追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト

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第6話「生き残りの嘆願」

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 昼の光はまだ灰を透かして鈍く、村の広場には臨時の天幕が継ぎはぎに張られていた。布と布の縫い目から冷たい風が漏れ、焚き火の煙がまっすぐ伸びて、途中で折れて消える。人いきれと焦げた木の匂いの中、天幕の中央には粗末な長机が一本。私とアシェルは向かい合って座り、机の端には水差しと、小さな砂時計。砂が落ちる音が、耳の奥で規則を刻む。

 天幕の入口で、杖が土を突く乾いた音がした。灰色のローブ、折れ曲がった背中。老魔導士——宰相代行のバスク。目の周りは深いくぼみ、しかし視線はまだ刺さる。彼に続いて、侍女カミラが顔を上げ、若い兵士が頭を垂れる。兵の胸紋は焼け焦げ、縫い糸がほどけかけていた。

 三人は机の前で膝をつき、額を低くする。布が土に擦れて短い音が出た。

「——再建を、お願いします」

 最初に声を出したのはバスクだった。擦れた声。言葉が骨ばっている。生き残りの言葉は、飾られない。飾る余裕を灰が食った。

「立って」

 私は言う。土に吸われる尊厳は短く済ませたい。彼らが立つと、天幕に影が三つ伸びた。影は震えない。人の影が震えていないとき、人はまだ立てる。

「条件を出すわ」と私は続ける。「最初に。王権を凍結する。名目だけでも、復古を口にした時点で無効。“王家”という言葉を、議事録から外す」

 バスクの喉が一度、痙攣した。「……強いな」

「弱い言葉からは、弱い街しか生まれない」

「期間は」

「未定。目標指標は“再建の仕組みが個人に依存しなくなるまで”。依存しないために、二つ目の条件。“資源の透明化”。食糧、医薬、燃料、魔素、労働時間。数字を公に晒す。帳簿は誰でも読める文字で、広場で掲示。書いた者の名と印も」

「……民は、数字を嫌う」

「数字を嫌えば、嘘が好きになる。嘘は饒舌で、腹は満たさない」

 バスクが息を吐く。吐息が白い。彼の目の隅に、痛みの皺が一本増えた。私が言葉で作る角は、彼の皮膚にも刺さる。でも刺さないと、腐る。腐る前に、切る。

「三つ目。“労役の公平化”」私は砂時計の上部に指を置き、落ちる砂の速度をわずかに落とす。「炊き出し、清掃、瓦礫撤去、巡回、夜警、保育、遺体の搬送。すべて当番制。年齢、性別、地位、昨日までの役職に関わらず、できる仕事を配る。免除は病と幼子と老い。例外は医師と助産師と墓守。罰は軽く、しかし確実に。“罰金”ではなく“休職”。仕事は権利だと覚えさせる」

 若い兵が顔を上げる。瞳に迷いが揺れ、決意が吸い込む。「……兵は?」

「武器の持ち出しを制限。巡回は武器なしが基本。暴力は麻痺の符で止める。“殴る前に眠らせる”を徹底」

「命令系統は?」

「評議会。“仮”ではなく、“再建評議会”を今ここで作る。構成は五。配給、治安、衛生、土木、教育。王権の席はない。宗教は助言のみ」

 バスクが眉を上げる。「教育?」

「子どもに“仕組み”を教える。文字と数字と、弁の意味を。拍手では火は消えないと。——拍手の話はあとでいいか」

 カミラが小さく笑い、すぐ真顔に戻る。彼女は盆を抱えていた頃から、空気の温度を読むのが上手だ。彼女の両手は今、パン籠ではなく、紙束を抱えている。避難民の名簿。書き慣れない字で埋まったページ。細い線の列が命に変わる。

「弱者保護の条項は、最初に書く」私は紙と羽根ペンを引き寄せ、淡々と綴る。「一、孤児と寡婦、怪我人、障害を持つ者への給付は“余裕ができたら”ではない。“最初”。二、食事は隊列の前から。規則に例外はつけない。三、価格上限。市場を開くが暴利は罰する。原価の三割以上の上乗せを禁ずる。四、内部告発の保護。名を隠し、守る。五、加害をした者の労役は、恥ではなく“償い”の名で呼ぶ」

「……そこまで、最初に決める必要があるのか」とバスクが呻く。「人が死に、泣いている今に」

「今に、よ」私は机の縁を指先で叩く。木目が震えを返す。「人が死んだあとでしか、ルールは入らない。泣いているときに決めたルールは、泣いていない日に効く。逆は効かない」

 砂時計の砂が、静かに落ち続ける。天幕の上を、風が行き過ぎる。布の影が波打ち、声の輪郭を薄くする。バスクは杖に手をかけ、立っているのに座りたそうな顔をした。老いの重さと、後悔の重さ。彼の背骨は二つの重さを丁寧に分けて支えている。

「……私は、君を冷たいと思っていた」と老魔導士は言った。「王都の廊下で、何度も。だが今、その冷たさが……」

「必要だと?」

「ありがたい」

 私は頷きを一つだけ返す。礼を言われるために冷たくしているのではない。冷たさは、私の炎を殺さないための温度管理だ。熱いまま手を伸ばせば、誰の皮膚も剥がす。剥がしたい相手はいる。今は、違う。

「拒むなら、立ち去って」私は静かに言い切る。「王権の凍結、資源の透明化、労役の公平化。これが“最初の三つ”。この条件を呑まない者は、この場から出ていって。私の魔法は、あなたたちのために使わない」

 天幕の外から、ざわめきが一瞬止んだような風が入る。言葉には温度がある。今の温度は低い。低温やけどのほうが、跡が残る。

 若い兵——ヨエルが一歩、前に出た。まだ頬の骨が細い。けれど声は太かった。

「……やります。俺は、やる。順番を守る。隊列を崩さない。殴らない。眠らせる。——それから、俺たちが見張る」

「何を」

「“王家”って言葉がどこから漏れてくるか」

 私は目を細めた。若い骨が、正しい方向に曲がろうとしている。曲げ方を間違えたら折れる。間違えないために、たぶん彼は殴られるだろう。それでも彼は言う。

「俺は、殿下の衛兵でした。……恥ずかしい。けど、俺が“恥ずかしい”って言うのはタダだ。タダの言葉は弱い。——だから働く」

 バスクがヨエルの肩を見やり、頷く。カミラは一歩進み、机の端に名簿を置いた。指がわずかに震える。

「私は、配給の“見える化”をやります。紙が足りなければ布に。布が足りなければ、壁に。人の目の高さに。字が読めない人には、私が読む」

「あなたに、現場統括を任せる」と私は言う。「あなたは、嘘を嫌う目をしている」

「……はい」

 バスクは一つ咳払いをして、杖に体重を預けた。「配圧と導管には、私の弟子を回す。数字を読める者は少ない。だが、読み方は教えられる。教える時間が必要だ」

「時間は、私が買う」私は天幕の外に目をやる。「避難所の周りに、二重の結界を張る。外に薄い膜、内に骨。薄い膜で風と寒さと雑音を、骨で暴力を止める」

「魔力は足りるか」

「足りない。けど、足りるように使う」

 アシェルが椅子から腰を浮かし、机に肘を置いた。彼の眼差しは私の背中の温度を測る目だ。火を見る目。彼はゆっくり言う。

「助けるなら、徹底的に」

 徹底という言葉は、斧みたいに重い。振り下ろし方を誤ると、足を切る。私は斧の柄を両手で確かめる。握りの位置。刃の角度。落とす場所。

「徹底して、冷酷に見えることをやる」私は頷き、紙を重ねる。「配給を止める家の基準を明記する。“横取りをした者”“列を乱した者”“暴力をふるった者”。罰は“労役の繰り上げ”。食を奪わない罰。——それから、供出を求める」

 バスクの眉が動く。「供出?」

「倉に隠してある食糧、薬、燃料、工具。持っている者が出す。出させる。理由は“街の存続”。理由のない供出は略奪。理由のある徴発は制度。言葉の違いは、戦争を呼ぶ」

「隠した者は?」

「告発を保護し、三倍を出させる。出さない者は罰ではなく、共同体から外す。外は寒いと、今はわかる」

 天幕の隅で、誰かが小さく呻く。たぶん、外にいる誰かの喉の奥の音だ。私はその音を聞きながら、さらに書く。「“再建評議会規約・暫定版”。署名欄を作る。五つの役割の初期担当の名——配給・カミラ、治安・ヨエル、衛生・バスクの弟子、土木・アシェル、教育・……」

 私は羽根ペンを止め、わずかに笑う。「教育は、私」

「お前が?」とアシェルが眉を上げる。

「子どもに、弁の意味を教えるの。あなたのふいごも貸りる。配管も、パンも、火も、全部“仕組み”だって」

「先生の顔、できるのか」

「できる。冷たい先生」

「嫌われるぞ」

「慣れてる」

 三人の口元が、それぞれに違う角度で緩んだ。天幕の空気が一度だけ柔らかくなる。柔らかさは長持ちしない。だから一度でいい。私は署名欄を指で叩く。

「同意するなら、今ここで印を」

 バスクが杖を脇に置き、指に魔素を集める。指紋が薄く青く光り、紙に触れて沈む。老いの指紋は縁が擦り減って、渦の線が少し途切れていた。けれど、印は印だ。次にカミラが震えない指で印を残す。細い指紋。誠実な渦。ヨエルは迷わずぐっと押した。若い指紋は、くっきり。後戻りしにくい線。

「受け取る」私は紙を半分に折り、もう一枚を上から重ねる。「二重で残す。片方が燃えても、もう片方が残る」

「燃えないほうがいい」とバスク。

「燃やすのが上手い人たちがいたのよ」

「……ああ」

 天幕の外から、子どもの笑い声が一瞬だけ跳ねる。パンの匂いが強くなる。発酵は順調だ。鐘はないのに、腹の鐘は正しく鳴る。生きている証拠は、腹と涙と、眠りだ。

「では」と私は紙を束ね、砂時計をひっくり返す。「宣言する。“再建評議会”は今、この瞬間に立ち上がった。私、セレス・アルトレインは“設計者”として関与する。トップではない。設計者。——設計者は、現場にいる」

 ヨエルが背筋を伸ばす。「命令を」

「命令じゃない。手順を」私は指を折りながら言う。「一、広場の壁面に掲示板を設置。名簿と配給量と当番表を貼る。二、仮市場の開設。価格上限を掲示。三、井戸の周りを衛生区に。手洗いと消毒の導線を分ける。四、夜の照明は“青い灯”のみ。火の使用は管理下に。五、遺体の処理は日没まで。名前を呼んで、布で包み、同じ場所に眠らせる。孤独死をなくす」

 言いながら、私は心の底の炎が静かに、しかし確実に燃えるのを感じていた。復讐の炎。冷たく覆って隠してあるが、消したわけではない。むしろ、良い薪を与えられている。薪の名前は“仕組み”。仕組みは、怒りの燃費を上げる。

「——質問は?」と私は視線で三人をなぞる。

 カミラが手を挙げる。「“王家の再建”を叫ぶ人たちが、必ず来ます。言葉で揺れる人も。私たちは、どう“言い返す”のが正しいですか」

「言い返さない」私は即答する。「“働け”と言う。働いた人の列に入れ、働いていない人の列を解体する。それでも喚くなら、眠らせる。起きたら、また働かせる。言葉に言葉で勝とうとすると、言葉が腐る。腐った言葉は、すぐ人を殺す」

 ヨエルが唇を噛み、血の味で冷静さを保つ。「……わかった」

 バスクは杖を握り直す。「私は、多くを誤ってきた」彼の声は低い。「君が王都の廊下で、配管の壁に耳を当てていたとき、私はそれを“奇癖”だと思った。違った。あれは、“街の歌”を聴いていたのだな」

「歌は、多くの人に聞こえない」と私は答える。「でも歌は歌で、拍手じゃない。拍手は、歌を壊す」

「これからは、耳を貸す」

「耳だけじゃなく、手も。手が一番、音程を覚える」

 短い笑いが四人の間で転がり、すぐ静まる。私は天幕の入口に目をやる。風の匂いがわずかに変わった。灰の匂いに、湿りが混ざる。午後には小雨が降るかもしれない。雨は灰を地面に落とし、喉を少し楽にする。雨は、良い。

「行って」私は立ち上がらずに言う。「各自の場所へ。今日のうちに、“最初の掲示”を。夕刻までに、仮市場を。夜になる前に、灯りの数を決める」

 三人は頷き、それぞれの速度で天幕を出る。バスクの杖の音は一定で、カミラの足取りは軽く、ヨエルの靴音は土を信じている。布が揺れ、冷たい風が一枚入り、私の頬を撫でていった。

「徹底的に、いくんだな」

 アシェルが砂時計を見て言う。砂は半分を切っていた。彼の指先には粉が残り、爪の間に小麦が白く立っている。生地は——いい具合に膨らんでいるだろう。発酵は嘘をつかない。温度が正しければ、膨らむ。

「いく」私は頷く。「助けるなら、徹底的に」

「その顔は」

「冷たい顔」

「好きだ」

 不意の言葉に、喉の奥でなにかが音を立てた。私は視線を外し、机の上の紙の角を揃える。角は揃う。仕組みも、揃えられる。揃える前に、壊したいと思う気持ちを、私は骨の奥に押し込む。押し込む力加減を間違えたら、骨が軋む。軋みは音になる。音は、歌を濁らせる。だから笑う。

「パン、二次発酵に行きましょう」

「はいよ、先生」

「先生はやめて」

「冷たい先生」

「それ」

 二人で天幕を出ると、広場の空気がわずかに変わっていた。人の動きに法則が生まれ、声の高さが揃い、列の端で子どもが眠り、壁には板が立てかけられ、誰かが煤の指で大きな字を書き始めている。ぎこちない文字。けれど、遠くからでも読める。

 私は焚き火の脇に立ち、空を見上げる。薄い光の向こうで、雲の底が低く流れていた。灰は落ちて、土に混じる。土は、抱き込むのがうまい。抱き込むことが、救いになるときもある。抱き込むことで、復讐が育つことも。——私はまだ怒っている。その怒りは、設計図の線に変わる。線はまっすぐ引く。曲がる場所は、自分で決める。

 炉の口を開けると、温かい息が顔に当たった。生地はふっくらと膨らみ、表面に小さな汗を浮かべている。私は指でそっと押し、戻る速度を見る。よし。焼ける。

「徹底的に、だな」

「徹底的に」

 アシェルが薪を差し、私は生地に切り込みを入れる。刃は迷わない角度で入り、小麦の筋が美しく開いた。開くことは、痛みだ。痛みのあとに、ふくらむ。ふくらむと、人は食べられる。食べられたら、生きられる。——順番は、決まっている。

 焼き上がりを待つ間、私は紙束を胸に押し当て、目を閉じた。心の中で、さっきの三つの条件をもう一度だけ読み上げる。王権の凍結。資源の透明化。労役の公平化。弱者保護の条項。内部告発の保護。価格上限。夜の青い灯。遺体を同じ場所に眠らせること。どれも冷たく見える。冷たく見えれば、私はうまくやれている。

 パンの匂いが濃くなる。私は目を開け、炉から漂う金色の気配を吸い込んだ。救いの匂いは、たいていパンの匂いに似ている。復讐の炎は、たいてい誰にも見えないところで燃える。両方を同時に持つのは難しい。だからこそ、やる価値がある。冷たく救い、静かに燃やす。私のやり方だ。

 外で、バスクの低い声が響いた。「掲示板——設置完了。名簿、配給表、当番表——掲示」カミラの透る声が続く。「列、前から。小さい方から。——慌てないで。見えるところに、全部あります」ヨエルの太い声が重なる。「夜の巡回、武器なし。麻痺符携行。——殴るな。眠らせろ」

 声が“仕組み”に変わっていくのを、私は耳で聴いた。歌が始まる。拍手ではなく、歌。街の歌。セレスの歌じゃない。誰のでもない歌。——それが、一番いい。

 私はパンを窯から出し、耳を当てる。焼きたてのパンが冷めるとき、中の水蒸気が小さく鳴る。ちりちり、さやさや。小さな拍手。これはいい拍手だ、と私は思う。食べられる拍手。腹の足しになる拍手。私の好みの拍手。

 灰の風が、少しやんだ。空の底で、光がうすく笑う。私はパンを割り、湯気に顔を近づけた。徹底的な朝は、徹底的にうまい。徹底的に、次へ続く。徹底的に、冷たく、しかし確かに——救える。そう思えた瞬間、骨の内側の炎が、静かに音を立てた。いい音だ。長く燃える音だ。私は頷き、パンを一切れ、アシェルの手に押し込んだ。
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