家に帰りたい狩りゲー転移

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3章

(23)Puppeteer

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 リョーホたちがヤツカバネと遭遇する少し前のこと。

 ベートを退けるために平原に残ったドミラスは、無数のドラゴンと一方的な戦いを繰り広げていた。
 
『ギャアアアアアッ!』

 白いドラゴンが不気味な雄叫びを上げながら、ドミラスへと襲いかかる。しかし分厚い鉤爪が届くよりも早く、ドミラスの糸が的確にドラゴンの急所を細断していった。糸の切味は並大抵ではなく、硬い鱗を持つドラゴンでさえも、まるで網に押し付けられた豆腐のようにバラバラと崩れていく。

 数分にも満たない戦闘の後、あれだけの数を誇ったドラゴンの軍勢は全て肉塊と化していた。赤い血溜まりの上に立っているのはドミラスとベートだけである。両者とも無数の死体を前に平然としており、不気味なほど静謐な時間が流れていた。

 リョーホ達の姿はすでに西の樹海へと消えており、彼らが切り倒した白いドラゴンの死体が道のように連なっているのが遠目に見える。今から追いかければまだ追いつけるだろう。

 だというのに、ベートはリョーホを追いかけることはせず、何故かニコニコとご機嫌な笑顔でドミラスを見つめ続けていた。ドミラスはそれを興味深そうに見つめ返しながら薄っすらと口元に笑みを引いた。

「ほう。話に聞いていたのと随分違うな。お前ならとっとと俺を無視してリョーホを追いかけそうなものだが」

 空中を漂う糸を片手で一纏めにしながら、ドミラスは探るような視線を送る。ベートはそれすら意に介さず、腕を組んでゆったりと重心を斜めにした。

「追いかける必要がないもの。あの子は必ずあたしのところに帰ってくるから」

 まるでリョーホがヤツカバネに殺されると微塵も思っていない様子だ。ベートのような人間なら、愛玩対象に対して異常なほど過保護に接すると思っていたが、今のベートには絶対にリョーホが生き残るという確信が感じられた。

 ドミラスはベートにまだ敵意がないのを良いことに、しばし会話を引き延ばしてみることにした。

「大方予想はつくが、リョーホは生き残ると予言書にでも書かれていたか?」
「意外と察しがいいね。さすが、あたしの家から予言書を盗んだだけのことはある」

  ベートは獲物を吟味するようにゆっくりと歩きながら、腰に吊り下げていた武器をしゅるりと引き抜いた。それは狩人が持つには珍しい、びっしりと棘が生えた無骨な鞭だった。鞭の先端には十字型の刃が装着されており、よく手入れされているのか、少し振るわれただけで空気が切り裂かれる音がした。

 愛猫の背を撫でるような手つきでベートは鞭を引き延ばすと、こてりと首をかしげた。

「ねぇ、あなたはどこまで知っているの? あなたが予言されていたエラムラの里の滅亡を阻止しちゃったんだよね。でも、あれはかなり前から準備していないと不可能だったと思うの。特に、ダウバリフと一緒にいた獣臭い鎧の人。エラムラの里の人間じゃないのに、なぜかあの人だけロッシュの『響音』が効かなかった。あれのせいでダウバリフが生き残るのも、最初からあなたは想定済みだったんでしょ」
「なんのことだか、さっぱりわからんな」

 ドミラスは肩をすくめながら、メルクと共に聞いたリョーホの報告を記憶から照会した。

 リョーホが語ったエラムラ防衛線の内容に『獣臭い鎧の人』という単語は一度も出てこなかった。ドミラスの知る限りでも、予言書の中にそれらしき人物の記載はなかったように思う。

 イレギュラーがイレギュラーを引き起こした結果か。自分のように未来を変えようと試みる酔狂な者がいるのか。ドミラスは思案しながら、余裕を見せつけるように目を細めた。

「鎧の人、が誰を指すのか知らないが、ダウバリフが生き残ってお前たちに何か不都合でもあるのか?」
「とぼけないで。自分がしたこと分かってる?」

 ベートは一歩踏み出すたびに怒りを滲ませるように語り出した。

「あなたがエラムラの滅亡を防いだせいで、あたしたちの計画が狂っちゃったんだよ? 何百年も前から用意してきた機械仕掛けの門を壊しておいて、よく笑っていられるよね。本当だったら今日ですべてが終わるはずだったのに。ようやく博士に会えるはずだったのに! あなたのせいで、あたしの夢がまた遠のいた!」
「……なるほど。お前はリョーホを狙って来たのではなく、俺を殺しに来たのか」
「当たり前じゃない。あなたに予言書を盗ませたのも、あなたの拠点を割り出すためだから。でなきゃ、誰があなたみたいな人があたしの家に上がるのを許すと思う?」
「くくく。嫌われているようで涙が出るほど嬉しいよ。殺すときに手心を加えずに済む」

 ドミラスは心にもない台詞を吐きながら、一か月前に訪れたベートの家を思い出す。

 リデルゴア中央都市の、活気あふれる市街地を抜けた先にベートの家はあった。赤い屋根とレンガ造りの壁はメルヘンチックであり、庭に置かれた小さなブランコは風に揺られるたびにさび付いた音を立てていた。家の中は埃塗れで、とても人が暮らしているとは思えず、三人分の食器が並べられたテーブルは虫が集っていた。

 口では博士やリョーホに対する愛を語っているベートだが、彼女にとって愛する者とはその程度なのだ。もっと言うなら、自分が誰かに恋焦がれる行為そのものに意味を見出しており、念願のものを手に入れた後のことは何も考えていない。満たされない享楽に溺れた狂人だ。

 しかし、そのような狂人であっても、何者かの指示で動くだけの理性が残っている。その人物こそが、ベートに十三冊目の予言書を与え、救済者トトを裏で操る黒幕であろう。

 できれば話を聞き出したいところだが、あまり時間をかけるのもよろしくない。それは相手も同じらしく、ベートはもう一度鞭で地面を叩きながら、鋭い眼光でドミラスを睨みつけてきた。

「あなたはあたしを殺すために二人きりになるのを選んだのでしょうけど、悪手だったね。あたしたちが二人きりになることも、あなたがここで死ぬことも、すべて予言書に書かれているんだよ。だからあたしが負けることは、絶対にない」

 予言書に書かれてしまった未来は決して変えられない。それはダアト教の常識であったが、ドミラスは小馬鹿にするような笑みを浮かべた。

「お前、予言書の持ち主の癖に知らないのか? 予言書は直近の出来事であればあるほど書き換えられる頻度が高い。つまり未来が確定する寸前であれば、運命を変えることも不可能ではない。エラムラの里が滅びずに済んだのと同じようにな」

 エラムラがベアルドルフに襲撃される数週間前、予言書にはハウラを始めとするエラムラの住人の死亡名簿が書かれていた。しかしリョーホの活躍のおかげで、死亡者名簿に書かれた人間の半数は現在も生き残っている。これは明らかな予言の失敗・・・・・だ。

 つまり、これまで百発百中と評されていた予言書神話は虚栄だ。ベートが絶対に勝つという根拠は、ドミラスにとって皆無にも等しい。

 予言を軽んじるドミラスの発言に、ベートは眦を鋭く釣り上げた。

「……たった一度、あなたが妨害したから予言が外れたの……あなたがいなければ、予言は当たっていたのに!」

 ごう! と地面を切り裂きながら鞭の先端が迫りくる。ドミラスはそれを空中に浮かべた糸で受け止めると、ため息交じりに返答した。

「俺の存在一つで予言が外れる時点で、予言書はすでに完璧ではない」
「違う。あなたのせい。予言書はいつだってあたしを導いてくれた。だって博士が作った予言書なんだよ? 博士が私とずっと一緒にいるために用意してくれた未来なんだよ? 間違えるはずがないの。博士は完ぺきなあたしの神様だから!」

 ベートは瞳孔を細かく振るわせながら薄ら笑いを浮かべ、力任せに鞭を振るった。愚直な軌道を描いたそれは、ドミラスの糸と擦れあい火花を散らし、先端に付いた十字の刃がついに糸を断ち切った。

 まさか短時間で糸を切られるとは想像しておらず、ドミラスは半身になって鞭を回避しながら笑い出した。

「はは! 今思い出したぞ。お前の二つ名は黒山羊の悪魔だったか! 多少は楽しめそうだな!」

 五つに束ねられた糸と、下から振り上げられた鞭が交錯しギャリギャリと耳障りな音を立てる。網膜に焼き付くほどの火花が両者の間で激しくまき散らされ、血で満たされた戦場を焦がしていく。

 二度、三度と絡み合った糸と鞭は、互いに埒が明かぬと悟って距離を置く。

「ああ、邪魔。本当に鬱陶しい。ずっとずっと、目障りなのよあなたは!」

 ベートが怒鳴りながら両腕を振り払うと、生ぬるい風が血の香りを吹き飛ばした。それと同時に甘ったるい匂いがドミラスの鼻腔を侵し、水に沈められたように五感が鈍くなる。

 『催眠』の菌糸能力だ。

 ドミラスは息を止めながら右手を振り上げ、五本の糸をベートに振り下ろした。糸は髪の毛よりも細く、目を凝らしても見えはしない。しかしベートは即座に鞭を振るい、すべての糸を弾き返した。

「少しぐらいは『催眠』の抵抗力があるみたいだけれど、いつまで持つかな!」

 ベートはドミラスから繰り出される糸の斬撃をバク転で回避し、もう一度『催眠』の能力を解き放った。息を止めていても入り込んでくるほどの濃密な甘い香りに、ドミラスは顔を歪めながら地面を蹴飛ばす。二メートル近く跳躍したドミラスは、ベートの斜め上で左腕を後ろに引き絞り、全身を回転させながら無数の糸で竜巻を作り上げた。

 渦巻いた糸の束が地面をえぐりながらベートに殺到する。竜巻に触れたものは全てミキサーに詰め込まれたように一瞬で霧と化し、石の破片を巻き込んでより凶悪さを増している。

 あまりにも遠大に広がった糸の束は、とても避けられるような代物ではない。

 ベートは無表情のまま脳裏で選択肢を絞ると、正眼に構え、竜巻の向きに合わせて鞭を回転させ始めた。最初は大ぶりに、徐々に小さくしながら速度を上げ、鞭はやがて地面を切り石を巻き上げるほどの回転ノコギリと化す。

 竜巻と鞭が接触する寸前、鞭が突如地中に潜り一メートル前後の地面を切り出し、竜巻の中心へ放り投げた。

 地面の塊を飲み込んだ竜巻はあっという間に茶色く染まり、重さに耐えきれなかった複数の糸が絡まり動きが弱まる。そこへ他の糸の回転が加わり、糸の束は互いを切り刻みながら四散していった。

「ほう! それぐらいの知能はあるか!」

 自然消滅していく竜巻の向こう側で、ドミラスの愉快そうな声が上がる。ベートは強風に靡く髪を撫でながら、整った唇をチェシャ猫のように歪めた。

「なら言わせてもらうけど、討滅者の推薦を貰った狩人がこの程度なの?」
「安心しろ。今のは小手調べだ」

 ふっとベートの頭上に翳りが生まれる。ベートは空に目を向けるでもなく、最小限の動きで回避した。直後にドラゴンの死体が水々しい音を立てて足元に落下する。

 ドミラスの糸で投げ込まれたであろうドラゴンの死体には、よく見ると細長い円筒状のものが突き刺さっている。ベートは一瞬眉を寄せた後、円筒状の物体がなんなのかを察し、急いで両腕で顔を覆った。

 途端、カッ! と瞼越しに光が炸裂する。閃光弾の爆発で鼓膜にまでダメージが入り、甲高い耳鳴りと眩暈がベートの平衡感覚を奪っていく。

 この程度の傷なら『催眠』でいくらでも誤魔化しが効く。ベートは即座に能力で痛みを消し、失われた視力と聴力を補完した。菌糸から伝わる聴覚の向こうで、不気味な足音が左から迫ってくる。色が抜けた視界を向ければ、ドミラスが遠くから糸の刃を持って距離を詰めてきていた。

 咄嗟に鞭を振るい、ドミラスの頭部を叩く。だがドミラスは糸で受け止めるでもなく、あっけなく鞭に直撃した。そして頭蓋が砕けるはずだったのに、ドミラスはただその場でほどけるだけだった。

「糸の分身……!」

 右側からワイヤーの唸りが急接近する。音の高さはちょうどベートの首筋を狙っていた。

 ベートは反射的に首の間に腕を滑り込ませ、伸び切った鞭を背後へ振りかぶる。丁度そのタイミングでワイヤーが首と腕を囲い込み、皮膚を引き裂きながら上へと引っ張ってきた。

「くっ!?」

 一瞬で五メートル以上の高さへ吊り上げられたものの、直前に振るった鞭が糸を断ち切ったため、すぐに落下が始まった。

 血だまりに着地してから、ベートはそっと首の傷をなぞる。傷は皮膚から五ミリ程度の深さで、どくどくと血が流れだしているのが見なくとも分かった。もし動脈部分に腕を差し込み切れなかったら、今頃大量出血で意識を飛ばしていたか、首と胴が泣き別れになっていたに違いない。

 ベートは首の代わりに深くえぐれた腕を庇いながら、素早く戦場を見渡した。大地が抉れ、死体が飛び散る凄惨な大地の中で、ドミラスはベートから数メートル離れた場所で佇んでいた。

 『催眠』で動きを鈍らせていたにも関わらず、途中からドミラスの動きが全く読めなかった。その事実に空恐ろしさを感じながらも、ベートは冷静に分析を始める。

 確かに、ドミラスは強敵だ。しかし予言書に名を書かれた時点で、ベートの勝利はほぼ決まっている。自分が負けるはずがない。

 なのに、胸中で荒れ狂うこの感情は何なのか。約束された勝利があるはずなのに、レオハニーを前にした時のような圧倒的な実力差が立ちはだかっているように感じる。

「あなたは、本当に何者なの……」

 国王から討滅者の推薦を得ている男。ベートの家に軽々と侵入し、予言書を奪い去った男。エラムラの滅亡を未然に阻止した男。すべてがイレギュラーだ。これほどの男が、予言書にその名を刻まれていない時点でおかしいではないか。

 手負いの獣のように睨みつけるベートへ、ドミラスは冷淡な眼差しで口を開いた。

「お前ならラプラスの悪魔を知っているはずだ。ベート・ハーヴァー博士」

 その悪魔は、その名前は。
 ドミラスたち新人類が知り得ない、旧人類の──地球にしか残されていない概念だった。
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