鬼母(おにばば)日記

歌あそべ

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ひろし 村を出るまで

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 母 十代子

ひろしの母親十代子は、お見合いで結婚して村にやって来た。
小柄で細くて、まだ少女にしか見えなかった。
学校を卒業してから就職もしてなかったから、仕事の経験もなかったけど、さっそく馴れない野良仕事にかり出された。
それは十代子にはきつい仕事だったけど、舅はいつも怒ったような顔で、怖くて何も言えず、ただ従うしかなかった。

十代子の夫となったのは、10才年上の無愛想な人だった。
最初はやさしかったけど、気にいらないことがあるときつい表情になり、話しかけるのもためらわれた。
夫は会社員で、朝早く出勤して帰りが遅いこともあった。
家事や野良仕事で疲れ切った十代子は、仕事がつらいと言いたかったけど、疲れた顔で帰宅した夫には何も言えなかった。

1年と少し経って、妊娠したことがわかったけど、つわりに苦しんでいる時も、舅は畑の仕事を休ませてはくれなかった。

妊娠している時期も、容赦なくこき使われ、十代子はつわりに苦しみながらも、朝早くから畑仕事を手伝った。
産後も、三日も経たない内に働らかされた。

疲れ果てた十代子は、産まれたばかりの子が泣いてもあやす気にもならず、苛立つだけだった。
それどころかそのうち、お乳をほしがって泣く子を、自分を困らせる悪魔の子のように感じるようになった。
到底かわいいと思えないのだった。

愛されない子供、ひろしは、色白で小柄なところは母親十代子に似て、とてもかわいい子供だった。
両親にかまってもらえないひろしは、ひろしの祖母松子に育てられた。

 
 父 文治

ひろしの父、文治は厳しい人で、ひろしの相手をしてくれることは滅多になかった。

ひろしが何かいたずらをしたりすると、怒ってひろしの頬を叩いたり、家の外に放り出したりした。

でもある日、ひろしに自転車を買ってくれた。
文治がひろしのために何かを買い与えてくれたのは、この一度切りだった。

それから1年経たないある日、父文治は、しんどいと言って寝込んでしまった。
十代子が医者を読んだ。
医者は、肝臓が悪いようだから入院した方がいいと言ったけど、
いや、このままでいい
このまましばらく休ませてくれ
と文治は言って、もう元の動ける身体に戻ることはなく、そのまま死んでしまった。

その後すぐ、十代子は赤ちゃんを産んだ。
ひろしの妹だ。
ひろしの時は、産まれた子にかまうこともしなかった十代子だけど、女の子には大騒ぎでかかりっきりになり、文治の死を悲しむひまもない様子だった。

一度だけ、おやじに遊園地に連れて行ってもらったことがある。
ひろしは私にそう言った。

ひろしは私にお父さんの話をほとんどしなかった。
お父さんはやさしかったの?
と私が聞いたら、
よく叩かれた
と答えただけ。
でも、最近何かのはずみで、おやじによく怒られた
とか話し出したので、
お父さん、厳しい人だったの?
って聞いたら、
厳しいどころか、もうこき使われたり怒鳴られたり叩かれたり、家来と言うか…奴隷みたいやった。
とか言うひろし。

ひぇ~
そこまできつい人だとは思わなかった。
私は勝手に、
仕事熱心で真面目で、あまり子供の相手はしない寡黙な人。
と言う感じの想像をしていたのだ。


遊園地に行って何をしたのかも、もう夫は覚えてないのかもしれない。
お父さんが亡くなった時のことも、肝臓が悪かったとしか夫は言わないから、ここに書いたのはほとんど私の想像だ。
ただ、当時は病気になっても病院に行くこともなく、夫も子供の頃は風邪を引いても熱が出ても、医者に診せることもなく薬も飲まず、放っておかれたと言う。


 祖父 宗吉

ちょっと自由になったひろしは、高校生になるとオートバイを買って乗り回す。免許なくても平気。
何にもない田舎で、周囲は自分ちの土地だったから。
やがてクルマの免許を取れる年齢になると、すぐに免許を取ってクルマを買った。

ある日、鯉でも飼おうと思いたった。
錦鯉を7匹買って、大きな袋に入れてもらい、クルマに乗せて帰った。
嬉しくて、鼻歌を歌いながら。

で、帰ってさっそく、家の庭にある小さな池に鯉を放した。
7匹の鯉たちは、喜んで元気に泳ぎ出す。
…はずだった。

実際は…
鯉たちはグッタリとして動かず、結局7匹の内6匹は死んでしまった。
なんてこった!

そうか~
冷たい池にいきなり放りこんだの、まずかったな。
クルマの中はかなり温度が高くなっていて、鯉たちが入れられていたビニールの袋の中の水はまるで風呂の湯みたいになっていたのだ。
それを、いきなり冷たい水に…
あ~あ、しくじったぁ!

だけど、奇跡的に、1匹生きていた。
頼むよ、元気に生きてくれ!
ひろしは心から祈った。

ところが…
数日後、その1匹が姿を消している。
どうしたんだろう。
猫か何かにやられたか?

しかしその後すぐに、その鯉が台所のまな板の上にいるのを発見。

なんてこった!
ひろしの祖父、宗吉の仕業だ。

鯉はすでに煮付けにされていて、皿に乗りやすいように2分割にされていた。
その後も、ひろしが池に鯉を放つ度に宗吉に食べられてしまうので、さすがにもうひろしは鯉を飼うのは諦めた。

宗吉は自由な人で、人の言うことは聞かないし、人に気を遣うこともなく、いつもえらそうにしている人だった。

ひろしは実のなる木が好きだったので、サクランボの苗木を買ってきて、庭に植えて楽しみにしていたら、1か月も経たないうちに宗吉に引っこ抜かれていた。


 祖母 松子

ひろしの祖母松子は、よく動く気のいい人で、ひろしの母十代子がひろしをかまわない分、ひろしをかわいがった。
十代子がひろしに何もしてやらないので、松子が衣服とか色々買い与え、松子がひろしを育てたと言ってもいいくらいだった。

農作業もしたし、農作物やどこかで仕入れた物をたくさんかかえて遠くの街まで売りに行ったり、よく働く人だった。


ひろしがバイクを買って乗り回していたある日、突然お気に入りのバイクは消えた。
街で誰かに盗まれたのだ。
ひろしのショックは計り知れなかった。

それから、数ヶ月経って…
そのバイクと、バイクを盗んだ犯人が見つかったと言う。
そして、突然、その犯人とその父親が家を訪ねて来た。
突然だったので、ひろしは家にいなかった。
いたのはひろしの祖母、松子。

こんな田舎まで、よう来てくれはったな
遠かったでしょう
と犯人親子を迎える松子。

この度は本当にすみません。
お預かりしてた物をお返しに来ました。
と、頭を下げる2人は、茶髪の若者とはげ頭のおやじ。

まぁ、お茶でも飲んで行き
と、松子は2人を招き入れ、お茶とお茶菓子を出した。

本当にすみませんでした。
つきましては示談にしていただきたくて…
そう言って差し出された書類に、快く署名した松子。
ここに息子の名前、ここにハンコやね、はいはい

そればかりでなく、
帰る時にはお土産に、畑で採れたサツマイモや、裏山の栗の木になった栗の実を山ほど持たせた。

親子2人が帰ったあと、家に戻ったひろし。
話を聞いて、口あんぐりだ。
人の大切な物盗んでおいて、ごめんですまんやろ、普通。
それやのに、土産持たせて帰したと?

それでそいつら、お詫びに何か持って来たんか?

いや、何も。
でも、謝ってはったで。
と言う松子。

呆れ果てたひろしが目にしたのは、
散々改造されて、イケイケに変わり果てた愛車の姿だった。


 愛犬 ポチ

ひろしは会社勤めを始めてから、犬を飼い出した。
名前はポチ。
白い雑種の小型犬。

ところが、母親の十代子は大の犬嫌い。
ポチが家の中で十代子に近付くと、ほうきを持って追いかけ回し、追い払おうとした。

で、ポチは、ひろしが仕事に行って家にいない時は、隅っこで小さくなっていた。

寒い季節は、ストーブの近くに行きたかったけど、十代子が怖いポチは、部屋の隅でじっとひろしの帰りを待っていた。

でも、ひろしが帰って来ると喜んで飛び出して来る。
とたんに大きな顔をしてひろしにひっついて回り、そして、ストーブの真ん前に座る。

電話がかかってきて、それにひろしが出て長電話でもしようものなら、すぐそばに大きな紙袋とか持って来て、噛みついたり踏んだりして、ガサガサ大きな音を出して邪魔をするポチ。

そんなポチのこと、可愛くて仕方ないって様子で、今も私に語るひろし。
何度も聞かされるポチの話。


 ひろし、村を出る

村の会合や、共同墓地の草引きや墓掃除は、すべて参加を強要されており、仕事を休んでも参加しなければならなかった。

父親がいなかったからな、村の行事は全部出なあかんやろ
絶対出なあかんのや
そういうのがきらいなんや
ひろしはそう言った。

会合とか、飲み会とか、村祭りとか…
確かにそういうのが夫は大きらいだ。



村の誰かが死んだらな、若い衆が墓を掘るんや
昔のことやから、土葬やろ
穴を掘って死体を埋めるんやけど、同じ人が死体を埋める穴掘るんは年に1回なんやと
わし、それを知らんかったんや
その年、死ぬ年寄りが多くてな
で、3回めの穴掘ってて、
今年はもう3回めや~
て言ったら、
ええっ!なんやと、あかんで!
年に1回しかあかんのやで、すぐにやめとき!
って言われて、他の人に代わってもらったんや
と言う夫。

なにやら、祟りがあるらしい。
2回も墓穴掘ると。
それを3回も掘るとは…

どういう祟りなんだろうか。
そう言えば、この村の男性たちはあまり長生きできない。
村の女性たちは80代、90代まで生きているのに、男性たちは70代で亡くなるのが普通だった。

( これを書いている時点で私の夫ひろしはすでに70代後半。大丈夫なのか?ひろし💧 )

会社勤めを始めて数年経った頃、ひろしの祖母松子がだんだん弱り、動けなくなり、寝込んでしまった。

一番近い病院に入院させたけど、特に治療もせずそのまま亡くなり、老衰ですとのことだった。
村の女性たちはたいてい長生きしたけど、松子はまだ70代だった。
そこは村の年寄りが弱ると入院して、そのままそこで亡くなる、そういう病院だった。

ひろしの祖父文治の方は、80代になっても元気だった。
結局、90回ってから肺がんが発覚して、93才で亡くなった。

同じ年、ひろしの愛犬ポチも寿命が尽きたのか、死んでしまった。

次の年、ひろしの妹は結婚して村を離れた。

家はひろしと、ひろしの母十代子の2人だけになってしまった。

田舎にいてもしんどくてつらいだけ。
思い知ったひろしは、都会に引っ越したいと思い始めた。

ひろしは、村の土地と家を売り、母十代子と2人で引っ越すことを決めた。
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