転生令嬢は覆面ズをゆく

唄宮 和泉

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第四章 魔導王国

#108 月明かりの森

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 背中を何かが触れる。そっと優しく、壊れ物を扱うように座らされたようだ。
「……?」
 フェーリエがゆっくりと目を開けると、そこは木が生い茂る森だった。人工的に空に映されている満月の光が、木々の隙間から見える。
 そして、フェーリエの目の前には、銀色の毛並みの狼がいた。狼は、青みがかった紫の目でこちらを見つめていた。
「けんし、さん……?」
 小さく呼びかけると、彼は目を伏せ気遣わしげに声をかけてきた。
『体は、大丈夫か?』
 一体どこから声が発せられているのだろうか。少し興味が湧いた。
「……はい、大丈夫です。……その姿は獣化、ですか?」
 獣化、それは獣人族に連なる者が使える力だ。端的に言えば、ヒトが獣になる力。身体能力も劇的に上がり、戦闘には適している。
『……』
 フェーリエの問いかけに、ユースは黙って頷いた。彼も、出来れば隠したかった力だろう。元々、獣人族は差別されやすい。文明人として、獣、野生が強く残っている彼らの存在は理解できないらしい。みんな違ってみんな良い。それではいけないのだろうか。
「ありがとうございます、助けていただいて。……使いたく、なかったでしょう?」
 拒絶しないという意思を込めて、ユースを見つめる。
 ユースが獣人族であることは薄々わかっていた。魔法を使わずとも高い身体能力、そして優れた五感は、獣人族の特徴だったからだ。
 とは言え、獣人族の血を引いていると獣耳や尻尾が生えていることもあるが、彼はそうではなかった。だから、血は薄いのだろうと思っていた。
(でも、獣化が出来るってことは、少なくともハーフ、よね。貴族でハーフ、私以上に苦労したはずだわ)
 彼があまり感情を出さないのは、それが関係しているのだろうか。
『あの場では、この方法が最適だった。気にするな』
 決して否定はしない。そこに彼の本音があった。
「わかりました。ところで、どうやってこの森まで来たんですか?」
『最初の穴以外にも複数穴が空いていた。そこを駆け上がった場所がここだ』
 ユースが首を右に向ける。その視線を追いかけると、ぽっかりと穴が空いていた。女王のいた場所の穴より小さいが、ヒトが五人ほど同時に落ちられそうな大きさだ。
「あの穴を駆け上がったんですか……」
『この姿なら簡単にできる。それより、アウラは大丈夫か?』
「アウラですか?……魔力空間で休んでいますね。消費した力を回復してます。心配しなくても、もう暫くしたら出てきますよ」
 自身の内側に意識を集中させ、アウラの気配を探る。魔力空間とは、使い魔が普段休む目に見えない空間だ。契約者の魔力により無意識に生成され、契約者以外関与することは出来ない。勿論、仮契約であったウルティムは魔力空間を知らない。
『そうか……。それなら良い』
 フェーリエは少し前の状況を思い出す。あの状況では、恐らくフェーリエだけしか連れ出せなかっただろう。アウラが空間に逃げ込めたかどうか、気にしていたようだ。
 ウルティムを抑えられず、ここまで放っておいたフェーリエのせいだというのに、ユースは優しい人だ。
 フェーリエは薄く微笑んだ。

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