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<フリーター籠城編> ~神紙の使い手 エル姫登場~
第四十八話:フリーター、大軍に驚く
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ジーグフリード率いる大軍がダゴダネルの街を囲む。
ゴブリン族の増援は続々と到着し、さらに包囲網が分厚くなる。
形勢は完全に逆転した。
にしても、いったいどれだけの数の兵が集まっているのやら……
城下町の東。
数千のゴブリン兵がごったがえす陣地の中央。
本営の置かれた簡易テントの中で、俺はジーグフリードと再会した。
女騎士エリカ・ヤンセン、エル姫、そして擬人化した守護龍ヴァスケルも一緒だ。
ミイロたちは龍が怖いようで別のテントで休むそうだ。
そんなに怖いかなー? うーん、怖いかもね。はは。
「マイロ、元気そうでなによりです」
ゴブリン族の頂点に君臨するジーグフリードが親しげに話しかけてくる。
数日離れていただけなのに、俺の無事を心底喜んでくれる。
うむ、彼はデキル男なだけでなく、良い奴でもあるな。
「ジーグフリード殿! 我が領主に向って、その呼び方は無礼ですぞ!」
「え!? いや、そんな……」
女騎士エリカ・ヤンセンに叱責されて、ジーグフリードが狼狽える。
彼の泳ぐ目が、俺に向かって懸命に助けを求めてくる。
「『外交団正使エリカ様と下僕のマイロ』の偽装作戦は終了だ。ミイロたちにも事情は説明した。俺のことは、元の通りに領主リューキとして扱ってくれ」
「あ! そういうことでしたか、失礼致しました!」
ゴブリン族の司令官が俺に最敬礼する。
女騎士エリカは、抜いた大剣を鞘に納めなおす。
姐さんヴァスケルは、興味なさげにその光景を眺めている。
おお……姐さんは相変わらず艶っぽくていらっしゃる。
落ち着いた装いに隠し切れない見事なスタイルが、喜ばしいかぎりだ。
それはともかく、エリカはジーグフリードに厳しくないか?
気のせいかな?
規律は大事だけど、生命も大切にね。
「ジーグフリード、戦況を説明してくれ」
「領主リューキ殿。ダゴダネルの奴らは、街の大半を放棄して城に籠った様子。兵は二千も残っていないはず。対する我が軍は四万を超えております。十日とかからず城を落とせるでしょう」
「それはなにより。ところで、どうやってこれほどの兵を集めたんだ?」
「リューキ殿から頂戴した滋養食のおかげです」
「エナ……? ああ、あれか」
一瞬、何のことか分からなかったが、すぐに思い出す。
そう。滋養食とはインスタントスープのこと。
ゴブリン族にとって、食事イコール治療。
しかも、人間界の食料は効果が絶大。
ありがたみを実感してもらうため、滋養食なんて大層な名前もつけたっけ。
「で、この大軍勢と何の関係が?」
「頂いた滋養食を各地のゴブリン族に分配したのですが、ほぼすべての部族から領主リューキ殿に忠誠を誓うとの申し出がありました。事実、各地から軍勢が押し寄せ、ご覧の通りの状況です」
「ほう。よほど気に入ってくれたとみえる」
「気に入るどころではございません。戦功を挙げれば褒美を頂けるとの話を聞き、血気に逸る者も多く、抜け駆けしないようおさえるのに苦労しているくらいです」
おお、なんたることだ!
タナカ商会で買った特売品が、街を囲むほどの大軍勢に化けようとは……
こりゃ、人間界に還るたびに食料品を買い足さないと暴動が起きちゃうかもね。
俺がジーグフリードの報告を聞いていると、伝令が駆けこんでくる。
若いゴブリン兵はひどく狼狽えた様子だった。
「お頭! ダゴダネルから使者が来ただあ!」
「だから『お頭』と呼ぶのはやめろって……まあいい、ダゴダネルの奴らは、この期に及んでなにを交渉するというのだ。降伏以外はありえない!」
「あわわ、ジーグ様。違うだあ。城にいるダゴダネルからでねえ、使者は城の外のダゴダネルから来ただあ!」
「城の外? お前は何を言っているんだ? とりあえず連れてこい!」
ゴブリン兵の伝令が一度退席し、すぐさま戻ってくる。
大柄なホブゴブリンをひとり、後ろに従えている。
武器を持たず、敵意のない態度を示す黒鎧の大男はビタ・ダゴダネルだった。
ビタは、俺が捕虜の立場から解放してやったダゴダネル家の長子。
ブブナ・ダゴダネルとダゴダネル家の跡目争いを演じている男でもある。
「ワーグナーの領主よ、俺様は戻ってきたぜ!」
「誰かと思えばビタか。もしかして、黒鎧の兵同士の争いはお前が?」
「そうだ、俺様だ。辺境に追いやられていた子飼いの兵を一千ばかり集めてきた。それでだな、リューキ……殿と折り入って相談したいことがある」
ビタ・ダゴダネルが口ごもりながらいう。
俺の名前に「殿」を付けるのに抵抗があるのか、巨体に似合わない小声になる。
交渉に不利な立場ながらも、下手に出るには嫌なのだろうか。
まあいい。
呼称くらい、俺の方があわせてやろう。
「相談? もしかして、ビタ殿は、ダゴダネル城の奪還に参られたのかな?」
「え? ああ、そうだ。リューキ……殿」
「俺たちは、ブブナ・ダゴダネルの停戦協定破棄に困惑している。このまま戦闘を継続するのは本意でなく、ましてや罪のない街の住民に災禍が及ぶのも避けたい。ビタ殿はどのように考える?」
「俺様も同じだ。ブブナと、あの淫売に唆された奴らを追い出せば問題は解決する。俺様がダゴダネル家の当主になった暁には、ワーグナーとの停戦協定は継続したい。できればそれ以上に緊密な関係も築きたいとも思っている。リューキ殿、どうだろうか?」
俺の意図を悟ったのか、ビタが提案してくる。
プライドは高いが、頭は悪くなさそう。
ビタがダゴダネル家の当主になるのは、悪い話ではない。
「俺に異存はない。ただし、お前が以前言ったように、ホブゴブリンがゴブリン族を奴隷のようにこき使うのをやめるのが条件だ」
「もちろん、そのつもりだ!」
「であれば、協力してブブナ・ダゴダネルを撃ち倒そう……ジーグフリード! ビタ殿にも持ち場を与えてくれないか」
「城の南側は如何ですか? もっとも、南門はダゴダネル城の正門。戦端が開かれれば一番の激戦が予想されます。無理にとは言いませんが?」
「ぬかせ! むしろ望むところだ!」
ジーグフリードの挑発を、ビタ・ダゴダネルが真正面から受けとめる。
まったく、武人というのは退くことのない生き物だな。
生きるだけでも大変そうだ。
それでも、交渉結果に満足したのか、ビタは意気揚々と退席する。
これから急いで、ダゴダネル城の南側に陣地を構えるのだろう。
ビタが去った後、ジーグフリードは次々と伝令に指示を出す。
城の包囲だけでなく、街の混乱も鎮めようとしているようだ。
実に有能な男だ。頼もしい。
ひと安心した俺は、本営テント奥の一角で休憩する。
白磁の塔を脱出してから、はじめて食事をとる。
大軍勢に守られている安心感からか、いつのまにかうたた寝をしてしまう。
◇◇◇
女騎士エリカ・ヤンセンに激しく揺さぶられて、俺は目を覚ます。
すっかり日は暮れていた。
なのに、テントの外は明るい。
しかも、ひどく焦げ臭い。
「我が領主! お休みのところ申し訳ございません。城や街に火が放たれました!」
「なんだと!?」
「おそらく、ブブナは混乱に乗じて逃亡を図るものと思われます」
本営テントを出る。
西の空、街の方角が明るい。
風に乗って悲鳴や怒声、剣戟の音が聞こえてくる。
俺の姿が目に入ったのか、軍を指揮していたジーグフリードが近づいてくる。
「領主リューキ殿! まさか奴らがこのような手段を講じようとは! 一兵たりとも逃さぬよう、ただちに警戒態勢を強化致します!」
「ジーグフリード! 住民の救助や消火が先だ。敵兵を討つのは火を付けてまわる奴だけでいい、逃亡兵の対処は後回しだ!」
「しかし!」
「命令だ! それと、先に言っておく。種族で差別をするな。たとえボブゴブリンであろうと、助けを求める者がいれば助けてやれ!」
「うっ、そこまで……いえ、わかりました。ご指示とあれば従います! 私が陣頭指揮を執り、領主リューキ殿の命令を実行に移します!!」
ジーグフリードが踵を返す。
一段と大きな声で配下の兵に檄を飛ばす。
本営にいる数千のゴブリン兵はすぐに進軍を開始するだろう。
「ここが正念場だ。俺たちも行くぞ!」
「我が領主。地獄の底までおつきあい致します」
「リューキよ、正気か!? ええい、わかったのじゃ。リューキのそばが一番安全なのじゃ、わらわも付いていくぞよ」
「しょうがないねえ。あたいも行くよ」
白磁の塔から脱出して半日余り。
俺たちは、ふたたびダゴダネルの街に向かった。
ゴブリン族の増援は続々と到着し、さらに包囲網が分厚くなる。
形勢は完全に逆転した。
にしても、いったいどれだけの数の兵が集まっているのやら……
城下町の東。
数千のゴブリン兵がごったがえす陣地の中央。
本営の置かれた簡易テントの中で、俺はジーグフリードと再会した。
女騎士エリカ・ヤンセン、エル姫、そして擬人化した守護龍ヴァスケルも一緒だ。
ミイロたちは龍が怖いようで別のテントで休むそうだ。
そんなに怖いかなー? うーん、怖いかもね。はは。
「マイロ、元気そうでなによりです」
ゴブリン族の頂点に君臨するジーグフリードが親しげに話しかけてくる。
数日離れていただけなのに、俺の無事を心底喜んでくれる。
うむ、彼はデキル男なだけでなく、良い奴でもあるな。
「ジーグフリード殿! 我が領主に向って、その呼び方は無礼ですぞ!」
「え!? いや、そんな……」
女騎士エリカ・ヤンセンに叱責されて、ジーグフリードが狼狽える。
彼の泳ぐ目が、俺に向かって懸命に助けを求めてくる。
「『外交団正使エリカ様と下僕のマイロ』の偽装作戦は終了だ。ミイロたちにも事情は説明した。俺のことは、元の通りに領主リューキとして扱ってくれ」
「あ! そういうことでしたか、失礼致しました!」
ゴブリン族の司令官が俺に最敬礼する。
女騎士エリカは、抜いた大剣を鞘に納めなおす。
姐さんヴァスケルは、興味なさげにその光景を眺めている。
おお……姐さんは相変わらず艶っぽくていらっしゃる。
落ち着いた装いに隠し切れない見事なスタイルが、喜ばしいかぎりだ。
それはともかく、エリカはジーグフリードに厳しくないか?
気のせいかな?
規律は大事だけど、生命も大切にね。
「ジーグフリード、戦況を説明してくれ」
「領主リューキ殿。ダゴダネルの奴らは、街の大半を放棄して城に籠った様子。兵は二千も残っていないはず。対する我が軍は四万を超えております。十日とかからず城を落とせるでしょう」
「それはなにより。ところで、どうやってこれほどの兵を集めたんだ?」
「リューキ殿から頂戴した滋養食のおかげです」
「エナ……? ああ、あれか」
一瞬、何のことか分からなかったが、すぐに思い出す。
そう。滋養食とはインスタントスープのこと。
ゴブリン族にとって、食事イコール治療。
しかも、人間界の食料は効果が絶大。
ありがたみを実感してもらうため、滋養食なんて大層な名前もつけたっけ。
「で、この大軍勢と何の関係が?」
「頂いた滋養食を各地のゴブリン族に分配したのですが、ほぼすべての部族から領主リューキ殿に忠誠を誓うとの申し出がありました。事実、各地から軍勢が押し寄せ、ご覧の通りの状況です」
「ほう。よほど気に入ってくれたとみえる」
「気に入るどころではございません。戦功を挙げれば褒美を頂けるとの話を聞き、血気に逸る者も多く、抜け駆けしないようおさえるのに苦労しているくらいです」
おお、なんたることだ!
タナカ商会で買った特売品が、街を囲むほどの大軍勢に化けようとは……
こりゃ、人間界に還るたびに食料品を買い足さないと暴動が起きちゃうかもね。
俺がジーグフリードの報告を聞いていると、伝令が駆けこんでくる。
若いゴブリン兵はひどく狼狽えた様子だった。
「お頭! ダゴダネルから使者が来ただあ!」
「だから『お頭』と呼ぶのはやめろって……まあいい、ダゴダネルの奴らは、この期に及んでなにを交渉するというのだ。降伏以外はありえない!」
「あわわ、ジーグ様。違うだあ。城にいるダゴダネルからでねえ、使者は城の外のダゴダネルから来ただあ!」
「城の外? お前は何を言っているんだ? とりあえず連れてこい!」
ゴブリン兵の伝令が一度退席し、すぐさま戻ってくる。
大柄なホブゴブリンをひとり、後ろに従えている。
武器を持たず、敵意のない態度を示す黒鎧の大男はビタ・ダゴダネルだった。
ビタは、俺が捕虜の立場から解放してやったダゴダネル家の長子。
ブブナ・ダゴダネルとダゴダネル家の跡目争いを演じている男でもある。
「ワーグナーの領主よ、俺様は戻ってきたぜ!」
「誰かと思えばビタか。もしかして、黒鎧の兵同士の争いはお前が?」
「そうだ、俺様だ。辺境に追いやられていた子飼いの兵を一千ばかり集めてきた。それでだな、リューキ……殿と折り入って相談したいことがある」
ビタ・ダゴダネルが口ごもりながらいう。
俺の名前に「殿」を付けるのに抵抗があるのか、巨体に似合わない小声になる。
交渉に不利な立場ながらも、下手に出るには嫌なのだろうか。
まあいい。
呼称くらい、俺の方があわせてやろう。
「相談? もしかして、ビタ殿は、ダゴダネル城の奪還に参られたのかな?」
「え? ああ、そうだ。リューキ……殿」
「俺たちは、ブブナ・ダゴダネルの停戦協定破棄に困惑している。このまま戦闘を継続するのは本意でなく、ましてや罪のない街の住民に災禍が及ぶのも避けたい。ビタ殿はどのように考える?」
「俺様も同じだ。ブブナと、あの淫売に唆された奴らを追い出せば問題は解決する。俺様がダゴダネル家の当主になった暁には、ワーグナーとの停戦協定は継続したい。できればそれ以上に緊密な関係も築きたいとも思っている。リューキ殿、どうだろうか?」
俺の意図を悟ったのか、ビタが提案してくる。
プライドは高いが、頭は悪くなさそう。
ビタがダゴダネル家の当主になるのは、悪い話ではない。
「俺に異存はない。ただし、お前が以前言ったように、ホブゴブリンがゴブリン族を奴隷のようにこき使うのをやめるのが条件だ」
「もちろん、そのつもりだ!」
「であれば、協力してブブナ・ダゴダネルを撃ち倒そう……ジーグフリード! ビタ殿にも持ち場を与えてくれないか」
「城の南側は如何ですか? もっとも、南門はダゴダネル城の正門。戦端が開かれれば一番の激戦が予想されます。無理にとは言いませんが?」
「ぬかせ! むしろ望むところだ!」
ジーグフリードの挑発を、ビタ・ダゴダネルが真正面から受けとめる。
まったく、武人というのは退くことのない生き物だな。
生きるだけでも大変そうだ。
それでも、交渉結果に満足したのか、ビタは意気揚々と退席する。
これから急いで、ダゴダネル城の南側に陣地を構えるのだろう。
ビタが去った後、ジーグフリードは次々と伝令に指示を出す。
城の包囲だけでなく、街の混乱も鎮めようとしているようだ。
実に有能な男だ。頼もしい。
ひと安心した俺は、本営テント奥の一角で休憩する。
白磁の塔を脱出してから、はじめて食事をとる。
大軍勢に守られている安心感からか、いつのまにかうたた寝をしてしまう。
◇◇◇
女騎士エリカ・ヤンセンに激しく揺さぶられて、俺は目を覚ます。
すっかり日は暮れていた。
なのに、テントの外は明るい。
しかも、ひどく焦げ臭い。
「我が領主! お休みのところ申し訳ございません。城や街に火が放たれました!」
「なんだと!?」
「おそらく、ブブナは混乱に乗じて逃亡を図るものと思われます」
本営テントを出る。
西の空、街の方角が明るい。
風に乗って悲鳴や怒声、剣戟の音が聞こえてくる。
俺の姿が目に入ったのか、軍を指揮していたジーグフリードが近づいてくる。
「領主リューキ殿! まさか奴らがこのような手段を講じようとは! 一兵たりとも逃さぬよう、ただちに警戒態勢を強化致します!」
「ジーグフリード! 住民の救助や消火が先だ。敵兵を討つのは火を付けてまわる奴だけでいい、逃亡兵の対処は後回しだ!」
「しかし!」
「命令だ! それと、先に言っておく。種族で差別をするな。たとえボブゴブリンであろうと、助けを求める者がいれば助けてやれ!」
「うっ、そこまで……いえ、わかりました。ご指示とあれば従います! 私が陣頭指揮を執り、領主リューキ殿の命令を実行に移します!!」
ジーグフリードが踵を返す。
一段と大きな声で配下の兵に檄を飛ばす。
本営にいる数千のゴブリン兵はすぐに進軍を開始するだろう。
「ここが正念場だ。俺たちも行くぞ!」
「我が領主。地獄の底までおつきあい致します」
「リューキよ、正気か!? ええい、わかったのじゃ。リューキのそばが一番安全なのじゃ、わらわも付いていくぞよ」
「しょうがないねえ。あたいも行くよ」
白磁の塔から脱出して半日余り。
俺たちは、ふたたびダゴダネルの街に向かった。
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