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彼の言い分、彼女の感情

彼女は彼女?

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 蓮見れんと別れた二人は麻沙美の住むマンションに向かった。

「ものすごく懐かれているじゃない」

 部屋に入るなり麻沙美が言った。

「もっと優しい姉のように振舞ってもらえませんかね。彼女、ずっと貴女の顔色を伺っていましたよ。一体何が気に入らないんですか?」
 ソファに座った興俄が億劫そうに返す。

「気に入らないんじゃなくて、気になったのよ。貴方があの子の心を読めていたから」
「ええ、いろいろ分かって面白いです。彼女の予知能力は興味深いですからね」
「じゃあ、あの子の前世が誰か分からなかったのね。あ、そうか、貴方とは同じ時間を生きていない。私でさえ三年ってところだし。だから貴方はあの子の心を読めた」

 麻沙美の言葉を聞いた興俄の顔が曇る。

「まさか、彼女もあの時代の転生者ですか。誰なんです」
 心情が読みとれた段階で、彼女は前世とは無関係だと思っていた。自分が生きた時代に生れていない人間のことなど関係がないと思っていたが、そうでもないらしい。興俄は頭の中で時代年表を確認した。自分の死後、鎌倉幕府と敵対するような、注意しなければいけない女がいただろうか。考えたが誰も思いつかなかった。

「その前に一つ確認しておきたいんだけど、あの子は貴方の力を知っているの?」
「言うはずないでしょう。俺がどうやって彼女に近づいたと思っているんですか。ずっと力を使って彼女の心情を読んで、機嫌を取っているんですよ」
「そう、じゃあまだ手も出してないわよね。あの子、前世は男よ。それに私達とは考え方も価値観も違う。これからは適度な距離を保った方が良いわ。親密な関係になって、何かのはずみで覚醒されたら困るもの。だから余計なことは言わなかったのよ。まさか、私がくだらない嫉妬でもしてるって思ったの?」
「は?」

 麻沙美の言葉に興俄の顔が強張った。彼の態度を見た麻沙美は全てを察し、天を仰ぐ。

「全く、油断も隙も無いんだから。覚醒されたら困る夢野冬華には何もしないくせに。どうしていつも手が早いの? まだ出会って一ヶ月も経っていないでしょう。あの子こそ、前世を思い出されたら厄介なの。北条には恨みしかないと思うし。どうするのよ」

 麻沙美の口ぶりで、興俄は蓮見れんの前世が誰であるか理解したらしい。少しの間が空き、彼は口を開いた。

「なるほど、彼女はあの僧侶でしたか。確かに北条に恨みはあるかもしれないが、接点のない俺には恨みはないはずだ。貴女との記憶を消そうと思ったのですが、改ざんは止めておきます。下手に弄って彼女の力が使えなくなるのは痛い。だから邪魔しないでくださいね」

 興俄はにやりと笑う。

「ちょっと、邪魔って何よ。あ、それともう一つ。私以外の信頼できる人間って誰? 夢野冬華に言ったそうね。信頼できる人間が二人いるって。一体誰なの? どこの女? 蓮見れんと言い、どうしてあちこちに女を作るの? いい加減にして!」

 そう言って彼女は傍にあったクッションを興俄に投げつける。彼はそれを両手で受け止めた。

「何か勘違いをしているようですね。その人間とは恋愛関係などないですから、時期が来たら紹介します。俺は忙しいんだ。嫉妬するのはほどほどにして協力してください。だいたい貴女の所為で、夢野冬華はあの男の元に行きそうなんですよ」

 どんどん熱くなる麻沙美を見て、興俄はクッションを抱えて冷めた口調で言った。

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