネールは耐えて見せたが、反対側の破損した足の一本から血が迸り、あっという間に横倒しになった。

 『狂戦士』の追加効果である出血だ。レブナに切られた部位は、どちらかが死ぬまで決して血が止まらない。そしてレブナの攻撃が通るたびに、傷口から痛みと鮮血が吹き出す。

『クルゥゥォォォォ!』

 クラトネールは神速を手に入れるために第二形態で肉を捨てた。それが仇となり、軽くなったクラトネールはレブナだけの力で呆気なくひっくり返される。

「……はは、そうだよ。これはゲームなんかじゃない。セオリー通りに戦わなくたって……」

 呆れと、希望に満ちたリョーホの声が聞こえる。シュイナは背後を振り返り、震える足で立ち上がろうとするリョーホへ手を差し伸べた。

「冷静に、無駄を省きましょう」
「お、おう」
「レブナを信用して必要な情報を共有してください。あの子は守護狩人のSランクまで上り詰めた子です。細かい指示は省略できるはず……」

 口下手な自分のアドバイスがどこまで通じたか。
 リョーホはシュイナの助言を嚥下するようにゆっくり頷き、黒い瞳に楽しげな光を灯しながら手を取った。

「……オーケー。流石レブナのおねーさんだ。滅茶苦茶助かるよ」

 リョーホはシュイナに腕を引かれて立ち上がると、大きく背中を逸らしてレブナに叫んだ。

「レブナ! お前なら予備動作で分かる! 基本はドラグロゴスと同じだ!」

 起きあがろうとするクラトネールを叩き潰していたレブナは、一拍遅れてから素っ頓狂な声を上げた。

「はいぃ!? ドラグロゴスって上位種超えじゃん! こいつもそれぐらい強いの!? ってうわ!」

 クラトネールがひっくり返った状態のまま落雷を落とし始めたため、レブナは悲鳴を上げながら大きく飛びのいた。クラトネールの足はかなりの数が破損していたが、まだ再起不能になるほどの怪我ではない。

 ゆらりと起き上がるクラトネールを睨みながら、リョーホは続ける。

「こいつはドラグロゴスより強くない! とんでもなく早いだけだ! ドラグロゴスの攻略方法ぐらい知ってんだろ! 守護狩人!」
「そりゃ知ってるけどぉ……もー割に合わない! ロッシュ様に後でめっちゃめちゃほめて貰うんだから!」

 レブナが飛び上がると同時に、クラトネールから落雷が放出された。

 落雷はたった一太刀だけで深々と地面を穿ち、破裂音で鼓膜が千切れそうになる。レブナも負けじと叫び声を上げながら、先ほどよりも格段に軽やかな動きで全ての攻撃を避け切り、クラトネールの懐へ入り込んだ。

『クルゥ!』

 クラトネールとて、二度もひっくり返されては堪らない。レブナが足元に入った瞬間、針のような百足の胴体が激しく地団駄を踏みながら8の字に駆け出した。

 引き潰された大地には惨たらしい穴がびっしりと開けられ、砂埃がクラトネールの足元をみるみる覆い隠していく。

 目を凝らせど砂埃の中にレブナの姿はどこにもない。無数の足に刺し貫かれてしまったか。

「にゃはー! 動きが分かればこっちのものだぁー!」

 突如として砂埃ごと大鎌が振り払われる。レブナはクラトネールの足元ですべての攻撃を避け切って見せたのだ。

 レブナの登場に驚いてクラトネールがのけ反る。即座に九つの角から雷撃の兆候が現れるが、それよりも早く、二枚刃の大鎌がクラトネールにアッパーカットを決めた。

 上顎を貫かれ、頭蓋を揺らされたクラトネールの意識がついに揺らぐ。

「にゃははは! なぁんか、楽しくなってきたかもー!?」

 ドラゴンの血を吸ってハイになっているレブナ。

 その時、クラトネールの全身から拍手が湧き立つように雷が漲った。

「不味い、下がれ──ッ!」

 雷光が閃いた瞬間、全身が弾け飛んでしまいそうな爆音がバロック山岳の隅々まで響き渡った。

 巨体が地表を飛び回り、生み出されたソニックブームでシュイナたちは吹き飛ばされる。目まぐるしく回転する視界では際限なくスパークが瞬き、まるで生身でサイクロンの中に放り込まれたようだった。

 放射状に放たれたレーザーが地表を満たし、大気を焼き、消し飛ばす。レーザーを吐き出すクラトネールの本体も空中を泳ぎ回るせいで、レーザーの無軌道性がより極まっている。地面に投げ出されたシュイナたちに直撃しないのが奇跡のようだ。

 だが、実際は奇跡ではなかった。

 シュイナはいつの間にか、リョーホに抱えられたまま地面に横たわっていた。自分たちの周囲では『紅炎』が高々とそそり立ち、襲い来るレーザーを高密度の炎の壁で防ぎきっている。

 横を見れば、レブナがいた。座ったまま後ろに倒れ込みそうになっているリョーホを、腕を掴んで引き止めていた。

 リョーホの顔に血の気はなく、瞼は固く閉じられている。

 ついに活動限界が来てしまったのだ。

「そんな……」

 紅炎の外では、今もなお青白い嵐が暴れ回っている。初見では絶対に追いつけない高速移動。のみならず、直撃すれば即死しかねない落雷の雨。

 まさに理不尽の権化だ。自然界の頂点に立つドラゴンそのものとしか言いようがない。もしリョーホを連れずにクラトネールと対峙していたら、いくら守護狩人として名を馳せたシュイナでも、第二形態を見る前に死んでいたかもしれない。

 それをリョーホは、たった一人でここまで連れてきてくれた。

 たった一人が背負うには、重すぎる責任だ。

 その姿は若くして里長にならねばならなかったロッシュとあまりにも酷似していて、シュイナは激しく胸打たれた。

「──レブナ。十秒です」

 囁くような声量だった。なのにはっきりと、戦場を制圧する覇気がシュイナの声に伴っていた。


 ──本気で能力を使ってはいけない。


 ロッシュに固く誓わされたそれは、シュイナを守るための約束だった。

 しかし、リョーホを守れというロッシュの命令を果たすためには、二年もの間大事に守り続けてきたこの約束を、自ら破り捨てねばならない。

 ロッシュの命令は絶対尊守。
 妹の命は、何者にも代え難い。

 これ以上、何の理由が必要か。

「でも、お姉ちゃん」

 姉の発した言葉に、レブナは肩を震わせていた。

 ──たった十秒。その代償は十日分の老化。
 シュイナとレブナは双子として生まれたが、その代償を積み重ねたせいで、二人の年齢は大きくズレが生じていた。シュイナの肉体は急激な老化と時間の釣り合いを取るため、代償を支払った時間の分だけシュイナを眠らせようとする。

 能力を十秒使えば、シュイナは十日間眠らなければならない。しかしシュイナは二年と数か月の間、一度も睡眠をとらずに生きてきた。つまり、一度でも眠ってしまえば、シュイナは二年以上目を覚ますことが出来なくなる。

 たとえ今日能力を使っても、シュイナの眠る時間が十日伸びるだけだ。ロッシュが安心してシュイナを眠らせる日が来るまで眠る気がないのだから、これぐらいどうってことはない。

 シュイナは奥歯を強く噛みしめた後、鋭い目つきでレブナに言った。

「レブナ。行けますね」
「っ……行ける! ごめん、シュイナ!」

 レブナはリョーホを寝かせながら立ち上がると、大鎌を両手で握りしめながらくしゃりと笑った。シュイナは膝立ちになりながら、まだ小さなの涙をそっと拭った。

「……謝るのは私の方だよ。お姉ちゃん」

 レブナはますます顔を歪ませたが、それを隠すようにシュイナに背を向ける。右手で大鎌を肩に担ぎ、左手はクラトネールに向けながら大きく両足を広げ、猫のように身を低くした。

「シュイナ、行くよ!」

 レブナの踵が数センチ持ち上がった瞬間。

 レブナとシュイナ以外の時間が止まった。
 この先の光景が見えたのは、能力の加護を受けたレブナと、能力を使ったシュイナだけだ。

 『保持』の能力は指定した物体の時間の流れを緩やかにするもの。
 自分以外の物質全てを緩やかにしたなら、それはもはや『加速』だ。

 全ての時間を置き去りにした異次元の加速をもって、レブナは疾駆する。

 いくらクラトネールが速かろうと、時の流れには逆らえない。

 静止した世界で空中を泳ぐクラトネールは、赤子のように無防備だった。

 レブナは背中に担いだ大鎌を強く握りしめ、全身からクラトネールから奪い取った青い血を刃に集結させる。青い血は二枚刃で荒々しく結晶化し、本来の三倍ほどの大鎌へと変化した。

 『狂戦士』の能力者が、敵から奪った血を全て擲って、さらに己の血まで捧げる最強技だ。これを使ってしまえばレブナはしばらく戦えなくなる。だがレブナは力を貸してくれたシュイナを信じて、全身全霊を解き放った。

「せぇい、やああああああ!」

 レブナが大鎌を振り抜いた瞬間、青い結晶から斬撃波が飛来しクラトネールの胴体を打ち砕いた。さらに斬撃に込められた血液が傷口からクラトネールの内部に侵入し、深々と根を張り骨を握りつぶした。

 十秒。

 時の流れが戻ってきた瞬間、クラトネールの下半身が水風船の如く破裂した。

『クルォァアアアア!?』

 爆発はそこだけにとどまらず、上半身にまで誘爆し続けて、ガラガラと骨の破片が落ちていく。

 クラトネールは嘆くように己の身体を見下ろした後、赤い四つの目でシュイナたちを睨みつけた。

 誇りを汚された、復讐。

「その目、ニヴィ様にそっくりですね……」

 嘲りに気づき、魔汽笛が悲憤を叫ぶ。

 クラトネールは角を大きく後ろに振りかぶりながら、歪な光を全身に凝縮させた。ついにリョーホが言っていたその時・・・が来たのだ。

「ッ!」

 たった一秒の『保持』。

 リョーホはすでに戦えない。今更命令を遂行しても、起死回生のチャンスが訪れるとは思えない。なのにシュイナは導かれるようにクラトネールの動きを止めていた。

 この一秒で、リョーホが何をしようとしたのか、シュイナはついぞ分からなかった。あともう少しなのに、と呟いたリョーホの真意を、シュイナでは推し量ることができなかった。

 叶うなら、ロッシュが期待した『鍵者』の策をこの目で見てみたかった。

 意味のない一秒の遅延が終わり、クラトネールの必殺技が解き放たれる──。


 はずだったのに。


「よぉ」

 クラトネールの背中で、まだ幼さの残る声が不敵に笑う。

「この瞬間を待ってたんだ」

 巨体が揺れる。

 あのクラトネールが、四つの目を穏やかに閉じながら、眠気に負けた子犬のように倒れ込んでいく。見た目の大きさに反して質量のないクラトネールは、ぐったりと倒れ込んでもあまり大きな音を立てなかった。

 何が、起きた。

 気絶していたはずの男が、なぜクラトネールの背中に乗っている。
 たった一秒の間に何をした。

 混乱するシュイナの耳に、リョーホの呟きが流れ込んでくる。

「『騎手』の能力下にあるドラゴンは、大技の最中にスタンを喰らうと洗脳が解ける。ニヴィの能力にも当てはまってたみたいで助かったよ」

 リョーホは背中から飛び降りて顔に回り込むと、下顎を失ったクラトネールの口に左腕を突っ込んだ。口の奥で筋張った肉が千切れるような音がして、青白い塊がリョーホの手に握られた状態で引きずり出された。

 クラトネールの核だ。まだ脈動を続けているそれは、クラトネールを仕留めきれていない証拠である。

 不意に核から電流が走り、リョーホの顔が青白く照らされた。同時に眠っていたクラトネールの目が開かれ、幽鬼のように首をもたげながらリョーホに迫りくる。

「リョーホ! 逃げてください!」

 咄嗟に叫ぶが、リョーホは首を横に振った。

「大丈夫だ。俺は死なない」

 クラトネールは下顎のない口をリョーホの頭まで持ち上げ──。

 獅子舞のように、柔らかく彼の頭を喰んだ。
 ドラゴンにあるまじき、全く殺意の感じられない攻撃だった。むしろ、これまでクラトネールを満たしていた憎悪とは全く逆のものすら感じられる。

 細められた四つの赤い瞳には、感謝があった。

「────」

 リョーホは何かを呟くと、徐にクラトネールの核を口元に運んだ。そしてあろうことか、表面に歯を立てて食いちぎった。

 ドラゴン毒素そのものである核を体内に取り込んで仕舞えば、あっという間にドラゴン化が始まってしまう。

「ば、バカ!」

 反射的に駆け寄ろうとするレブナを、シュイナは片手で静止した。

「お、お姉ちゃん!」
「よく見て……」

 毛を逆立てるレブナを撫でながら、シュイナはその光景に魅入る。

 核の欠片が飲み込まれると、掌に残った核がリョーホの体内になだれ込んだ。青白い光は皮膚の下に菌糸模様を浮かび上がらせながら心臓部へ丸まると、血管を通じて拍動しながら指先まで広がり、再び心臓へ戻っては消えていく。

 不意にリョーホの右腕の包帯がほどけた。リョーホはそれを当たり前のように受け入れて、骨折していたはずの右腕を曲げたり伸ばしたりして微笑んでいる。

「き、傷が治った……?」

 唖然とするレブナの呟きの後に、さらなる異変が起きた。

 リョーホの頭と触れ合っていたクラトネールが、青白く輝きながら右肩に滴り落ち、そのまま右腕の先端へと収束し始めたのだ。

 武器の錬成。

 武器商人や職人でなければ起こすことのできない奇跡だ。

 やがて青白い光がリョーホの手のひらに収まり切ると、そこから真っ青な稲妻を纏った太刀が生み出された。

「そんな……」

 ドラゴンの身体を、丸ごと武器にしたというのか。世界一の職人ですらドラゴンの一部しか武器に加工できないというのに。

「リョーホ……貴方は一体……」

 シュイナの口から零れ落ちた問いは、誰の返答も得られずに暗い山岳に吸い込まれる。

 リョーホは右手の太刀を握りしめながら左手で胸を押さえ、首筋にクラトネールの菌糸を光らせた。

「ようやく、帰ってきた」

 その時、黒かったはずのリョーホの両目が赤く瞬いた気がした。
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