家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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3章

(27)合流

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 スタンを取ってヤツカバネを消耗させる戦闘は過酷なものだった。

 ヤツカバネの攻撃種類は上位ドラゴンより少ないものの、即死の捕食攻撃から始まり、巨体から繰り出されるミサイルじみた突進、広範囲に吐き出される猛毒のブレスなど、当たれば無事では済まない攻撃ばかりだ。それらを掻い潜って背中にダメージを与えるだけでも苦労するというのに、ヤツカバネは一度見た戦術に二度目とは引っかかってくれなかった。

 傷を負わせれば負わせるほど、ヤツカバネの抵抗は激しくなり、こちらの動きまで読んでくるようになる。新しい連携を取れば辛うじてヤツカバネの不意をつけるにしても、たった四人しかいない捜索部隊では、攻撃のバリエーションも限られてくる。その結果、ヤツカバネは肉体的に追い詰められ、俺たちが戦略的に追い詰められるという奇妙な構図が出来上がった。

 攻撃する順番を変えたり、囮役を変えたり、遠くから投石してみたり、思いつく限りの奇襲攻撃は一通りやった。正面から殴りかかる方法も試したが、成功したのはゼンとシャルだけで、俺とエトロでは一撃も入れられなかった。

 残された戦略は、騙し討ちと、ごり押しと、あと、あと……。

 俺が思考を巡らせていると、突然東の方角から落雷のような音と、網膜が焼け付くほどの光が解き放たれた。すわ、ヤツカバネの攻撃かと身構えたが、音の発生源は俺たちから数キロも離れた場所だった。嫌な予感に冷や汗を掻きながら目を向ければ、ちょうど建築部隊がいる場所から巨大な閃光がはじけ飛んでおり、爆発を生み出した火炎がみるみる樹海を燃やしていく光景が見えた。

「な、なんだよあれ!?」

 あまり考えたくはないが、建築部隊の方にも何らかの襲撃があったのだろう。しかしそうなると、今度は俺たちの作戦が根本から崩れ去ってしまう。建築部隊に被害が出ているのなら、ヤツカバネをこのままアンリ達の元へ誘導しても火に油を注ぐだけだ。

 作戦続行か、中止か。

 同じく東の異変に気づいたゼンは、一旦攻撃を中断してヤツカバネの首に鎖鎌を引っ掛けると、振り子のように上へ飛んだ。全員に見える位置へ躍り出たゼンは、大きく腕でサインを取った。

『作戦続行。合流する』

「マジかよ……!」

 ゼンの瞳はまだ光を失っていない。建築部隊に対する全面的な信頼をもって、消耗戦を続ける気なのだ。

 あれだけの損害が出ているのに、なぜそこまで闘志を燃やせるのか。ゼンの場合、現実を受け入れられていないのではなく、純粋に仲間の生存を確信しているようだった。それは同時に、俺たちだけでも十分にヤツカバネを弱体化させられるという思いの裏返しでもある。

 はっきり言ってゼンにはレオハニーやロッシュのようなカリスマ性はない。代わりに、先陣を切って戦い続ける背中は雄弁だった。ゼンに守られていながら、俺たちが支えている。言わずとも伝わる信頼が、絶望的ともいえるこの状況でも、俺の弱々しい意志を鋼に作り替えてくれた。

 そんな人が戦うと言うのなら、俺だって信じて戦い続けるしかない。アンリ達のことは心配だが、あいつらならきっとうまくやるだろう。

 揺らいでしまった意志を締め直し、太刀を握りなおしたその時、俺の視界に奇妙なものが写り始めた。

「これは……」

 霞のような儚い線が、ヤツカバネの首や胴、足といった部位に伸びている。線の発生源は俺の胴体だったり木の上や地面などだったりと不規則な場所に固定されており、ゲームでよくある砲弾の着弾地点を知らせるラインと酷似していた。

 現実感のない光景に、俺はついに頭が緊張で変になってしまったのかと冷や汗をかいた。しかしその直後、ラインをなぞるようにエトロの氷塊が走り抜けるのを見て、あの線が何なのかをようやく悟った。

 これは、ゼンの『幻惑』が写し出した攻撃指示だ。線の数は六つあるが、人から伸びているものと虚空から伸びているものとで分けられている。さっきのエトロは、自分の線と虚空の線が合うように移動してから氷塊を発射していた。

 なぜ今になってゼンがこのような指示を出したのかは分からないが、巨大なヤツカバネ相手では仲間の位置もバラバラのため、こうして全員の動きを把握できるのはありがたい。

 俺は太刀を構え直すと、線に沿うように身体の軌道を変えながら、ヤツカバネの胴に向けて飛び出した。胴体の下では八つの蜘蛛足が蠢き、そのうちの一本が俺を狙うように動き出す。

 見覚えのある蹴り出しモーションだ。避けられねば額を砕かれるが、カウンターを入れられるチャンスでもある。

 俺は目を大きく開け、ヤツカバネとの距離を縮めながら、全神経を総動員して死線の際を見極めた。ヤツカバネの足が大きく撓み、胴体が沈んだところで、

「うおおおお!」

 俺は太刀を斜めに構えると、下から上がってくる蜘蛛足を回転しながら受け流した。上下にすれ違いながら、俺はさらに下へと潜り、地面を蹴ってヤツカバネの胴下へ飛び込む。八つの足を抜けてしまえば、そこにはガラ空きの柔らかな腹があるのみだ。ヤツカバネの腹の奥には、ハインキーたちの魂をとらえた魂凝結晶もある。

 今は魂凝結晶に届かない。代わりに薄い銀色の鱗に覆われた腹に向け、渾身の一撃を叩き込む。

「うおりゃあああッ!」

 紅炎と電流を迸らせた斬撃が、ミサイルのような衝撃波を放ちながら鱗を砕く。銀色の破片が粉雪のように飛び散り、俺の視界をどす黒い血と幻想で染め上げる。

「もういっちょおおお!」

 傷に重ねるように太刀をクロスし、最後に傷の中心へ太刀を叩き込む。それと同時に、背中側の方からも立て続けに鱗が砕け散る音がした。ゼンの導きのお陰か、エトロたちが俺の攻撃に合わせて追撃してくれたのだ。

「ヒュルルルルルル!」

 ヤツカバネは長い胴体を山なりにうねらせながら、八つ足のバランスを大きく崩した。倒壊するビルのように轟音を立てながら落下してくる胴体を見上げ、俺は急いで足の隙間を掻い潜った。巨体に押しのけられた風に乗るようにして外に脱出するが、背後からひときわ強い風に突き飛ばされ、つま先から地面に転がってしまった。

 粘性のある地面が緩衝材になってくれたためかすり傷一つ負わずに済んだが、代わりに落下の重みを一身に支えた右足首から鈍い痛みを感じた。即座に『雷光』を使って治療するが、足が動くようになってもなかなか痛みが引かなかった。永久機関と思しき『雷光』にも、他の菌糸能力と同じく使用限界があったのかもしれない。

 そう思いながら黒い地面から足を引き抜いて、俺は思わず絶句した。先ほど吹っ飛ばされた時、ヤツカバネの飛膜に右足だけ触れてしまったのか、皮膚の表面が死人のように土気色に染まっていた。

 『雷光』の力が弱まったのではなく、魂を食われたのだ。

「ぐぉ……!」

 理解が及ぶと、足首から先が限界まで痺れたようにぎゅうっと締め付けられる。遅れて喪失感が足先から全身に広がり、見開いた目がからからに乾いていく。俺は歯を食いしばって強く目をつぶると、太刀を杖代わりにして立ち上がった。

 もはや右足から地面の感触を得られないが、まだ立てる。全く動かせないし重心が変に傾くが、戦える。

「リョーホ! 無事か!?」

 ヤツカバネの背中で、身を乗り出してエトロがこちらの様子を確認してくる。透明感のあるエトロの水色の髪が日差しに反射して、痛みで霞んだ俺の瞳に眩しいぐらいの目印となる。一時は俺を捨て駒のように扱ったのに、やはり心根は優しい少女だ。残念ながらエトロの顔は見えないが、彼女の声だけで俺の中で一つの覚悟が定まったような気がした。

「──」

 俺は返事の代わりに地面を蹴ると、菌糸能力で強引に背中に飛び移った。そして太刀をハンマーに作り替え、雄たけびを上げながらヤツカバネの傷だらけの背中に墜下する。

「うおおおおおおお!」

 遠心力と落下の加速が合わさった大槌が、罅割れて辛うじて張り付いているだけだったヤツカバネの黒い鱗を粉々に撃砕する。その衝撃は鱗だけでなく内部まで拡散し、刻まれた傷からぶしゃりと血を噴き上げた。

「ヒュルアアアアア──」

 弱々しい悲鳴を上げ、起き上がりかけていたヤツカバネの首が地面に倒れ込む。
 完全にスタン状態に入った。

「掛かれ!」

 誰が叫んだか、俺たちは疲労が蓄積した重い腕を振り上げた。これまで何度も攻撃を重ねてきた翼の付け根部分は、鱗がはがれ、傷ついた皮膚が丸見えだ。そこへ持てる力をぶつければ、これまでより明らかに激しく血が飛び散り、深手と呼べるほどの傷が刻まれた。

 これでスタンは十一回目。何度も繰り返された消耗戦で、俺たちの体力は限界に迫っている。どうかこれで逆鱗が破壊されているようにと心の底から祈る。

 あとどれぐらい削ればいい。あと何時間でこの苦行が終わる。こんなことをしている間に、建築部隊の面々は殺されているんじゃないか。俺たちの戦いは無駄に終わってしまうんじゃないか。

 とめどなく溢れてくる不安に押しつぶされそうになりながら、必死でヤツカバネの肉を引き裂き続ける。殺さなければ死ぬ。仲間を助けられない。頭では分かっていても、足元から聞こえてくる悲痛な叫びが俺の握力を鈍らせる。

 それでも、覚悟を決めたのだ。仲間を守り切るためなら、自分がどれだけ傷つこうと戦い続けると。好きな人ができた。この世界にとって異物でしかない俺にも居場所ができた。力を認められた。故郷を失っても、帰る場所がある。自分の居場所を守るためだったら、俺は何度でもドラゴンの命を奪う。

 故郷に帰れない未来があるとしても、ここで生き抜く覚悟ができたのだ。

「頼む、終わってくれ!」

 目視できないHPバーに焦燥感を抱きながら、俺は全身全霊で太刀を振い続ける。しかし俺の懇願も空しく、ヤツカバネはスタンから回復し逆鱗の咆哮の前兆を見せ始めていた。

「あぁ……くそ! もうダメだ、エトロ!」
「ああ!」

 全員でヤツカバネから距離を取り、エトロの氷の壁に隠れながら広範囲攻撃に備える。間もなくヤツカバネの飛膜が広げられ、天高く持ち上げられた咢がごうごうと空気を吸い込み始める。

 次にスタンを取れるのは何分後か。短い間に何度も死線を潜り抜けた脳は動作が鈍っており、ノーミスで切り抜けられるとは思えない。どれも即死級のヤツカバネの攻撃を、この先も犠牲なくして乗り越えられるものか。

 黒く湿った絶望感が、俺の胸中に小さな穴を開ける。耐え難い辛さに背中を丸めながら、俺はエトロの作り上げた氷の壁に縋りついた。

 ──しかし、ヤツカバネから吹き上がった咆哮は大気を揺るがすだけで、滅びの力が解き放たれることはなかった。

 ブラフだと思った。氷の壁から出た瞬間、あの狡猾な竜王は飛膜を広げ、仲間を食い殺そうとしてくると本気で信じていた。エトロもシャルも、呆然とヤツカバネを見上げるだけで壁の外から出ようとしない。それで正解だと俺は吐き気を堪えた。

 その中でたった一人だけ、驚喜に溢れた叫びを上げた。

「逆鱗が壊れた! すぐに建築部隊と合流するぞ!」

 ゼンは氷の壁から即座に飛び出すと、ヤツカバネの目を引くように樹海の上を飛んでから、ヴァルジャラの滝の方へと動き出した。ヤツカバネは血走った眼でそれを追うと、怒りに身を任せるよう凄まじい勢いで走り始める。

 理解が追いつかないまま、俺は群青色の刃を目で追いかけ、無意識に走り出していた。氷の壁の外に出る恐怖は驚きで全て消し飛んでおり、棒になった右足で地面を蹴れるぐらいには身体が軽い。

 本当に逆鱗が壊れたのか? 永遠とも思える戦いが、この程度で終わるものなのか?

 泡沫のように湧き上がる疑問は、歩を進めているうちに勝手に消えていった。ヤツカバネは怒りに駆られてゼンの姿しか見えておらず、少し離れた場所から追いかける俺たちに眼もくれない。その姿は知的で狡猾な竜王ではなく、ただのドラゴンでしかなかった。

 自然と笑いが込み上げてくる。まだヤツカバネとの戦いが終わったわけではない。建築部隊の無事も確認できたわけではない。だが一つの区切りを切り抜けた安堵で、枯渇していたアドレナリンが神経回路を鼓舞させる。

 逆鱗を破壊されHPが半分を割り込んだ今のヤツカバネなら、塔で急所を曝け出させればすぐにでも倒しきれる。移動だけであれば十数分程度で建築部隊と合流できるだろう。一応、ゼンがある程度ヤツカバネの気を引いているとしても、すべての攻撃が致死性であることに変わりはないのだから回避に専念しなければならない。敵に背を向けながら攻撃を避けるのはなかなかに難しいが、終わりの見えない消耗戦より遥かに精神的にマシだった。

 黒い地平を抜け、ヴァルジャラの滝を飛び越える。俺はヤツカバネの方を振り返りながらドミラスの姿を探した。ベートの足止めをするために別れたきり、ドミラスの方からはなんの音沙汰もない。遮るものが何一つない地平を見渡しても、距離が離れているせいか二人の姿は見当たらなかった。ドミラスが負けると思えないが、かといってベートが死ぬとは考えにくい。今は信じて任せるしかなさそうだ。

 不安を覚えながら俺たちは樹海を潜り、暗雲立ち込めるレビク村跡地へ出る。そこまで来ると、建築部隊のいる樹海の凄惨な様子がだんだんと仔細に見えてきた。赤々と炎が木々の隅々まで焼き焦がし、あちこちから湧き上がる黒煙は暗雲と繋がっているように錯覚させる。しかも炎の中心からはなおも火花のような赤い閃光がまき散らされ、延焼範囲を広げ続けていた。

 てっきり俺は敵の攻撃で大惨事になっているのだと思っていたが、あの炎は全てミッサのものだ。代わりに炎が辛うじて届いていない場所では、建築途中の塔と狩人の姿がちらほら見える。

「ミッサの奴め、分かっているんだろうな……」

 ヤツカバネの攻撃をいなしながら走るゼンから、ぞっとするような低い声が聞こえた。ゼンにとっては目の前の灼熱地獄も見慣れた光景なのかもしれないが、俺は戦いが終わった後のミッサがどんなお叱りを受けるか想像し、今のうちに合掌しておいた。

「それよりゼンさん。あの状況でヤツカバネを突っ込ませたら余計に混乱が起きるんじゃ……」
「いいや。一人物分かりの良い者が来ているぞ」
「え?」

 俺は目を見開きながらゼンが視線で指し示す先を見ると、俺たちの頭上を飛び越えて『陣風』の矢がヤツカバネの頭部に吸い込まれていった。

「アンリ!?」

 ヤツカバネは額で弾けた風に軽く頭を振ると、短く鳴き声を上げながら捕食攻撃のために滑空の体勢に入る。どうやら樹海の中に大勢いる人間の気配を察知したらしい。人間の魂を使って少しでも体力を回復しようという魂胆だろう。

「不味い! みんなが危ない!」
「よく見ろ。アンリの近くにいる人間は全て吾輩の幻だ。わざわざヤツカバネの頭を射貫いたのなら、アンリに何か狙いがあるのだろう」

 指摘されてから目を凝らせば、確かにアンリの周りには見知らぬ狩人しかいない。事前にアンリが避難させたのだろう。そしてアンリの背後には赤々と燃え盛る樹海と、ミッサが放っているであろう赤い閃光がある。

「ゼンさん、どうする気ですか」
「このまま突っ込ませる」
「え!?」
「エトロ! シャル! 先にアンリと合流しろ!」
「了解!」

 俺が動揺している間にあれよあれよと指示が飛ばされ、ゼンの前に巨大なドラゴンの幻影が構築される。巨大な翼をはためかせながら俺たちの頭上に現れたのは、真っ赤な鱗の上位ドラゴンだった。そいつは奇しくも、俺が異世界に来て最初に出会ったあのドラゴンと瓜二つだった。

「リョーホ。しっかり掴まっていろ」
「こ、今度は何をおおおおお!?」

 言い終わる前に鎖鎌で引き寄せられたかと思うと、俺はヤツカバネの頭上に放り投げられ、遅れて追いついたゼンによって額の上に着地させられる。その直後、ヤツカバネは力強く飛膜を広げ、アンリのいる方向へ疾走した。
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