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3章 歪みゆくリオン

95話 幸せの時間

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 孤児院で起きた事件も落ち着いて、今日はエルザさんとエリスを家に招いている。
 エリスは危ない瞬間もあったし、フェミルとできるだけ一緒に居させてやりたかった。
 転じてエルザさんは、久しぶりに落ち着いて一緒に話すという目的もある。
 孤児院にはディヴァリアが別の人を派遣しているので、たまにはゆっくりしてほしいという意図も。
 何にせよ、今日は俺も心を落ち着かせられる日だ。エルザさんもエリスも、一緒にいて楽しい相手だからな。

「リオンさん、先日はお疲れ様でした。とても傷ついておられたので、心配でした。ですが、今は大丈夫そうですね」

「お兄ちゃん、傷だらけだったもんね……あんなこと、もう無いといいね」

「ああ、そうだな。二度と起きてはいけない事件だ。ディヴァリアも対策してくれるらしいし、きっと問題ないはずだ」

 ディヴァリアがその辺で意図的に手を抜くとは思えない。そして、しっかりやれば誰よりも成果を出せる人だからな。
 俺にはある程度は意図を知られても良いと思っているのだから、孤児院に何かするつもりならば、分かるはずだ。
 そうでないならば、俺はディヴァリアが起こした事件など、ほとんど知らないままだろうから。

 結局のところ、俺はディヴァリアの善意を信じるしかできない。
 本気で孤児院の人を殺すつもりならば、俺が命をかけたところで無駄だ。
 だが、きっとディヴァリアにだって情はある。ノエルやエルザさん、ミナ達にサクラ。彼女たちのことを大切に思ってくれているはずだ。
 その感情がある限り、みんなのつながりの1つである孤児院を壊したりしないだろう。

 だから、いま以上に俺の大切な人達が傷つくことはきっとないはず。
 俺にとって大事な人は、ほとんどがディヴァリアにとっても大事な人だから。
 わざわざ自分にとっての友達を傷つけるほど、ディヴァリアは異常ではないはずだ。
 だからこそ、情が湧いてしまうのだが。俺達のことなんてどうでもいいと思っている相手なら、俺だってもっと敵視できた。

 あるいは、俺の感情すら計算されているのかもしれないが。そうだったら完敗だな。
 まあ、今考えた可能性を想定しても仕方がない。対策の打ちようがないのだから。
 どうにもならないことに対応しようとしても無駄だ。だから、いまは目の前のエルザさん達に集中しよう。

「聖女様のお力添えがあるのなら、安心ですね。あの方がどれほど孤児院のために力を尽くしてくださったか、知らない私ではありませんから」

「聖女さま、とってもやさしいんだよね! ノエルちゃんからも聞いたよ!」

 ノエルは本当にディヴァリアに懐いているよな。まあ、次の日の食事も怪しいという状況から救われたのだから、恩を感じるのは当然か。
 まあ、外面はとても素晴らしいんだ。孤児や娼婦を始めとする社会的弱者が助けられたのは事実。
 だから、ディヴァリアがいるという事実も、悪いことばかりではないんだ。実際に救われた人がいるのだからな。

「ああ、そうだな。ノエルはディヴァリアがいたから、いまも健やかに過ごせているんだ」

「そうですね。ノエルから、私達の孤児院は始まりました。あの子が居たという事実は大きいです」

「なるほど~! ノエルちゃんが初めてなんだ! いちばんめだね!」

「ああ。俺とディヴァリアで、孤児だったノエルを連れてきたんだ。エルザさんに預けて、本当に良かったよ」

「そう言っていただけて嬉しいです。私もノエル達は大好きですから、孤児院の母役は天職だったのだと思いますね」

 まったくだ。この人に向いていないなんて言ったら、向いている人はいなくなる。
 いつも穏やかな笑顔で、それでも甘やかしすぎないバランス感覚は素晴らしいと思っている。
 俺は両親が親で居てくれてよかったと信じている。だが、エルザさんが親代わりでも、きっと幸せになれただろうな。
 この人に育てられる子ども達は、みんな笑顔だからな。最高の親となれる人だろうさ。

「俺も同感ですね。エルザさんなら、本当の母親としても、きっと最高なのでしょう」

「口説いているんですか? ……冗談です。リオンさんの親になるというもしもは、楽しそうですね」

「エリスはお兄ちゃんの妹がいいかも! きっと優しいよね、お兄ちゃん」

 この人達が本当の家族だったなら、それは確かに楽しかっただろうな。
 だが、今の関係がきっと一番いいと思う。大切な時間を積み重ねてきた今が。
 エルザさんとはノエルやディヴァリアを通したつながりがあるし、エリスとはフェミルとの関係もある。
 そんな今が、数え切れないほどの奇跡が積み重なった今が、最高に決まっている。

「エルザさんみたいな母親なら、きっと甘えるだろうし、エリスみたいな妹なら、きっと可愛がるだろうな」

「リオンさんに甘えられるのですか。それは、ゾクゾクしそうですね」

 エルザさんは、いつもの穏やかな表情とは違う、少し妖艶ようえんな笑みを浮かべている。
 なんだか、意外な一面だという感じだな。エルザさんとは長い付き合いだが、まだまだ知らないことはある。
 これからもっと、エルザさんを始めとしたみんなのことを知っていきたい。きっと、どんな一面だろうと好きになれるはずだから。

「お兄ちゃんなら、いろいろとおねだりしてもいいかも。ねえねえ、頭をなでて?」

「もちろん構わない。エリスは可愛いな。将来は魔性の女になりそうだ」

「ましょうのおんな?」

「男の人にモテモテだということですよ。確かに、エリスは魅力的な大人の女になる才能がありそうです」

「エリス、別にモテモテじゃなくてもいいよ。お兄ちゃんが好きになってくれるなら!」

 本当に愛らしいことだ。今のエリスですら、同年代の男は放っておかないと思う。
 それくらいには、エリスは魅力的なはずだ。それにしても、エルザさんは子ども慣れしているな。
 俺がうまく説明できなかったことを、しっかりとエリスに理解させてくれる。
 やはり、知性という意味でもエルザさんは優れている。子どもに分かるように話すのも、頭が良くないとな。

「俺はエリスが大好きだぞ。だから、エリスが死にそうな時は苦しかった。俺のせいでエリスが死ぬかもしれないと思うと」

「うん。お兄ちゃんのためにも、ちゃんと生きてあげるから。だから、泣かないで、お兄ちゃん」

 俺は泣きそうな顔をしているのか。だが、当たり前だよな。目の前でエリスを失いそうになったことは、今でも思い出す。
 絶対に、あの時のような思いはしない。だからこそ、もっと強くなってみせる。どこまでも。どれほど努力してでも。

「大丈夫ですよ、リオンさん。ほら、私達と手をつなぎましょう。暖かさを感じますよね? これが、私達が生きている証です」

 両手をエルザさんとエリスに握られる。伝わってくる体温からは、確かに2人の生を感じた。
 やはり、エルザさんは聖母とでも言うべき存在だな。俺の悩みも、簡単に解決してしまう。
 いま感じている暖かさのためならば、どれほど苦しい道だとしても、進んでみせる。
 だから、絶対にみんなの命は失わせない。何をしてでも。他の誰を犠牲にしても。

「ありがとう、エルザさん。やはり、エルザさんは素晴らしい人だ」

「リオンさんにそう言っていただけるなら、私がここに来た甲斐があります。ねえ、リオンさん。これからもずっと、孤児院と私を、よろしくお願いしますね」


――――――


 私はリオンを活躍させるための計画として、次にキュアンを利用した。
 マリオとエギルが死んでから、キュアンは孤独になっている。だから、良からぬ思想を吹き込ませるなんて簡単だった。
 そして、リオンに対する恨みを晴らすために、孤児院を襲撃する。そんな計画を立てさせた。

 念のため、エリスとエルザは犠牲にならないように気を使った。
 フェミルはリオンの使用人としてうまくやっているから、関係を壊させたくなかったからね。
 リオンの使用人になったフェミルは、体を使ってリオンをなぐさめても良いと思っている。
 とはいえ、恋愛感情や欲望というよりは、リオンのためになることが思い付けば何でもいいという感じ。

 だから、こちらで誘導してやれば、きっとリオンの素晴らしい味方になってくれる。
 リオンはどこかで孤独を感じている雰囲気があるから、味方が増えるのは大事なことだ。
 私はリオンを活躍させたい。だけど、戦い続けたリオンの心を折りたいわけじゃないから。
 そのためには、リオンの味方は1人でも多い方がいい。だから、フェミルは大切にしないとね。

 一応、ミナに孤児院の襲撃を見つけてもらうように状況を操作はした。
 それでも、万が一があるかもしれない。その時には、エルザに力を発揮して貰う予定だったんだ。

「ところでエルザ、エリスが危なかったそうだね。見捨てるつもりだったの?」

 いま目の前にエルザがいるので、今回の件の報告を受けている。
 エルザのことだから、きっと何か考えがあったのだろうけれど。何なのかな。

「いえ、あれくらいの状況なら、私の手でどうにかできました。シルクさん達の動きは把握はあくしていたので」

 エルザはもともと暗殺者だったんだよね。それで、私は孤児院の母役をさせるついでに、暗殺の依頼をしてもおかしくない状況を作るつもりだった。

――人は案外、人目のあるところでの怪しい行動は見逃すものなんだ。悪人はコソコソしてるって思われてるんだよね。

 そんなリオンの言葉に基づいた発想で。
 ただ、思ったよりエルザが孤児院にのめり込んじゃって、少しだけ困ったんだよね。
 代わりの暗殺者はエルザに紹介してもらっていたから、本当に少しだけだけど。

 とはいえ、結果としては良かったと思っているよ。 
 ノエルが健やかに育ってくれたのは、エルザのおかげ。それに、エルザ自身も、私にとって大切な相手になっていた。
 だから、エルザがリオンに正体を隠したいなら、それでも良いと思っているんだ。

「なるほどね。それで、リオンはどうだった?」

「素晴らしかったです。ボロボロになりながら子ども達を守る姿は、まさに勇者と言っていいですね」

「エルザから見てもなんだね。なら、リオンはきっと、もっと人気になるね」

「ええ。聖女と勇者の結婚の日も、近いと思います」

 エルザの言うとおりだと思うな。もう少し、ほんのちょっとだけ遠く。そこにリオンとの結婚が待っている。

 だから、もう少しだけ頑張ってね、リオン。その先に、誰も味わえない幸福を用意してあげるから。
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