上 下
70 / 110
神冷興俄の野望

彼の野望

しおりを挟む
「さぁ、どうだろうな。数100年後、この国の名は地図にないかもしれないぞ。今の世の中を見てみろ。政治の世界にいる大人たちをよく見たことがあるか? 優秀な人間もいるが、その一方で、権力と強い官僚制が複雑に絡み合っているだろう。そこにいるのは、親と同じ轍を踏む世襲議員、官僚機構に寄生する族議員。 己を支持する業界や団体にのみ関心を持つ政治家。日本を敵視する国と水面下で癒着している国会議員。こうした世の中で必要なのは、真の政治的リーダーシップを持つ人間だ。大切なのは血縁ではない。政治に私心や情は必要ない。この国の未来を真剣に憂慮し、改革できる人間こそが、この世を治めるべきなんだ。俺は国家の機密情報を諸外国へ流している議員や官僚、意図的にこの国を陥れようとしている人間達を悉く排除してやる。そして、汗水を垂らして働くものが、それ相応の対価を受け取れる世の中にする。寝食を惜しんで労働する者が人間扱いされず、その権利が守れなくてどうする。国を動かすものと国民が相互に利益を与え合う互恵的な関係が今の世には必要だ。俺は国の基本原則はそのままで、中にいる人間を変えていく。不正をし、利益を得る者は許さない。公正で優秀な政治家が少ないのは、投票する国民自身の投影だ。だから国民から変えてやる。啓蒙などではない。俺は俺が意図することを理解でき、追従できる人間のみを取捨選択する。今ならまだ辛うじて間に合うだろうからな」
 
 理路整然と話す興俄に圧倒されつつも、冬華は口を開いた。

「そう……なんだ。言いたい話は分かるような気がするけど……。まぁ、御恩と奉公もそんな感じだったし……でもね、そんなに簡単に人って変えられないよ。いくら凄い力があるとしても、高校生の貴方が本気で国を動かせるとでも思っているの? 偉そうに理想論を語るけれど、世の中ってそんなに甘くないでしょ。だいたい『追従できる人間のみを取捨選択する』ってどれだけ上から目線なわけ? 権力を持った人間が独断で全てを判断するって良くないと思う。人をモノみたいに言ってさ。そんな言い方じゃ誰もついてこないよ」

 冬華がやれやれと首を振ると背後から声がした。
「大丈夫よ。心配ないわ。全てうまく進んでいる」

 いつの間にか北川麻沙美が立っていた。

「すでに彼の周りには多くの人がいるの。もちろん、彼が記憶を改ざんした人間がほとんどだけど。何も彼一人でできるなんて言っていない。多くの仲間がいれば可能だって言っているのよ」
「いや、でもこればかりは無理でしょう。この人、国を乗っ取ろうって考えているんです。あの時代は源氏の御曹司という箔がありましたけど、ただの高校生でどうやって国民が納得するんですか。被選挙権もないんですよ。先生はこの人を買い被りすぎです」

 冷ややかな目で興俄を見ると彼はにやりと笑った。

「人の心などいい加減なもの。首尾一貫しないのは世の常。国民だって同じだ。前に俺が話しただろう。弄った人間の記憶は、パソコンに送られたウィルスメールのように広がると。時期が来れば、俺の存在が徐々に世の中に広がっていくんだよ。人間の行動分析は難解だ。表面では善人らしく振舞っていても、内心は悪意や損得勘定のみで動く人間ばかりだ。俺はそいつらの思考が読める。読んだうえで緻密に解析し、相手にとって最善の結論を用意できる。それも世界中の人間に対してだ」

 ドヤ顔で言い切る彼を見て、冬華は盛大な溜息をついた。

「あのねぇ、そう上手くは行かないと思うけど。私達みたいに通じない人間だっているんだし。誰かが怪しいと思えばあっという間にSNSで拡散されて『最近よく見聞きする高校生、神冷興俄は怪しい。詐欺師だ』って言われるのがオチでしょ。だって実際、何か国のためになることをやったわけでもないし。なんなく記憶に刷り込まれたってみんな騙されないよ」

「お前には説明をするのが時間の無駄だな。それより仕事だ。俺と一緒に来い」
「嫌だと言ったら?」
「断れば、あいつの命はないと思え。居場所などこちらはとうに把握しているんだ。俺には優秀な仲間がいる。あいつの命など簡単に始末できる」

 そう言って興俄はスマホの画面を見せた。隠し撮りされた鷲と御堂が写っている。つい最近撮られたものだ。ゆかりんの祖父の家が遠くに写っていた。

「本当、最低で自分勝手。はいはい、行けばいいんでしょ」
「車を用意している。着いて来い」
 
しおりを挟む

処理中です...