家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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6章

(5)揺れ動くもの

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 ノースマフィアと機械仕掛けの世界が衝突した大規模な戦い──北方戦争。

 その戦いは、終末によって滅びゆく世界への、新人類最後の抵抗だった。

 トゥアハ派の者たちは、予言書が白紙になってもなお、予言の通りに暗躍を続けているらしい。先日襲撃してきたラグラードという男が、そのような話をしていたとエトロから報告があった。

 つまり、北方に現れた謎の犯罪者集団がトゥアハ派の手先ならば、予言の通りに戦争を引き起こそうとする可能性が高い。時系列で言えば、北方戦争は終末の日を迎えた後になるが、この世界でもその順番を守るとは限らなかった。

 日記によれば、ノースマフィアは機械仕掛けの世界相手に優勢を保っていたらしい。しかし、突然目覚めた古代ドラゴン、シュルクルークによって戦線は崩壊。あえなく全滅に追い込まれたという。

 北方は、三つ目の機械仕掛けの世界のあるリバースロンドに近い。そこをトゥアハ派に抑えられたら俺たちとしても痛手となる。予言の通りに戦争が起きるとも限らないが、今のうちに手を打たなければ。

 俺たちが北方の運命を変えるには、北方戦争とシュルクルークの復活、この両方を止めなければならない。

 しかし。

「北方か……今はテララギのサーバーも解放しておきたいんだよな。旧人類の味方が増えれば、トゥアハ派に加担している他の人たちの勢いを削げるだろうし」

 それ以外にも、テララギのサーバーにまだ生存者がいれば、シモン博士の行方に繋がるデータや、ゴモリー・リデルゴアの居場所を突き止める方法が見つかるかもしれない。俺としては、北方よりテララギの方を優先したかった。かといって、北方の犯罪者集団を放っておくわけにもいかない。

 腕を組みながら思い悩んでいると、クライヴが眉間に皺を刻みながらコンコンとテーブルを叩いた。

「俺の個人的な意見にすぎないが、二手に分かれるのはどうだ。バルド村の狩人は精鋭ばかりで、二、三人派遣するだけでも戦況が変わるかもしれん。旧人類たちの中にも、上位ドラゴンをソロで狩れる実力者がいるんだろう?」
「うん。もっと菌糸を使いこなせれば、五百年分のシュミレーション通りに一人で討伐も夢じゃないと思うんだ!」

 と、心なしかウキウキした研大がクライヴの援護射撃をする。俺は少しだけ引け腰になった。

「お前ら……戦闘シュミレーションまでしてたのかよ」
「NoDたちが持ち帰ってくれたドラゴンの外見と行動パターンを元に、現実の戦闘を再現してみたんだ! ゲーム感覚だったけど、最初は毎回データが飛んだ気がするなぁ」
「それ死んでるじゃねぇか!」

 ゲーム感覚でぽんぽん死んでいく旧人類たちを想像して俺は戦慄した。そんなことを繰り返していたのなら、今の彼らは死という概念が曖昧になっているのではないだろうか。

「『どうせ生き返るから』で本当に死なれたらこっちは堪ったもんじゃないぞ」
「流石にそれはないよ。現実世界は圧倒的に情報量が多いし、痛みがはっきりしているからさ」

 と、研大はテーブルの角に指を押し付けて「これだけでもめっちゃ痛い」と涙目でコメントした。

 それでも俺が決断できずにいると、研大はテーブルの向かいから腕を伸ばし、俺の肩を力強く叩いた。

「俺たちの事は気にするな。むしろ顎で使ってくれよ。そのために俺たちは五百年も待ってたんだから」
「……けどなぁ」
「戦力が不安なら、儂がここを守ってやるぞィ!」
「うお!?」

 俺のすぐ背後から声がして、打ち上げられた魚のように飛び跳ねてしまう。立ち上がり様に振り返れば、女児の皮を被ったご老人がにんまり俺を見上げていた。

「メ、メルク村長。お疲れ様です」
「うむうむ! くるしゅうない!」

 挨拶をすると、メルクは俺に座るように促しながらベンチによじ登った。

「ふぃー、ちょいとベンチ高いのォ」

 苦労して登り切った後、メルクはテーブルからぎりぎり見える位置でドンと胸を叩いた。

「何を隠そゥ、英雄カイゼルが退いてからこの数十年、バルド村を守護してきたのはこの儂じゃァ! 大船に乗ったつもりで、ヨルドの里の守護も任せるがよィ!」
「だそうだ。リョーホ」

 研大ににっこり微笑まれ、俺は眉間の皺を深くする。

 メルクが戦っている姿は一度も見た事はないが、不思議と不安はない。どちらかと言えば、レオハニーと共闘している時のような心持ちに近かった。

 ドラゴン狩りの最前線を何十年も支えたメルクの手腕は、他の里長よりも卓越しているだろう。バルド村がディアノックスに襲撃された時も、人的被害を最小限に抑えて避難させたのだから、彼ほど適任な守護者もいない。

 俺は小さく頷くと、身体ごとメルクへ向き直った。

「じゃあ、メルク村長にお願いします。この里と、みんなの事を」
「うむ!」

 メルクは丸いほっぺをにっこりさせて、小さな身体が揺れるほど大きく頷いた。シャルを相手にする感覚でつい頭を撫でたくなったが、グッと堪えて研大に向き直る。

「で、北方には誰が行く? ノースマフィアの首領は俺と面識がある、というかゾッコンだが、それ以外の人間じゃ、接触するだけでも危険だろ」

 ノースマフィアは、古今東西の悪人が震え上がるほど巨大な犯罪組織である。元自警団として一里を治めてはいるものの「ノースマフィアだけは絶対に敵に回すな」と多くの狩人に言わしめるほど、気軽に近寄ってはいけない相手なのだ。ノースマフィアの首領がダアト教幹部としてオラガイアに招かれたのも、ひとえに予言書に選ばれたからという理由だけではない。

 一瞬だけ空気が張り詰め、クライヴが嘆息することで霧散する。

「テララギのサーバーを開けられるのは鍵者だけだろう。お前なしで北方に行くしかあるまい」
「マジか……」

 元ノースマフィアの一員だった俺からすれば、自ら虎の懐に飛び込むような自殺行為だった。少しでも疑わしい行動をするだけで尋問部屋に放り込まれるわ、みかじめ料を滞納した宿屋には火をつけるわ、悪行を思い出すだけで気が遠くなる。

 不意に、研大がぽつりと言った。

「俺、北方に行ってみたいな」
「えっ」

 友人の自殺宣言に俺は呆気に取られ、努めて冷静に胸ぐらを掴んだ。

「おい、お前がいなくなったらヨルドの里の復興はどうするんだよ」
「どのみち物資がないと、復興だって思うようにいかないだろう? 全員分の仮設住宅も明日には完成するから問題ない。作ったもん勝ち」
「いやいやいや、NoDのデータにノースマフィアのこと書いてあっただろ。アンジュあたりが絶対に情報を持ち帰ってるはずだ。読んでないとは言わせないぞ」
「うん。彼らの事はよく知ってる。だから行くんだよ」
「意味がわからんぞ!」

「──藍空さんが行くのなら、私が同行しよう」
「うおお!?」

 また背後から声がして、俺は研大から手を離しつつ飛び上がった。

 がばっと背後にいた人物を視界に入れるや、俺は思わず叫ぶ。

「なんでみんなして俺の背後を取るんですか!」
「君の後ろは立ちやすい」
「どういう意味!?」

 誤解を招きそうな発言をするレオハニーに全力でツッコミを入れる。

 だがレオハニーはどこ吹く風だ。とんとんと俺を宥めるように背を叩いてから、赤々とした瞳を研大へと向けた。

 研大は目を見開き、はっと小さく息を呑んだ。少々不自然な反応に俺は首を傾げたが、研大は何事もなかったかのように立ち上がった。そしてレオハニーの方へ回り込むと、目尻に皺を刻みながら彼女の顔を見つめた。

「レオナ……いや、レオハニーが一緒に来てくれるなら、こんなに頼もしい事はないよ。昔から君は頑張り屋さんだからね」

 含みを感じさせる言葉に、俺はますます混乱する。だが、レオハニーは核心をつかれたように瞠目していた。

「藍空さん……私は」
「いいんだよ。綺麗な名前じゃないか。春を呼ぶものレオハニー

 レオハニーは一つ瞬きをし、恥ずかしそうに目尻を下げた。珍しく女性的な反応にドキッとしてしまう。遅れて、レオハニーの雰囲気がに戻ったと直感した。

 昨日までのレオハニーがいつもと何が違っていたのかまでは分からない。だが少なくとも、今の彼女の方が良い気がした。

「一緒に雪を見に行こう。仕事の合間に雪合戦とかスキーとか、前の世界でできなかった事をいっぱいやろう。な」

 研大の右手がレオハニーへ差し出される。レオハニーは無言でそれを見つめた後、おずおずと研大の手を握り返した。

 すると、研大の左手が子供を褒めるようにレオハニーを撫でる。レオハニーはしばし呆気に取られた後、目を泳がせながら口早に言った。

「子供扱いしないでください」
「何言ってんだよ。俺は五百歳超えてるぞ? お前がどんなに長生きしても年下なことに変わりはない」

 レオハニーはぐっと黙り込むと、しばしの間されるがままになった。

 無意識に口角が緩むほど、和やかな雰囲気が流れる。

 研大の猫可愛がりがひと段落した後、メルクはベンチの上で仁王立ちしながら不敵に笑った。

「予定は決まったようじゃのォ。ほれ! まだまだ仕事はたくさん残っておる! チャチャッと食って働いてこィ!」
「へーい」

 返事をしながら座り直し、冷めかけのパエリアを大きく頬張る。さっきまではほとんど味がしなかったというのに、いきなり濃厚な魚介の出汁がダイレクトに舌の上で弾けた。穀物代わりの魚の卵が、噛むたびにプチプチと弾けて食欲をくすぐってくる。

 半分ほど一気にかき込んだあたりで、研大が内緒話のように顔を寄せてきた。

「今夜、他の守護狩人も交えて詳しく話し合おう。さっき建てた洋館の中でな」
「……お前、ギルドのつもりであれを建てたのか」
「商業ギルドっぽくてかっこいいだろ?」

 自慢げに笑った研大は、生粋のRPGゲーマーの顔をしていた。ヨルドの里が完成したら、今度はサーバー建設の経験を生かしてゲームを開発しそうである。まだ見ぬ未来を想像するだけでも、新作ゲームのプロモーションを見たような高揚感に包まれた。
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