家に帰りたい狩りゲー転移

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6章

(1)一人の英断

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 黄昏の塔の地下施設の最奥。かつてマリーナが使っていたガラスの管理室は、お世辞にも綺麗とは言い難い様相であった。十二年もの間全く手入れされていなかった分、ガラスには亀裂や穴が空いてボロボロだ。

 一応、トンネルを開通させるために室内の海水を追い出し、傷も『砂紋』で修復しておいた。だが素人の突貫工事のため、安全とは程遠い出来栄えであった。

 そのため、開通させたばかりの海底トンネルは、管理室もろとも一時封鎖することに決めた。巨大なハッチで厳重に封印し、簡単に開けられぬよう、エトロの『氷晶』で取っ手を凍結させる。これでトゥアハ派の者がここに来ても、時間稼ぎぐらいはできるだろう。

 海底遺跡からポットごと避難させた旧人類たちは、残念ながらまだ目覚めていない。幸い、地下施設には広々としたスペースが残っていたため、旧人類たちのポッドはそこで保管することになった。

 ポッドには発電機能が備え付けられていらしく、電源を繋がずとも長時間稼働し続けることができるらしい。海底遺跡にあった大量のコードは、ポッドと仮想世界を繋ぐ役割がメインだったようだ。レオハニーからそれを聞かされた時は、とんだ見掛け倒しだと叫びたくなった。おかげで一つ一つのポッドに『雷光』をセットするという無駄な作業をこなしてしまった。

 閑話休題。

 管理室の閉鎖が終わった後、俺たちは綺麗に整列されたポッドを分担して数えていた。サーバーに記録されていた住民数と、ポッドの数が一致しているかどうかを入念に確認する。だが、何度数えても二人だけ足りない。その原因は、随分前から見当がついていた。

「やっぱり、浦敷博士とミモナ博士はいないんだな」

 俺がそう呟くと、レオハニーはポッドの一つを撫でながら微かに頷いた。

「自我データはともかく、二人の身体はテララギの施設に置いていかれたままだ。テララギの状況次第では、あちらのポッドが正常に作動している保証もない」
「じゃあ最悪、二人の身体はもう……」

 沈んだ面持ちで俺は言葉を途切れさせた。最後まで口にしてしまったら、予感が真実になってしまう気がしたのだ。

 重苦しい雰囲気に包まれると、エトロが半ば縋りつくようにレオハニーへ言った。
 
「あの、師匠。ミカルラ様の記憶本のように、ダアトは仮想世界からでも物質を再現できるんですよね? だったら、博士たちの身体も用意することも可能なのでは?」
「悪くない発想だけれど、不可能だ。NoDの製法は特殊で、専用のポッドと培養液がなければ臓器が不完全になる。下手をすると、自我データと身体が拒絶反応を起こして細胞が融けてしまうから」
「そんな……浦敷博士も、現実世界に残った人々のために戦ってきたのに……」

 意気消沈するエトロを見て、レオハニーはしばしの間沈黙した。それから、心なしか強張った笑みを浮かべ、弟子の頭を優しく撫でた。

「大丈夫。しばらく会えなくなるだけだ。ヨルドのサーバー自体は生きているから、まだ……死んだと決まったわけではない」
「……はい。師匠」

 エトロの目が無事に輝きを取り戻したのを見て、レオハニーは小さく安堵した。次いで、俺の方へと首を傾げる。

「ここでやるべきことはもう終わったか? そろそろ地上に戻ってもいい頃合いだと思うが」
「そうですね。さっき管理室でドラゴンが狩られてたので、今頃は調理が始まってるでしょうし」

 ちょうど数分前、海中を巧みに泳ぎながら上位ドラゴンを仕留めた守護狩人たちを思い出して、俺はつい苦笑した。水棲ドラゴンが海中から逃げ出すほどの苛烈な攻撃は、見ているこっちが同情してしまうほど理不尽だった。大きな戦闘を終えたばかりなのに、バルド村の守護狩人はいつでも元気いっぱいである。

 狩られてしまったドラゴンたちに内心で黙祷を捧げているうちに、俺達は黄昏の塔の螺旋階段を登りきっていた。そして、開け放たれたままの扉から外へ出ると、

「シャルちゃ――ん!」
「オリヴィア――!」

 塔に入る前にも見た、女性二人の感動の再会が繰り広げられていた。

 砂浜に両膝をつきながら両手を広げるオリヴィア。そこへ花を散らしながら飛び込んでいくシャル。傍目から見ると生き別れた親子であるが、実情は単なるお遊戯会だ。

「何回やってんだあのくだり」
「気が済むまでやらせておけ。二週間ぶりの再会だからな」
「つっても限度があんだろ」

 エトロと並んでお遊戯会を見守っていると、浜辺の方でハインキーの声が響いてきた。

「アンリ! 追加でランノーガを狩ってきたぞ! 解体手伝ってくれ!」
「えぇまたぁ?」
「リョーホ、お前も来い!」
「げぇ!」

 まさかこちらに飛び火してくるとは思わず、腹の底から変な声をあげてしまった。するとアンリからはアルカイックスマイルで手招きされ、エトロからは行ってこいと背中を蹴られる。俺に選択肢はないらしい。

 渋々ハインキーの元へ向かうと、また哀れなランノーガが浜辺に転がされていた。カラフルな珊瑚角の塩はバルド村の人々に欠かせない調味料なので仕方がない。

 解体作業は苦手だ。相手が巨体のため腹を開くだけでも力作業であるし、少しでも腸や膀胱を傷つけたら大惨事になる。どうせやるなら、皮を剥く作業だけをやりたかった。

 が、そのような要望が通るはずもなく、俺はハインキーから解体用のゴツい包丁を渡された。

「ほれ、腹」
「一番嫌いな部位!」

 涙目になりながら解体作業に取り掛かる。ランノーガは水棲で、肉以外にも海藻や岩石を食べるためさほど臭いがないのが救いである。

 分厚い腹の皮膚を引き裂きながら、俺は隣で鰭を削ぎ落とすハインキーをジト目で見上げた。

「つうかハインキーさん、今までどこに隠れてたんすか」
「話せば長くなるんだが……」

 そう前置きして、ハインキーはここに来るまでの経緯を語った。

 俺たちがオラガイアで決死の不時着をしていた頃、バルド村近辺に、突如としてディアノックスが出現した。

 ヤツカバネのこともあり、竜王の襲撃に作為的なものを感じたハインキーたちは、無闇に打って出ずに緊急会議を開いた。

 もしこれがトゥアハ派の策であれば、馬鹿正直に戦っても村を潰される可能性が高い。そうでなくとも、村の守護狩人が出払っている状況で戦いを挑むのは無謀だ。そしてディアノックスとの戦闘で生まれる二次被害を思うと、余計に武器を取るわけにはいかなかった。

 ならばいっそのこと、村を捨てて逃げようという話になった。

 流れ者たちが集まるバルド村の住人に、土地にしがみついて命を捨てるような者はいない。しかし、階段とエレベーターしか地上を行き来する手段のない村では、いきなり大勢を非難させるのは困難だった。

「そこで、メルク村長が思い出したんだよ。昔ドミラスと潜水艦を作ってたことをな!」

 すぐに潜水艦で全員を非難させると決まり、ハインキーたちは鐘楼で避難指示を出した。

 そうして全員が潜水艦に乗り込み、研究所を飛び出した時には、村は凄惨な姿となっていた。ディアノックスの捕食行動で渓谷の上層から砂が雪崩れ込み、川の上流からは、ラグラードが引き連れたスタンピードが迫ってきていた。今思えば、ラグラードはベートの救出に来ていたのだろう。

 ハインキーたちはラグラードの目を欺くべく囮となった。そして途中でゼンの『幻惑』を発動し、ディアノックスの攻撃で全滅したように見せかけた。

 そうして、ハインキーたちは無事に潜水艦で地下水路へ避難したのである。

「メルク村長の機転がなければ、今頃俺たちは砂になってただろうな。いやぁ、こういう時はやっぱ頼りになるぜ、あの人は」
「囮役のハインキーはまた死にかけて、アメリアに死ぬほど怒られてたけどねぇ!」

 ミッサがランノーガの角を剥ぎ取りながら豪快に笑い、ハインキーが「もう引っ張るのはやめろ!」と困ったように抗議した。しかしミッサは馬耳東風で、細かく分断した砂をアンリへ投げよこしつつ続けた。

「ま、その後はアンタたちも知っての通りだ。アタシたちはベートたちを撒くためにしばらく地下水路に潜伏しつつ、崩落した地下水路を掘ってヨルドの里まで来たってわけさ。まさか到着して早々、末っ子たちが殺されかけているとは思っても見なかったけどねぇ」

 それは俺たちもびっくりした。バルド村に残された命綱の瓶の痕跡で、おそらくは生きているだろうと想像はついていたが、確証はなかったのだから。

「それにしても、どうして最初からヨルドの里を目指していたんですか? ガルラ環洞窟ならそのまま北方へ逃れられたかも知れないのに」

 そう俺が疑問を口にすると、内臓を掻き出し終わったハインキーが笑顔で答えた。

「リョーホ達ならヨルドの里に来るだろうって予測したのもメルク村長だぜ。こうして合流できたのも偉人様のお陰だな」

 な、村長、とハインキーがにこにこしながら虚空に話題を振る。誰に向かって話しているんだとツッコミを入れる寸前、下の方から子供のまろい声が飛んできた。

「そうじゃ! 皆が生き残ったのは儂の神采配のお陰じゃなァ!」
「うお! いつからそこに!」
「焼きたてのユダラナーガの肉はウマいぞゥ!」
「ほぼ最初からいたみたいだね」

 アンリは平然と答えていたが、俺は軽く戦慄を覚えた。

 メルクが立っているのはハインキーのすぐ後ろで、普通なら気づいてもおかしくない距離である。しかもランノーガの上に乗ったアンリからは丸見えの位置だった。なのにアンリが気づかなかったとなると、メルクの気配を消す技術は相当卓越していると断言できた。

 本当に、こういうどうでも良い時に実力を発揮しないで欲しい。そういえば、アンリと海底遺跡に残っていた時も、メルクは平気で増援の潜水艦を撃ち落としていた気がする。メルクはきっと怒らせてはいけない部類の人だ。

 驚愕と畏怖で作業の手を止める俺をよそに、アンリは涼しい顔でメルクに話しかけていた。

「しかし村長、なぜドミラスと潜水艦を作っていたんですか?」
「海の中がどんなものか見てみたかったんじゃィ。昔は月に何回か乗せてもらったが、ここ数年はめっきりだったのォ。いやァ、久々に操縦できて爽快だったわィ!」
「メルク村長も操縦できたんですね」

 その身長で、という余計な一言はかろうじて飲み込んで、俺は小首をかしげる。

「でも、海底遺跡で会った時はミッサさんが操縦してましたよね?」
「あの小娘ェ、操縦がトロいだの見てられないだのと好き放題言って、儂を操縦席から蹴り落としてきよったわ! 儂かて久しぶりの操縦で、皆を危険に晒すまいと気を使っておったのにィ!」
「めっちゃ悔しかったんですね……」
「うむ! まァ、バルド村を脱出してからここに辿り着くまで、ずっと操縦桿を握らせてもらえたからの! 今回は許してやるわィ」
 
 メルクは見事なドヤ顔で鼻を鳴らすと、ランノーガから最寄りのキャンプファイヤーの方へトコトコ歩いて行った。橙色の灯りに照らされたメルクは、少女じみた顔にほんのり年寄りらしい影を浮かべていた。

「 ……しかし不思議じゃのォ、潜水艦はまだ修理中で、ドミィの坊主がオラガイアまで素材を取りに向かっておったはずじゃァ。いつのまに修理を終わらせておったんじゃろ?」
「あれ、修理中だったのか?」
「おうとも。リョーホがまだバルド村に来る前になァ、ドミィがちょいと、テラペド遺跡まで出かけておったんじゃ。その道中でメンディヴィアに襲われて、潜水艦の装甲が融けてしまったと嘆いておったはずじゃァ。オラガイアの招待状を手に入れるまで、潜水艦は稼働できないとも言っておった気がするんじゃが……」

 それにしても酒が欲しいのォ、と呟きながら、メルクはふらふらと波と戯れに出かけていった。
 
 メンディヴィアの菌糸能力である『溶解』は、武器を数秒で溶かしてしまうほどの強酸である。そんなものの直撃を受けたのなら、潜水艦に穴が開いてもおかしくない。

 俺は改めて浜辺に停泊する潜水艦をまじまじと観察した。だが、『溶解』らしき損傷は見当たらず、どこからどう見ても完璧に修理されているようだった。

「もしかして……」

 ドミラスの日記によれば、彼は自分の死と引き換えに、自分の魂を過去に送り続けていた。しかしそのためには、現在に残る分と、過去に戻る分とで、魂を二つに分けなければならないらしい。

 そして最新の日記のページでは、NoDに自分の魂を移して、未来から来た自分と、過去にいる自分とを協力させる旨が書かれていた。

 本当にそれを実行したのであれば、俺たちがいる現在の時間軸に、ドミラスが二人存在することになる。残念ながら片方はオラガイアで死亡し、その魂は過去へ送られてしまったが、もう一人のドミラスは違う。俺達の知らない場所で、終末の日を止めるために奔走しているはずだ。

 素材がなく、修理できないはずの潜水艦が稼働できていたのも、もう一人のドミラスがここに戻ってきていたから……とは、流石に都合が良すぎるだろうか。

「浦敷博士に、ドミラスのこと聞いときゃよかったな」

 日記によれば、ドミラスに時間遡行の方法を伝授したのは浦敷博士だ。日記に書かれていることが全てだったのかもしれないが、浦敷博士がどこまで関与しているのかだけでも知るべきだったかもしれない。

 ドミラスから預けられたままのブレスレットを見下ろしていると、別のキャンプファイヤーの方からカーヌマの太い呼び声がした。

「先輩たち! いつまで喋ってんですか! こっちの解体終わっちゃいましたよ!」
「おー! こっちもすぐ終わらせっから、先に始めといてくれー!」

 ハインキーが返事をすると、ミッサが声を殺すように笑った。

「カーヌマも仕事が早くなったもんだねぇ」
「あいつが守護狩人になるのも、そう遠くない未来かもしれませんね」

 俺が溌剌とした後輩の将来に思いを馳せていると、ミッサがランノーガの上からずいっとこちらを見下ろしてきた。

「そういえばリョーホ。エトロと一緒に竜王討伐に二回参加したんだろう? 守護狩人認定は受けたのかい?」
「……あっ」

 間抜けな声を上げた瞬間、爆笑したハインキーに思いっきり背中を叩かれまくった。色々と弁明したいことが山ほどあったが、守護狩人認定を忘れていたのも事実なので、俺は甘んじて羞恥心を受け入れることにした。
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