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終わらない戦い

仲間との別れ

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「ああ、ここにいたんですか」

 背後から声がして、興俄は振り返った。彼の腹心、景浦が立っている。

「いろいろと情報を探って来たのですが、日本はまだ持ちこたえているようです。ただ、被害も甚大で……」

 景浦は興俄の隣に並び、現状の報告を始めた。

「海から上陸した人間も多数いるんだろう。他の県はどうなっているんだ?」
「詳細は不明ですが、多くの死傷者が出ています。しかし、すでに諸外国へ日本の状況が伝えられており、国連軍の応援もこちらに向かっているようです」
「応援が到着するまでは、なんとしても守り抜かないとな。皇居はどうなっている?」
「自衛隊が警備についています。さすがの敵も無鉄砲には行けないでしょう」

「あの、いつまで続けるんですか? とにかくビルに戻りませんか。話はあとにしてください。みんな暑さでくたくたなんですよ」
 鷲が二人の顔を交互に見て告げると、興俄と景浦が顔を見合わせ、何も答えず歩き始めた。

 背後から車の音が近づいてくる。れんを乗せた車が戻って来たのだろうかと一同が振り向いた時、

「危ないっ」
 パンパンと乾いた発砲音と、景浦の叫び声がほぼ同時に聞こえた。一同は何が起こったのか分からない。見ると興俄が倒れ、景浦が覆いかぶさっていた。

 男達が何かを喚きながら車から降りて、ライフルや拳銃をこちらに向かって撃ち始めた。

「だから早く戻ろうって言ったのに」
 鷲が不満顔で背負っていた刀を抜く。ヒュンと空気が斬れる音がして、怒号と銃声が辺りに響いた。

「賢哉! ともちゃんたちを安全な場所に! お願い!」
 冬華が叫んだ。

「分かった。みんなこっちだ。早く!」
 賢哉は、ともちゃん、ゆかりん、北川先生をビルの裏手へと誘導する。冬華は男が持つ銃に向かって念を込めた。銃が暴発し、男が吹き飛んだ。

 突然仲間が吹っ飛んだので、敵の動きが止まった。その隙に鷲は刀を振り上げ、一人、また一人と斬りつける。ぎゃあと言う叫び声がして、男達はよろめきながら倒れこんだ。御堂は運転席にいた男を車から引きずり降ろし、殴りつけ蹴とばしている。冬華も敵の持つ武器に向かって、破壊するべく次々と念じ続けた。

 ややあって、騒乱は静けさを取り戻した。鷲たちを襲った敵は地面で悶えている。

 興俄は景浦の身体を持ち上げながら、自身の身を起こした。
「おい、景浦。しっかりしろ」
 
 景浦は銃で数発撃たれたようだった。腹部の数か所からおびただしい血が流れている。官邸での戦いを終えた後から彼は私服で行動していたので、防弾チョッキは身に着けていなかった。

「貴方が……無事で良かった……来世で再びお会いした暁には……また私を家臣として重用……」
 景浦は呟くように言葉を絞り出す。

「分かった。分かったから、もういい、喋るな」
 興俄が制止しても、半開きの口からは呻き声に混じって何かが発せられている。やがて彼は激しく吐血した。大量の血が路上に流れている。

「病院に連れて行ってやる。少しの辛抱だ。それまで持ちこたえろ。麻沙美、車をまわしてくれ!」
 興俄の叫び声で、ビルの陰に隠れていた麻沙美が駆け寄って来た。

「車は駐車場に置いたままよ。とりに行くから少し待って」
 興俄は景浦の首すじに指を当てる。既に脈はなかった。

「いや、車はもういい」
「とりあえず、早く戻ろう。また敵が現われたら厄介だ。この人は俺が運ぶから」
 御堂が景浦を担ぎ、一同は根城にしているビルの地下に戻った。

 御堂が景浦をソファに寝かせる。興俄の視線はずっと彼に向けられたままだ。

「今回はお前の方が先に逝ったようだな」

 思えば、この男が命の恩人になるのは二度目のことだ。一度目は前世での石橋山。彼は多くの人間に嫌われていたが、自分にとっては有能な部下だった。数多くの汚れ役も引き受けてくれた。もしも、自分が再びこの世を治めるとしたら、彼の存在は絶対に必要だった。

「お前はいつも……」
 興俄は口の中で呟き、黙りこむ。これ以上言葉を発したら嗚咽が漏れそうだったのだ。

『治承四年(1180)八月小廿四日甲辰 省略  景親追武衛之跡 捜求嶺渓 于時有梶原平三景時者 慥雖知御在所 存有情之慮 此山稱無人跡 曳景親之手登傍峯 以下略 
吾妻鏡第一巻より』
石橋山の戦いの際、大庭景親は頼朝を追い求め、峰や渓谷を捜していた。その中には梶原景時もいた。彼は頼朝の所在を知っていたが思うところがあり、この山には人の跡は無いと言い、景親の手を引いて脇の峰に上って行き、頼朝を助けたとされている。
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