フリーター、城を買う。 〜格安物件をローンで買ったら異世界のお城でした。ちくしょう!〜

きら幸運

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<フリーター帰省編②> ~消えた金貨を探せ~

第六十二話:フリーター、思わず同情する

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 プエルト・ガレラの沖合おきあい

 権藤ごんどうのクルーザーが白鳥号スワンボートの目前に迫る。

 全長二十メートルほどの豪華クルーザーは高さもあり、甲板デッキ上のあらそいは見えない。ただ、銃声じゅうせいあらそこえだけが聞こえる。

「はあ!? その程度かい?」とか「殺されないだけありがたいと思いな!」なーんて物騒ぶっそうなセリフは間違いなくヴァスケルだ。

 うん、あねさんは今日も元気に無双してるね!

 対して俺は白鳥号スワンボートのなかで、しゃがんだ姿勢でマントにくるまっている。

 いーんです。
 俺が出て行っても、どーせ足手まといですから。
 はは……(乾いた笑い)

 パーンッと軽めの銃声を最後にあらそいの音は消える。
 わずかに聞こえてくるのは波の音だけ。
 どうやらヴァスケルはクルーザーを制圧したようだ。
 
 俺はマントから顔を出す。
 銃撃を受けた白鳥さんは穴だらけで痛々しい。
 てか、ボートの底にヒビが入っていて結構な勢いで浸水している。

「ヴァスケル! ボートが沈んじゃいそうなんだけど!」

 俺の問いかけに返答はない。

「ヴァスケルさーん? この海ってサメとかいそうだよ。そっちの船に乗せてくれるとうれしいんだけど!」

 相変わらず返事はない。
 ヴァスケルは金貨を探しに船内に潜ってしまったのかもしれない。

 こうして待っている間も海水が足元からゴボゴボと湧いてくる。
 白鳥さんと一緒に海の藻屑もくずになるのは嫌なので、俺はクルーザーのデッキのへりに飛びつく。
 
「おーい、引っ張り上げてくれー!」

 懸垂けんすいができない俺は、腕をぷるぷる震わせながらぶら下がるだけ。
 十数秒ほどジタバタしていると、急にぐいっと引き上げられる。
 俺はデッキの上に四つん這いになり、ゼイゼイと息をする。

 視界のすみ。手足を縛られてモゴモゴ動く男たちが、冷凍マグロみたいに並べられているのが見える。
 ヴァスケルがやっつけた相手を片づけたのだろう。
 とても几帳面なドラゴンだね!
 
 頭を上げ、ヴァスケルに礼を言おうとする。
 が、目の前にちょこんと座っていたのは見知らぬ女性だった。
 
「やれやれ、助かった……よ? って、あなたは誰ですか?」
「わたしはラブナ。権藤ごんどうの妻よ。そーゆーあなたこそ、だあれ?」

 ほんわかと尋ねてきたラブナは見覚えのない女性。
 タナカさんの写真に写っていた権藤ごんどうの奥さんとは同一人物に見えない。

 白いミニワンピを着こなすラブナはスタイル抜群。腰まで伸びた長い黒髪から黒目がかった大きな瞳まで、全体的な雰囲気はむしろあねさんヴァスケルに似ている。
 言葉づかいにマッチしないキリッとした表情は、女騎士ナイトエリカ・ヤンセンを思い起こさせる。
 小鳥のクチバシのようなかわいらしい唇は、ジーナやエル姫と同じ感じ。

 そんな不可思議な印象を与えるラブナは、俺の目を見てにっこり笑う。

「ところであなたの服ってステキね。どこで手に入れたの?」
「服? いや、そんなのどうだっていいじゃないか」
「えー! ラブナ、おしえてほしーなー」
 
 ラブナと名乗った魅力的な女性がにじり寄ってくる。
 俺のマントに手をかけ、品定めするようにゆっくりと観察する。

「ほんとうにステキ。ラブナ、どーしても知りたいの! お・ね・が・い」

 ピンク色のもやに包まれた気がする。
 身体からだ中の血がぐつぐつと沸騰する気もする。
 熱い。熱い。熱い。
 金貨だの、領主ロードの身分だの、どうでもよく思えてくる。
 俺のすべてはラブナ様のためにある。
 彼女の望みなら何でもかなえてあげたい。
 耐えがたい衝動しょうどうられる。
 そうとも、俺のすべてをラブナ様にささげるのだ!
 人生の目標が明確に定まった気がする。

『……さーん! 煩悩退散ぼんのうたいさーん 煩悩退散ぼんのうたいさーーん!!』

 頭のなかが騒がしい。
 邪魔しないでくれ。
 俺はラブナ様を見つめていたいんだ。
 ラブナ様の声を聞きたいんだ。
 些末事さまつごとは何も考えたくないんだ。
 すべてラブナ様が命じてくれる。
 俺は何も悩まなくていい、何も考えなくていい。
 すべてラブナ様が考えてくれる。
 ああ、なんて幸せなんだ!

「ラブナさま! この服は……なっ!? ぐあっ!!!!」

 質問に答えようとした瞬間、マントのえりが俺の首を絞めつけてくる。
 まるで、力づくで俺を止めようとしているかのよう。

 意識が遠のき、全身の力が抜け、俺はその場に倒れてしまう。

「なんだコイツは? 急に倒れやがった。まったく、メスドラゴンといい、魔界の格好をしたコイツといい、どこからやってきやがったんだ」

 俺が失神したと思ったのだろうか。
 ラブナの口調が乱暴なものに変わる。


……なに!? ラブナはドラゴンと言ったな! もしかして、ラブナは魔界の住人か!? そうか! 色気で男を惑わすラブナの正体が分かったぞ! うぐぐぐ、負けるもんか! 『煩悩退散ぼんのうたいさーん!』 でやぁー! 行くぞ!……


 ボンヤリしていた意識が明瞭になる。
 マントの首もとはゆるみ、もう息苦しくない。

 急に起き上がった俺を見て、ラブナがギョッとする。
 が、すぐに魅惑的な笑みを浮かべ直し、俺に近づこうとする。

煩悩退散ぼんのうたいさん 
 煩悩退散ぼんのうたいさん
 煩悩退散ぼんのうたいさーん!!』

 退散と念じながら、俺の方が後ずさりする。
 そう、俺は煩悩ぼんのうかたまり
 俺が退散するのもあながち間違いではないからな! ははは。

 ていうか、ラブナと距離をおけばおくほど、心の乱れが落ち着いてくる。
 うむ、予想した通りだな。

「どうしたのー? そんなに離れちゃ、お話ししにくいわ」
淫魔サキュバスを相手にするんだ。もっと離れたいくらいさ」
「……ほうっ。アタシの正体を見破ったのか。しかも魅了チャームの呪縛まで解くとはねえ。たいしたやつだよ、アンタは!」

 淫魔サキュバスラブナのくだらない褒め言葉を無視する。

 俺は収納袋から写真を取り出す。
 パンチパーマのタナカから預かった写真に写るのは一組の夫婦。
 クルーザーのデッキでポーズをとる権藤ごんどう剛蔵ごうぞうと若くてキレイな嫁さんだ。

 写真のなかの権藤ごんどうの妻は、童顔ベビーフェイスなのに遊び慣れた感じのダイナマイトボディを見せつけている。
 昼は従順な幼妻おさなづま、夜は猛々たけだけしい獣妻けものづま、なーんて感じだ。

「ラブナ! この写真に写ってるのお前だな?」
「写真? ああ、タナカが撮った写真か。アンタはタナカの知り合いかい? アタシに会いにわざわざ日本から来てくれたのか。うれしいねえ」

 小ばかにするようなラブナの言い方はともかく、俺の推測は当たっていた。

 理屈はわからないが、写真に写ったラブナの姿は撮影したパンチのタナカの好みが投影されていたようだ。
 だから俺の目に映るラブナとは別人に見えたのだ。
 ん? てことは、俺のいまの好みは……まあいい。いまは考えるは止めよう。
 てか、タナカの性的嗜好せいてきしこうが分かってしまったな。
 まったく、どうでもいい情報を知ってしまったものだ。

「ラブナ! お前に用なんかない。俺たちが探してるのは権藤ごんどう本人だけだ。そうだよな? ヴァスケル!」

 俺の言葉にラブナが振り返る。

 ずんぐりとした権藤ごんどう身体からだを引きずるように船内から出てきたヴァスケルが、得意そうな表情を浮かべて立っている。

「リューキ! 魔界の金貨を見つけたよ! ついでにゴンドーも捕まえた! あん!? あたいが探し物をしてる間に、あんたもおかしなのを捕まえたねえ……淫魔サキュバス風情ふぜいがなんで人間界にいるのさ?」
「ちっ、メスドラゴンめ、それはこっちのセリフだ!」

 火花を散らすようににらみ合うあねさんヴァスケルと淫魔サキュバスラブナ。
 緊迫した雰囲気を打ち壊したのは、ヴァスケルに捕まえられた権藤ごんどうだった。

「ラブナ、助けてくれ! このねえさんはすごく強いんだ。用心棒たちはみんなやられちまった。銃もナイフも効かないバケモノだ」
「あなた、怖かったでしょう? でも、もうなにも心配しなくて良いわ……なんせ、アンタは用済みだからな!」
「ラブナ? 何を言ってるんだ? 私たちはずっと一緒だろ?」
「ずっと一緒? バカ言ってんじゃないよ!」

 豹変ひょうへんしたラブナを前に、権藤ごんどう狼狽うろたえる。
 親子ほども年齢が離れて見える妻を相手に、必死にあわれれみをう。

「私はお前のために会社を売った! 昔からの仲間も裏切った! 私にはもう、かねとお前しか残ってないんだ!」
「アンタはとことんバカな男だねえ。かねなんかもうありゃしないよ! それにアンタに集まる『怨念おんねん』も底が見えた。利用価値がない男にアタシは興味ないね!」

 吐き捨てるように淫魔サキュバスラブナが言う。

 事態の急展開に、だい大人おとな権藤ごんどうが泣き出す。

 権藤ごんどうが犯した悪事の数々が分かっていながらも、俺は思わず同情してしまう。

「ラブナ。お前、とことん悪いやつだな」
「うるさい! アタシだって生きるためにヤルことをやってるだけさ!」 
「そういえばお前は魔界の住人だろ。どうやってこの世界で生きていられるんだ? 人間界には魔素まそはないはずだろ?」
「なんでアンタに説明しなきゃなんないんだよ! ……いや、気が変わった。説明してやるよ。『怨念おんねん』が魔素まそ代わりになるのさ! 権藤ごんどうにクビにされた従業員、潰した会社の社員、金を持ち逃げされた債権者。どの『怨念おんねん』もなかなか美味だったよ」

 淫魔サキュバスラブナが恍惚こうこつとした表情で舌なめずりする。
 その淫靡いんびな表情に、俺は既視感デジャビュを覚えた。

「お前、ブブナって淫魔サキュバスは知り合いか?」
「ブブナ? 知りあいも何もブブナはアタシの妹さ。デキの悪い、殺したくてたまらない妹だよ!」
「なに!?」

 ラブナが笑う。
 俺の問いに答えず、無言で笑う。
 口裂け女のように大きく口を開けて笑う。
 
 ラブナは海に飛び込む。
 あねさんヴァスケルが飛びかかる間もなく、逃げられてしまう。
 
 デッキのはしに駆け寄り、海面を見渡す。
 イルカかサメか不明だが、無数の背ビレに囲まれたラブナが悠々ゆうゆうと去っていく。
 淫魔サキュバス魅了チャームは魔物や人間どころか海の生き物にも効果があったようだ。

 ラブナがこちらをふり返る。
 何も言わず、勝ち誇るかのような顔をして海中に潜っていく。

「はん!? 海のなかに逃げちまったかい! あたいが行って捕まえてこようか? あたいは水のなかは苦手だからちょっと手こずるかもしれないけど、負けるつもりはないよ!」
「いや、時間が惜しい。あいつは放っておいて、日本に帰ろう。権藤ごんどうも連れて行こうと思う」
「はあ!? あたいたちはゴンドーのせいで苦労したんだよ! なんでそこまで面倒を見なくちゃいけないのさ?」

 あねさんヴァスケルが腕を組み、そっぽを向く。

 ヴァスケルが腹を立てる気持ちは分からないでもない。
 けど、俺だってジーナの衣装がなければ、魅了チャームの呪縛に囚われただろう。
 俺も権藤ごんどうと同じ目にあいかけた。
 魔性の色仕掛けの恐ろしさには同情を覚える。

「俺も嫌な思いをしたさ。けど、権藤ごんどうだって淫魔サキュバスラブナのせいですべてを失ったんだ。日本にいる竹本さんやタナカさんの幼なじみだっていうし、ふたりのためにも連れて帰ってやろうじゃないか」
「あーもう、分かったよ。まったく、あんたはお人好しだねえ」
「そうでもないさ。なんだかんだって、日本まで運んでくれるのはヴァスケルだしね。すごく感謝してるよ」

 ヴァスケルの表情がやわらぐ。  
 小さくため息をつき、やれやれという顔をする。

「わかりゃーいいんだよ、わかれば。そんじゃ、帰るとするか!」
「ああ。悪いけどひとっ飛び頼むよ」

 気づけば時刻は午後六時。
 まだ十分じゅうぶん時間は残っている。
 まずは日本に、それから魔界に帰ろう。
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