桜1/2

平野水面

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エピローグ

桜1/2

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 桜並木の堤防は今年も薄紅色に染まった。
 少し肌寒い日曜日の正午前、私と至恩はお花見デートをしていた。
 左手をアウターのポケットに入れ、右手は温もり欲しさに至恩の左手と複雑に絡めた。
 堤防の桜のトンネルをくぐる。
 時折吹く風が桜の枝を揺らし花弁を散らして行く。
 ひらひらと舞い落ちる一片の花弁の行方を追い続けると灰色の遊歩道の上に落ちた。
 その花弁を去年デートした至恩と重ね合わせ物思いに耽る。
 私の心の声は漏れていた。
「人生とは徒桜のようね」
 脈絡もなく放った言葉に、至恩は小首を傾げて訊ねてきた。
「いきなりなんだよ恵。その徒桜ってどんな意味があるんだ?」
「簡単には言えば儚く散る桜の花かな。儚いものの例えとして使われる。季語として使われているわね」
「お、おう……そうか」
 こういった文学的な話をすると言葉少なめになる至恩。
 途切れた会話を強引に繋いだ。
「彼との約束は果たせなかった。それは私だけじゃなく麗もね」
「……ああ、あれな。パチもんは恵と麗に桜を見に行こうと約束した件な」
「うん」
 再び風が吹いてまた桜を散らす。
 落ちていく花弁をまた目で追った。
 そして再び物思いに耽る。

 去年、お花見デートした至恩はもういない。
 私たちはあの夏の出来事を『奇跡の夏』と呼んでいる。
 月島家ではおじさんが至恩を救ったとして、英雄のように祀り上げられていた。
 この先ずっと月島家では、伝説として末代まで語り継がれていくだろう。
 けれど私はあの「奇跡の夏」を違う解釈をしている。
 あの日、花火のようにパッと現れ、花火のようにスッと消えていったおじさん。
 至恩の記憶が戻った僅かな時間確かにあの場に存在していた。
 月島家ではもう一人の至恩は、おじさんの魂だったと結論づけている。
 確かに科学的に、医学的にも解明が困難なあの現象を心霊現象として扱えば説明は簡単だ。
 でも私は彼をオカルト的な存在として扱いたくはなかった。
 上手く説明はできないし、ただの感情論に過ぎないかもしれない。
 けれど一つだけ言える事は、消滅した至恩の人格は、おじさんの人格と全く違うと考えている。
 家族ぐるみで関わってきた私にはおじさんの性格を知っているからだ。
 私を愛してくれた至恩、麗が愛した至恩が、おじさん本人だったと思いたくはないのだ。
 私はそうは思い込むことで何とか乗り越えてきた。
 けれど麗はそうはいかなかった。
 元気が取り柄の麗があんなに落ち込むとは思わなかった。
 その影響かレースでは凡走が続き極度のスランプに陥った。
 麗の心は不安定になって「こんな恥ずかしい姿を彼に見せたくない。もう走るのを辞めたい」とまで言い出した。
 私たちは懸命に麗を励まし支え続けた。
 特にあの鈴村が献身的に支えた。
 色々と衝突もあったけれど、麗は徐々に復調していった。
 その復調と歩調を合わせるように、麗の男っぽい口調は徐々に女の子の口調へと変わっていった。
 むしろ元に戻ったんだと思う。
 そこから麗の快進撃が始まった。
 麗が走るレースは全てぶっちぎりの優勝で、遂には日本女子短距離走の記録すらあっさりと塗り替えてしまった。
 そして麗は時の人へ。
 メディアからは「女子初のファイナリスト進出か」とか、「入賞も夢ではない」と大々的に報じられるようになった。
 その本人はというと「メダルを狙う」と気合い入りまくりである。 
 少し気負いすぎかなとも思えるけれど、今はこれくらいが丁度良いのかもしれない。
 麗は少しずつ着実に目標と伝説に近づいていた。
 そして私の方はというと――。
「おい、どうしたんだよ急にぼんやりして?」
「あ、ごめん。少し考え事していた」
「もしかしてパチもんの事か? デート中なんだから、俺のことだけ考えろよ」
 至恩は口を尖らせてふて腐れた。
 私は右肩で至恩の左腕に軽いタックルをして挑発的に言った。
「あれれ、ひょっとしてやきもち?」
「バ、バーカ、俺はそんな小さい男じゃねえーし。大体パチもんは父さんだったわけだし」 
「それは言わない約束よ至恩。麗たちと喧嘩になっちゃうから」
 至恩は天を仰ぎ「ああ、そうだったな」と呟いた。
 私は繋いだ右手を離して至恩の脇腹へ軽いグーパンを入れた。
 くの字に曲がる至恩の体。
 そのままの体制で恨めしそうに私を見上げて言った。
 「痛っ。殴んなよ武闘派文学少女」
 「あれれ? 無駄に良い語彙力を発揮するようになったわね。次作の小説に使ってみよ」
「あ、そう言えば俺を主人公にした小説はどうなった?」
 質問を終えたと同時に体勢を戻した至恩の脇腹へ再びグーパンをして言った。
「主人公は至恩じゃなくてパチもんくんよ。まあそれは一旦置いといて。昨晩遂に書き終えたわよ。あとは小説投稿サイトで公開するだけよ」
「マジか早。てか受験生だったのに小説書いてたのかよ。恵ってヤベー奴だな」
「そうよ。私は容姿端麗で頭脳明晰、そして進取果敢しんしゅかかんのスーパー大学生なんだから」
 至恩が残念そうに私を見ていたのでちょっと苛ついた。
 なのでポケットからスマホを取り出して挑発的に言った。
「今すぐ読めるけど、どうする?」
「今すぐ読む。今すぐあの喫茶店に行って読ませてくれ」
「ちょっと待って。実はまだタイトルが決まってないの。候補が二つあるんだけど、どっちにするかで悩んでいてね……それで至恩の出番よ。手伝ってほしいのよタイトル選びをね」
 ポケットからタイトルを書いた紙を取り出す。
 互いに体を寄せあいタイトルを選ぶ。
 至恩は声に出してタイトルを読んだ。
「えーと、Aが『この花火の下で最後のキスを』か。Bが『桜1/2』か……よーし決めたぜ。俺は――」
「待って。『せーの』でお気に入りのタイトルを指差そうよ」
「ええ……別の奴を選ぶと俺が大怪我する究極の選択じゃん」
「じゃあ行くわよ――せーの」
 至恩に考える暇を与えずに選択を急かした。
 私と至恩が選んだタイトルは一緒だった。
 私たちは同じタイミングで天を仰ぎ、桜を眺めながら同じでタイミングで言った。
「だって桜が綺麗だから」
 こんなにも色々とシンクロしちゃうと笑うしかない。
 しばらく桜を眺めていると至恩のお腹が「グウ」と鳴った。
 私はお腹を抱えて笑う。
 だって至恩は顔を真っ赤にさせて口を真一文字に結び羞恥心に堪え忍んでいるのだから。
 たくさん笑って満足した後は、皮肉たっぷりのフォローを入れてあげた。
「流石は至恩ね。せっかくの良い雰囲気を台無しする所は記憶を失くす前とちっとも変わってない。そういうポンコツな所が好きよ」
「おいその言い方。褒めると言うよりは貶しているだろそれ」
「褒めてるのよ。と言うことで素敵でポンコツの至恩は、喫茶店のランチをおごってくれるよね?」
 上目遣いで至恩に甘えてみる。
 至恩は目を反らし鼻で笑ってから言った。
「大学生が高校生におごらせるとか正気の沙汰じゃねえな。せめて割り勘だろ」
「あら私たち同い年よ。しかも十八才の成人。大人の男性ならつべこべ言わず出すもの出しなさいよ」
「ちっ、新手のカツアゲかよ。恵には敵わねえな。ほら手を出せよ」
 右手を差し出すと、至恩は私の手を引いて少し前を歩く。
 記憶を失くす前は、私が至恩の手を引いて歩くことが殆んどだったのに、今では至恩が私をリードしてくれるようになった。
 あの『奇跡の夏』が至恩を変えたのかもしれない。
 前よりも広く逞しくなった背を眺めながら桜のトンネルを行く。
 愛する人と歩幅を合わせて。

 〈了〉
 
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