211 / 243
6章
(8)飼い犬
しおりを挟む
「こんなに楽な砂漠越えが、かつてあっただろうか……」
ナレーションごっこに興じるシュレイブに大きく頷きながら、俺は額の汗を手の甲で拭った。
俺たちの目の前には、英雄の丘と、その先に続くエラムラの外壁が遠目に広がっていた。
「あの距離だと、エラムラまで徒歩で三十分ってところかな?」
俺の背におんぶされた研大が言うと、別の旧人類を背負っていたアンリが得意げに言った。
「商人じゃあるまいし、俺たちは歩いて行かないよ。走れば八分ぐらいだね」
「ひぇー、みんな足早いわねぇ」
旧人類の女性が親戚のおばさんのように感嘆する。
その時、俺たちの背後で特大の地響きが轟いた。
「うわっ!?」
爆音に耳を塞ぎながら振り返れば、飛行機と見紛うほどの巨体が太陽を遮る。地中から飛び出したユダラナーガだ。俺が討伐した個体より遥かに大きい。
「ぎゃー! また出たー!」
旧人類の誰かが悲鳴を上げると、ユダラナーガは声の主へ狙いを定め、速度を上げながら落下してきた。
しかし、でっぷりとした腹は地面に触れず、空中で勢いよくバウンドした。
『ギョグッ!?』
弾かれたユダラナーガが、ギョロリと地面を睨みつける。そこには『堅牢』を発動したハインキーが両手を掲げて仁王立ちしていた。
「ミッサ!目玉は残しておけよ!」
しれっと高額売買できる部位を注文しながら、ハインキーは空中へサムズアップする。
刹那、ユダラナーガの口の中へ燃え盛る散弾が叩き込まれた。
ユダラナーガはくぐもった悲鳴を上げ、空中で体勢を変えながら急いで地中へ逃げ込もうとした。
その巨大な尾鰭に、すかさずゼンが鎖鎌を絡める。同時にハインキーとゼンが鎖を掴み、勢いよくそれを引っ張った。
二人と一頭の綱引き大会は、一見するとユダラナーガに分があった。しかし、人力では到底振り回せないはずの巨体が、ベーゴマのように回転しながら地面に叩きつけられる。
「とっととくたばんなァ!」
ガラの悪いミッサの怒号と共に散弾銃が哮り、今度こそユダラナーガの脳が口内から撃ち抜かれた。悲鳴を上げる間もなく、ユダラナーガはばったり絶命する。
「わぁ……」
討伐に要した時間はたったの三十秒。これがRTA走者の実力か。
およそ一時間前にも見た光景である。三竦みの見事な連携に人々は拍手を送った。
「はいみなさん。背中から降りてくださいね」
俺は号令を出しながら、背負っていた研大を下ろした。両手が空いたところで、素材収集用の大型ナイフを『雷光』で生成する。アンリとエトロの目は、ユダラナーガの眼球に釘付けだった。
そして俺の横では、『重力操作』で歴戦の希少部位を抱えるシャルが、珍しい素材を前に爛々と目を輝かせていた。
ビーニャ砂漠の横断は、たったの三時間で終わった。
砂漠には足音を頼りに襲いかかるドラゴンがわんさかいるため、砂馬もなしに徒歩で越えるのは危険だ。……そのはずだった。
「英雄の丘まで全員で全力疾走しろ」
ベテラン狩人たるレオハニーたちは何を思ったか、俺たちにそんな命令を下してきた。シュレイブは手の込んだ自殺だと泣き叫んだ。
もちろん、旧人類はまだ走り慣れていないので、俺たち下っ端狩人が責任を持って運ぶことになった。これが討滅者流の訓練なのか、とクライヴは真剣な面持ちで呟いていた。
一方、足音で引き寄せられた上位ドラゴンについては、レオハニーたちが互いの鍛錬の片手間に討伐していった。実力者が四人も揃えば、上位ドラゴンが何体来ようと、大した問題ではないようだ。
ハインキー曰く、十体ぐらいなら上位ドラゴンと連戦になっても問題ないらしい。あくまでも、バルド村三竦みという長年連れ添ったパーティメンバーだからできる芸当だそうだ。
旧人類たちは、最初こそ地面からいきなり襲いくる上位ドラゴンに泣き叫んでいた。
が、三戦目になると、元軍人の旧人類がハインキーたちの芸術的な戦闘に惚れ込んで、奇声を上げながら大乱闘に参戦していった。五百年の眠りを感じさせぬアグレッシブ旧人類に、俺は慈母の如き微笑みを湛えて天を仰いだ。
「やはりシュミレーション通りだ。上位ドラゴン程度なら俺一人で倒せるな」
と、元軍人の旧人類は太々しく言った。素人は黙っとれ。返り血を舐めるな。
ちなみに、エラムラ旅行に同行している五名の旧人類は、倍率四十の抽選で選ばれた強運の持ち主だ。研大も例外なくその抽選に参加していた。
抽選中は、ほとんどの旧人類が神に祈りを捧げていた。その姿はまるで、人気ライブチケットの当選を願う熱狂的ファンのようだった。傍目から見るとまあまあ恐怖を覚えるレベルだ。
が、抽選結果が発表された直後の方が、より恐怖体験だったと明記しておく。
お留守番が決まった旧人類たちには悪いことをしたと思う。高冠樹海が戻り、安全な街道が整備された暁には、是非とも自由に世界を見て回ってほしい。エラムラにいきなり二百人を送り込むわけにはいかないのだ。
そんなこんなで、俺たちはようやく砂漠地帯を抜け、足場がしっかりした英雄の丘を登っていた。
ここまで来れば、砂漠生まれの上位ドラゴンに襲撃される頻度は格段に減る。砂で足を取られることもないので、エラムラの東門まではあっという間だった。
斜面を降りれば、エラムラを囲う山の麓はもう目の前だ。山の側面には、東門たる巨大トンネルの入り口が開かれていた。門の左右に積もっていた砂山は綺麗に撤去されており、外見だけであれば、ディアノックスに襲撃される前に戻ったようだった。
商人の列に並びながら東門トンネルへ入ろうとすると、横に控えていた衛兵に呼び止められた。
「おお、エラムラの英雄様ではありませんか!」
「ぶほ!」
「おい研大」
並んで歩いていた男の脇腹を小突く。しかし逆効果だったようで、研大は膝に手を置きながら背を震わせた。
「くくく、あの良甫が英雄って……! 告白も喧嘩もできないヘタレだったのにっ」
「ここで昔の話を掘り返すんじゃねーよ!?」
いきなり黒歴史を暴露されて俺は目玉が飛び出そうになった。覆水盆に返らず、話を聞いてしまった女性の旧人類が、俺を眺めながら事実確認を図った。
「若い頃の浦敷博士ってヘタレだったんですね。そんな気はしていましたけれど」
「ほらー! お前のせいで友達できなくなったらどうするんだよ!」
「はいはい静かにな。どうどう」
「誰のせいだと!」
もう一度研大の脇腹をどついた後、俺は声をかけてくれた衛兵へと歩み寄った。
「ども、お疲れ様です」
「英雄様。無事に帰還せられたようで何よりです。そちらの方々は?」
「ええっと……」
しまった。旧人類の身元を決めていなかった。馬鹿正直にヨルドの民ですと答えられるわけがない。しかも中途半端に戯れる姿まで見せてしまったので、赤の他人で押し通すのは不可能だろう。
が、その心配は無用だった。
「はじめまして。俺はケンタと申します。リョーホさんたちとは砂漠で偶然拾ってもらった仲なんです。実は先日のオラガイアの墜落で、山奥にあった我々の隠れ村が人の住めぬ土地となってしまいまして……」
と、研大が恭しくお辞儀をし、朗読するようなテンポで自らの身元をでっち上げ始めた。
曰く、自分たちはオラガイアの墜落で故郷を追われた者である。隠れ村を放棄し、新天地を目指したは良いものの、途中でドラゴンに襲われた。そのせいで仲間と散り散りになってしまったのだ、と。
「お恥ずかしながら、俺たちは村から出るのは初めてだったんです。しかもドラゴンから必死に逃げ回ったせいで、気づいたら砂漠に迷い込んでいたんですよ。そうしていよいよ乾いて死ぬかといったところで、エラムラに帰還途中のリョーホたちに助けてもらったんです」
事前に考えていたのだろうか。澱みない口八丁に俺は舌を巻いた。
研大は衛兵が同情的な目つきになったのを見計らい、さらに世間話へ発展させる。
「後から聞いたのですが、この辺りでディアノックスが暴れたそうですね。道理で、いきなり砂漠が現れたわけですよ。エラムラの里も襲撃されたそうで、大変だったのではありませんか?」
「なんの、巫女様の結界のおかげで里の被害は微々たるものですよ。一時はこのトンネルも砂で封鎖されてしまいましたが、もうこの通りです」
「それはよかった! こうして大勢の商人たちが来訪できるのも、エラムラの弛まぬ努力と強さがあってのことなのでしょうね」
「はは、いや、わたくしは巫女様ほどの努力家ではありませんよ」
「そう謙遜なさらず。エラムラの治安の要は門番だと俺は思っているんですよ。誰かが外で、命懸けで守ってくれるからこそ、中に住まう人々は安心して暮らせるんです」
研大は僅かに瞳を潤ませ、それを隠すように瞬きをした。衛兵にはそれが、本心から放たれた言葉であると無意識に察せられただろう。
衛兵はあっという間に研大に心を許したようで、善意からか、こんなことを口にした。
「しかし、山奥の隠れ村なんて聞いたことがありませんね。場所が分かれば、救助隊を派遣できるやもしれないのですが」
これは研大も予想外だったようで、油が切れたカラクリのように口の回転が滞った。
「我々はその……特殊な体質で。菌糸模様が薄く、菌糸を持たない者だと勘違いされることが多かったのです。なので隠れ村の場所も、村人ですら正しく把握できておらず……」
「菌糸模様が薄い、ですか」
衛兵の眉間に皺が寄った瞬間、俺は慌てて援護に回った。
「お、俺もバルド村に拾われたばかりの時は、菌糸模様が見えないから色々大変だったんだ。それでこいつとは意気投合してさ」
「なんと、英雄様にもそのような過去が?」
衛兵が食いつくや、アンリが後ろから俺の首元に手刀を置いた。
「そうそう。いつドラゴン化するか分からないってんで、エトロが真っ先にリョーホをこう、ね」
「ここで言うな馬鹿者!」
エトロの手が閃き、バシン! と痛そうな音がアンリの頭から鳴る。衛兵はアンリたちのやりとりを見て、ついに疑いを晴らしたようだ。
「どうやら嘘ではなさそうですね。いや、お引き止めしてしまい申し訳ありません。実は昨日の夜、少し困ったことになりまして」
衛兵はちらりと相方の衛兵にアイコンタクトを取り、ポケットから木製の鈴をそちらへ投げ渡した。相方の衛兵は黙ってそれをキャッチし、胸ポケットの奥へ押し込んだ。
「今のって、ロッシュさんの……」
「しーっ……もしものためです」
衛兵は声を潜めると、商人たちの列から外れたバルド村の一行へ歩み寄った。そしてハインキーと手を繋いでいたシャルの前で腰をかがめる。
「すみませんが、シャル様。あなたの生家をお借りしてもよろしいでしょうか?」
シャルはびっくりした顔で衛兵を見上げた後、こくんと無言で頷いた。衛兵はやや後ろめたそうに目礼すると、俺へ緊張した両目を向けた。
「では後ほどレブナ様が参りますので、それまでシャル様の生家にてお待ちください。疲れているでしょうが、お連れの方もご一緒に」
釈然としないが、断る理由もない。俺たちは素直に頷き、できるだけ会話をせぬよう、静かにその場を立ち去った。
ナレーションごっこに興じるシュレイブに大きく頷きながら、俺は額の汗を手の甲で拭った。
俺たちの目の前には、英雄の丘と、その先に続くエラムラの外壁が遠目に広がっていた。
「あの距離だと、エラムラまで徒歩で三十分ってところかな?」
俺の背におんぶされた研大が言うと、別の旧人類を背負っていたアンリが得意げに言った。
「商人じゃあるまいし、俺たちは歩いて行かないよ。走れば八分ぐらいだね」
「ひぇー、みんな足早いわねぇ」
旧人類の女性が親戚のおばさんのように感嘆する。
その時、俺たちの背後で特大の地響きが轟いた。
「うわっ!?」
爆音に耳を塞ぎながら振り返れば、飛行機と見紛うほどの巨体が太陽を遮る。地中から飛び出したユダラナーガだ。俺が討伐した個体より遥かに大きい。
「ぎゃー! また出たー!」
旧人類の誰かが悲鳴を上げると、ユダラナーガは声の主へ狙いを定め、速度を上げながら落下してきた。
しかし、でっぷりとした腹は地面に触れず、空中で勢いよくバウンドした。
『ギョグッ!?』
弾かれたユダラナーガが、ギョロリと地面を睨みつける。そこには『堅牢』を発動したハインキーが両手を掲げて仁王立ちしていた。
「ミッサ!目玉は残しておけよ!」
しれっと高額売買できる部位を注文しながら、ハインキーは空中へサムズアップする。
刹那、ユダラナーガの口の中へ燃え盛る散弾が叩き込まれた。
ユダラナーガはくぐもった悲鳴を上げ、空中で体勢を変えながら急いで地中へ逃げ込もうとした。
その巨大な尾鰭に、すかさずゼンが鎖鎌を絡める。同時にハインキーとゼンが鎖を掴み、勢いよくそれを引っ張った。
二人と一頭の綱引き大会は、一見するとユダラナーガに分があった。しかし、人力では到底振り回せないはずの巨体が、ベーゴマのように回転しながら地面に叩きつけられる。
「とっととくたばんなァ!」
ガラの悪いミッサの怒号と共に散弾銃が哮り、今度こそユダラナーガの脳が口内から撃ち抜かれた。悲鳴を上げる間もなく、ユダラナーガはばったり絶命する。
「わぁ……」
討伐に要した時間はたったの三十秒。これがRTA走者の実力か。
およそ一時間前にも見た光景である。三竦みの見事な連携に人々は拍手を送った。
「はいみなさん。背中から降りてくださいね」
俺は号令を出しながら、背負っていた研大を下ろした。両手が空いたところで、素材収集用の大型ナイフを『雷光』で生成する。アンリとエトロの目は、ユダラナーガの眼球に釘付けだった。
そして俺の横では、『重力操作』で歴戦の希少部位を抱えるシャルが、珍しい素材を前に爛々と目を輝かせていた。
ビーニャ砂漠の横断は、たったの三時間で終わった。
砂漠には足音を頼りに襲いかかるドラゴンがわんさかいるため、砂馬もなしに徒歩で越えるのは危険だ。……そのはずだった。
「英雄の丘まで全員で全力疾走しろ」
ベテラン狩人たるレオハニーたちは何を思ったか、俺たちにそんな命令を下してきた。シュレイブは手の込んだ自殺だと泣き叫んだ。
もちろん、旧人類はまだ走り慣れていないので、俺たち下っ端狩人が責任を持って運ぶことになった。これが討滅者流の訓練なのか、とクライヴは真剣な面持ちで呟いていた。
一方、足音で引き寄せられた上位ドラゴンについては、レオハニーたちが互いの鍛錬の片手間に討伐していった。実力者が四人も揃えば、上位ドラゴンが何体来ようと、大した問題ではないようだ。
ハインキー曰く、十体ぐらいなら上位ドラゴンと連戦になっても問題ないらしい。あくまでも、バルド村三竦みという長年連れ添ったパーティメンバーだからできる芸当だそうだ。
旧人類たちは、最初こそ地面からいきなり襲いくる上位ドラゴンに泣き叫んでいた。
が、三戦目になると、元軍人の旧人類がハインキーたちの芸術的な戦闘に惚れ込んで、奇声を上げながら大乱闘に参戦していった。五百年の眠りを感じさせぬアグレッシブ旧人類に、俺は慈母の如き微笑みを湛えて天を仰いだ。
「やはりシュミレーション通りだ。上位ドラゴン程度なら俺一人で倒せるな」
と、元軍人の旧人類は太々しく言った。素人は黙っとれ。返り血を舐めるな。
ちなみに、エラムラ旅行に同行している五名の旧人類は、倍率四十の抽選で選ばれた強運の持ち主だ。研大も例外なくその抽選に参加していた。
抽選中は、ほとんどの旧人類が神に祈りを捧げていた。その姿はまるで、人気ライブチケットの当選を願う熱狂的ファンのようだった。傍目から見るとまあまあ恐怖を覚えるレベルだ。
が、抽選結果が発表された直後の方が、より恐怖体験だったと明記しておく。
お留守番が決まった旧人類たちには悪いことをしたと思う。高冠樹海が戻り、安全な街道が整備された暁には、是非とも自由に世界を見て回ってほしい。エラムラにいきなり二百人を送り込むわけにはいかないのだ。
そんなこんなで、俺たちはようやく砂漠地帯を抜け、足場がしっかりした英雄の丘を登っていた。
ここまで来れば、砂漠生まれの上位ドラゴンに襲撃される頻度は格段に減る。砂で足を取られることもないので、エラムラの東門まではあっという間だった。
斜面を降りれば、エラムラを囲う山の麓はもう目の前だ。山の側面には、東門たる巨大トンネルの入り口が開かれていた。門の左右に積もっていた砂山は綺麗に撤去されており、外見だけであれば、ディアノックスに襲撃される前に戻ったようだった。
商人の列に並びながら東門トンネルへ入ろうとすると、横に控えていた衛兵に呼び止められた。
「おお、エラムラの英雄様ではありませんか!」
「ぶほ!」
「おい研大」
並んで歩いていた男の脇腹を小突く。しかし逆効果だったようで、研大は膝に手を置きながら背を震わせた。
「くくく、あの良甫が英雄って……! 告白も喧嘩もできないヘタレだったのにっ」
「ここで昔の話を掘り返すんじゃねーよ!?」
いきなり黒歴史を暴露されて俺は目玉が飛び出そうになった。覆水盆に返らず、話を聞いてしまった女性の旧人類が、俺を眺めながら事実確認を図った。
「若い頃の浦敷博士ってヘタレだったんですね。そんな気はしていましたけれど」
「ほらー! お前のせいで友達できなくなったらどうするんだよ!」
「はいはい静かにな。どうどう」
「誰のせいだと!」
もう一度研大の脇腹をどついた後、俺は声をかけてくれた衛兵へと歩み寄った。
「ども、お疲れ様です」
「英雄様。無事に帰還せられたようで何よりです。そちらの方々は?」
「ええっと……」
しまった。旧人類の身元を決めていなかった。馬鹿正直にヨルドの民ですと答えられるわけがない。しかも中途半端に戯れる姿まで見せてしまったので、赤の他人で押し通すのは不可能だろう。
が、その心配は無用だった。
「はじめまして。俺はケンタと申します。リョーホさんたちとは砂漠で偶然拾ってもらった仲なんです。実は先日のオラガイアの墜落で、山奥にあった我々の隠れ村が人の住めぬ土地となってしまいまして……」
と、研大が恭しくお辞儀をし、朗読するようなテンポで自らの身元をでっち上げ始めた。
曰く、自分たちはオラガイアの墜落で故郷を追われた者である。隠れ村を放棄し、新天地を目指したは良いものの、途中でドラゴンに襲われた。そのせいで仲間と散り散りになってしまったのだ、と。
「お恥ずかしながら、俺たちは村から出るのは初めてだったんです。しかもドラゴンから必死に逃げ回ったせいで、気づいたら砂漠に迷い込んでいたんですよ。そうしていよいよ乾いて死ぬかといったところで、エラムラに帰還途中のリョーホたちに助けてもらったんです」
事前に考えていたのだろうか。澱みない口八丁に俺は舌を巻いた。
研大は衛兵が同情的な目つきになったのを見計らい、さらに世間話へ発展させる。
「後から聞いたのですが、この辺りでディアノックスが暴れたそうですね。道理で、いきなり砂漠が現れたわけですよ。エラムラの里も襲撃されたそうで、大変だったのではありませんか?」
「なんの、巫女様の結界のおかげで里の被害は微々たるものですよ。一時はこのトンネルも砂で封鎖されてしまいましたが、もうこの通りです」
「それはよかった! こうして大勢の商人たちが来訪できるのも、エラムラの弛まぬ努力と強さがあってのことなのでしょうね」
「はは、いや、わたくしは巫女様ほどの努力家ではありませんよ」
「そう謙遜なさらず。エラムラの治安の要は門番だと俺は思っているんですよ。誰かが外で、命懸けで守ってくれるからこそ、中に住まう人々は安心して暮らせるんです」
研大は僅かに瞳を潤ませ、それを隠すように瞬きをした。衛兵にはそれが、本心から放たれた言葉であると無意識に察せられただろう。
衛兵はあっという間に研大に心を許したようで、善意からか、こんなことを口にした。
「しかし、山奥の隠れ村なんて聞いたことがありませんね。場所が分かれば、救助隊を派遣できるやもしれないのですが」
これは研大も予想外だったようで、油が切れたカラクリのように口の回転が滞った。
「我々はその……特殊な体質で。菌糸模様が薄く、菌糸を持たない者だと勘違いされることが多かったのです。なので隠れ村の場所も、村人ですら正しく把握できておらず……」
「菌糸模様が薄い、ですか」
衛兵の眉間に皺が寄った瞬間、俺は慌てて援護に回った。
「お、俺もバルド村に拾われたばかりの時は、菌糸模様が見えないから色々大変だったんだ。それでこいつとは意気投合してさ」
「なんと、英雄様にもそのような過去が?」
衛兵が食いつくや、アンリが後ろから俺の首元に手刀を置いた。
「そうそう。いつドラゴン化するか分からないってんで、エトロが真っ先にリョーホをこう、ね」
「ここで言うな馬鹿者!」
エトロの手が閃き、バシン! と痛そうな音がアンリの頭から鳴る。衛兵はアンリたちのやりとりを見て、ついに疑いを晴らしたようだ。
「どうやら嘘ではなさそうですね。いや、お引き止めしてしまい申し訳ありません。実は昨日の夜、少し困ったことになりまして」
衛兵はちらりと相方の衛兵にアイコンタクトを取り、ポケットから木製の鈴をそちらへ投げ渡した。相方の衛兵は黙ってそれをキャッチし、胸ポケットの奥へ押し込んだ。
「今のって、ロッシュさんの……」
「しーっ……もしものためです」
衛兵は声を潜めると、商人たちの列から外れたバルド村の一行へ歩み寄った。そしてハインキーと手を繋いでいたシャルの前で腰をかがめる。
「すみませんが、シャル様。あなたの生家をお借りしてもよろしいでしょうか?」
シャルはびっくりした顔で衛兵を見上げた後、こくんと無言で頷いた。衛兵はやや後ろめたそうに目礼すると、俺へ緊張した両目を向けた。
「では後ほどレブナ様が参りますので、それまでシャル様の生家にてお待ちください。疲れているでしょうが、お連れの方もご一緒に」
釈然としないが、断る理由もない。俺たちは素直に頷き、できるだけ会話をせぬよう、静かにその場を立ち去った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~
日之影ソラ
ファンタジー
ゲームや漫画が好きな大学生、宮本総司は、なんとなくネットサーフィンをしていると、アムゾンの購入サイトで妖刀が1000円で売っているのを見つけた。デザインは格好よく、どことなく惹かれるものを感じたから購入し、家に届いて試し切りをしたら……空間が斬れた!
斬れた空間に吸い込まれ、気がつけばそこは見たことがない異世界。勇者召喚の儀式最中だった王城に現れたことで、伝説の勇者が現れたと勘違いされてしまう。好待遇や周りの人の期待に流され、人違いだとは言えずにいたら、王女様に偽者だとバレてしまった。
偽物だったと世に知られたら死刑と脅され、死刑を免れるためには本当に魔王を倒して、勇者としての責任を果たすしかないと宣言される。
「偽者として死ぬか。本物の英雄になるか――どちらか選びなさい」
選択肢は一つしかない。死にたくない総司は嘘を本当にするため、伝説の勇者の名を騙る。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる