ASMR!~精神安定剤が触診してくるっ!

keino

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29 出合え系

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 四ッ橋先生は脇目も振らずにまっすぐ私を射抜いたあと、顔を進行方向に向け階段を降りてくる。眉間に力が入り、口がしっかりと引き結ばれている。
 四ッ橋先生の足が床に到着すると、進行役の人が声を上げた。

「それでは、ごゆっくりご歓談をお楽しみください」

 男性女性、双方の足が、自分の意中の相手への一歩を踏み出す。
 私は無意識に一歩後ずさった。

「若葉、まさかあの最後の人がクローバーなの? 参加してるの?」

 一歩下がってしまえばもう止められない。勢いがついてどんどん下がっていく。

「どうして……」

 こぼれた自分の言葉にビクッと体が揺れた。

 ――どうして僕じゃ駄目なんですか。

 今朝の夢が、自分の言葉を引き金にフラッシュバックした。
 ぶわぶわと顔に血が上っていく。

「僕たちと話しませんか?」

「そちらの彼女は真っ赤ですが、こういうのは初めてですか?」

「ごめんなさい。友人が緊張しているみたいで、今はちょっと」

「それはいけません。俺たちとあちらに座って休みましょう」

「あちらよりこちらのソファーの方が、静かに休めそうですよ」

「ごめんなさい。少し友人が落ち着く時間がほしいのですけれど」

「では私が何か飲み物を持ってきましょう、何がいいです?」

「座った方が良い、どうぞこちらに。手を貸しますよ」

「本当に申し訳ないですけれど、私たち少し中座しますから退いていただけます!?
 若葉! 一旦出て外の空気吸ってこよう。逃げられないけど、落ち着いてから会おう。説明してあげるから」

 周りがごちゃごちゃうるさい。春希もなにか言っている。なのに私のすべての感覚は、四ッ橋先生へと収斂していく。
 四ッ橋先生が女性陣を、まるでかき分けるようにしてこちらに向かってくる。
 こちらに突き進んでなお、女性たちが四ッ橋先生の周りに付いてきていて、波が押し寄せてくるみたいだ。クラクラする。人波に酔う。

「若葉さん!」

 数ヶ月ぶりに聞くその生声に、ひたすら許す限り後ずさっていた足が勝手に止まる。
 こちらを圧迫していた人垣が止まり、皆がそちらを振り返る。春希が私と四ッ橋先生を代わる代わる見て戸惑っている。

「順番くらい守れ、声掛けは早い者勝ちだろう」

「知り合いなのか? まさか彼女達はサクラだったのか?」

「おい、彼女は嫌がってるんじゃないのか」

「はいはい、ごめんなさいね~、知り合いだけどサクラじゃないよ~」

 変な空気になったところに瀬古さんが割って入る。

「あなた方だってリスト見て釣られたんでしょ~? それ、俺たちも一緒」

 瀬古さんが少し声を潜めて男性らに言った。
 そしてくるりと軽やかに私たちの方へ振り向く。

「充に聞いた時はほんっとビックリしたよ~、でもある意味感謝だけどね」

 みつる?と春希が私を見た。

「梶……充さん。あの店のチケットをくれた人」

「君が春希ちゃんね。俺は瀬古達巳、あそこのトーヘンボクの連れ。末永くよろしくね!
 写真より可愛いね! さすが若葉ちゃんのお友達。
 あのプロフィール写真ってさ~春希ちゃんと若葉ちゃんでセットだよね? 本当可愛かった。トリミングしてない写真見てみたいな」

 あ。ヤバイ。春希の目が、神出鬼没に現れる、黒光りのヤツを見ちゃったときと同じ目をしている。

「達巳」

「ごめんごめん。春希ちゃんのあまりの可愛さについ」

 たった一言なのに、どうしてこんなにも動揺しちゃうの。
 ビクッと体を揺らした私の脇腹に、ズビシッと春希の指がめり込んだ! ぐっふぅっ!!
 ちょっと、マジで!? 今ご神託出す!? 空気読んで!?

 それは春希と決めた合図の一つだ。
 その人はやめておけってときは、裾を引っ張る。
 反対に、その人は大丈夫ってときはつつく。
 そして今の遠慮ない貫きっぷりは、春希の性格上、問題なしむしろガンガンいけだ。

 いやいやいやいや無理だから! 本当に無理だから! 何度も説明してるでしょう!?
 さっきは落ち着いてからって言ってくれた春希はいずこ。逃げ道はないと悟って覚悟を決めたのか。
 と言うか、イケボと相まって、その神託どつき追い打ちぃっ、トドメですから……。
 とうとうこらえきれなくなって膝から力が抜ける。

「春希……っ」

「若葉!?」

「若葉さん!」

 春希に手を伸ばしたのに、その手を取ったのは四ッ橋先生だった。
 私の体が流れるように横抱きにされ、すぐ近くのソファーに下ろされる。
 四ッ橋先生は離れずに跪き、私の手を取った。
 私を真摯な眼差しで見上げてくる。
 ……じわじわと四ッ橋先生の顔が赤らんでくる。四ッ橋先生はさっと目を伏せて、一つ深呼吸をしてから再び私を見上げた。
 ちょっ! こんな近くで生深呼吸とかふざけないでくれません!?

「――若葉さん。あなたが望むなら僕は、……声を出しません」

「えっ!!」

 片耳だけでもと、悪あがいて耳に当てていた手が思わず離れる。
 そっそれは世界の損失なんじゃないのかなぁ!?
 それはダメだと思うよ。あまりにもったいないと思うの。その声は世界の宝で――。

「あなたがこのような出会いで相手を探すなら、喋らない僕でも良いと思うんです!」

 ちょっと何言っちゃってんのこの人ー!?

「いいと思う!」

「はっ、春希!?」

 私はぶんぶんと首を振った。
 春希はそれを見てニッコリと美しい笑みを浮かべた。

 う、裏切り者ーっ!! 出合えーっ、曲者じゃ出合え出合えーぃっ!!
 現実逃避してもままならない私は、みみを抱えたくても、手を掴まれっぱなしで抱えられない現実に呆然とするしかなかった。

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