異世界に転生したら人生再スタート、追放された令嬢は恋と復讐で輝きます

タマ マコト

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第8話 干上がる辺境と、実績で殴る交渉

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 辺境の空は広い。
 広いのに、息苦しい。

 それは王宮の圧とは違う。
 ここには“飢え”がある。
 目に見えないのに、皮膚の下に染み込んでくる寒さ。

 城の窓から見える村は、整っているようで、どこか色が薄い。
 畑はある。人もいる。
 でも笑い声が少ない。
 子どもの走る音も、どこか遠慮がちだ。

 私は朝の市場に連れて行かれた。
 ヴァルクの命令というより、城の人間が「見たほうがいい」と言ってくれたからだ。

「お嬢様、外套を。風が冷たいです」

 アドミラが肩に掛けてくれる。
 この城に来てから、彼女の手が少しだけ柔らかくなった。
 でも目の奥の緊張は、まだほどけていない。

「ありがとう。……行こう」

 市場は小さい。
 石畳じゃなく、踏み固められた土。
 露店の天幕が風で揺れる。

 パン屋の前に列ができている。
 列は静かで、喧嘩もない。
 でも、その静けさは“治安が良い”静けさじゃなくて、“余裕がない”静けさに見えた。

 干した肉の店。
 野菜の籠。
 布地。
 どれも高い。

 値札の数字が、私の胃を冷やす。

 前世のスーパーで値上げの札を見た時の感覚に似ている。
 「これ、買っていいの?」って脳が聞いてくるやつ。
 生活が、選択肢を奪っていく感じ。

 露店の老婆が、私に気づいて頭を下げた。

「領主様のところのお客人かい」

「……そうです」

「よかったよ。領主様が城にいてくれると、ここはまだ持つ」

 持つ、という言い方が怖い。
 持つって、いつか崩れる前提の言葉だ。

「最近、どうですか」

 私が聞くと、老婆は鼻を鳴らした。

「どうって……いつも通りだよ。
 税が増えて、道が閉じられて、こっちは干上がるだけさ」

 税。道。
 その単語が、胸に刺さる。

 私は、誰に向けた怒りかわからないものが、じわじわ湧くのを感じた。
 怒りは熱い。
 でもその熱が、私の胸を少しだけ生かす。

「道が閉じられてるって?」

 老婆は周囲を見回し、声を落として

「交易路さ。王都に行く道。
 検問が増えて、通す荷を減らされて、通行料も取られる。
 商人は逃げる。荷は来ない。値段は上がる。——ね、干上がるだろ」

 私は息を呑んだ。
 王都が、辺境を絞っている。
 見えない手で、少しずつ。確実に。

 アドミラが小さく言う。

「……王都の貴族が、甘い果実を独占するために……」

 その言葉が、昨日までの私にはただの政治話に聞こえたはずなのに、
 今日は違う。
 目の前のパンの列が、現実として証明している。

 私は歯を食いしばった。
 口の中に鉄の味がする気がした。

 ——ああ。
 あの王宮は、こうやって生きてたんだ。
 綺麗な床と香水と祝祭の裏で、誰かを干上がらせて。

 私は市場の隅で、若い母親が子どもの手を引いているのを見た。
 子どもがパンに目を向ける。
 母親が首を振る。
 子どもが唇を尖らせる。
 でも泣かない。
 泣いても買えないのを知っている顔。

 胸が熱くなる。
 怒りで熱い。
 でもそれだけじゃない。

 ——ここでなら。
 私は誰かの“役”じゃなくて、意思で動ける。

 王宮で私は、“正しい婚約者”という役だった。
 聖女候補という役だった。
 役を演じて、評価されて、縛られて、捨てられた。

 でもここでは、役が先にない。
 必要なのは、生きること。
 それだけ。

 私は思った。
 役がないなら、私が自分で役を作ればいい。
 いや、役じゃない。
 行動だ。



 城に戻ると、役人たちが慌ただしく出入りしていた。
 帳簿の束、封蝋の付いた書類、泥のついた靴。

 ヴァルクは執務室にいた。
 大きな机の上に地図を広げ、指で線をなぞっている。

 扉をノックすると、短い声が返る。

「入れ」

 私は入った。
 アドミラは一歩下がって控える。
 部屋の空気はインクと木の匂いが混ざっている。

 ヴァルクは顔を上げ、私を一瞥した。

「市場に行ったな」

「うん。……見てきた」

「どうだった」

 質問が短い。
 でも、その短さが“ちゃんと答えろ”と言っている。

 私は息を吸って、言葉を整理した。

「交易路が絞られてる。検問、通行料、荷の制限。
 税も増えてる。
 このままだと辺境は干上がる」

 ヴァルクの目が細くなる。
 それは怒りというより、痛みの目だ。

「……知ってる」

 知ってる。
 知ってるのに、どうにもできない。

 その無力感が部屋に沈んでいる。

「でも、知ってるだけじゃ……」

 私は言いかけて止めた。
 偉そうに聞こえる。
 でも、言わないと何も変わらない。

 私は机の上の地図を見た。
 線がいくつも引かれている。
 交易路。川。山。
 検問所の印。

 私は前世で、こういうのを見たことがある。
 業務フロー。停滞の原因。価格。
 構造を見れば、打てる手が見える。

 私は言った。

「王都の貴族たちは、辺境が干上がっても困らない。
 むしろ困らせたい。
 甘い果実を独占するために」

 言葉にすると、怒りが増す。
 胸が熱くなる。
 熱いのに、目が冴える。

「……ムカつくね」

 口から現代語が漏れた。
 自分でも驚く。
 でも止まらない。

「人が生きてるのに。パンの列ができてるのに。
 王宮の床はいつもピカピカで。
 あの綺麗さって、誰かの飢えで磨かれてるんだよ」

 ヴァルクは黙って聞いている。
 否定しない。
 慰めもしない。
 ただ、受け止めている。

 その沈黙が、私の言葉を続けさせた。

「私、思った。
 ここでなら、私は動ける。
 役を演じるんじゃなくて、やるべきことをやる」

 ヴァルクの眉がほんの少し動く。
 興味が立った証拠。

「……何をやる」

 私は指先を握りしめた。
 怖い。
 提案は拒絶されるかもしれない。
 拒絶されたら、また“価値がない”って思ってしまうかもしれない。

 でも、壊れそうなのは壊れたくないから。
 生きたいから。
 なら、言う。

「交易の契約を、言葉じゃなく実績で握り直す」

 ヴァルクの目が細くなる。
 警戒でも、否定でもない。
 測る目。

 私は続けた。

「こっちが弱いから絞られる。
 なら、弱くない状態を作る。
 倉庫の不正を潰して、余剰を作る。
 余剰を作って、輸送を安定させる。
 数字で結果を出して、商人が戻りたくなる状況にする」

 言いながら、前世の脳が回る。
 手順が、勝手に頭に並ぶ。
 生産性。効率。改善。

 私は続ける。

「余剰ができたら、こちらから条件を提示できる。
 “これだけの量を定期的に出せる。だから通行料を下げろ”とか。
 “検問を減らせ。減らさなければ別の道を作る”とか」

 ヴァルクが低く言う。

「別の道?」

「あるでしょ。地図に線が何本もある。
 王都の道だけがすべてじゃない。
 海があるなら港。川があるなら船。
 山越えでもいい。
 大変だけど、相手に『絞っても無意味』って思わせたら勝ち」

 言葉がどんどん出ていく。
 自分でも驚く。
 こんなに喋れるんだ。
 王宮では、喋るたびに切られていたのに。

 ヴァルクは机に肘をつき、顎に手を当てた。
 目が細い。
 考えている。

 そして、初めて彼が私を“対等な相談相手”として見た気がした。

 その視線が、私の背中の芯を少しだけ固くする。

「……お前、頭が回るな」

 褒め言葉。
 胸が一瞬だけ温かくなる。
 その温かさが怖い。
 でも、今日は飲まれない。

「回ってるだけ。やるのは大変」

「大変なのは知ってる」

 ヴァルクは短く言った。

「倉庫の不正を潰す。余剰を作る。
 それができれば、交渉材料になる」

「うん」

「だが、敵がいる」

 その言葉で、空気が少し重くなる。
 敵。
 王都の貴族。検問官。利権。

「敵がいるからこそ、実績が必要」

 私は言った。

「言葉で戦うと、負ける。
 だって相手は言葉で生きてるから。
 王宮の人間は、言葉で人を殺せる。
 でも数字と現実は、嘘をつきにくい」

 ヴァルクが小さく息を吐いた。

「……王宮を知ってる言い方だな」

 私は笑ってしまいそうになった。
 でも笑わない。

「知ってるよ。嫌ってほど」

 短く言った。
 その短さに、痛みを詰め込む。

 ヴァルクは立ち上がった。
 地図を指で叩く。

「よし。
 倉庫の件、お前に見せる。
 役人もつける。
 ——だが」

 そこで言葉を止め、私を見る。

「無理はするな」

 その言葉が、私の胸の奥にすっと入る。
 王宮の「無理するな」は飾りだった。
 ここでの「無理するな」は、命の話だ。

「……わかった」

 私は頷いた。

「でも、私も条件がある」

 ヴァルクが眉を上げる。

「条件?」

「私を“客”として扱うって言ったでしょ」

「言った」

「なら、必要以上に褒めないで」

 口にした瞬間、自分でも驚く。
 変な条件。
 でも、これが私の生存戦略だ。

 ヴァルクは一瞬沈黙してから、鼻で笑った。

「……面倒な女だな」

「そうかも」

「褒めなければいいんだな」

「うん。
 褒められると、頑張りすぎる癖がある」

 ヴァルクは目を細めた。
 からかうでもなく、同情でもない目。

「……なら、結果だけ見ろ」

 結果だけ見ろ。
 その言葉が、私の背中を押した。

 私は小さく笑った。
 今度は癖じゃない。

「うん。実績で殴る」

 ヴァルクが短く言った。

「殴るな。交渉しろ」

「殴らないよ。比喩」

「比喩でも殴るな」

 そのやりとりが、なぜだか少し楽しかった。
 胸の奥が温かくなる。
 温かいのに、怖くない。

 ——ああ。
 私、今、ちゃんと生きてる。

 王宮で奪われたものを、ここで少しずつ取り戻している。
 怒りと、意志と、行動。

 干上がる辺境で、私は火を起こす。
 自分の手で。
 そしてその火で、王宮の甘い果実の影を照らしてやる。

 ヴァルクが扉に向かいながら言った。

「……お前の案、採用だ」

 採用。
 その言葉は、前世で一度も本当の意味で聞けなかった言葉だ。

 私は胸の奥で、黒い芽が少しだけ伸びるのを感じた。
 折れないための茎。
 生きるための芯。

「……じゃあ、やろう」

 私の声は、はっきりしていた。
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