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終結の時

暴虐の行方

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 鷲と御堂は未だ敵と戦っていた。

「ったく、日本人を舐めるなよ!」

 御堂の叫び声がビル街に響く。今回遭遇した敵はずいぶんと疲弊していた。未曾有の国難から1週間。敵の中には十分な食料も与えられず、情報も与えられていない者もいたようだ。彼らはただ、目の前に現れた人間を殺すことだけに全てを捧げていた。

 敵の一人が、弾のなくなった銃を投げ出し、ドスのようなものを懐から取り出して鷲に飛び掛かって来た。だが、鷲はもうそこにはいない。彼は先ほど敵がいた位置にいた。鷲の身体と刀も限界だった。それでも彼は何とか身を躱しながら、敵を斬りつける。

「鷲、どうして俺達が今、この時代に生まれてきたのか分かったよ」
「え?」
「お前が静に逢うためだけなら、俺は必要ないとずっと思っていたんだ。でも、戦なら俺が必要だろう? 俺たちはこうなると知っていたんだな、きっと」 

 向かってくる敵に武器を振り上げて御堂が言った。

「今、この世に生きている全ての人がこうなると知っていたのかもしれない。この混沌とした時代にいる全ての人は、きっと何かを成し得るために生まれてきたんだよ」

 鷲も身を翻しながら答える。

「もしも俺がここで死んでも、100年後、200年後、この国で生きる誰かに、俺たちの生きざまを残せればいいじゃないか! 屍になったとしても、俺に悔いはない!」
 
 叫びながら暴れる御堂を見て、鷲は肩を竦めた。
「なにかっこつけているんだよ。お前が死んだら菜村さんが悲しむぞ。それに、お前は簡単には死なないだろ。前だ
ってあれだけの攻撃を受けてもしばらく持ちこたえたじゃないか」

「あれはもう二度とごめんだ」
 苦笑いした御堂が、ふと真剣な顔で鷲を見た。

『六道の道のちまたに待てよ君おくれ先立つ習いありとも』(義経記より) 

 御堂が言うと、

『後の世もまた後の世もめぐりあへ染む紫の雲の上まで』(義経記より)

 鷲が答えた。彼は続ける。

「確かにあの時はそうだった。けれど、今度は生きて勝つ」
「あたりまえだ。こんな所で死んでたまるかよ」

 二人が頷いて微笑みあうと、

「おい、お前ら。ごちゃごちゃ言う暇があったら戦え」
 二人に合流していた興俄が冷ややかな視線を送った。

「全く相変わらず冷酷な奴だな。少しは感傷的な気分に浸らせてくれよ」
 ちっと御堂が舌打ちをし、鷲は苦笑いをしたその時――。

「椎葉くん大変! 冬華が! すぐに来て!」
 ゆかりんの叫び声が聞こえた。




 男達が冬華に覆いかぶさっていた。彼女の隣にはスモークガラスに覆われた車がトランクを開けて停まっている。冬華は一切の抵抗をせず、腕はだらりと投げ出されていた。生きているのかどうかもわからない。服ははだけ、白い足がむき出しになっている。

「冬華!」

 彼女の姿を視界に捉えた瞬間、鷲は頭で考えるよりも先に身体が動いていた。

「貴様らぁ、冬華から離れろ!」
 刀を抜いて突進してくる鷲を見た敵たちはその形相に驚き、慌てて冬華をトランクの中に放り投げた。

「死ねえぇ!」

 鷲は刀を握ったまま男の一人に体当たりし、身体を貫いた。骨のあたりで止まった刀を引き抜くと、周囲は紅に染まった。腕を振り血肉を払いながら、鷲は叫んだ。

「全員、八つ裂きにしてやる!」

 眼前で銃を構えている相手に、少しも怯まず刀を振り下ろす。息もつかず振り下ろした刀は男の身体に深く入った。男達は異様な鷲の雰囲気に圧倒されていた。まずいと思ったのか逃げ出した男がいた。鷲は逃げる人間も容赦なく追いかけ、盲目的に刀と共に体当たりしていた。

 血まみれになった身体が路上に転がる。今まで共に戦って来た御堂でさえ、鬼神のような鷲を前にどうしていいか分からなくなっていた。
 動かない血まみれの身体に、鷲はなおも刀を突きたてていた。彼が刀を抜くたびに、刀の先から血が滴り落ちている。

「鷲、もういい! こいつらはみんな死んでいる。もうやめろ、充分だ! やめてくれ!」
 御堂が背後から身体を掴んで揺さぶると、鷲は汗と血にまみれた刀の柄から手を離した。

「冬華! ねぇ、しっかりして。目を開けて!」
 ゆかりんの悲痛な声で、鷲は我に返って冬華に駆け寄る。
「おい、大丈夫か! 生きてるか! お前が死んだら鷲はどうするんだよ!」
 御堂が呼ぶが返事はない。

「冬華、しっかりしろ。約束しただろう? もう離れ離れにならないって」
 鷲は彼女の手を握りしめて名前を叫んだ。しかし、彼女の目は開かれない。それでもなお、鷲は叫び続けた。
「お願いだ、やっと逢えたんだ、彼女を奪わないでくれ……」

 再び生きて会おうと約束し、その約束を果たせぬまま、己の命は尽きた。彼女もまた失意の中、その生涯を閉じた。数100年の時が経ち彼女と再び出逢った。だが、出逢ってまだ数か月しか経っていない。それなのに、これから共に生きたいと思っていたのに。

 鷲がどれだけ呼びかけても、冬華が答える事はなかった。
 
「キミたち、うちの車に彼女を乗せてくれ。とにかく病院へ運ぼう」
 斎藤さんの兄が家から出てきて車の後部ドアを開ける。息子さんが心配そうな顔で、タオルケットを差しだした。
「これを彼女に……」
「ありがとうございます」
 
 ゆかりんが受け取って、冬華の身体に掛けた。
「騒ぎ声が聞こえたから、窓から外を見たんだ。彼女が男達と言い争っていた。何とかしなければと思ったんだが、相手は何人もいて銃を持っているし……何もできなくて申し訳ない。無理をしてでも助けるべきだった。本当にすまない」
 
 斎藤さんの兄に深々と頭を下げられ、鷲はゆっくりと首を振った。
「いえ、気にしないでください。怪我がなくてよかったです。病院までお願いできますか」

「もちろんだ。早く運ぼう」
 鷲は御堂に刀を預け、車の後部座席にそっと冬華を横たえた。

「一人で大丈夫か」
「ああ、後は頼む」
 鷲は御堂の言葉に頷いた。

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