【完結】イトコに恋して

桐生千種

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第3章 わいわい、ミッション

第1話 心、ここにあらず *加瀬彩梨*

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 05年3月30日水曜日。

 今日は、直樹の壮行会がある。

 桜ちゃんと雪乃君と、栞ちゃんと直樹の卒業祝い兼入学祝いも兼ねて、他にも私たちの進級祝いと、加瀬拓哉の歓迎会も兼ねて、とりあえず何でもいいからみんなで集まってわいわい飲んだり食べたりしようっていう会が今日、ウチで開かれる。

 ……帰りたくない。

 明日には直樹は家を出ちゃうし。

 お父さんはもう家を出て、転勤先に引っ越ししちゃったし。

 明日には、直樹と「サヨナラ」しなくちゃいけない。

 今日、直樹に会ったら別れが辛くなる……。
 きっと泣いちゃうから……、このまま会わないで明日が過ぎれば……。

「彩梨!!」
「っ!? はい!!」

 マナさんに声をかけられてしまった。
 これはどう見てもいい意味ではなく、悪い意味で声をかけられている。

 今は部活中。 
 私が通う、私立桜月学園付属桜ノ女子高等学校の3階、3年E組とF組の前の廊下が私たち演劇部の活動場所。

 今日はここで、基礎トレーニングメニューのひとつであるダンスの強化練習日で、今は「1回通して踊るように」と言われていたのに……。

 私が、止めてしまった。
 曲が止められた静寂の中、みんなが私を見ている。
 視線が痛い。

「今、何を考えていた?」

 マナさんに言われて口籠る。

 女の子でありながら、王子と呼ばれるカッコイイ演劇部の部長――マナさんこと、八王子真華さん。

 みんなの憧れのマナさんに、よくない意味で声をかけられた私……。

 泣きたい……。

「心ここにあらずって、全身で表現していたけど何か考えごと?」

 そう言ってくれたのは、副部長――能登世良さん。

 世良さんはマナさんとは対照的で、マナさんが王子なら世良さんは王女。
 マナさんと世良さんが並ぶと、まさに美男美女のカップルみたいで絵になる。

「はい……。すみません……」

 でも、今の私は怒られてるわけで……。
 泣きたい……。

「外に出て、少し頭を冷やして来るといい」
「はい……」
 
 マナさんに言われて、私は活動場所をあとにする。

「もう1度最初から!」
「はい!!」

 背後から、マナさんとみんなの声が聞こえて、ダンスの曲が流れてきて、さらに落ち込む。

「はあ……」

 ヤル気ないって、思われちゃったかな……。

 今日の練習、楽しみにしてたのに……。

「はあ……」

 気分がどんどん落ち込んでいく。

 冷たい外の空気は、頭を冷やすのにちょうどいい。

「あーやーりーちゃーん!!」

 どこからともなく聞こえてきた、聞き覚えのある声にその方角を見る。

 この桜ノ女子高の生徒ではないけど、最近よくマナさん目当てで女子校の部室まで乗り込んで来る桜月学園の男子生徒――姫宮悠先輩が、校門のところからブンブンと手を振っていた。

 呼ばれているようなので近づくと、そこには姫宮先輩だけでなく、他に2人のお友達――相沢章先輩と久世紘正先輩がいた。

 章先輩はウチのお隣さんで、雪音先輩の彼氏さん。
 久世先輩は世良さんの許嫁の肩書きを持つ、世良さんにベタ惚れな先輩。

「どうしたんですか? こんなところで。姫宮先輩なんて、いつも勝手に堂々と乗り込んでくるのに」

「えへへっ。今日もそのつもりだったんだけどねー」

 そう言う姫宮先輩は女の子みたいで、この可愛さで男の子だなんて詐欺だっ!!

「俺らが止めたの。いくら女の子みたいな見てくれだっていっても、男子が女子校に勝手に入って行くのは問題でしょ」

 そう言う久世先輩は「はあ」と両手に息を吹きかけて、寒そう。

「寒そうですね。カイロ要りますか?」

 そう聞けば、返って来たのは章先輩からの言葉。

「それ、こっちのセリフなんだけど」

 言葉と同時に冷めた視線が注がれる。

「もう春とは言え、未だ3月。つい先週も雪が降ったって言うのに、薄っぺらいジャージ姿で外に出て寒くないの?」

「……どおりで」

 寒いわけだ。
 足がガクガクして、背筋がゾクゾクするのはそのせいか。

「キミはバカなのかな?」
「気落ちし過ぎてそれどころじゃありませんでした」

 本当に、寒さどころじゃなくて、むしろ頭を冷やすにはちょうどいいかな、くらいに思っていた。

「何かあったの?」

 心配してくれる久世先輩に、話すかどうか悩む。

「ちょっと、ぼーっとしてて、失敗しちゃって。頭冷やして来いって、言われちゃいました」

 当たり障りのない程度に話す。

「先輩たちは、どうしたんですか? もう春休みですよね?」

 学校が違うと言っても、先輩たちが通う桜月学園と私が通う桜ノ女子高は同じ系列の学校で、春休みも同じタイミングで入っているはず。

 なのに、先輩たちは3人ともきっちり制服姿でここにいる。

「俺は、直樹君と清花ちゃんに頼まれて、ね」

 章先輩が言った。

「今日の壮行会、彩梨ちゃんが逃げないように、連れて帰って来てほしいって頼まれて」
「う゛……」

 さすがキョーダイ。
 考えを読まれている。

「い、いやだなあ。ちゃんと参加しますよ」

 部活が終わったあとに居残り自主練してから、みんながご飯を食べ終わったくらいに遅刻で参加して、みんながゲームをしているときにご飯をたべて、そのままお開きになるまでもそもそご飯してようかなって思っているけど。

「だから、こんなところで待ってなくていいですよ、寒いですし。先に帰ってください」

 そう言うと、ニコリと章先輩が笑った。

「そんな気遣い、要らないよ?」

 キレイな顔をして、キレイに笑う章先輩。

「もう何時間待ったと思ってるの? 紘正まで巻き込んで待ってたのに、今さら帰れなんて言わないよね? 俺と雪音の時間を犠牲にしてまで、ヤロー2人とこの寒空の下、嫌々ながらも待っていたのに、今さらそんなこと言うわけないよね? 俺たちが待ってた時間、ムダにするようなこと、彩梨ちゃんがするわけないよね?」

 ええー……。
 何だろう。
 なんでかわからないけど、笑ってるはずの章先輩がなんかこわい。

「おい、章……。お前、その笑いながら人を威圧するのやめろよ。怖がってんじゃん」

 久世先輩が言う。

「あ、いや、怖がっては……」

 そんな失礼なこと、肯定するわけにはいかない……。

「どうして? 俺の特技なのに」

 肯定します。
 章先輩、こわいです……。

「よしよし。まったく、こわい先輩だねー」

「あ、の……、姫宮先輩?」

 なぜか姫宮先輩の手で巻かれたマフラー。

「ふふっ。貸してあげる」

「か、借りれませんっ!! 先輩が寒いじゃないですかっ!!」

 外そうとしたけど、ぎゅうと両手を握られて外せない。

「いーの。女の子が身体冷やしちゃダメなんだよ? それに」

 ちょっとだけ、姫宮先輩がウキウキしているようみ見えたのは多分、気のせいじゃない。

「僕のマフラーを見て、真華ちゃんが嫉妬とかしてくれるかもしれないしっ!」

 姫宮先輩が夢見る少女のように目を輝かせている。

 けど、姫宮先輩。
 マナさんは、そんなキャラじゃないと思います……。
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